Asano Seminar:Doshisha University
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浅野ゼミ企画
「国策とメディア―沖縄と福島から」テーマに連続シンポ

















 2012年7月28日(土)と29日(日)、同志社大学今出川校地・寒梅館ハーディホーで2日連続シンポジウム「国策とメディア―沖縄と福島から」が開催され、28日は西山太吉・元毎日新聞記者、29日は小出裕章・京都大学原子炉実験所助教がそれぞれ基調講演した。
今回のシンポジウムは、ジャーナリストの岩上安身氏によるIWJ(Independent Web Journal)と浅野ゼミによるUSTREAMでの中継が行われた。以下のリンクから見ることができる。

1日目
IWJの中継
20120728「戦後日本のなかの沖縄―日米安保・密約とメディア―」西山太吉 氏講演会】
http://www.ustream.tv/recorded/24305368
http://www.ustream.tv/recorded/24299074
http://www.ustream.tv/recorded/24297608

2日目
ゼミによるUSTREAM
同志社大学 小出裕章氏 講演会 7月29日
http://www.ustream.tv/recorded/24321409

IWJの中継
2012/07/29 浅野健一ゼミ企画 2日連続シンポジウム 「福島原発事故後を生きる~どう向き合うか」
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/24723
※このページのみ、掲載期間終了後は、IWJ会員限定記事になります。

 シンポには延べ約800人の参加があり、成功裏に終了した。遠くは熊本県教組の2人をはじめ東京の大学教員、地方公務員ら遠方からも多くの人たちが来てくれた。
 両日のシンポジウムは社会学部浅野健一ゼミ生らが中心となり、半年前からアポイントから資料作成・当日の進行役までを務めた。主催は、28日が「同志社大学社会学会・社会学部メディア学科」との共催で、29日は浅野ゼミ主催という形で行われた。以下は、そのシンポジウムの簡単な記録である。後日、詳しい報告をアップする予定。


☆7月28日(土) 「戦後日本の中の沖縄 ―日米安保・密約とメディア―」
(同志社大学社会学会・社会学部メディア学科の共催)
 28日のシンポジウムは、浅野健一ゼミで以前から振興のある西山太吉氏に加えて、密約問題を追ってきた記者2名を招いて開催した。「同志社大学社会学会・社会学部メディア学科」と浅野健一ゼミの共催で、企画やアポイントなどは浅野ゼミが担当した。
 28日はまず、元毎日新聞記者の西山太吉氏による基調講演で始まった。講演は日米外交史を1960年の日米安保条約から現代まで再考し、日本のユニークな対米従属構造がいかにして出来上がったかを分析した。西山氏は時折講演台を拳で叩きながら、そういった密約問題に関心を示さない日本のマスメディアを厳しく批判した。

















 第二部では北海道新聞の徃住嘉文記者、朝日新聞の諸永裕司記者ら、沖縄返還密約の情報開示訴訟をめぐる報道に携わった現役記者とともに、国家権力による嘘である密約に対して、ジャーナリズムがどう戦うべきか、ということをテーマにパネルディスカッションが行われた。質疑応答では、市民から「頑張っている記者の記事がなぜあまり新聞で採用されないのか」という質問があり、これに対し北海道新聞の徃住記者は「特に地方紙の場合は、読者の声に非常に敏感だ。読者の方が電話一本入れて記事を誉めてくれたら地方紙は変わる。」と答え、マスメディアを変えるためには読者である市民の協力も必要であるということを訴えた。(若山 翔)

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☆7月29日(日)福島原発事故後を生きる ~どう向き合うか~

(浅野健一ゼミ主催)
 小出裕章氏を招いてシンポジウムを開催しようと話が出たのは、2011年春頃である。
 浅野ゼミでは3年生から、テーマを決めて2年間のゼミ研究を行なっている。2011年4月、研究テーマが「東日本大震災・東電福島原発事故とメディア」に決まった時、小出裕章氏を呼びシンポジウムを開こうとゼミ生らで話し合っていた。
 今回のシンポジウムが決まったのは、今年の2月頃で、ゼミ生がアポイントメントをとった。「毎日が戦争のような日々」、そして10件に1件しか講演を受けられないという状況の中、無理をしてお願いした結果、本シンポジウムを開催するに至った。
 このような機会を与えて頂いたことをこの場で感謝したい。
 29日シンポジウムでは、事前予約400と当日来場者合わせて約600名の参加があり、「原発問題・原発とメディア」について今、高い関心が集まっている事が伺えた。
 シンポジウムは、まず第一部で小出裕章氏(京都大学原子炉実験所 助教)が2時間半にわたり講演した。そして、第二部では3名のゲストから短い報告を行った後、全体で「原発とメディア」をテーマに討論した。
 第一部の講演では、米国の原爆製造から遡り、”平和利用”に至った歴史的背景、そして福島原発事故の現状を丁寧に、そしてわかりやすく説明した。
 「電気料が二千分の一になる」、「山間へき地を選ぶこともない。ビルディングの地下室が発電所ということになる」といった1954年当初の新聞社説を読み上げ、会場からは笑いが上がった。原子力発電所は、当初から過疎地に押し付ける方向で進められてきた。福島原発事故が起こりながらも、未だ誰一人として責任をとった者はおらず、それどころか、無反省に再び推進しようとしている姿勢を小出氏は厳しく批判した。そして、マスコミについても、「Yes,But」姿勢をとり、原子力政策を進めてきた事を非難した。

 しかし、講演の最後は、原子力に抵抗する人が存在する点にも触れた。「原子力に抵抗している人もいる。南海日日新聞の斉間満氏、ルポライターの明石昇二郎氏。そして浅野ゼミの人たちは『DAYS JAPAN』(広河隆一編集長)4月増刊号で、昨年3月11日から一週間、テレビ、ラジオ、新聞がどういう報道をしたか、ネットではどういう情報が流れたかなどを事細かく検証してくれた」と述べ、「こういう人たちがいてくれたおかげで、何とかまだわずかながら、正しい情報が私たちのところに届いたのだと思う。日本のマスコミにももう少しまともに私はなってほしいと願っている」と評価した。

 第二部では「原発とメディア」が中心テーマであった。
 十数分の報告の中で、海老澤徹氏(元京都大学原子炉実験所助教授)は、原子炉地下に放置されている汚染水問題について解説した。事故の報告書でも出てきておらず、勿論、マスコミでも一切話題になっていないが、深刻な問題であると報告した。
 亘佐和子氏(毎日放送記者)は、「懺悔」と称し、マスコミ記者が、「もし原発特集を作るとしたら」ということをリアルに証言した。番組が作られない理由としては、「スポンサーの圧力」というよりは、内部での「自主規制」による要因が大きいと指摘した。所属している部署での仕事をこなしながら、取材を重ね、番組を作る事は非常に大変で、やっと放送するに至っても、今度は視聴率との兼ね合いがあり、事故以前に番組を作る事は難しかったと述べた。















 小出氏は「日本のマスコミはあらゆる事象で、賛成、反対の両方を平等に客観的に伝えると言っている。しかし3・11前は原子力に反対する私たちの声をマスコミはどこも取り上げなかったし、ましてや今でもテレビはほとんど取り上げることもない。本当に賛成と反対を取り上げてくれるようなマスコミは日本には存在していないと私は思う」と指摘した。
浅野健一氏(社会学部メディア学科教授)は、「これまで国策に関わってきた者は、どれだけ悪いことをしても、その一切の罪を免責されてきた」と批判した上で、「そのような社会を変えよう」という点を強調した。(入江貴弘)

 8月4日の北海道新聞は《編集員報告》《反原発の声高まる関西》《日本の悪い点全て出た。 シンポ企画 同志社大・浅野健一研究室 事故直後の報道分析》などの見出し記事で、29日の小出氏の講演と討論を記事にした。徃住嘉文編集委員の署名記事。写真は全てカラー。

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 以下は浅野教授からのお礼の言葉である。
[猛暑の中、浅野ゼミ企画のシンポに参加してくれた市民、学生のみなさんに心よりお礼を申し上げます。登壇者のみなさん、共催団体になってくれた社会学会(28日の共催団体)とシンポの進行に協力してくれた学生支援課のみなさんにも感謝します。
1948年に創立された新聞学専攻(現在のメディア学科)の伝統を正しく受け継ぎ、日本のマスメディアが人民の知る権利にこたえるという本当の役割を果たしているのかを、沖縄と福島の問題に共通するキーワード「国策とメディア」をとおして考えることができました。情報犯罪とも言うべき政府と記者クラブメディアによる「本当のことを伝えない罪」を検証し、どうすれば新しい社会を作っていけるかをみんなで構想する大切さを痛感しました。
 28日の「戦後日本の中の沖縄―日米安保・密約とメディア」では西山太吉さんが究極の政治犯罪である日米密約について、権力に立ち向かった実体験をとおして講演してくれました。望月詩史・大阪商業大学非常勤講師がコーディネーターを務めてくれた二部の討論では、徃住嘉文・北海道新聞記者と諸永裕司・朝日新聞記者がわくわくするような「ジャーナリズムの原点」の話をしてくださり、学生たちのジャーナリストについての見方を大きく変えてくれたと思います。記者になりたい、報道関係の仕事に就きたいと思う学生が増えてほしいといつも願っています。
 また、29日の「福島原発事故後を生きる~どう向き合うか~」では小出裕章・京都大学原子炉実験所助教が2時間40分にわたって原子力に関する歴史を踏まえての講演がありました。二部の討論では、院生の矢内真理子さんがコーディネーターになって、海老澤徹・元京都大学原子炉実験所助教授が福島第一原発の汚染水について報告、亘佐和子・毎日放送記者はメディア現場の経験に基づいて話をしてくれました。
 浅野ゼミは、二つのシンポから学んで、新しい社会を構築するための努力をする決意です。みんなで日本に人民が主権者となる民主主義社会をつくるために不断の努力を続けましょう。]  
(了)


掲載日:2012年8月10日
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