物理化学研究室 研究概要

同志社大学 理工学部 機能分子・生命化学科

物理化学研究室

研究概要


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物理化学研究室では、液体・溶液の本性を探るための研究を行っています。 中でも、液体中の分子運動が主な興味の対象になっています。 見た目は滑らかな連続体である液体も、 ミクロに見ればバラバラの分子の集合体であることはいうまでもありません。 だとすると、どのような場合に液体を連続体とみなしてよいのだろうか、 分子から成り立っていることはどのような現象に顕著に現れるのだろうか。 そのような疑問に答えるために、実験と理論の両面から研究を進めています。 またそのときに、「液体構造」と分子運動との関連に常に注意を払っています。 当研究室での研究内容を順に説明して参りましょう。

いきなりですが,「液体構造」とはいったいどのようなものなのでしょうか? 液体中の分子は常に互いに相互作用をしながら運動しています。 その運動は無秩序であるけれども, 長い時間に渡って平均をとってみると 分子の配列には固体ほどはっきりとしたものではないものの, ある構造性が現れます。 これが「液体構造」であり, 私たちが特に興味を持っている「水」を例にとり説明すると次のようになります。

水分子中の水素は隣の分子の酸素と弱い結合のようなもの(水素結合)を形成しています。 液体中では,この水素結合によるネットワークが生成消滅して, 特有の構造を形成しています。 この構造は,圧力をかけると歪み,イオンを溶かす(電解質溶液)にすると別の構造が現れます。

液体溶液の研究について, 当研究室の一番の特徴は「高圧力」を積極的に利用していることです。 液体構造と実験で直接得られる物性との関係を明らかにするための一つの手段として, 構造が歪んだときには何が起こるのかを知ることが重要です。 そして,当研究室のもう一つの特徴は, 電荷を持ったイオンを溶かした場合の溶液の挙動, 特にそのダイナミクスに着目している点です。 イオンが小さい場合,溶媒分子はイオンに電気的な相互作用で引き付けられて, 強く溶媒和します。 イオンが大きければ,大きさの効果で, 溶媒(液体)が作っている構造を乱してしまいます。 また,イオンが溶けることによって, 本来液体が持っていた構造性がより強化されることもあり得ます。

このような,イオンが液体構造に与える影響は, イオンの運動性に顕著に現れると考えられます。 実験的に最も精度良くイオンの運動を知る方法は, イオンの電気伝導度を測定して液体中をイオンが移動する速度を見積もることです。 溶媒和の性質によってイオンの速度は変化します。 通常,イオン溶液の性質は陰イオンと陽イオンの両方で決まり, 片方だけの効果を見積もることは難しい。 しかし,電気伝導度の場合,輸率の測定からそれを見積もることができるという利点がある。 電気伝導度よりもう少しマクロ(巨視的)な見方をする場合には, 粘度が役に立ちます。 毛細管や転落球を用いた粘度の測定はある意味で古典的であるけれども, その重要性にも関わらず,精密な測定はあまり行われていないのが現状です。 圧縮歪みを測定して得られる密度に関しましても同様のことが言えるでしょう。

当研究室で行っているのは,勿論このような熱力学的な測定ばかりではありません。 マイクロ波を用いた誘電緩和による分子の回転運動の研究や, 赤外線分光法による分子振動の研究も行っています。 また,近年特に力を注いでいるのが,NMRによる分子の回転運動の研究です。 NMRとは,磁場の中に置かれた原子核の性質を利用して, 分子の構造や環境,さらには運動性をも知ることができる分光法です。 この場合,溶けているイオンにではなく,周囲の溶媒に直接着目した実験が可能です。 この方法を用いれば, 溶液の中でイオンの近くにいる分子とではどのように運動性が異なるのかを知ることができます。 このように,溶液全体ではなく, 特定の位置における分子運動が議論できることは画期的なことであり, 電気伝導度や粘度で間接的に得ていた液体構造に関するデータを, より直接的な立場から検討することができます。 NMRでは,分子の回転だけでなく並進(拡散)についても測定することができるので, さらに今後の発展が期待できる分野であると言えます。

最後に,コンピュータシミュレーション(計算機実験)と 理論化学計算に触れておく必要があります。 ここでの理論化学とは,通常考えられているような量子化学のことではありません。 NMRからよりミクロ(微視的)な情報を得ることができると言っても, 実験で得られる量は多数の分子に関する平均であり, ある程度ミクロな性質を持っています。 液体構造を考える場合に,さらにミクロな分子間相互作用という立場と, 実験との比較を問題にするマクロな立場があるとすれば, その間を繋ぐものとして統計力学が重要な役割を果たすことになります。 この統計力学を化学の分野に適用したものが, 当研究室で進めている理論化学です。 つまり,液体構造を分子間力から計算し,さらには液体構造から出発して, 分子の回転や並進の運動を考察し, 最終的には電気伝導度や粘度を計算することを目指しています。 コンピュータシミュレーションは現実系のモデル化であり, 分子間力から出発して液体構造に関するミクロな情報を得るための 擬似(仮想)実験であるけれども, 理論と実験とを繋ぐ架け橋として, 現代ではなくてはならない存在です。