7: 二原子分子の運動の古典論
箱の中の粒子の問題は,いって見れば単原子分子の運動を取り扱っているが,
一般の多原子分子には分子内の運動があるため,さらに問題が複雑になる。
これ以降,多原子分子の最も簡単な例 として,二原子分子の運動を考えて行くが,
ここでは量子力学的な考察のための準備として,まず古典的に問題を解析する。
7.1 二体運動
空間中に 2つの粒子があるとする。今のところ, 2 つの粒子が結合しているかどうかは問題にしない。質量は m1, m2 で位置は r1, r2 であるとする。
重心(質量中心)の座標
粒子 1 と 2 とは互いに相互作用を及ぼしあうが,外からの力はかかっていないものとする。
相互作用のポテンシャル V (r) は, 2つの粒子の距離 r のみで決まるとする。
1 が 2 から受ける力を F
21, 2 が 1から受ける力を F
12 とする。
力は相対的な座標のみで決まる。 y 成分, z 成分についても同じ式が成り立つので
つまりこれは作用反作用の法則である。
それぞれの粒子について運動方程式を書くと
二つの式を足しあわせると,重心の運動方程式がでる。
r
2 に関する式を m
2 で割ったものから r
1 に関する式を m
1 で割ったものを差し引くと
書き直す
を換算質量という。
上の式は, 2 つの粒子の運動が,重心の(全体としての)運動と2粒子の相対的な運動の2つに分けて考えることができることを意味している。
その場合に,相対運動は,ポテンシャル V (r) 中を質量 の粒子が 1 つ運動する場合と同じと見なして差し支えない。
ちなみに,全エネルギーも重心運動部分と相対運動部分に分けられる。(ドットは時間に関する微分を表す記号である。)
7.2 運動の自由度
質点の運動の状態を表現するには vx, vy, vz の 3 つの変数を指定する必要がある。これを運動の自由度が3であるという。
質点が二つある場合,全自由度は 3×2 = 6 である。
二つの質点が二原子分子を構成する場合,自由度のうちわけは次のようになる
分子全体の並進の自由度 |
3 |
分子全体の回転の自由度 |
2 |
分子内振動の自由度 |
1 |
分子全体の並進は,先に述べた重心の運動に相当し,分子全体の回転と分子内振動とは相対運動に相当する。
そして,回転と振動とは近似的に独立に取り扱うことができる。
7.3 回転運動
7.3.1 一粒子の軌道運動
二原子分子の重心周りの回転を考える前に,まず,平面内の円軌道を巡る粒子について,
z 軸周りの回転を円柱座標で考える。粒子の質量は m で,軌道の半径 R は固定されているとする。
時間微分して
は角速度という。運動エネルギーは
I は慣性モーメントと呼ばれる。ところで,この式は次のように書くこともできる。
L は角運動量といい,ベクトルとしては軌道平面に垂直で右ねじの方向を向いている。
x, y, z の座標と 共役な力学変数がそれぞれの方向の運動量 p
x, p
y, p
zであるように,角度変数
に共役な力学変数 は L である。
そして,回転運動を考える場合には,質量でなく慣性モーメント I が重要な役割を果たす。
ところで,「てこ」を考えたとき,支点からの距離に力点にはたらく力を掛けたものを「力のモーメント」という。
同様にして,「運動量のモーメント」というものも考えることができる。
力のモーメントと同様に運動量のモーメントは実はベクトルで,支点と力点を結ぶ線と運動量ベクトルを含む平面に垂直で右ねじの方向を向いているとする。
すると, z 方向のモーメントは xpy と ypx とで表されるが,
この二つではベクトルの方向が逆であることを考えると,合成するには引き算をしなければならない。
そうすると,角運動量とは運動量のモーメントに他ならないことが解る。
従って,この考え方を 3 次元に拡張すると次のようになる。
7.3.2 質点系の剛体回転
二原子分子に限らず,質点の相互位置が固定されている剛体を考える。重心の座標 rG は
角運動量は
重心の周りの回転を考えるとき,慣性主軸というものを考えることができる。
x, y, z の各方向が慣性主軸の方向と一致するとき,回転運動のエネルギーは
と書くことができる。座標の取り方を任意にすると,このように単純にはならない。
二原子分子では結合の方向を x 軸とすれば Ix = 0, Iy = Iz = R2 となる。 (R は平衡核間距離, は換算質量)
よって,二原子分子の回転は,質量 ,軌道半径 R の 1 粒子の円軌道運動に置き換えられる。
古典的に考えた場合,この運動はある平面内での円運動になる。
7.4 振動
7.4.1 単振動
分子の振動を考えるための準備に,単振動を考える。次のような円運動を一次元に投影した運動を単振動という。
粒子にかかる力 F はポテンシャル V (x) だけで決まるとすると
V (x) について解けば
振動数は
k は力の定数という。このポテンシャルは Hook の法則に従うバネのポテンシャルである。
このポテンシャルのもとで運動する物体を調和振動子という。
粒子のエネルギー E は保存するので,速度 v は座標のみできまる
振幅 A は p = 0 となる座標である。
7.4.2 存在確率
粒子を x 〜x + dx の範囲に見いだす確率 P(x)dx は, 1 周期の中でその部分に滞在する時間から計算できる。
7.4.3 級数法による運動方程式の解
次のような仮定を置く
2 回微分する
これを運動方程式に代入して整理すると
Taylor 展開を使えば
7.4.4 二原子分子の振動
二原子分子では,原子の相対運動のみを考えた場合,核間距離 r の変化が振動である。
そして,先の考察によれば,これはポテンシャル 中の質量 の粒子の一次元運動と同等である。よって振動数 は
演習問題
- 粒子間距離が固定された古典的な 2 粒子系について。
- 重心の座標をそれぞれの粒子の質量と座標とで表せ。
- 重心の周りの角運動量を粒子の座標と運動量とで表せ。
- 重心の周りの慣性モーメントはどのように表されるか。
- 重心の周りの角運動量を慣性モーメントと角速度とで表せ。
- 回転運動のエネルギーはどのように表されるか。
- 質量 m1 の粒子が z1 に,質量 m2 の粒子が z2 にあって z 軸上を運動している。
- 2 つの粒子の重心の座標を書け。
- 2 つの粒子が力の定数 k 平衡距離 R の質量のないバネで接続されているとき,それぞれの粒子の運動方程式を書け。
- 重心の運動方程式を書き下し,重心が等速運動することを示せ。
- 相対運動の運動方程式を書き下し,調和振動子の運動方程式と同じであることを示せ。
-
化学結合した 2 つの原子の間のポテンシャルを近似的に表す関数として Morse 関数がある。
ここで D,
, R は定数である。
- 極小の座標はいくらか。
- 極小のポテンシャルはいくらか。
- 無限遠点でのポテンシャルはいくらか。
- 解離エネルギーはいくらか。
- この関数の模式図を書け。
- この関数を極小点の周りで Taylor 展開して,調和振動子近似した場合の力の定数を求めよ。
-
化学結合していない 2 つの原子の間のポテンシャルを近似的に表す関数として Lennard-Jones ポテンシャルがある。
ここで
,
は定数である。
- 極小の座標はいくらか。
- 極小のポテンシャルはいくらか。
- 無限遠点でのポテンシャルはいくらか。
- 解離エネルギーはいくらか。
- この関数の模式図を書け。
- この関数を極小点の周りで Taylor 展開して,調和振動子近似した場合の力の定数を求めよ。
- x = a に極小を持つポテンシャル関数 U(x) がある。
極小付近の粒子の運動を調和振動子で近似した場合, U(x) の2階導関数と力の定数との間にはどのような関係があるか。
- 古典的な質量 m の粒子がポテンシャル 中を運動する。ただし k は定数である。
- 粒子にかかる力を位置の関数として書け。
- 古典的な運動方程式を書け。
- 運動方程式を解き,一般解を書け。
- 時間 t = 0 のとき, x = A で速度ゼロであったときの解を求めよ。
- (4) と同様の場合について粒子の全エネルギーの時間変化を運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの和として計算せよ。
- 質量 m, 力の定数 k の古典的調和振動子について。
- 運動方程式を書き下せ。
-
次の関数がこの運動方程式の解であることを示せ。ただし A, B は定数である。
-
次の関数がこの運動方程式の解であることを示せ。ただし C,
は定数である。
- (3) の C, を (2) の A, B を用いて表せ。
2 つの式は同じ関数の別の表現である。
- 質量 m, 力の定数 k の古典的調和振動子について。
- 1 周期間の位置の平均<x>と分散<(x -<x>)2>とを計算せよ。
- 1 周期間の運動量の平均<p>と分散<(p -<p>)2>とを計算せよ。
- 1 周期間の運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの平均の間にはどのような関係があるか。