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  ブライアン・コバート先生&浅野ゼミ SPECIAL GUEST SPEAKER・戦争体験者講演会シリーズ

長崎原爆被爆者・中野士乃武さん
公開講演会のお知らせ


 同志社大学社会学部メディア学科では、長崎原爆被爆者・中野士乃武さんの公開講演会を下記のとおり開きます。
 中野さんは19歳の時に被曝した体験をもとに「勝っても負けても残骸だけで何も残らない。戦争はやっちゃだめだ!」と訴えます。

『国際コミュニケーション論』公開講義 (講師:ブライアン・コバート)

【日時】5月16日(木) 4限(午後2:55~4:25)

『原爆の地獄絵を見た』~私の長崎被爆体験~

【場所】同志社大学今出川校地新町学舎・臨光館201教室(R201)

【アクセス】交通案内:京都市営地下鉄「今出川」駅から徒歩7分

新町校舎へのアクセス:http://www.doshisha.ac.jp/information/campus/access/shinmachi.html

【主催】社会学部講師:ブライアン・コバート、社会学部メディア学科教授:浅野健一

中野士乃武(なかの しのぶ)さん
 1926年生まれ。1945年8月9日、旧国鉄に勤務していた19歳のとき、爆心地から 1.8キロメートルの長崎市内で被爆。戦後も、長崎、関西で国鉄職員として勤務し、56歳で定年退職。69歳まで民間企業に勤務。
 66歳のとき、京都原水爆被災者懇談会と関わりをもち、世話人を務める。2003年、日本原水協の代表団の一員としてニューヨークの国連本部を訪問、国連事務次長や各国の国連代表部に核兵器廃絶を訴えた。現在も被爆体験を語り、核兵器廃絶、平和を訴え続けている。87歳。京都市内在住。

Mr. Shinobu NAKANO was a 19-year-old employee of the Japanese National Railways in Nagasaki when the world’s second atomic bomb was dropped on the city by the United States military on 9 August 1945.
He was 1.8 kilometers from the hypocenter of the blast.
In the years since then, he has spoken out against war and the use of nuclear weapons.
Today, in a very special presentation, he brings his story and message to Doshisha University.
Come and listen to a viewpoint of war, as directly experienced by an atomic bomb survivor.

 事前申し込み不要・直接教室にお越しください。

以上


掲載日:2013年5月13日
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