2: 波動関数と波動方程式

粒子と波動の二重性を無視することのできないような量子的現象に対する理解を深めるためには,量子力学的な波動関数をつかさどる波動方程式(Schrdinger 方程式)を知る必要がある。波動方程式は,古典的な Newton の運動方程式と対比すべき方程式であり,今後の全ての理論の出発点となる方程式である。ここでは,まず古典的な波動現象に対する方程式を解説した後,量子力学的な Schrdinger の波動方程式を示す。

2.1 古典的波動方程式

単位長さあたりの質量(密度)が r で張力 T が働いている弦の振動を考える。


pict

弦が平衡状態でのびた方向を x,それに対して垂直な変位の方向を y とする。弦の中で, x から x + dx 間での微小な 長さ dx の部分のみに着目し,この部分に対して Newton の方程式を考える。 F は力, m は質量, a は加速度である。

(2.1)       F = ma

弦の微小部分 dx の y 軸方向の運動を考えた場合,慣性力 ma は

                   @2u(x)(2.2)       ma = rdx--@t2--

力 F は張力で決まる。張力は弦の接線方向に働く。よって,弦の平衡状態と現在の状態のなす角(h at x = x, f at x = x + dx)によって張力の y 成分 Ty が決まる。

(2.3)       Ty(x) = -T sin h
(2.4)       Ty(x + dx) = T sin f

張力は弦の右端と左端とで反対方向に働くので,二式の符号は反対になる。よって力 F は

(2.5)       F = Ty(x) + Ty(x + dx)
ここで,変位 u(x) が小さいとすれば h, f も小さい。その場合には sinh および coshh = 0 の周りに Taylor 展開できる。(f も同様)
                     3(2.6)       sinh = h- h- + ... -~  h                    3!
(2.7)       cosh = 1- h2 + ... -~  1                     2!
従って, h が小さい場合には
                 sin-h         @u-(2.8)       sinh  -~  cosh = tan h = @x
よって
                   ( @u(x)||        @u(x)||   )(2.9)       F  =  T   -----||      - -----||                      @x   x=x+dx    @x  x=x                   @2u(x)              =  T  @x2  dx
これを Newton の式に代入すると,
             2      2(2.10)      r@-u-= T@-u(x)            @t2      @x2

ところで,波は一定の速度 v で進むと仮定する。



時刻 t = 0 で u(x) だった波動は,変形せずに進むので,時刻 t = t には u(x - vt) になる。

           @2u(x- vt)   2 ''(2.11)      ---@t2----= v u (x- vt)
           @2u(x- vt)(2.12)      ---@x2----= u''(x -vt)
従って
           1 @2u(x,t)  @2u(x,t)(2.13)      -2----2---= -----2--           v   @t        @x

この式から V~ --- T /r が波動の速度を表すことが解る。この式を古典的な一次元の波動方程式といい, u(x,t) を古典的波動関数という。

波動に周期性がある場合を考える。波長 c,波数 k,周期 T,角周波数 w,振動数 n であるとすれば,

(2.14)      u(x,t) = u(kx - wt)
              2p(2.15)      k =-c-
               2p(2.16)      w = ---= 2pn               T

古典的波動方程式は次のようにかける

            2            2(2.17)      @--u(x,t) = v2 @-u(x,t)           @t2          @x2
(2.18)      v = w              k

2.2 変数分離

仮に

(2.19)      u(x,t) = X(x)T (t)
と書けるとすれば,波動方程式は次のようになる
               2               2(2.20)      T(t)d-X(x)-=  1-X(x)d-T(t)                dx2     v2      dt2
両辺を u(x,t) = X(x)T(t) で割る
                 2              2(2.21)      --1--dX(x)--= --1---dT-(t)-           X(x)  dx2     v2T(t)  dt2
左辺は x のみの関数,右辺は t のみの関数なので,
どんな x, t に対してもこの式が成り立つためには,両辺が x にも t にも無関係の定数 a に等しくなければならない
           d2X(x)(2.22)      -dx2---- aX(x) = 0
           d2T(t)     2(2.23)      -dt2--- av T(t) = 0
二次元の方程式が一次元の二つの独立な方程式になる。このような操作を変数分離という。

2.3 時間部分

           d2T(t)(2.24)      -dt2--= av2T(t)

a = 0 の時には T(t) = 0 となるので意味がない。

a > 0 ならば av2 = b2 と置いて

                   bt     -bt(2.25)      T(t) = a1e + a2e

これは,振動的な波動ではなく,単調な増加または減衰を表す。 t = - oo または t =  oo で発散し,通常の波動を表すには適当でない。

a < 0 ならば av2 = -w2 と置いて

(2.26)      T(t) = b1sinwt + b2 coswt

となり,角周波数 w の周期的な波動を表す。定常波に対してはこのようになっていなければならない。

すると,古典的な波動関数は次のようにも書けることになる。

           @2         w2(2.27)      @x2u(x) = - v2u(x) = -k2u(x)

2.4 定常波

時間的に変化しない波動を定常波という。ここでは両端が固定されいる振動(たとえば弦楽器の絃)を考える。
境界条件は両端 x = 0 と x = L で振動なし,つまり u(0,t) = u(L,t) = 0 である。
変数分離型で 書くと X(0)T(t) = X(L)T(t) = 0 だから, X(x) のみに関して X(0) = X(L) = 0 である。
ところで,

                w2(2.28)      a = --2-= -k2
                v
だから
            2(2.29)      d-X(x2)-+ k2X(x) = 0            dx
この微分方程式の一般解は
(2.30)      X(x) = c1sinkx + c2 coskx
境界条件から直ちに c2 = 0 である。 c1 に関しては,境界条件のみからでは決まらないが,
少なくとも c1/=0 でなければならない。なぜなら, c1 = 0 は振動のない状態のみを表すからである。従って,境界条件を満たすためには
(2.31)      kL = np,  n = 0,1,2,3,...
でなければならない。 n = 0 は振動していない状態を表す。 c1 は振動の最大振幅で決まる。


2.5 量子力学的波動方程式

次の形の古典的波動方程式を考える。

           @2(2.32)      @x2u(x) = - k2u(x)

この式から, de Bloglie の物質波が従うべき方程式を導く。

              h-(2.33)      p = c = hk

古典的に粒子のエネルギーを表すと,運動エネルギーとポテンシャルエネルギー V (x) の和なので

                2             2(2.34)      E = p--+ V (x) = mv--+ V (x)               2m           2

これを先の波動方程式に代入し,波動関数を u(x) の代わりに y(x) と書くと

             h2 d2(2.35)      ------2 y(x)+ V(x)y(x) = Ey(x)            2m dx

この式を時間に依存しない Schrdinger 方程式という。この式が物理化学 III と IV の内容の基礎になる方程式である。

演習問題

  1. x(t) = coswt であるとき振動数を求めよ。また, x(t) = Acoswt+B sinwt であるとき,振動数を求めよ。
  2. 次のような時間を含まない古典的波動方程式を考える。
                    d2X(x)(2.36)           -dx2--+ k2X(x) = 0
    1. 次の式が一般解であることを示せ。
      (2.37)               X(x) = c1sinkx + c2 coskx
    2. 波長 c と k との間にはどのような関係があるか。 k は波数と呼ばれる。
    3. 波の速度が u であるとき,波数 k と振動数 n との間にはどのような関係があるか。
  3. 古典的波動方程式は次のように書くこともできる。
                    d2-        w2-(2.38)           dx2f(x) = - u2f(x)
    1. 光子のエネルギーと物質波の波長から位相速度 u = nc を計算せよ。
    2. w = 2pn は角周波数と呼ばれる。どのような意味を持つ量か。
    3. 古典的波動方程式から時間に依存しない Schrdinger 方程式を導け。
  4. 三次元空間における古典的波動方程式はどのように書くことが出来るか。
  5. 一次元の時間を含む Schrdinger 方程式は次のように書けることが知られている。                   @           h2 @2(2.39)          ih@tY(x, t) = -2m-@x2-Y(x,t) + V(x)Y(x,t)
    Y(x,t) = y(x)f(t) とかけると仮定してこの方程式を変数分離し, y(x) と f(t) に対する方程式を求めよ。
    y(x) に対する方程式は時間に依存しない Schrdinger 方程式になる。