イラク戦争の法的正当化は可能か?

はじめに
 安全保障理事会の許可があるかどうか明確でないまま(あるいは許可無く)実施されたイラクへの攻撃は、さまざまな批判を招いた。国際法や国連を無視した単独行動であるという批判にはもっともなものがあるが、イギリスやアメリカは、全く国際法や国連を無視して行動していた訳ではない。両国の見解によれば、イラクへの攻撃は、まさに国際法に従って、国連の枠内で実施されたということになる。
 筆者はイラクへの攻撃が国際法上合法であったと主張するものではないが、議論を深める目的で、イギリスとアメリカによる攻撃の法的正当化理由を紹介しておく。
イギリス国連大使の安保理議長宛書簡
(2003.3.21)
S/2003/350
原文(英語)
「イギリス軍は、アメリカ軍およびオーストラリア軍と協働して、2003年3月20日にイラクにおいて軍事行動を開始したことを報告する・・・。軍事行動は継続中である。
 この行動は、イラクによる国連大量破壊兵器廃棄特別委員会(UNSCOM)、国連監視検証査察委員会(UNMOVIC)および国際原子力機関(IAEA)に対する長年にわたる非協力、ならびに安保理がイラクに課した軍縮の義務をイラクが履行していないという安保理の認定(決議678(1990)、687(1991)および1441(2002)を含む)の結果によるものである。決議1441(2002)において、安保理は、イラクによる大量破壊兵器の保有は国際の平和と安全に対する脅威であること、イラクが軍縮を行わないことで義務に明確に違反していること、その結果イラクは1991年の停戦の際に安保理が決議687(1991)で課した停戦条件の深刻に違反していることを繰り返し述べた。軍事行動は、イラクによる決議遵守を確保するために他に残された手段がないことが明らかになって始めて開始された。
 この行動の目的は、安保理が課した軍縮の義務をイラクが遵守することを確保することにある。すべての軍事行動はこの目的を達成するために必要な最低限の措置に限定される。作戦は、国際武力紛争法に則って実施される。攻撃目標は文民の被害を避けるために慎重に選定される。・・・」
アメリカ国連大使の安保理議長宛書簡
(2003.3.21)
S/2003/351
原文(英語)
「多国籍軍(Coalition forces)は、イラクに置いて軍事行動を開始した。この作戦はイラクが決議1441(2002)を含むいくつかの安保理決議により課された軍縮の義務に深刻に違反し続けていることから必要となった。作戦は大規模なものであり、これによりイラクの義務履行を確保することができるだろう。作戦遂行に当たって、われわれは文民の被害を避けるために全ての合理的な予防措置をとる。
 この行動は、既存の安保理決議(決議678(1990)および687(1991)を含む)によって許可されたものだ。決議687(1991)は、イラクにいくつかの義務を課したが、その中でも最も重要なものが徹底的な軍縮の義務である。これは停戦の条件だった。一貫して認められ理解されている見解によると、イラクのこれらの義務に対する深刻な違反は、停戦の根拠を失わせ、決議678(1990)の武力行使の権限を復活させる。これが多国籍軍による過去の武力行使の根拠になってきたし、安保理もこれを認めてきた。例えば、イラクによる決議687(1991)の深刻な違反をうけて、事務総長は1993年1月の公式声明で、多国籍軍は決議678(1990)によって武力行使の権限を与えられたと認めている。
 イラクは、決議1441(2002)で安保理が認めたように、決議687(1991)の下での軍縮の義務に深刻に違反し続けている。国連憲章第7章の下で行動し、安保理は全会一致で、イラクが義務に深刻に違反してきたこと、および違反し続けていることを決定し、イラクに対するこのような義務違反を続けることにより重大な結果に直面するであろうという繰り返しなされた警告を想起している。さらに決議1441(2002)は、イラクに義務に従う「最後の機会」を与えた。しかし、大量破壊兵器計画の全ての側面について正確、全面的かつ完全な開示を行い、決議に従いまたは決議の実施に全面的に協力するべき同決議の下での義務にイラクが違反することは、さらなる深刻な違反に該当することを、決議1441(2002)は明確に認めている。
 イラク政府は決議1441(2002)による最後の機会を利用しないと決定し、明らかにさらなる違反を行っている。イラクの深刻な違反を踏まえると、停戦の前提が失われ、決議678(1990)の下で武力行使は許可される。
 イラクは、長期間にわたって、イラクが軍縮し、大量破壊兵器とそれに関連する計画に対する全面的査察を認める義務を遂行するよう促す外交交渉または経済制裁などの平和的手段に応じるのを拒否してきた。多国籍軍の今回の行動は、これに対する適切な対応である。こうした措置は、イラクの及ぼす脅威から米国および国際社会を防衛し、地域の国際平和と安全を回復するために必要なのである。これ以上対応を遅らせても、違法で脅威となる振る舞いをイラクが続けるのを許すに過ぎなかったであろう。・・・」
コメント
1. 米英の法的正当化根拠は「安保理決議678(1990)で許可されている」というもの
 国内向けの説明では、イラクとテロリストとの関係も持ち出されていたが、安保理での公式の釈明では、武力行使は決議678(1990)により許可されているという点に限定されている。したがって「さらなるテロの危険」を根拠にした「先制的」自衛が法的に許容されるかという問題はひとまず検討する必要はない。
 決議1441(2002)の読み方に焦点が集まったが、武力行使のそもそもの根拠は決議678(1990)にあるとされた。余談であるが、イギリス政府の公式見解に大きな影響を及ぼしたLSEのグリーンウッド教授は、決議1441(2002)採択「前」の2002年10月末にロンドンで行われた講演会で、すでにこの決議678(1990)根拠説を唱えていた(筆者聴取)。決議1441(2002)は、決議687(1991)の大量破壊兵器廃棄義務をイラクが果たしていないことを認めているが、英米の考え方では、この決議が「義務に深刻に違反している」と強い言葉で認定したことのみで、決議678(1990)と687(1991)に基づく武力行使の合法性が客観的に確認されたことになり、決議1441(2002)13項の「イラクが義務に引き続き違反すると重大な結果に直面するであろう」という文言が武力行使の許可であるのかどうかは重要な問題ではないことになる。

2. 決議678の射程
 こうした12年前の決議を援用することには疑義が生じうる。例えば、決議678(1990)は、1991年の多国籍軍の武力行使に関する授権決議であり、決議687(1991)によりもたらされた停戦によって授権の効果は終了したという批判がある(松田竹男「イラク戦争と国連・国際法」 Interjurist 143号, http://member.nifty.ne.jp/jalisa/143_1.html)。より詳しく、多国籍軍による一ヵ月半に及ぶ攻撃を経て、イラクがそれまでの安保理決議を受諾すると発表して戦闘が停止された直後、これを確認するため採択された決議686(1991)の効果も重要である。この決議の2,3項は、抑留したクウェート市民および捕虜となった多国籍軍兵士の解放、現地の軍司令官同士の技術的協定の締結、敷設地雷の報告、没収財産の返還など、停戦に伴う当面の「処理」をイラクに要請し、続く4項は「上記2,3項の要請にイラクが従うまでの間、決議678(1990)の2項の規定(多国籍軍への授権決議)は効力を引き続き有する」と述べている。ここから当然、この決議の一ヵ月後に決議687(1991)が採択され「正式の停戦」をもたらされたことにより、(期間延長されていた)多国籍軍の武力行使権限は終了し、それ以降の武力行使は、別に授権決議が必要になるとの主張がある(Lowe, ICLQ Vol 52 (2003) pp. 865-866)。しかし他方で、決議678(1990)に基づく権限の停止に明示的に言及した決議がないことも事実である。
 そもそも決議678(1990)は「イラクのクウェートからの撤退」を確保するために多国籍軍に武力行使を認めたにすぎないとの批判もある(松田「前掲論文」)。これに対して先のグリーンウッド教授は、決議678(1990)が、武力行使を授権した第2項において、イラクのクウェートからの撤退を求めたそれまでの安保理決議の遵守を確保するのみならず、「地域の国際平和と安全の回復」もまた武力行使の目的としていたと強調している。さらに、停戦条件を定めた決議687(1991)も「地域の国際平和と安全の回復」のため(前文)に大量破壊兵器の廃棄を求めている。ここから教授は(そして彼が強い影響を及ぼしたイギリス大法官意見書は)、停戦後も地域の国際平和と安全の回復のための武力行使は引き続き許可されており、イラクが大量破壊兵器廃棄義務に従わないことはそうした平和と安全回復に支障を及ぼすので、多国籍軍は武力行使が可能であると結論づける。
 以上のような決議678(1990)と687(1991)を併せて読む解釈には若干無理があるようにも見えるが、アメリカの国連大使の書簡はこの解釈がこれまでのイラク空爆の根拠となってきたと主張する。確かに、これまでにもイラクが査察への協力を拒否してきた結果何度か英米による武力行使が、安保理による個別的授権なく行われたが、その際に、英米両国が法的根拠として援用したのは、決議678(1990)と687(1991)であった。今回の主張は、従来の議論の繰り返しなのである。
 しかし肝心なことは、こうした英米の立場に対しては、当時から安保理内で強い批判があったということである。フランス、ロシア、中国の常任理事国は一貫して、決議678(1990)による授権は決議687(1991)によって効力を停止したと主張してきた。すなわち今回おこったような、イラクに決議を遵守させるために明確な個別的授権がないまま行われる(英米の)武力行使の合法性に関する法的論争は、解決されることなく続いてきたのである。したがって、少なくとも、決議687(1991)以降も決議678(1990)に基づいて武力行使が許可される実行が「定着している」とは言えないように思われる(例えばwww.asil.org/insights/insigh12.htmを参照)。

参考資料