3: 一次元の箱の中の粒子

以下の章で Schrdinger 方程式を具体的な問題に適用する。最初に取り扱うのは一次元の箱の中の粒子である。
箱といっても一次元なので実際にはチューブの中の運動のようなものである。
数学が簡単なのでこの問題を最初に解説するのだが,物理化学的に無意味なモデルでは決してない。
たとえば分子中の電子の運動のモデルであり,三次元に拡張すれば理想気体のモデルになる。
これらの応用は次節以降で述べるが,ここでは Schrdinger 方程式の解法と解の性質について理解を深める。

3.1 古典論

質量 m の粒子が次のポテンシャルの中を運動する

 3-1


力は F = -dV-(x)- dx なので, 0 < x < a の範囲では F = 0 で,粒子は等速運動する。
|x| = a の位置で粒子の受ける力 は無限大となるが,ここでは粒子と壁とが完全弾性衝突するとみなす。(エネルギーが保存するような系)。
粒子のエネ ルギーを E として

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エネルギー E は任意の値をとることができる。速度は位置によらない。

3.2 Schrdinger 方程式

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x < 0 及び x > a では V (x) =  oo なので方程式を満たす解は f(x) = 0 である。 0 < x < a の範囲では V (x) = 0 な ので

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V (x) =  oo と V (x) = 0 の領域の境界で次の条件が課せられる。

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方程式の一般解は次のように書ける。
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A, B は境界条件から決定する。まず f(0) = 0 から
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次に f(a) = 0 から
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あわせると
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A は,境界条件のみからでは決まらない。ただし,波動関数が量子的な粒子の状態を表現しているとすれば, A = 0 は物理的に意味がない。
なぜなら,その場合 f(x) = 0,つまり至る所で波動がないことになる。
これは,粒子がどこにも存在しないことを意味している。物理的に意味がある解は, A/=0 でかつ B = 0 であり,次の条件を満たす場合である。

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これは次のことを意味する
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n = 0 は, B = 0 が無意味であるのと同じ理由で物理的に意味がない。(古典的な定常波の波動関数の場合との違いに注意。)

エネルギーは次のように与えられる。

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一次独立な波動関数が独立な状態(準位)を表現すると考える。波動関数が一次従属であるような状態は独立ではない。 sin(-x) = -sin(x) だから, n < 0 の波動関数は単に n > 0 の波動関数に-1 を掛けたものである。よって,波動関数 が一次従属であり, n < 0 の状態と n > 0 の状態とは独立ではない。この場合は,全く同じ状態である。普通, A が になるように波動関数を書く。



3.3 波動関数の直交性

一般に,同じ Hamiltonian から導かれた一次独立な波動関数は直交している。(この直交は,なす角が 90o であるという意味ではない。)

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<fn(x)|はブラ,|fm(x)>はケットという。あわせてブラケットで,カッコの意味である。ブラとケットを組み合わせるのは, x の全範囲で積分することを表す。
多次元の波動関数の場合は全空間で積分の意味になる。(ホントはベクト ルの内積として意味づけられる)

n = m の場合には,次の規格化条件が課せられる。この意味については,次節で述べる。

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この条件から Aの値が決まる。 Aを規格化定数という。

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一般に,同じ Hamiltonian から導かれた一次独立な波動関数の組 fn は完全系をなす。つまり,任意の関数 y(x) がfn(x) で次のようにかける。

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3.4 別解

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の一般解は次のようにも書ける。
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この一般解は先のものと違うように見える。しかし Eulerの公式
 3-22
を思い出し,任意定数を複素数とすれば,先の一般解で表せる関数は全て今の一般解でも表せることが解る。境界条件は, f(0) = 0 から
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また, f(a) = 0 から
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第一の条件から D = -C である。従って波動関数は

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であり,二番目の境界条件は
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となる。これは, A = 2iC とすれば先の場合と等しい。結局,境界条件を満たす解は,一般解の書き方に関わらず同じになる。

演習問題

  1. 次のようなポテンシャル中に於ける質量 m の粒子の一次元運動について考える。 3-27
    1. Schrdinger 方程式を書け。
    2. 規格化された波動関数とエネルギー準位とを求めよ。ただし,境界条件は y(a/2) = y(-a/2) = 0 で与えられるとする。
  2. 次の 4 つの関数を-p-k < x <p-k の範囲で考える。
     3-28
    1. どの組み合わせが直交しているか。
    2. 他の 3 つの関数の一次結合で表されるものを表せ。
  3. 次のようなポテンシャル中に於ける質量 m の粒子の一次元運動について考える。  3-29
    1. 波動関数は x = 0 について対称又は反対称であることを示せ。
      3-30
    2. ハミルトニアンが x を-x と置き換えるような操作について対称であることを示せ。
      3-31
    3. (2) の結果から Schrdinger 方程式が次のように書けることを示せ。
       3-32
    4. 縮退のない場合 c を定数として次の関係が成り立たなくてはならない。
      3-33
      (3) の結果から (1) の結果が導かれることを示せ。
  4. 幅が 0.2 nm の一次元の箱の中に閉じこめられた電子の基底状態エネルギーを数値計算せよ。
  5. 次のようなポテンシャル中に於ける質量 m の粒子の一次元運動について考える。  3-34
    1. 粒子の運動量の絶対値の期待値を求めよ。
    2. 前問の結果が de Broglie 波の関係を満たすためには,物質波の波長はどう表されなければならないか。
  6. 静止質量 m0,光速 c であるとき, m0c2 を静止質量エネルギーという。
    粒子を長さ L の一次元の箱に閉じこめたとき,基底状態エネルギーが静止質量エネルギーと等しくなる長さを求めよ。
  7. 粒子を箱に閉じこめるには力が必要である。
    1. dE = -FdL として,力 F と箱の長さ L,粒子の質量 m,量子数 n の関係を導け ( E はエネルギー )。の関係を導け。
    2. 電子が基底状態にあるとして, F = 1 N になる長さを求めよ。
  8. 1 kg の粒子が長さ 1 m の箱の中で,運動エネルギー 1 J で運動している。
    1. 量子数を見積もれ。
    2. 量子数が 1 変化したときのエネルギーの変化量を見積もれ。
    3. 量子的な効果は事実上観測可能か。