5:共役π電子系に対する自由電子モデル

一次元の箱の中の粒子の問題の具体的な応用例として,自由電子モデルを取り上げる。
対象とするのは,一重結合と二重結合とが交互に連なった共役 p 電子系である。
このような系では,二重目の結合を作っている p 電子はひとつの結合の部分に局在化しているのではなく,分子全体に広がっていると考えられる。
つまり,電子は分子の大きさ程度の箱の中を自由に飛び回っていると見なすことができる。
そのような電子のエネルギー状態は,光の吸収を測定することによって実験的にも知ることができる。
このモデルは,金属結晶中の電子にも応用できる。

5.1 鎖状ポリエン

分子中の電子は,分子全体に広がった分子軌道 molecular orbital に入っていると考えられる。
様々なエネルギー準位を持った分子軌道があるが,基底状態(最もエネルギーの低い状態)では,
低いエネルギー準位の軌道から順に 2 つづつ の電子が入っている。
電子が入っているもののうちで最もエネルギー準位の高い軌道を HOMO という
電子が入っていないもののうち最もエネルギー準位の低い軌道を LUMO という
紫外・可視光を分子が吸収すると,軌道間の電子遷移が起きる
HOMO    highest occupied molecular orbital
           |^ 最長波長吸収
LUMO    lowest unoccupied molecular orbital

5.2 一次元モデル

ポリエンの p 電子に対するモデル


pict

共役系の長さを a とすると

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シアニン色素
> N − (CH = CH)n − CH = N+
共役系 N ~ N
結合数 2n + 2
電子数 2n + 4
仮 定 a = (2n + 2)r + a0,  r = 0.1235 nm,  a0 = 0.315 nm

     最長吸収波長の比較
  
n c(obs)/nm c(cal)/nm
1 309 309.4
2 409 409.7
3 511 510.2

5.3 ベンゼン

半径 R の円軌道を質量 m の粒子が回転
円周上に原点-->原点からの道のり x, 角度変数 h

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一般解
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周期境界条件
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pict

これを満たすためには

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A, B の選び方には関係しない-->ひとつの n に対して波動関数が無限個あるのだろうか ??
                                                そうではない
可能な全ての状態は,一次独立なふたつの関数 eikh と e-ikh の一次結合で表される
これは,物理的に独立な状態は二つだけであることを意味している
物理的に独立な状態に関する波動関数とエネルギー準位
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5-8
n > 0 の状態と-n の状態はエネルギーが同じだが違う状態...右回りと左回り
n = 0 の状態はひとつしかない...静止
規格化条件
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直交性
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5.4 縮退

同じエネルギーで二つ以上の独立な状態がある場合,その準位は縮退(または縮重) degenerate しているという。
n 個 の状態があれば n 重縮退といい,また縮態度が n であるという。
縮退している準位の波動関数は n 個の関数のうちどれかでなければならないというものではない。 n 個の一次独立な関数の線形結合であればよい。
では, n 個の関数の選び方は一種類だけではないのではないか?? ...一種類だけではありません

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一般解は次のようにもかける
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周期境界条件から
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つまり sinnh と cosnh という選び方も可能ということである
ただし sinnh の方は n = 0 の状態はない(粒子が存在しないことになってしまう)

縮退した状態を表す波動関数は
        いろいろな組み合わせが考えられる
        互いに一次独立でなければならない
        互いに直交している
この事情は,座標軸や座標系の選び方が任意に選べることとよく似ている

演習問題

  1. ヘキサトリエン(直鎖状, p 電子 6 個)の最長吸収波長は 268 nm である。
    1. 一次元自由電子モデルから p 系の長さを見積もれ。
    2. HOMO と LUMO のエネルギーを cm-1 単位で計算せよ。
      つまり,そのエネルギー E = hn に相当する光量子の波数n = 1/c (ただし c は波長)を計算する。
  2. 化学結合を次のような粗いモデルで考える。
    2 つの原子が結合していない状態を,長さが a/2 の一次元の箱の中 の電子で表す。
    化学結合が生じると 2つの箱が融合し,長さ a の箱の中の 2 つの電子になる。
    電子間の反撥を無視したとき,結合が生じることによって系のエネルギーはどの程度安定化するか。
  3. ポテンシャルのない一次元空間中での質量 m の粒子の運動を考える。
    1. 運動量演算子の固有関数はどのような関数か。
    2. (1) の関数に周期 L の周期境界条件が課せられたとする。運動量はどのような条件がを満たさなければならないか。
    3. (2) の関数を周期 L について規格化せよ。
    4. (3) の規格化定数と粒子の流れの密度とはどのような関係にあるか。
  4. 金属中の電子を考える上で最も簡単なモデルは一次元の自由電子モデルである。
    1. 原子間距離を R とし, 1 つの金属原子が g 個の自由電子を持つとする。
      G 個の原子からなる一次元結晶にはどのようなエネルギー準位があり,基底状態でどのように占有されているか。
    2. 原子間距離は一定のまま原子の数が変化して結晶の大きさが変わっても,占有されている内で最も高い準位のエネルギーは変化しないことを示せ。
    3. 無限に大きい結晶で,周期 L の周期境界条件が課せられているときにはどのようになるか。