Asano Seminar:Doshisha University
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シンポジウム「死刑とメディア」
河野義行氏講演会



 2013年3月30日(土)、松本サリン事件の被害者であり、事件発生当初、犯人扱いされた冤罪被害者でもある著述家の河野義行氏による講演会が京都弁護士会館で開かれた。主催は京都から死刑制度の廃止を目指す弁護士の会。
 この講演会は第1部が河野氏による「死刑制度」についての講演、第2部は、コーディネーターの同会副代表の辻孝司弁護士、同志社大学社会学部メディア学科の浅野健一教授が加わってのパネルディスカッションという2部構成で行われた。
 シンポでは、犯罪報道、死刑廃止に向けたメディアの役割についても議論され、パネリストが会場からの質問にも答えて活発な議論があった。

 「京都から死刑制度廃止をめざす弁護士の会」のHPでもシンポの報告が載っている。
http://www7.ocn.ne.jp/~kyo_shmk/1852.html

 浅野ゼミの1997年12月の先輩(現在毎日放送記者の中村真千子氏ら)のインタビューがゼミHPにある;
 http://www1.doshisha.ac.jp/~kasano/FEATURES/KOUNO/kouno-gathering2.html



























 【文責:同志社大学社会学部メディア学科3年、坂本圭佑・高ハンギョル】

 シンポ全体のまとめ

・河野氏が犯罪者にされた経緯

 河野氏は冒頭で、自身が警察に疑われた経緯について話した。その経緯については以下のとおりである。
 事件直後、自宅の飼い犬、妻の異常に気付いた河野氏が救急通報をするためにその場を離れていたことが警察の疑問となった。つまり、妻が苦しんでいるときにその場を離れるのは人道的におかしいということだ。しかし、河野氏は妻をいち早く救おうと、救急隊員を妻の所に誘導するために妻のもとを離れたのであり、当事者としては当然の行動であろう。
 また河野氏が病院に搬送された翌日に、警察からの事情聴取を断ったことも、警察が疑った原因であるという。しかし、河野氏はサリンの被害を受け、酸素マスクや心電図モニターを体に取り付けられており、まともに話せる状況ではなかったために事情聴取を断っていた。さらには自宅に薬品を所持していたことも原因の一つであるという。河野氏は農薬に使われる青酸カリや青酸銀を所持はしていたが、これらの薬品からサリンを製造することはできず、警察の調査の杜撰さがうかがわれる。
 このようにして、警察は逮捕状すら出ていないにもかかわらず、河野氏を実名でマスコミに発表したために、河野氏は世間では加害者であると認識され、様々な報道被害に苦しんだ。それほどまでにメディアの影響は大きい。
 しかし、河野氏は「加害者を恨み、憎み続けることには相当なエネルギーがいる。じゃあ、そんなことにエネルギーを使い、自分も苦しみ続けるのであればこのエネルギ-を妻の介護に使おうと思ったんです」と淡々と顔色変えずに述べた。自らが被害に遭い、妻の意識不明状態が続く中、このように考えることができるとはなんと寛大な心を持っているのだろうか。
 

・警察による違法な調査

 河野氏は、事件後の警察による事情聴取にも違法性があったと指摘した。しかし、事件当初入院中であった河野氏の警察に対する感情は良く、病室には必ず警官が立っており、身の回りの世話などをしてくれ、非常にいい印象を持っていたという。
 また、そのころにはすでにマスコミによる報道被害があったため、マスコミに対しての民事訴訟を起こそうと考えていた。
 しかし、河野氏はサリンの被害で入院していたため、友人の力を借りて永田恒治氏に弁護人を依頼した。すると、永田弁護士は「弁護料は払えますか」と言ったそうだ。世間ではすでに河野氏の逮捕は時間の問題であると考えられており、逮捕された場合、その弁護料を払えるわけがないと考えたのだ。それに対し、友人は「河野君が弁護料を払えないとは思わないが、そういう心配があるといけないから」と言って、300万円を着手金として永田弁護士に差し出した。そして、永田弁護士は河野氏の弁護人を引きうけることとなった。
 しかし、それは友人がお金を持っていたからではなく(現にお金は受け取っていない)、裁判所が出した捜索令状が問題だということで引き受けたのだ。つまり、出来事があった翌日、まだ事件か事故かもわからない状況で殺人という令状を出した裁判官の杜撰さを許すことができず、弁護人を引き受けることにしたのだそうだ。
 それ以来、河野氏が予想していた通り、永田弁護士もバッシングの対象となった。それは、犯罪者はもちろんだが、そいつを弁護する弁護士も弁護士だという論理であった。永田弁護士は「黒を白にする弁護はしないよ。そういう意味では、君の弁護を引き受けたということは君と心中する。それくらいの気持ちでやっているんだ。だから決して嘘はつかないでくれ」と河野さんに話し、訴訟の準備が始まった。
 そして、永田弁護士に弁護を依頼はしたものの、永田弁護士は当初から刑事訴訟対策に奔走したために、河野氏との間には温度差があったようだ。しかし、河野氏の退院後、事情聴取は2時間までという医師の診断書に反する7時間を超える事情聴取、息子への尋問、さらには自白の強要など警察の違法な捜査が続くことで、次第に警察に対する不信感が募る。
 また、河野氏が事情聴取を受けている同時間帯に、警察は河野氏の息子に父親がやったという自白を促そうとしていた。しかし、息子は、その警察の雰囲気にのまれることなく、否定し続けた。そして、河野氏が事情聴取から帰った後、息子が泣きながら「警察は嘘をついた」と話したという。
 河野氏とその息子の強い意志、これがなければ、間違いなく河野氏は逮捕されていただろう。その際に、永田弁護士は「警察は犯人を作り上げるものだ」と河野氏を説得していたようだ。これを機に、河野氏は刑事裁判での訴訟を決意したという。
 また、警察の事情聴取の際には刑事の発言とそれに対する解答をすべてノートに記録していたという話には驚いた。刑事にはそれを阻止されそうになったが、「記録してはいけないという法律があるんですか」と反論したという。
 講演会に参加した弁護士の一人は「この方法は現在行われている最先端の方法で、当時に河野さんがそれをやっていたというのはすごいことだと思う」と河野氏の行為に感心していた。
 「あなたたちは間違いましたね。でも許してあげる」。この言葉は、河野氏が自身の死刑が確定した時に言おうと思っていた言葉だ。間違いを犯さない人は誰もいない。それは犯罪者だけではなく、警察も同じだ。
 

・河野氏が考える死刑制度

 死刑制度に関しては、たとえ相手が犯罪者であろうと「人が人を殺していいはずがない」と述べる。また、初めての死刑判決に対する再審無罪が確定した冤罪事件である免田事件を例に挙げ、「無実の人も少数なら殺してもいいということが、まかり通っていることが問題である」と現行の死刑制度の問題点を指摘した。
 つまり、警察も検察も、裁判官もまた人間であり、人間が行っている以上、間違いがゼロということはあり得ないということだ。
    こうした現状がある一方で「命はかけがえのないもの」だという矛盾が常に付随することも忘れてはならない。また、死刑存廃の話になると必ずと言って争点になるのが、被害者遺族の感情の問題である。これについて河野氏は「死刑執行された時に被害者遺族は救われるのか。少なくとも死刑執行で終わりではないはずだ」と話し、被害者ですら確定死刑囚との接触を断たれる現行死刑制度の閉鎖性について批判した。
 また、被害者遺族に対し、メディアがほしがるコメントは常に決まっている。たとえば、「~は許せない」や「~に極刑を求む」などといった表現だ。確かに被害者遺族は、事件直後は冷静さを失い、そうした感情になることはやむを得ないだろう。しかし、時間がたてば何かが変わるかもしれない。死刑が執行されてしまってはその可能性もなくなってしまう。被害者遺族が加害者に直接話をする機会がなくなってしまえば、遺族の「なぜ殺されてしまったのか」という疑問は永遠に消えることはない。
 「大事でない命なんてどこにもないんです」。河野氏の力強く、真っ直ぐな言葉が頭から離れない。松本サリン事件の直接の被害者であり、また冤罪被害者でもある河野氏の言葉であるからこそ実に説得力がある。


・浅野教授が考える死刑制度

 第2部のパネルディスカッションでコーディネーターを務めた辻弁護士によると、死刑判決が再審無罪になったケースはこれまでに四件あるそうだ。
 約二百件に一件の割合で死刑判決における冤罪が出る。つまり、確定死刑囚の二百人に一人は何の罪もないまま国家によって殺されてしまうという現状だ。また、量刑誤判のケースも考えられるという。実際は無期懲役であるのが妥当だが、裁判の手続き上、何らかの判断ミスで誤って死刑判決が出てしまっているというケースだ。
 このように、「どんなに手続きを踏んでも、どんなに人権が確立されても冤罪は防げない」と浅野教授は述べる。浅野教授は冤罪者が死刑になることに対して「自分の子が殺された時のことと同じぐらい想像すべきであり、たとえ99人の犯罪者が逃げても、1人の冤罪者も出さないことが重要だ」と話す。
 確かにその通りだ。それほどまでに一人一人の命は重い。殺されていい命なんて決してないのだ。それがたとえ犯罪者の命であっても。「どんな人も変わることができる」と、全ての人が考えることのできる寛容な社会を目指すべきだと浅野教授は語る。生まれた時からの悪人なんてこの世界にはいないのだから。


・元オウム死刑囚からの手紙

 「そんな優しい人を殺していいんですか」。それまでとは違い、河野氏は悔しそうな口調で、会場に集まった約100人の聴講者に疑問を投げかけた。
 河野氏はこの講演会が行われる約2週間前の3月16日に、松本市から移り住んだという鹿児島でお連れ合いの方を亡くされた。そのちょうど前日に、その女性の病状を心配し、おすすめの病院や治療法を紹介する手紙が届いたそうだ。その手紙は元オウムで確定死刑囚である中川智正氏からであった。
 河野氏はこれまでに四人の元オウム死刑囚と面会を果たしており、それぞれが人を殺すような悪党という印象ではなく、優しい面を持っているのだという。また、河野氏は元オウムの代表であり、現在は確定死刑囚である麻原彰晃氏を「麻原さん」と必ずさん付け呼ぶ。それは、麻原氏が容疑者となった時から続くのだが、まだ真犯人だと分かっていない状況で呼び捨てにするということはおかしいといった考えだ。
 つまり、推定無罪の法則を忠実に守り続けた結果、現在まで「麻原さん」とい呼び続けているのである。さらに、河野氏は麻原氏の死刑執行には否定的である。麻原氏に死刑を執行してしまえば、一連のオウム事件の真相を追求することができなくなってしまう。また、現在の麻原氏は精神の崩壊により、訴訟能力が失われているのではないかという話がある。しかし、裁判所は麻原氏の治療をする手続きをとることなく裁判を続け、1審で裁判を打ち切るという暴挙に出た。
 我々が間違ってはいけないのは犯行当時の精神状態の問題ではなく、現在の訴訟能力の問題である。裁判中、もしくは服役中に精神に異常をきたした場合、たとえ人を殺した者でも治療を受ける権利がある。しかし、麻原氏にはその権利が認められないということが問題だ。
 今年に入り、谷垣法相により三人の死刑が執行された。世間ではオウム関係者が死刑執行されてもおかしくない状況に入ったと言われている。中川氏は獄中でいつ自分に死が訪れるかわからない状況で河野氏に手紙を送っていたのだ。自分の死を顧みずに他人の心配をできる優しい心の持ち主なのだ。「そんな優しい人を殺していいんですか」。谷垣法相にこの河野さんの言葉を直接投げかけたい。

(了)


掲載日:2013年6月19日
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