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原発マフィアによる「再稼働」を許すな!
土井淑平氏が同志社でのゲスト講義で訴え























 私の共同通信社会部の先輩である土井淑平氏(元共同通信記者、写真左)が5月29,30日に同志社大学経済学部で特別講演(計3回)を行った。テーマは「人形峠のウラン鉱山開発の負の遺産と福島」だった。
 鳥取在住の土井氏は人形峠ウラン鉱害に取り組み、『原子力マフィア』(編集工房朔)、『放射性廃棄物のアポリア』(農文協)、『原発のないふるさとを』(小出裕章との共著、批評社)などの著書がある。
 土井氏にお願いして、浅野ゼミ(4年)で、5月30日(水)3限に今出川キャンパスの伝統あるクラーク記念館1番教室(CL1)でゲスト講義をお願いした。講義には大学院メディア学専攻の村上直之講師の履修生、学部2、3年生も参加した。
 土井氏を同大に招いた経済学部の室田武、岸基史、和田喜彦各教授が浅野ゼミのゲスト講義の実現に協力してくださった。心から感謝したい。
 土井さんは1998年に社会学会の招きで、同志社大学で講演している。

 以下は、土井氏の特別講演について、5月25日付で和田喜彦教授から届いた案内文である。

 《5月29日と30日、ジャーナリストの土井淑平さんが同志社に来られます。土井さんは、鳥取県と岡山県境にある人形峠周辺のウラン鉱山開発にともなう鉱害の問題を長年に亘って研究・告発されてこられました。また核エネルギーの利用全般についての鋭い批判を発信するなど、気骨があり、そして倫理観にあふれるジャーナリスト、そして市民活動家でもあります(以下略)》
 土井淑平氏の略歴
 鳥取市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。元共同通信記者。市民活動家。四日市公害(1960年代後半)、川内原発建設反対(1970年代)、青谷原発立地阻止(1980年代)、人形峠ウラン鉱害(1980年代末~現在)などに取り組む。
 著者に『原子力マフィア』(編集工房朔)、『放射性廃棄物のアポリア』(農文協)、小出裕章との共著『原発のないふるさとを』(批評社)など。
 公式HP:http://actdoi.com
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 土井氏は講義とゲスト講義で「福島第一原発がいまだに危険な状態なのに、ベトナムへの原発輸出を進め、関西電力大飯原発3、4号機の再稼働を強行しようとしているのは、全く信じがたいことだ」と強調した。
 「国会事故調で、菅直人前首相が『原発は国策(国策民営)で進めてきた』と述べたように、日本では、まさにルイ一四世の『朕は国家なり』ならぬ『朕は原発なり』だ。産業・官庁・政界・大学・マスメディア・労組・司法の七つで原子力マフィアを形成してきた。産業の中には、東芝・日立・三菱の三大原発メーカーだけでなく、新日鉄や鹿島・大成建設などのゼネコン、メガバンク・生保なども含まれる。
 今後のエネルギー政策については「原子力政策をやめ、クリーンエネルギーによる発電を増やす。これまでは原子力のみ力を入れた為に、クリーンエネルギーは開発が進んでいない。だから現状はコストが高いが、ドイツやスペインは現在総発電量の20%を再生エネルギーで賄っている。日本も進めていけば同様の状態にできる。原発が止まれば、経済発展や生活がままならないという声があるが、全機止まっても大丈夫だ」と断言した。
 土井氏が講演しているのと同じ時間帯に、鳥取県伯耆町で開かれた関西広域連合の首長会合は再稼働に向けた政府の安全対策を評価して、暫定的な再稼働なら容認するという姿勢に後退した。同日夜、四閣僚が協議して再稼働に向けて動いた。これまで脱原発的な姿勢を見せてきた大阪市の橋下徹市長は31日、大飯原発の再稼働について「上辺や建前論ばっかり言ってもしょうがない。事実上の容認です」と報道陣に語った。「この夏、どうしても(電力不足を)乗り切る必要があるなら、暫定的な安全判断かもわからないけれども、僕は容認と考えている」と述べた。
 橋下氏の言う「電力不足」は原発マフィアが垂れ流すデマだ。 
世論調査で再稼働反対が大勢を占める中での、なりふり構わぬ再稼働強行は、野田首相ら松下政経塾出身の民主党の首脳は米国CIAと日本の経団連の傀儡政権であることを証明している。「私が責任をとる」というが、十万人の市民が福島から避難を余儀なくされていることに、全く責任をとらない民主党対米隷従派が、二度目の事故にどう責任をとるというのか。
 記者クラブメディアは政府と関電のデマ情報を検証もせずに垂れ流し、再稼働を推進している。原発報道の再犯だ。
 記者クラブメディアは、3・11報道を総括、反省・謝罪していないのだから、また同じ過ちを繰り返すのだ。
 原発がなくても社会も経済も何の問題もなくまわるという事実こそ、権力にとって最も不都合なことだ。だからこそ、再稼働を強行するのだと思う。反原発・反日米軍事同盟の広範な政治勢力を人民の手でつくる時だ。
 記者クラブメディアの御用記者に聞きたい。あなたたちはなぜ、東電の犯罪を追及しないのか。東電に強制捜査が必要ではないか。東電の前の会長・社長らを拘束し、関係書類を押収すべきだ。東電役員の業務上過失致死・致傷の罪は免れない。
 京都の二つの交通事故では、同乗者や車を貸した大学生らも逮捕された。バスツアー運転手が起こしたとされるバス事故では、運転手が逮捕され、会社にガサが入った。福山のホテル火災でも刑事責任が問われている。どうして東電経営者は被疑者にもされないのか。
 小沢一郎氏は今も刑事被告人にされているが、東電・前会長らの被疑事実は小沢氏のそれの何兆倍にもなるだろう。
 メディア学を専攻する研究者は、原発マフィアの一員になってきた企業メディアの責任を追及しなければならない。「実名報道マフィア」「記者クラブマフィア」の利益を代弁している「学者」にジャーナリズム論を教えてもらう大学生は不幸だ。

 以下は4年ゼミの栗本翔多さんらがまとめた記録である。この記録は、お忙しい中、土井さんに加筆していただきました。心より感謝します。【浅野健一】

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 6月8日、野田佳彦首相は「国民の生活を守るために大飯発電所3、4号機を再起動すべきというのが私の判断であります」と述べました。
 ほんの一週間ほど前、土井さんの講義にて、「国民生活を守るため、再稼働すべきでない」ということを学んだばかりの私は、一体首相が、「国民」という言葉で誰のことを意味していたのか、疑念を抱かざるを得ません。
 誰が原発を推進してきたのか、原発推進の裏で何が起きていたのか、そして原発が構造的に抱えている問題を、ジャーナリスト土井淑平さんは明らかにされています。 【栗本翔多】
 
〜人形峠ウラン残土について〜
 1955年、日本で初めてウラン鉱が発見された場所。58年から探鉱に当たった原子力燃料公社(=現、日本原子力研究開発機構)が、45万立方メートルのウラン残土を放置。
 動燃(67年より動力炉•核燃料開発事業団)が、90年、鳥取県東郷町(現湯梨浜町)の方面(かたも)自治会の求めに応じ、放射線量の高い3000立方メートルの残土を撤去する協定を結ぶ。
 残土の搬出先となった岡山県が受け入れを拒否。鳥取県内でも自治会同士がぶつかり合い(核のゴミ戦争)、方面自治会が2000年に提訴。04年最高裁で、自治会が勝訴。これは、日本で唯一勝訴した原発関連訴訟である。290立方メートル の高レベル残土を6億6千万円かけて米国ホワイト•メサ精錬所に輸出。

〜青谷原発建設反対運動について〜
 1980年、鳥取県青谷に原発建設が予定されていることが、県議会で発覚。婦人会、労働組合、市民グループ、鳥取県内の各界の共同アピール、町議会、この五つの壁で反対運動。1989年、原子炉立地予定の土地を、二百数十名で共同所有することで決着。原発建設反対のモデルケース。

〜福島第一原発事故について〜
 11年12月16日、野田首相の「収束」宣言に関し、「信じられない」。使用済み核廃棄物が無害化するのは、10万年後とも、100万年後とも言われている。

質問
■「3.11以降の原発報道についてどう思われるか?報道の問題点とどうあるべきだったか?」
 「新聞やテレビを見てきたが、問題は政府や東電の言うことを支持する御用学者が次から次に出てきたこと。浅野教授、ゼミが協力したDAYS JAPANを見て、マスコミは政府見解にどうしても流されてしまう(と感じた)。例えば、ヨウ素剤の問題、あるいはSPEEDIの情報が、米国政府、軍には提供されていたのに、国民には公表されなかった問題。マスコミが追求しないといけない。」

■「これからの日本のエネルギーはどうしていくべきか?原発に関しても再稼働の問題があるが」
 「原発は全停止して、最終的には自然エネルギーへの転換が必要。これほどの電力消費国は日本だけ。自然エネルギーを無視してきた。なぜかというと、原子力発電は日本の国策だった。『朕は原発なり』。本来使える火力•水力発電を遊ばせて、原子力を人為的に高めてきた。30%は原子力に依存しているから、止めたら日本経済がダメになると言うが、全原発が停止されている今の発電容量で十分間に合っている。今遊ばせている火力•水力をもっと活用しなくてはいけなかったのに、さぼってきた。そのつけが今、大飯原発の問題となっている。今の原発が0でも十分間に合う。現在の再生可能エネルギーはコストが高い。しかしそのコストを下げるために育成しないといけない。例えば、ドイツは自然エネルギーが1/4ある。ドイツは育成してきた。だから今、脱原発に向いている。今は、火力•水力を使いながら、自然エネルギーを育成してコストを下げるのが、政府の役目。」

■「処理方法がないのになぜ進められてきたのか」
 「原子力はトイレのないマンションだ。それが今、現実になった。低レベル廃棄物は浅い地層に埋めて、約300年保管する。しかし、高レベル廃棄物は10万年かかると言われている。政府は、ものすごい資金を投じて、青森県六ヶ所村に処理施設を作ったが、それは動いていない。使用済み燃料は青森県下北半島でプールにつけて、冷やしているが満杯状態。去年、モンゴルに核廃棄物を持って行くという日米の計画が報じられたが、モンゴルは当然拒否した。米国も高レベル廃棄物処理の見通しがまだ立っていない。ユタ州の処理施設は、住民の反対にあって、まだ決着がついていない。このように、核廃棄物処理の見通しがないまま、どんどん原発を作ってきた。後は、野となれ山となれというのが、原発を推進してきた人々の心にはある。
 日本人150人が広島原爆1つの死の灰を抱えている状態。例え福島原発事故が起きなくても、核廃棄物の処理方法はないという現実。かつて低レベル廃棄物を太平洋に廃棄する計画も、太平洋諸島の猛反対に遭い、ロンドン条約で禁止された。青森県に保管している。世界中にも高レベル廃棄物を処理出来る施設は一つもない。現在、フィンランドが新しい処理施設で注目されているが、現在はトイレのないマンション状態。」

■「原発を廃止させるために我々市民に何が出来るのか?」
 「政、官、財、労、大、報+司法。八角形が寄って集って原発を推進している。だから私はマフィアと呼んでいる。原子力村ではない、マフィアである。巨大な利益複合体。これが方向転換するとは思いにくい。だから方向転換するようにしなければならない。デモもある、署名活動もある。しかしどれだけ署名活動をしても変わらない。財界であれば、日立、三重、東芝という原子炉メーカーに加え、大手鉄鋼(新日鉄)、ゼネコン(鹿島建設)、銀行(三菱や三井住友)、生保(日本生命)などが進めてきた。市民に何が出来るかというカギは、自治体だと思う。特に原発のある地元、周辺自治体が反発する。もう一つは、住民投票。市民が起こせる力である。地方自治体の抵抗と市民の住民投票が一番、原発に働きかけるうるものと考える。」

■「鳥取での原発建設計画をどう潰したのか具体的に」
 「原発建設を止めるひとつのモデルケースだと考える。県議会の情報をキャッチして、青谷周辺の婦人会が立ち上がって、有権者の過半数の署名を集めた。青谷の地元に反対の会を組織。鳥取県の各界、農業、漁業、教育、労働、文化の代表的な人がアピール。票を集めた。5つの住民会で、市民のネットワークで反対した。青谷町議会でも、反対の議会決議。それだけではなく、土地を押さえなくてはいけないということで、原発建設予定地を市民二百数十人で共同所有した。」

■「原発のベトナムへの輸出や、中国、韓国で原発建設の動きがあるがどう思うか」(浅野教授)
 「(輸出に関して)日本では、昨年3月11日に事故を起こし、未だに解決の目処が立たないまま、冷温停止などと宣言されている。特に4号機は使用済み核燃料プールが倒壊する恐れがあるような危険な状態だ。そのような中、この期に及んで原発を輸出しようとしている。『信じ難い』の一言だ。先日の事故調では菅前総理が『原発は国策(国策民営)で進めてきた』と述べたように、日本では、まさにルイ14世の『朕は国家なり』ならぬ『朕は原発なり』だ。産業、官庁、政府、議会、大学、報道、労組、そして司法の8つで原子力マフィアを形成してきた。産業の中には、東芝、日立、三菱の三大原発メーカーや電力会社だけでなく、新日鉄や鹿島、大成建設などのゼネコン、メガバンク、生保なども含まれる。このような原子力推進者達には、私が今も暮らす『村』のような表現ではなく、『マフィア』と表現すべきだ。(他国の原発建設について)中国や韓国でもし原発事故が起きた場合、偏西風の影響もあり日本へも放射性物質は飛散する。チェルノブイリ事故の際は4月27日に事故が発生し、5月6日には日本に到達した。また、日本各地で母乳からセシウムが検出された。自国だけの問題ではない。」

■「これからのエネルギー政策の展望は」
「原子力政策をやめ、クリーンエネルギーによる発電を増やす。これまでは原子力のみ力を入れた為に、クリーンエネルギーは開発が進んでいない。だから現状はコストが高いが、ドイツやスペインは現在総発電量の2割ほどを再生エネルギーで賄っている。日本も進めていけば同様の状態にできるだろう。原発が止まれば、『経済』『生活』がままならないという声があるが、全機止まっても大丈夫。」

〜紹介のあった著書、映画〜
•『原子力マフィア—原発利権に群がる人びと—』土井淑平(著)編集工房 朔 (2011/12)
 福島第一原発事故の収束なき放射能汚染の現実。スリーマイル、チェルノブイリの原発事故を上廻る現実を突きつけられても今なお原発を推進しようとしているのは誰か?―。(Amazon.com「BOOK」データベースより)
•『原発のないふるさとを』 小出裕章(著)土井淑平(著) 批評社(2012/2)福島原発事故の脅威から地域住民の原発立地阻止運動と人形峠ウラン残土撤去運動を原点に原発のないふるさとを希求する。(Amazon.com「BOOK」データベースより)

•映画『イエローケーキ』監督 ヨアヒム・チルナー

2011年アラスカ国際映画祭コダック賞
エコフィルム映画祭ホイユー・フォン・ディトフェール賞
大西洋自然と環境フェスティバル最優秀記録映画賞
2005年~2010年
ドイツ/デジタル/108分
Pandra Films(http://pandorafilms.wordpress.com/)より

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                                   ☆土井氏の講義
 下記は、5月30日3限に今出川キャンパス、クラーク記念館1番教室(CL1)での土井淑平氏ゲスト講義の記録である。
文責 栗本翔多

(土井淑平さん=以下、土井さん)「昨日から今日の午前中、「人形峠のウラン鉱山と核廃棄物の警鐘」というタイトルでお話しさせて頂きました。私は浅野さんと同じ共同通信の記者をやっておりまして、鳥取で生まれ育った人間です。鳥取支局に20年かな、居座りまして、どっか行ってくれということだったのでしょうけど、その度に『親が倒れた』だとか、『母親が病気だ』とか『父親が病気だ』とかへ理屈をつけて。鳥取に(退職後も含めて)30年おりますけど、その間に、青谷というところ、青い谷と書くのですけどね。鳥取県の中部に長尾鼻という岬がありまして、青谷という町名です。ここに原発立地計画がありまして、この計画をほぼ10年近くかけて潰しました。
 これは先手必勝で、予防闘争でね。水際で止めました。一度決定すると死ぬまで食らいついて話さないというのが、原発立地ですから。その正式決定以前、(情報を)キャッチした段階から、2、3年色んな運動で潰しました。最終的には、青谷の原発(反対運動)も決め手がないといけない。土地を取得して、七筆かな、それを共有化しました。二三百人で。それで死命をせいしたと思っています。
 ちょうどそのころ、鳥取県と岡山県の県境にある人形峠周辺でウラン残土の放置が発覚しました。
 ウランの採掘は日本では、人形峠と岐阜県の東濃地区の二カ所あります。特に人形峠でウランが採掘される。それは1950年代終わりから60年代初めにかけてですけど、最終的には、人形峠のウランも、品質も埋蔵量も、原発の商業ベースにのる、量でも品質でもないということで撤収するんです。採掘したのは原子燃料公社(=現、日本原子力研究開発機構)という国策法人なんですけど、撤収した後も、膨大なウラン残土をほったらかして、撤収したんです。ウラン残土の放置が発覚したのは、1988年です。人形峠周辺の12地区で採掘されて、ウラン残土の放置量がなんと45万立方メートル。45万立方メートルと言いましたら、日本の全ての原発施設から出た核廃棄物の倍以上。それが既に(鉱山の)入り口から出ていたという問題で、ウラン残土の撤去を求める運動がありました。それは鳥取県側の東郷町の方面地区でありました。今は湯梨浜町といいます。12地区のうち唯一、鳥取県側の方面地区というところで住民が撤去を要求して、なんと放置発覚から18年かけて撤去を実現したんです。もちろん全量撤去じゃなくて、方面地区には1万6千立方メートルのウラン残度がありまして、そのうちの3000立方メートルです。
 今、日本原子力研究開発機構というんですけど、かつて動燃(67年より動力炉•核燃料開発事業団)と呼んでいました。その動燃と方面地区の自治会が、1990年にウラン残土の撤去協定を結びました。しかし、撤去先がないということでもう、すったもんだ、すったもんだ。特に、動燃は人形峠の岡山県側の事業所に3000立方メートルの撤去を予定したんですけど、岡山県が拒否。核のゴミ戦争の始まりです。日本における核のゴミ戦争の始まりだと私は思います。
 岡山県が拒否したので行き場がなくて、鳥取県内の三朝町という人形峠の県境に一次保管しようとしたんですけど、三朝町が拒否。東郷町(現、湯梨浜町)の別所地区の岩盤に穴を掘って、保管しようとしたんですけど、今度は別所地区が拒否。いたるところが拒否で核のゴミ戦争。二転三転どころか、七転び八起き。そのような経過を経て、最終的には、方面地区の中心人物で、かつてウランを発掘していた採掘労働者が一人おりまして、この榎本益美さんが自分の土地にあるウラン残土を一袋持ち上げて、人形峠の事業所に持ち運んで自主撤去した。自主撤去といっても、大きな1トン弱。800キログラムありますから、手で持ち上げるわけにはいかない。チェーンブロックで吊り上げて、車で運ぶという。その実力行使が大きな衝撃になりました。それまでウラン残土の撤去運動というのは、ほとんど報道されていない。私は共同通信から全国に配信しました。地方紙は確かに載せていましたが、全国紙はほとんど報道していませんでした。
 この(榎本さんの)撤去の時は、NHK全国ニュース、朝日全国ニュース、毎日、読売全国ニュース、大きく報道されました。この実力行使の後に、結局方面地区も裁判に持ち込みます。裁判に最終的には勝つのですけれども。この裁判の時に、皆さんもご存知の、菅政権の時総務大臣だった片山善博がそのとき鳥取県の知事をしていました。その知事が、ウラン残土訴訟支援して、訴訟に勝利しました。皆さんご存知ないと思うのですけれど、日本の原発訴訟は全て敗訴しています。方面地区の撤去訴訟が唯一の勝利です。最終的には、最高裁で。もちろん原発本体の訴訟ではない、しかし原発関連訴訟で唯一の勝訴。前例のないことで奇跡に近いことだと思う。とは言っても、人形峠周辺に45万立方メートルありますから、撤去が完了したのは方面地区の1万6000立方メートルのうちの、放射線量が高い3000立方メートル。ですから基本的には、人形峠は立ち入り禁止柵、土砂が流れるのを防ぐ堰堤の設置はしているけれども、後はそのまま放置している。人形峠のウラン残土もね、福島の事故以来注目されまして、私も何度もテレビ局や新聞社の取材に応じ、現地を案内し、また今度も共同通信大阪社会部の女性記者が取材に来ます。それからテレビ朝日も6月に取材に来ると聞いています。
 ということで、この人形峠が注目されているのは、福島の事故で、もちろん食品も汚染されて大問題。海も汚染されて大問題。土壌•瓦礫が汚染されてね、今瓦礫を広域処理だと称して、全国各地で引き取ってくれということで、引き取るところもあれば、拒否するところもあって、瓦礫が今大問題になっている。私は核のゴミ戦争が起きていると思うんです。それは人形峠のそれよりはるかに巨大。また瓦礫だけじゃなくて、土壌も汚染されて。去年の8月の段階で、福島の公立の小中高校の校庭がセシウムに汚染されて、その土を除染しないといけない。除染と言っても、放射能が消えてなくなる訳ではないので、校庭を削って、校庭の片隅に集めて、シートを被せるとか、ちょっと穴を掘ってそこに置くとか。それしか出来ない。放射能が消える訳ではない。福島の学校の校庭の一部移転させた土砂の量が、人形峠45万立方メートル(のウラン残土)の1/3くらい。学校だけで膨大な土壌が汚染されて、そのような問題があります。最大の問題は事故炉です。事故炉の使用済み核燃料を抜き出して、処理しないといけない。政府は3、40年で廃炉の処理が終わりますと言っているが、廃炉は3、40年で片がつくものではない。なぜなら廃炉の中には、使用済み核燃料が入っていまして、これは猛毒です。ウラン残土どころではない。ウラン残土も猛毒で、放射能の半減期が45億年ですから、ウラン残土がある限り永久に放射能が出続ける。45億年と言ったら地球の年齢です。それでやっと放射能が半分になる。ところで福島の事故を起こした事故炉の中には、使用済み核燃料がありまして、その毒性の持続は、10万年かかるんです。数十年で片付くことではない。これは各国政府、原子力当局が認めていることです。使用済み核燃料、高レベル廃棄物というのは10万年毒性が続く。10万年は人間の(生活)環境に出てはいけない。
 ところが米国の原子力規制委員会は10万年では済まないと言っています。100万年かかると言っている。逆に、10万年前と言ったら、ネアンデルタール人が生きていて、ホモサピエンスが登場した時代。100万年前と言ったら、原人のピテカントロプスやシナントロプスが登場した時代。じゃあネアンデルタール人にちょっと一つ、10万年かかるけど、この使用済み燃料なんとか管理してくれと言えるのか、あるいはピテカントロプスやシナントロプスにちょっと申し訳ないけど、100万年、この使用済み燃料預かってくれるかと言えるのか。 そのような問題が現に起きている。福島の事故が起きなくても、核廃棄物はどんどん出ておりまして、後始末が出来ない。にっちもさっちもいかない。どこの国の政府もそうです。米国もユッカマウンテンに使用済み燃料処分すると言ったら、住民が猛反対。これも頓挫しました。結局原子力発電はそのような大事故の危険性ももちろんあります。と同時に、核廃棄物の処理が出来ないという問題があるんです。日本に今54基の原発があって、今停まっています。停まっていますが、これまでにその原発から出た核廃棄物はね、広島原爆に換算して、110万発だったかな。これ小出さんの試算。日本人150人に広島原爆1発の死の灰を抱えている。それだけの死の灰を抱えている。どうするのかと。私は原子力発電というのは、結局始末の仕様がなくて、後は野となれ山となれということを原子力を推進している人たちの本当の心の中にはあると(考えています)。自分たちの世代をなんとかすればいいと考えているに違いないと。それ以外ないのですから。というような話を先ほど(他授業にて)してきました。ありがとうございました。」

(浅野健一教授=以下、浅野教授)「 経済学部は4回授業ですか。」

(土井さん)「3回です。昨日夜一回、今日午前中1回(、この後1回)。」

(浅野教授)「今さっき見えたのは、室田武先生です。また和田善彦先生らが土井さんを同大に呼ばれたんですね。では、《東日本大震災・福島原発事故とメディア》をテーマに共同研究している4年ゼミのヒョンさん質問をどうぞ。」

(ヒョンさん)「(質問が)二点あります。一点目は、3月11日以降の原発の報道についてどう思うか、報道の問題点と、そしてどうあるべきだったかということを聞かせて頂きたいです。」

(土井さん)「事故が起きて、毎日テレビも観るし、新聞も注目していました。やはりですね、問題は政府や東電なんかの意見を代弁する御用学者というのが次から次に出てきたことです。皆さんもご存知かもしれない、気付かれたかもしれないですが、いわゆる御用学者が、『大丈夫です』『心配入りません』『健康に影響ありません』。それが洪水のように、特にテレビ、もちろん新聞でもね、そのような報道がなされていまして、マスコミの報道は非常に大きな問題だったと思います。
 先ほど、浅野さんの研究室がね、マスコミの初期報道を調べて、デイズ(DAYS JAPAN)という雑誌に発表されて、私もそのデイズを買って読みましたけれど。やはりマスコミの報道は、どうしても政府当局あるいは御用学者達の見解に流されていて。やっと最近になっていろいろ問題が出てきていますよね。例えば、(原発)事故が起きるとヨウ素が飛んできますので、ヨウ素剤を飲ませないといけないのですが、それを飲ませていないと。  それからSPEEDI。文部科学省がSPEEDIで放射能の拡散を計算しているのに、米国軍及び米国政府にはその情報を提供しているのに、国民には公開していない。といったいろんな問題が出てきています。本来なら、マスコミがヨウ素剤どうなっているんだ、SPEEDIはどうなっているんだと追究しなければいけないのに、そういうことが出来ていません。一つは記者もあるいは新聞社、報道局も、もちろん福島の事故あるいは原発について十分な知識は持てないのだろうけど、どうしても報道は当局に依存してしまう。そういう問題があると思います。」

(ヒョンさん)「ありがとうございます。もう一点、これからの日本のエネルギー政策はどうしていくべきでしょうか。原発についても、廃止すべきか、再稼働すべか、どのようにお考えですか」

(土井さん)「これは今皆さんも、大飯原発の再稼働問題が、新聞の一面にぼんぼん出てきて関心を持たれていると思います。私の基本的な考えは、もちろん原発は全て停めてね、火力や天然ガスの発電も含めてね、つなぎながら、最終的には自然エネルギー、再生エネルギーをもっと育成しないといけない。これは日本だけなんですよ、これだけの大電力消費国で、自然エネルギーを無視してきたのは。
 なぜかというと、日本において原発は国策。『朕は国家なり』じゃないけど、『朕は原発なり』って姿勢でやってきました。それは未だに変わらない。本来使える火力や水力も遊ばせて、原発の比重を人為的に高めてきたんですよ。今、(総発電量の)30%を原発に依存している。だから原発止めたら、日本の経済駄目になるなんて言っていますけど、実は今の日本の全ての発電施設の発電容量で、最大使用電力より十分余剰があるんですよ。十分間に合うんです。ところが、使える火力や水力を遊ばせているから、原発が人為的に30%になっているけど。原発全て停めても、今の発電施設で十分持つんです。しかし、もちろん遊ばせているから、今すぐ動かせっていうのは無理なのもあるかもしれないけど。福島の原発事故以後でもね、本来遊ばせている火力、水力、特に火力をもっと活用しないといけない。そのつけが、今大飯原発の再稼働(問題に)に出てきている。今の発電設備能力でも、原発がゼロでも十分間に合う。そういうデータがある。
 日本が人為的に原発依存を進めてきたが為に、自然エネルギー•再生可能エネルギーを育成してきていない。確かに、自然エネルギー•再生可能エネルギーはコストが高い。しかしそれを支援して育成しなければいけなかった。例えばドイツという国は、自然エネルギーの比重が1/4ぐらいかな。二十数パーセント。スペインもそうです。ですから、ドイツは今脱原発に舵を切ったんですね。そういう背景もある。日本は自然エネルギーを無視してきた。
 だからこれからは、もちろん火力•水力も使わざるを得ない。しかし火力も長期的には、化石燃料ですから。特に石油は。でも火力、水力はもちろん使いながら、自然エネルギーを伸ばしていく。今は、コストが高いが、下支えして育成し、普及していけばコストが下っていくんです。普及するまでの期間はどうしてもコストがかかるけれど、それは政府が援助すればいい。それ(エネルギー資金)をみんな原発に投入している訳ですよ。膨大な金を国家が使っているんですよ。それをやめて、自然エネルギーにシフトする。それが、基本的には、(国家の)姿勢、スタンスであるべきだと思っているんです。」

(栗本翔多)「使用済み核廃棄物は処理する方法がないにも関わらず、なぜこれまで原子力は進めてこられたのでしょうか。」

(土井さん)「これは私たちも30年40年も前から言ってきたんです。原発はトイレのないマンションじゃないかと。核廃棄物をどうするんだと。トイレのないマンションじゃないかと。それが今現実になってる。核廃棄物のうち、低レベル廃棄物は、浅い地層に埋めて300年くらい保管すると。その間に放射能も減衰していくと。ところが、高レベル廃棄物は、先ほど申し上げたように(毒性が失われるまで)10万年、100万年かかると言われている。確かに、政府、電力会社は、高レベル廃棄物は、深地層にトンネル掘って、ガラス固化体にして保管していくんだと言っています。しかし、まずガラス固化体にする青森県下北に六ヶ所村というところがあって、そこが最初に工場を建設していて、ところがまだそこは動いていない。トラブル続きで、本来なら動いているはずだが動いていない。ですからガラス固化体も出来ないで、使用済み燃料をどんどん下北に持って行っているのです。
 もちろん各原発サイドに、プールがあってその使用済み燃料を冷やしている。しかし、そのプールも満杯状態。各原発のプールもほぼ満杯に近づいている。下北にあるプールも満杯に近づいている。本当に困っているんです。持って行き場がない。パンク寸前。ですから去年、一部の報道で報じられましたけど、モンゴルに核廃棄物を持っていくという計画を日米で進めようとして、モンゴルは拒否しました。米国も高レベル廃棄物の処分の見通しが全くたってない。ユタ州のユッカマウンテンに処分するという計画がずっと以前からあったけど、何十年かけても住民が反対している。まだ決着がついていない。宙ぶらりん。そのように核廃棄物の処理の見通しがないまま、原発をどんどん作ってきたと。これが実態なんですよ。
 さっき私言いましたけど、後は野となれ山となれと。それが原発を進めてきた人々の心の中に、根本にはあるんですよ。だからこんなことが出来ると思うんですけど。ところがさっき言いました。たしか今広島原爆110万発分の死の灰が出ている。換算すれば日本人150人が1発分の死の灰を抱えているに等しい。そんな状況です。困ったことに。福島の事故が起きてその廃炉がどうなるかで注目を浴びつつあるんだけれど、福島の事故が起きなくても、核廃棄物の処分の見通しがない。これが現実です。かつて、低レベル廃棄物を太平洋に捨てようとして、太平洋諸島の住民が猛反対して、これはロンドン条約で禁止されました。ですから、青森県六ヶ所村のごく浅い地中のところに処分するということが進められました。低レベル放射性廃棄物の保管ですけど。高レベル廃棄物にいたっては今言った通り。本当に見通しがない。世界中に高レベル廃棄物を処理出来る施設はないんですから。最近はフィンランドのオンカロ(処分場)というところが、高レベル廃棄物を処分するんだと。オンカロが今注目されていますが。どこも現実に処分した国は一つとしてない。それが実態です。トイレのないマンションないしは、ブレーキの利かない自動車が暴走しているようなものです。」

(ヒョンさん)「私自身反原発の考えなのですが、原発を国に廃止させるために、私たち市民に何が出来るのでしょうか。」

(土井さん)「もちろんデモも必要でしょうし、やらざるを得ない。しかし、どれだけデモをやっても止まらない。私原子力マフィアという本を去年の暮れに出しましたけど、今原発推進体制というのは、私は産業、官庁、政府、議会、大学、報道、労働組合。この七角形ないしは、ここに司法を加えれば八角形だと。この七角形ないしは、八角形が寄って集って原発を推進している訳ですよ。原発推進体制、ないしは原発翼賛体制。だから私はマフィアだと呼びます。福島の原発事故の後に、原子力村という形で、原発を推進している機関、複合体がクローズアップされました。
 私は原子力村と呼ぶのは反対です。私もね、鳥取の農村部の生まれなので、村というのを蔑称で使ってほしくないと。原子力マフィアだと。皆さん観たことないかな。米国映画に『ゴッドファーザー』というのがありましてね、フランシスコ•コッポラという監督の作品です。シシリー島から出てきた米国のマフィアを描いた3部作の映画です。私はこの映画が好きで何度も観たんですが。原子力マフィアであって村ではない。原発を国策として推進しているのは原子力マフィアであると。それは、さっき言いました。
 産業、官庁、政府、議会、大学、マスコミ、労働組合、司法が推進しているのであって、これは巨大な利益複合体。利害複合体でね、これは生半可なことで方向転換するとは考えにくい。やっと福島の事故で方向転換せざるを得ない状況に、賭場口に至っていると思います。そこで一体私たちに何が出来るのか。デモもあれば集会もあればね、署名もあります。しかし私いくら署名をやっても止まらないと思うんです。結局、原発の決定権を持っているのは、産業、官庁、政府ですよね。産業だって電力会社だけがやっているんじゃないですよ。中心になっている電力会社と、東芝、日立、三菱という原子炉メーカー、原発を作る会社。皆さん家電製品買われるでしょ。でもあれは、単なる家電メーカーではないんです。原発メーカーなんですね。その比重が大きい。それだけじゃない。大手鉄鋼、新日鉄とか。大手ゼネコン、鹿島建設とか。大手銀行、三菱とか三井とか。大手生命保険会社、日本生命とか。寄って集って原発を推進しているんです。日本のトップ企業が集まっている。新日鉄にしても、鹿島建設、大成建設にしても。寄って集って、日本の原発を推進してる、支えている。ですからなかなかのことで転換するとは思えないけど、市民が何が出来るかということを考えた場合ね、一つは自治体が抵抗すること。
 自治体の抵抗は有効ですね。現に大飯原発の再稼働でも、原発立地の大飯町、福井県知事は推進、再稼働に賛成です。ところが、大阪府市、京都府、滋賀県は反対しています。そして関西広域連合の都道府県知事もうんとは言わない。地方自治体が、特に原発のある地元、あるいはその周辺自治体が反対するべきだと。これが一番効果のあること。もう一つは、これは私、持論で前から展開しているのですが、住民投票をするべき。大飯原発に反対する住民投票条例を請求する、住民投票にかけるべきだ。確かに大阪と東京で住民投票条例の制定運動が起きて、一定の票を集めている。それを採用すれば、都や大阪は住民投票に変わるんだが、何しろトップが採用しない。東京の石原知事も、大阪の橋下市長はね、あれだけ脱原発を言っているなら、住民投票を採用するべきだったと。それはところが自分は今脱原発やっているから、経費の無駄だなんて、これはちょっと賛成出来ない。でも、一応橋下知事は、大阪府市で脱原発を掲げて、原発をやめろと関電に要求しています。それは評価出来る。住民投票が一番市民が持てる、力を発揮しうるものである。必ずしも住民投票が原発のある周辺自治体で、すぐに効果があるかは状況にもよるけれど、私は地方自治体の抵抗と、住民投票が原発に待ったをかけうるものであると考えます。」

(若山さん)「先ほどのお話の中で、鳥取県青谷というところに原発の建設計画があって、それを潰したということなんですが、具体的にどうやって潰したのか、お願いします」

(土井さん)「実はその報告を本にしまして、今年の春に『原発のないふるさと』という本を小出裕章さんと私の共著で出しました。3本論文があって、一つは小出さんが『福島で何が起きたのか』、私が『福島から原発のないふるさとへ、青谷原発立地阻止運動に学ぶ』、もう一つは『原発のないふるさとの核廃棄物』。原発のない人形峠にもウラン残土が放置されていた。これは人形峠のウラン残土の撤去運動について。この中の『福島から原発のないふるさとへ、青谷原発立地阻止運動に学ぶ』にまとめて報告していますけど、私はこれが一つの原発(建設)を止めるモデルケースであると自負しております。
 原発の計画が出てきたのです。もちろん、まだ電力会社が青谷に建設すると発表していない、(発表を)する寸前、県議会でね、自民党の代表質問で出てきた。その情報を事前にキャッチして運動を始めた。私は、冗談じゃないんだけど、福島の事故前、原発は五重の壁に守られていると(言われてきた)。核燃料をペレットに包んでいるとか、圧力容器だとか、原子炉建屋だとか。五重の壁に守られているという人がいましたよね。その五重の壁じゃないんだけど、青谷の原発立地の反対運動の一番大きな力になったのは、婦人会です。今まだ鳥取県連合婦人会という婦人会がありますけど。この青谷の周辺にも、ここを気高郡といいまして、今は鳥取市と合併しましたけど。気高郡連合婦人会が立ち上がって、草の根運動でね、有権者の過半数の署名を集めました。有権者の過半数を集める署名運動がまず一番大きな防波堤になった。それから青谷の地元にも、設置反対の会という住民組織が出来ました。それからもう一つは、鳥取県の各界、300人の共同アピール。農業、漁業、教育、労働、文化、各界の代表的な人が共同アピールを出しました。これは全県的な運動です。ですから、鳥取県で、婦人会の運動、青谷の地元の運動、そして共同アピール。
 この青谷原発の青写真を私がキャッチしまして、1980年の秋です。私は共同通信鳥取県支局に1980年秋に帰ってきて、その(年の)暮れにキャッチして、翌年81年から運動を始めました。(運動を)色んなところに伝達していきながら、ある時点で記事にしたんです。記事には、私共同通信と地元の日本海新聞が暴露したんです。二人でね、ここで暴露しようと。もちろん準備を進めた上で。と同時に、婦人会、地元の住民組織、共同アピール、それから市民グループを作っていったんです。鳥取県には三つの大きな都市がありまして、鳥取、倉吉、米子と。青谷の地元に、青谷原発設置反対の会、気高郡に、気高郡ふるさとを守る会。五つの市民グループないしは住民グループを作って、市民のネットワークを作って、反対運動をやった。それと県総評というのがまだありまして、日本全体では総評(日本労働組合総評議会)というのが存在して、総評が社会党と組んで、原発反対運動をやっていました。県総評にも連絡とって、県総評も独自に県総評大会で反対決議上げるとか。婦人会、労働組合、青谷の地元、市民グループのネットワーク、県内各界の共同アピール。五つの私たちの運動がインパクトになって、青谷の町議会が反対決議を上げたんです。それを、県にも提出する、それから国にも提出する。これは、議会の決議ですから、公的な意味が大きくてね。婦人会、労働組合、市民グループ、共同アピール、そして青谷の町議会、地元議会が反対を申し入れるということで、私は五つの壁だと。そのような運動を集中的にやりました。
 特に、1980年暮れにキャッチして、1981年、最初の2年に集中的にやって、だいたいそれで止めたと思うんだけれども。それでも安心出来ないので、1989年―それまで毎年、青谷で我々市民グループは合宿もするし、 活動をして警戒して。色んな人を呼んで講演会もするんだけれども、それだけでは決め手に欠ける。結局土地を押さえなければならないということで、原発の炉心部の土地、七筆を取得しました。そしてそれを共有化しました。全部で、二百数十人が所有しました。それで息の根を止めたと。そのような運動で、青谷の原発は、阻止しました。これは予防闘争のモデルケースだと自負しております。」

(村上先生)「滋賀県知事の嘉田由紀子という人なんですけど、元々エコロジー、最初に水質のことを唱えられた人で、市民運動、主婦の力で、知事になられた方です。つまり嘉田さんは原発に反対だと私は思うんです。彼女にマニフェストさせるいい教えをお聞きしたい。(嘉田知事は)脱原発を言っている著書を最近出しまして、知事に何が出来るかという本なんですけど。知事が、声を大にして、(原発反対を)表明するには、どうプッシュしたらいいのでしょうか。」

(土井さん)「知事に向かって、脱原発を表明してくれという運動が欲しいところですよね。どのような運動がいいのかというのは滋賀県の状況にもよりますけど。私は出来るのなら、県民投票条例を作ろうと。県民投票条例の運動を起こし、これは知事に対する大きなバックアップになりますよね。仮に県民投票条例を作っても議会が認めないんですよ。日本の議会は、地方議会も。議会があるのに住民投票は必要ないなんてね。自分たちの方が権威があるなんて言っていますけど。これは大間違いでね。住民投票は直接住民の意思を反映するじゃないですか。たしか、静岡県でね、浜岡原発の県民投票条例の署名運動をやろうとしていると聞いたことがある。これはもう少し調べる必要がある。原発のある立地県が県民投票をすれば多くの人が反対するでしょう。例え、原発のある町が賛成しても、これは大きな圧力になる。だから私は、滋賀県も県民投票条例運動を起こせば、滋賀県の皆さんが。というふうには思います。」

(浅野教授)「同志社の教授も結構滋賀県に住んでいますから。ぜひ頼みましょう。」

(院生)「政府や御用学者政府が言うことを、マスコミは伝えるだけというお話がありましたが、記者は学者ではないので、詳しくは知らないという意見を聞いたことがあります。記者が自分で調査をしたとしても、専門家ではないので、その信憑性というのは高くないと思われるかもしれません。政府の言うことは、正しいとマスコミは報道して、現在はいくつか政府が違っていたという報道もありますが、記者はどのように大衆に真実を伝えるのか、なにか方法はありますでしょうか。」

(土井さん)「これは浅野先生の領域ですけれども、個々の記者がどれだけ良い取材をし、情報を掴み、それを伝達しようとしてもね。まずデスクというところで手を入れられます。デスクが記者の書いた記事に手を入れるんです。だから記者が伝えたいことがそのまま出てこない。記者自身もある意味、自己規制しているんです。マスコミの報道というものはこういうものだと。それもあるし、特にデスクの体制というのが、報道をいわばチェックして、原稿にします。デスク体制の中で、記事がかなり規制されてきます。またデスク体制の上に、部長がおりまして、編集部の幹部の意向というものが当然デスクには伝わっています。デスクも会社の報道体制を汲み取って、自己規制すると。本当に難しいのは、記者が本当に伝えないといけないと思って書いても、そのまま記事にならない。こういう問題があります。」

(浅野教授)「土井さんみたいな人がデスクだったら良いんですけど、鳥取支局に行かれてしまったので。土井さんは、普通だったら社会部のデスクであるべきなんですけど。私も外信のデスク業務をしたんですけど。今日配布された資料の中に、魚住昭さんが週刊現代に書いた記事(2011年9月3日付)のコピーがあります。経済学部の資料です。彼も共同通信を辞めたんですよ。青木理という人も、今テレビ朝日に朝(2011年4月から『モーニングバード』コメンテーター)出ているけど、彼も凄く優秀です。田中宇も優秀な人です。魚住さんは記事中で「私が共同通信の社会部記者だったころ、カリスマ的な存在感を持つ先輩記者が社内に二人いた。外信部の辺見庸と鳥取支局の土井淑平さんである。」、「その辺見さんが『共同で唯一人、尊敬する記者』と言っていたのが実は土井さんだった」と名前を挙げていました。浅野健一もいるぞって思ったんですけど。」

(土井さん)「結局マスコミの体制が問題で。昔に比べれば、最近は記事に署名が付いてきていますね。あれは良いことだと思います。署名記事にするなら、もう少し記者の書いた通りしてほしいんだけれど、デスクでスクリーニングにかけられて、除染されるんですよ。マスコミのデスク体制を含めた問題、それと一体になっているのが記者クラブ制度です。記者それぞれ社会部の友軍以外は、だいたい記者クラブに入っています。つまり官庁や、東電のような大企業は記者クラブを設けていて、そこにどんどん情報を流す。外信記者だってそうです。外務省もね。それから原発の場合、特に影響が大きいのが経産省。経済部の記者とか、外信の記者っていうのは、この記者クラブ制度にかなり縛られていると思う。つまりそこで、かなり重要な報道をすれば、記者クラブで取材出来なることはないにしても、敬遠される、外される。新聞の編集幹部も、その記者を代えて、経産省、外務省の意向を伝えるような記者を配属させるでしょう。その記者クラブ制度が日本のマスコミのネックになっています。」

(院生)「記者クラブ制度には、反対の声も多いと思います。なぜ記者クラブ制度があるのでしょうか。記者クラブに反対されるマスコミの方、学識者で反記者クラブ制度を作っては。」

(浅野教授)「記者クラブは無くすしか(方法は)ないんです。記者クラブは日本にしかないんですね、中国にもありません。だから日本より中国の方が、取材がしやすいという外国人記者は多いですよ。つまり記者クラブはないんですね。他の国にはないんです。でも、こう言っているのは私だけで、同志社大学の教授も私以外は皆、記者クラブにもメリットがあると言っています。」

(土井さん)「東京に自由報道協会というのがあってね、今年四月にドイツの『イエロー・ケーキ』という、世界のウラン採掘地を撮ったドキュメンタリー映画がありまして、その監督の記者会見を自由報道協会で行いました。日本にも人形峠というウラン鉱山があったんで、ちょっと来てその話をしてくれというので、チルナーという監督と一緒に記者会見に臨んだんです。ですから、記者会見の枠外のルートというのは、自由報道協会というのは現にあって、色々な会見をしています。記者クラブ制度というのは、マスコミの記者しか入れないのですけれども、自由報道協会というのは誰でも来て取材してよろしいと。この自由報道協会でやったのが、私のホームページにあります。」

(浅野教授)「上杉隆さんが代表で、違う大学ですが、学生時代から知っています。」

(村上先生)「韓国にも(記者クラブ制度)があったんですが、廃止しましたよね。」

(浅野教授)「2004年に廃止しました。(その経緯は)私の本に書いてあります。韓国には導入したのですが、いわゆる満州国とか、台湾には導入しなかったんです。ただ、朝鮮だけは導入して、それをずっと軍事政権が使っていたんです。1945年になっても。それを盧武鉉政権が、盧武鉉大統領の公約が、記者クラブの廃止だったんです。日本による戸籍制度も廃止したんです。韓国はすごいですよ、自分たちで戦って、変えていっているんですから。
 (例えば、)南京大虐殺がありましたが、良い虐殺はないんです。虐殺は止めるしかないです。Massacreというのは止めるしかない。(それと同じように、)良い記者クラブはあり得ないんです。(あるいは、)女性差別もそうです。女性差別は止めるしかない。女性は大学に入れませんって、この大学もね。同志社大学は一番初めに、女子学生が入ってきたんですよ。その第一期生が土井たか子さん。女性は、大学に行く必要がないって言ったんですよ、昔は。それはやめるしかないですよ。それが、毛沢東が言った、天の半分は女性が支えているということです。一部の女性だけ入れるってなったらおかしいでしょう。記者も、朝日新聞の人は入れるけど、ちっちゃい新聞は入れませんとか、どっかのラジオは入れないなんておかしい。職業に差別を持ってはいけないですよね。悪い制度は廃止する。また、さっき土井さんが言ったことで大事なのは、政府、議会、官僚、財界、労働組合、マスコミ、大学ね。ここに、土井さんは司法も加えられて。本当はこの三つ(政府、議会、司法)が互いにチェックしないといけない。あるいはこの三つ(官僚、大学、マスコミ)は互いにチェックしないといけない。議会が裁判所、裁判所が議会。ちゃんと憲法を守っているのかとかね。三権のチェックが互いにないんですね。問題は、ここ(官僚)とここ(財界)なんです。国会議員は選挙から、落ちるんですが、官僚は市民がチェックすることがないんですね。東京大学出て、そのまま官僚になるんですよ。慶応の経済学部出て、そのまま東電の社員になるでしょ。誰も市民がチェック出来ない構造になっているんですよ。
 だから本当はここ(マスコミ)がチェックしないといけない。それで、今一番駄目なのがここ(大学)、二番目がここ(マスコミ)なんですよ。だからマスコミだけじゃないですよ。ここ(大学)がもっと悪い。大学にマスコミを批判する学者がいないんですよ。みんなテレビ局の顧問をしたり、番組委員になって、車で迎えにきたりしているから。ウォルフレンというオランダの学者が言うに、日本は東京大学と、朝日新聞、NHKが駄目だから不幸だと。分かりやすく言えば。だからそこを改革すれば良くなるかも。(市民がチェックする方法として、)悪い新聞は読まなければ良い。悪い大学には行かなければ良い。(財界に対しては)悪い商品は買わなければ良い。だから電力会社に投資している銀行には預けないとか。小さい銀行とかね。コバート先生という方がいるんですけどね、ブッシュに献金している企業は使わないんですよ。だからスターバックスは入らないわけ。シティバンクなんか絶対預けないんですね。その企業のリストを作っていて、マクドナルドなんて入らないんです。」

(村上先生)「原発の話に戻るんですが、元朝日新聞のやすはるさんがブログをやっておられて、福島の集団疎開裁判を紹介されております。その中に、福島の小中学校の教育施設にあるホットスポットの測定は、3.11以降の緊急の課題であってということを言われていますが、小中学校の汚染度の調査を公表していなくて、一市民が情報開示を含めて、それをまた彼がブログ上で伝えている。河北新報とか頑張っているメディアでさえ、報じていない。」

(浅野教授)「土井さんはこの後3時から、S21の教室でゲスト講義をされるので、時間のある方はぜひ。」

(土井さん)「最後に、今のマスコミの問題。マスコミに登場するのは御用学者であると。小出さんのような学者はほとんど使っていない。特に大手マスコミは、週刊誌なんかはたまにありますが。その分、今小出さんの本は非常に売れています。大手マスコミは、小出さんのような批判的な学者を登場させないといけません。」

(浅野教授)「室田先生も出ていませんよね。室田先生もずっと原発のことを研究されておられて、一橋の教授だったんですが、同志社に来たんです。なぜ一橋から来たのかよく分からない。非常に有名な方です。原発はコストが非常にかかるということを仰っています。」

(土井さん)「原発の経済学では彼がパイオニアである。」

(浅野教授)「立命館の大島先生が有名ですが、彼が前からね。」

(土井さん)「同志社に室田さんがおり、立命に大さんがおりですね。」

(浅野教授)「私が共同通信に入ったとき、社会部に配属されて、土井さんが8年くらい先輩だと思うんですけど、会社の中で凄い人がいるなと影響を受けました。私が共同通信をやめることになったのは、土井さんから学んだことがあるからかなと思います。こういう人がいるっていうのが、マスコミの労働現場で闘う人がいるっていうことが衝撃でした。共同通信だけでなくマスコミには、会社に入るまでは左翼、リベラルな思想を持っていた人がほとんどですが、会社に入ってからは体制化、保守反動化する人が多いんです。土井さんは全く変わらないというか、どんどんラディカルになっていく。ある種、日本では同じことを言い続けるとラディカルになるんですね。普通のことを言うと、変わっていると言われるんです。例えば、米国とも仲良くするけど、中国とも仲良くするって言うともう駄目なんです。米国がまず一番大切で、そのついでに中国ともちょっとって言わないと駄目でしょ。米国軍に守ってもらうのが当然だと。昔はそんなことなかったんですけれどね。それで土井さんには昔ね、1998年頃に、浅野ゼミに、社会学会で来て頂いて、同じ話をされているんです。」

(土井さん)「当時は人形峠の決着がまだついていない、最中だったんです。」

(浅野教授)「戦っている時だったんですね。今日はたまたま経済学部の人が呼んで頂いて。私は土井さんに来て頂こうと思って、でも土井さん共同通信をやめてから、連絡先をどこにも登録していないんですよ。なかなか分からなくて、今回は和田先生が呼んで下さったので、みなさんぜひ4限の授業もどうぞ。今日はありがとうございました。」

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4限目
経済学部の室田武教授講座「エネルギー経済」での、ゲスト講義に浅野ゼミも合流。これとほぼ同じ内容のゲスト講義を前日29日夜の経済学部の岸基史教授講座「環境と資源」、並びに、30日午前の室田武・和田喜彦教授講座「環境と資源」でも行なう。下記は30日4限目の室田教授講座「エネルギー経済」よりテープ起こししたもの。

文責 亀山大樹
 
「人形峠のウラン鉱山と核廃棄物の警鐘」

 1 人形峠のウラン採掘とウラン残土の放置

(土井さん)「ただいま紹介にあずかりました、土井と申します。これから資料を使いながら、『人形峠のウラン鉱山と核廃棄物の警鐘』というテーマでお話ししたいと思います。
 冒頭に原子力の歴史というものをいれておりますけど、19世紀にドイツのレントゲン博士がエックス線を発見し、フランスのベクレルがウランの放射能を発見し、フランスのキュリー夫人がラジウムを発見し、というような経緯を経ます。レントゲンというのは、エックス線のレントゲンというのでしょうし、ベクレルというのは福島の事故でも放射性物質の単位として出てきます。フランスのキュリー夫人のラジウム、これは先ほど室田先生が言われましたように、三朝町の三朝温泉というのがラジウム温泉でして、体に効くんだということで全国から観光客もきます。しかしあとで申しますように、ラジウムは非常に危険な放射性物質です。それを売り物にしているのは問題だとかねてから言っているんですけども。このような経過のなかで、1938年ドイツのオットー・ハーンが核分裂を発見し、これがきっかけ、引き金になりまして、米国でマンハッタン計画というものが登場して、その計画のなかで広島・長崎に投下された原爆が作られた。
 で、あの日本にも原爆製造計画というものがあったんです。二号研究というものがありまして、二号研究というのは、理化学研究所の仁科芳雄先生に託した原爆製造計画で、仁科の二をとっています。そしてF号計画というのは英語の「fission」、核分裂からとった名前ですけど、二つの原爆製造計画があって、この計画には京都大学の湯川秀樹博士、日本人最初のノーベル賞受賞者これも参画しておりました。広島・長崎に原爆が投下され、戦後になりましてビキニの米国水爆実験が行われて日本の漁船が被災するという経過を経まして日本でも原水爆禁止運動が起きた。また一方で、原爆は軍事利用として、一方は平和利用として原発の立地が始まった。その日本全国各地で、原発立地に反対する運動が、反原発運動という形で登場します。日本の反原発運動は地域住民運動として始まります。 原子力の開発はいずれにしてもまずウランの採掘から始まりますので、このウランのことに触れてそれで先ほどの人形峠(3:36)に入っていきたいと思います。 

 人形峠の地図は資料に挙げております。真ん中の地図がその資料ですけど、大きく言って三つの鉱山群がありました。人形峠鉱山、それから東郷鉱山、それから倉吉鉱山。人形峠鉱山は岡山県側にあり、東郷鉱山と倉吉鉱山は鳥取県側にある。
 この人形峠周辺のウラン鉱山で探鉱・採掘にあたった事業体は原子燃料公社と呼ばれる国策法人でした。この公社はその後名前を3回変えまして組織替えしております。最初に変わったのは動力炉・核燃料開発事業団、いわゆる動燃。それから核燃料サイクル開発機構、いわゆる核燃。そして日本原子力研究開発機構、これは現在日本最大の原子力研究機関として文部省の管轄下にあります。
 人形峠の歴史はその下の年表にざっと取り上げ、そして、事業体の変遷もまとめておりますけども、人形峠でウランが発見されたのはこの資料の一番右上、1955年の11月にウランの露頭が発見される。これは大変な騒ぎになりまして、人形峠周辺でウラン採掘が始まる。そして、この右の下の写真、素裸同然で発掘している。これは先ほど申し上げました原子燃料公社の次に出来た動燃、動燃というのは国策法人で、パンフレットに出ています。つまりシャツ一枚で採掘しています。で、坑道の中ではラドンという非常に危険な放射性物質が充満しておりますので当然被爆して、この人達は肺がんになる可能性が非常に高い。その下の写真、子供を連れて坑道内の放射線を測定していく。この写真を見ていますと父親が下で放射線を測定して、その上で立っているのは子供です。これは、この父親の子供が放射線の測定を手伝っている。で、子供や女性とくに妊婦は放射線の影響が非常に高いので危険なんです。福島の事故でも子供は要注意だと、子供だけは危ないものを食べさせてはけないと言われる。子供がこうして坑道の中で測定している。もちろん、ラドンの影響によって肺がんになる危険性も持っております。

 その下が、ウラン残土放置発覚時、これは人形峠でウランが採掘されましたので1950年代の末から60年代のはじめにかけてです。そのウラン採掘、ウランを採掘したのですけど、人形峠のウランは品質も埋蔵量もとても商業ベースには向かない、とても商業用の原発を動かすことができないと言うことで、原子燃料公社も人形峠から撤収致します。 しかしそのあとに膨大なウラン採掘残土が残されました。この1頁目の下の写真はウラン残土放置発覚時の岡山県側のウラン残土堆積場。これは典型的なウラン鉱山の跡地です。で、この写真をみるとちょっと小山のように、あるいは小高い丘のようになっていまして、この上は確かに平たい台地のようなところでありまして、ウラン残土が問題になる以前は、この近くの家族連れが弁当を持ってこのウラン残土の上で弁当を開いて食べていた、行楽地になっていた。考えてみれば恐ろしいことです。
 ウラン残土の放置が1980年の8月に発覚しまして、岡山の地元紙『山陽新聞』が1面トップで暴露したのがきっかけですけども、それ以来ウラン残土の問題に取り組むんですけども、当時を調べてみますと、人形峠でウラン鉱床が発覚されたということで、人形峠のウランブームが起きましてね、ウランまんじゅうが生まれる、それからウラン風呂というものが生まれる。それからウラン焼きというものが焼かれる。そして、ウラン音頭というレコードが販売される。つまり、ウランブームが起きました。当時学校の教科書にも人形峠のウランが登場するといった具合でして、私はそのウラン音頭の曲も仕入れましたし、ウラン風呂というものも倉吉市にありました。
 そのウラン焼きというものはどんなものだろうと、でウラン焼きというのはウランの粉末を混ぜてそれでつぼを焼くと、非常にきれいな緑がかった光沢の焼き物ができるということで、日本だけでなくヨーロッパでもウラン焼きが焼かれていたんです。私は「ウラン焼きはないか、ウラン焼きはないか」と尋ね歩いて、ウランの窯元まで行きました。ウランの窯元もね、奥さんの連れ合いが腎臓透析を受けて、おじいさんは手が曲がっている。これは後で申しますけど完全にウランが放射能の影響なんですけれど、窯元まで行ってもウラン焼きがないものですので、家でその話をしていたら私の母親が「ウラン焼きならうちにあるで」と言うんでね、ウラン焼きを出してきたんですよ、きれいな光沢のウラン焼き、それ結婚の引き出物でうちにあったんですよ。というような話があります。
 2頁に移りまして、ウランの基礎知識の話をしまして、ウラン残土の話に移ります。一番上は天然における被曝線量。もちろん放射線は天然にも出ていまして、一つは宇宙線からきます。もう一つは地殻、土の中から出てくる放射線、これが体の外部から受ける被爆。一方で体の中に取り込んだ放射性物質が出す放射線、これを内部被曝と言いまして、図にあります、ラドン222。
 ラドンというのはこれから話しますウラン鉱山の被曝の主役です。これはラドンを肺に取り込むと肺がんになる危険性が高いからです。一方で地殻中の放射性物質例えば食べ物などで体の中に入った放射性物質が出す放射線。日本ではもちろん全国どこでも線量が少なくてもラドンが地中から出しております。宇宙線もありますけども。
ウラン鉱山なるものが主として2つ、人形峠と、これは私の地元の鳥取県と岡山県、さっき先生が示されました地図、県境の人形峠と、もう一つは岐阜県の東濃鉱山、ここにもウラン鉱山がありまして、埋蔵量からしたら東濃の方が多かったんですけども、いずれにしても人形峠の鉱山にしても東濃鉱山も商業用原発の原料になるには品質も量もとてもじゃないけど持たない、燃料にならないということで国産ウランの採掘を国が考えていたんだけども、諦めてここから撤収します。

 ウランというのは、怪人15面相というのですけども、ウランというのは二種類ありまして、原発の燃料になるウラン235と、それから原発の燃料にならないウラン238とあります。ウラン残土の中には、このウラン238が主たる物質でありまして、このウラン238がどんどん放射線を出しながら崩壊して、14回変身するんです。この怪人15面相のウラン238のところにありますけど、ウランが崩壊してプロトアクチニウムに変身して、トリウムになりラジウムになり、ラドンになるといった形で、最後に放射線を全部出し切って鉛になって安定する、それまでに14回変身する。ウランは怪人15面相だと。もっともウラン238を含めて。ウラン残土の中にこれらの放射性物質がいっぱい詰まっている。
 で、その中でも特に親のウランとラジウム、ラドン、これが一番問題なるものでありまして、ウランの崩壊に伴うウランの放射性物質という表の中に挙げています。ウラン238は放射能の半減期が45億年、半減期というのは放射能の強さが半分になる期間です。で、45億年というのは地球の年齢に等しい。45億年経ってやっとウランの放射能が半分になるので、結局ウラン残土がそこにある限り、放射能は永久に出続けるに等しい。で、ウラン238は骨や腎臓のがんの原因になります。
 それから、そのウラン崩壊系列の中でラジウムというものがでてきます。ラジウムは先ほど言いましたように鳥取県三朝町に三朝温泉というのがあって、ラジウムを売り物にして全国から観光バスが三朝温泉に保養にくるんですね。で、ラジウムもですね、放射能の半減期が1600年と非常に長い。1600年経ってやっと放射能が半分になる。非常に長くかかる。ラジウムは骨や肺のがんの原因になります。で、ラジウムが崩壊してラドンになります。ウランの崩壊系列の放射性物質は全部固体ですけども、ただ一つ、ラドンは気体です。ですから、ラドンは肺に取り込んで、肺にへばりつきます。とはいえ、ラドンは半減期が3・8日なんです。 3・8日と短いから取り込んでも大丈夫かというと大間違い。ラドンを肺に取り込みますと、3・8日減衰していきますけども、ラドンが崩壊して次に固体のポロニウムというものになります。それで、ポロニウムが崩壊して鉛、ついでビスマスになります。ですからラドンが崩壊しても固体のポロニウムや鉛やビスマスになって肺にくっつく。ですからラドンは危険なんです。で、肺がんの原因物質です。
 ここでウランにからめてちょっとエネルギーの話をしておきますと、よく原子力発電のPRにですね、「ウランは石油の200万倍のエネルギーだ」という宣伝文句があります。原発のパンフレットに出てきます。ところがですね、この原発で燃やすウランを取り出すのに、1トンのウランを取り出すのに、そこの表にありますが、全採掘に250万トンを掘らないとウランが取り出せない。ですから、ウランは石油の200万倍のエネルギーに対して、1トンのウランのために250万トンを掘り出さなきゃいけないわけですから、決して効率のいいものじゃない。これが第一。
 それから、エネルギーという観点から、室田武先生もですね、かつて出されました『エネルギーとエントロピーの経済学』とか、『原発の経済学』とか、こういった本に学ばせて頂いたんですけども、室田先生こそ原子力、ないしは原発の経済学のパイオニアです。室田先生が先鞭を切ってこのような本のなかで、原発の経済分析を始めました。で、エネルギーという観点から言いますと、原発は今、CO2、二酸化炭素を出さないから原発を進めるんだということが宣伝されておりますけど、実は、原発もCO2を出すんです。これは室田先生が指摘されていますけど、まずウランの採掘から始まりまして、精錬、濃縮、加工その過程でもエネルギーが要ります。それから原発の建設、巨大なドームを作る原発の建設、運転にもエネルギーが要ります。そして、廃炉の処理、放射性廃棄物の処理にもエネルギーが要ります。主として、エネルギーとは石油です。ですから、原発は石油の200万倍だ、効率がいいなんて言っていますけど、原発は結局大量の石油を始めから終わりまでの間に消費する。その過程で二酸化炭素も当然出るわけです。ですから、原発が二酸化炭素を出さないクリーンなエネルギーだというのは嘘だと。このことを一番最初に指摘されたのは室田先生です。私は20数年前だったか、室田先生の本を読みましてね、この通りなんだと確信を持ちましたけども、このような問題がある。
 それから、ウランあるいは原発のエネルギーという観点から見た場合、原発の今申しましたように二酸化炭素を出すだけじゃなくて、もっと厄介な死の灰、放射性廃棄物、核廃棄物を出す。これが大きな問題としてありまして、これは今日の話の一番最後に立ち返って触れたいと思います。

 2 ウラン鉱山における汚染と被曝の実態

 で、人形峠の周辺のウラン残土のことをこれからお話ししますけども、人形峠の12地区に放置され、全部で45万立方メートルあったんですけども、その内訳が2頁目の上の表です。12地区のウラン残土の堆積量と放射線量、それを挙げております。で、一番ウラン残土の堆積量が多いのは岡山県側の上斎原村の夜次(よつぎ)、夜の次と書いて夜次です。今、上斎原村は市町村合併をして鏡野町という名前になっています。この夜次にですね、全部で45万立方メートルあるウラン残土のうち24万立方メートルあります。これは、夜次は露天掘りで掘ってウラン残土を放置している。そういうところです。その下に中津河(なかつごう)という、1頁目の一番下の写真で示しましたところも典型的なウラン鉱山でして、ここのウラン残土のですね、放射線量が、そこにありますように59・6ミリシーベルト/年間、ほぼ60ミリシーベルトの放射線を出しております、最大で。  一方鳥取県側では、一番ウラン残土の多いのが三朝町の神倉(かんのくら)。ここに7万立メートルのウラン残土があります。で、放射線量ではね、その下の下、東郷町方面と書いてこれを「かたも」と呼びます。で東郷町は現在湯梨浜町というふうに名前を変えております。で、この東郷町の方面が堆積量が1万6千立方メートルなんですが、放射線量の最大が31・5ミリシーベルト/年間。そして、その方面地区の放射線量をより詳しく見たものをその下に挙げています。最大値は31・5、それから次に高いのは28・5。年間30ミリシーベルトくらいの高い放射線量をウラン残土が出しているわけです。で、その下に被曝に関する各種の放射線規制値をあげておりますけど、皆さん一般公衆の被曝線量、法令でここまでは被曝してもよろしいというのは、年間1ミリシーベルトです。ですからさっき見ました、岡山県側の中津剛の60ミリシーベルト、鳥取県側の方面の30ミリシーベルトがいかに高いかお分かりになると思います。
 ところで、あの、年間被曝線量1ミリシーベルトといいますが、この規制値といいますのが、じゃあこの規制値以下なら大丈夫か、影響がないかと言いますとこれはうそなんです。皆さん、小出裕章さんの本を読まれれば分かると思うんですけど、規制値というのは一種の我慢量です。まあ、ここまでは国の法令では認めますと、我慢量でありまして、放射線というのはどんなに微量でもそれ相応の被害、影響が出ます。1ミリシーベルト以下でももちろんそれに応じて確率は下がりますけども、どんなに微量でも放射線の影響を受けますのでね、ですから皆さん規制値だったら大丈夫だと思わないでください。
 特に女性の方、これから妊娠される方あるいは子供はですね、放射線の感受性が非常に高い。子供はだいたい大人の3〜5倍の感受性を持っていますので、それだけ影響を受けます。で、あの各種規制値で、放射線管理区域の設定目標値を挙げています。設定目標値を5・2ミリシーベルト/年間。さっき見ましたウラン残土の一番高いところ60ミリシーベルトとか30ミリシーベルトとかいかに高いか、つまり、5・2ミリシーベルト以上はですね、管理区域に設定して立ち入りを禁止しないといけない。ですからウラン残土の放射線量がいかに高いかを見てきたわけですけど、後でもう一度福島の実態を見ますけど、福島はもっと高いんです。べらぼうに高い。
 で、人形峠周辺のウラン残土の影響を私たちは系統的に調べました。人形峠と言いましても、鳥取県側の方面地区です。方面地区には榎本益美(ますみ)さんという方がかつてウラン採掘にあたった、ずっと岩石を砕きながらウラン採掘の作業に従事した榎本さんという方がおられまして、この方がこのウラン残土撤去運動の中心となりました。この方の協力を得て、方面地区の各種色んな農作物、土も水も植物も採取しまして京大原子炉の小出裕章さんに送って分析してもらう。これをですね系統的に年月をかけてやってきたんです。
 その一端がそこの新聞記事の見出しからとったものなんですけども、「東郷町方面で高いラドン検出」、「稲が放射能汚染」、「モミ米からも放射能検出」、「タケノコに放射性物質」、「人形峠の周辺の異常値」、とウラン残土の跡地の土や水やイネ科の植物、あるいは食べ物からも放射能が検出されるということになりました。
 例えばその下、ウラン鉱山からの流出ラジウム。ラジウムは先ほど申し上げましたように非常に危険な放射性物質でありまして、今問題になっているセシウムより毒性が強いんです。で、このラジウムがこの表によりますと、貯鉱場―鉱石置き場で、採掘したウランを貯鉱場に運んで、そこからケーブルで地上までおろす。その鉱石を当時の国鉄(現JR)の列車の貨物に積み込んで茨城県東海村まで運んで、それで精錬していたんですが―そのような経歴をもつ方面地区の貯鉱場と2号坑のウラン堆積場。先ほど方面で放射線量が高いところを2カ所示しましたけれども、方面地区のなかでもこの貯鉱場と2号坑の堆積場が大きな汚染源となりました。
それから、渓流がありまして小さな川を下っていきながら、放射能が薄まりながら集落に及び、水田に及ぶ。集落や水田からもですね、ウラン鉱山跡地のラジウムが検出される。これをデータで示したものです。で、当時伊勢湾台風というのが何年だったか正確には覚えていないんですけれども、その時にはウラン残土の堆積場から土砂が下流まで流出しまして、下流の水田を埋めて、水田にゴロゴロ石ころが露出していた。石ころというのはウラン鉱石です。ウラン鉱石が下流の水田にゴロゴロ流れ出たものですから村中総出でウラン鉱石の撤去作業をやったと言うことを聞いております。村じゅう総出というのは鳥取の言葉では「総事(そうごと)」と言います。
 そのような過去の伊勢湾台風によりますけども、台風によらなくてもこうして渓流沿いに汚染が広がっている。そして稲とモミ米から検出された放射能、これは小出裕章さんに検出してもらったものでして、稲やもみ米それぞれ鉛とかビスマスとかアクチニウムとか、ウランが崩壊して発生する先ほど怪人15面相で言いました崩壊して生まれる放射性物質が稲やモミ米から検出されました。
 一方で、このデータを発表しましたら、今度は動燃も自分たちで測定したけど出ませんでしたと言う。これは動燃の測定の検出限界値、つまり、精度が非常に悪いんですよ。小出さんのは遥かに高い精度で放射能が検出されている。まあ、いわば、動燃の測定はザルで水をすくうような測定だったということになるんですけども、そのような実態があります。
 3頁目に移りますけども、方面のウラン残土の跡地を写真で紹介します。左上、荒れ放題で坑口むき出しの方面鉱山。これは下1号坑の坑口という所の写真です。これは、ウランを採掘して30年後に放置が発覚したときの写真でこんな状態。つまり坑口むき出しですから、ラドンがどんどんしみ出してきているんです。非常に危険な状況です。
 この坑口は象徴的な場所なんで、ここには色んな人が訪ねてまいりました。米国のウラン採掘地の先住民、ホピ族やナバホ族の先住民もこの場所に来まして、私たち案内したんですけども、ホピ族やナバホ族の先住民は言ってました。「自分たちのウラン鉱山の跡地とよく似ている。ほったらかしている状態がよく似ている」。ホピ族というのは、昔皆さんもご存知のように「ホピの予言」という映画で、広島原爆の材料になった、ホピ族の土地から採取されたウランが広島原爆のもとになった、ということで知られているホピ族です。ホピ族のメッセンジャーもやってまいりました。それからこの方面にはですね、ナバホ族だけじゃなくて、和田喜彦先生はオーストラリアのレンジャー鉱山とかジャビルカ鉱山に現地視察にいっておられますが、そのジャビルカ鉱山の映画を撮りましたブラッドレイという監督も、数年前に人形峠、方面を訪れ、私が案内して、鉱山跡地を案内しました。それからイギリスのセラッフィールド、これは再処理工場のあるところなんです。一つの象徴的な場所。セラフィールドの活動家マーティン・フォアウッドさんという方も来まして案内しました。これも奇遇で、岸基史先生や和田先生もセラフィールドに行ったと、マーティンさんにも会ったと言っておられましたけども、この方達が来ました。
 それで、これから申します方面の一番問題の、ウラン鉱山の一番危険なこのラドンを私たちが測定してそのデータを発表しました。データについては後で説明しますけども、そうしましたら、ものすごい高濃度のラドンを検出して新聞発表したんです。ところが動燃が慌ててベニヤ板で塞いだ。坑口を。これは臭いものにフタの典型です。で、そのうちにですね、ベニヤ板ではいかにもまずいだろうということでしょう。今度は土のうで塞いだんです。この写真にありますように。最終的にはウラン残土の一部を撤去したあとに、こうしてコンクリートで固めたんです。坑口を。本来こうしないといけない、それだけ危険なものが出ている。
 (写真を見ながら)この坑口の前に立っているのは、さっきから申します、かつてウランを採掘した、そして方面地区のウラン残土撤去運動の中心となりました、榎本益美さんという方です。
で、これからちょっとラドンのデータを説明しますけど、3頁目の右上のラドン220の法令規制値、これは(大気中)1立方メートル中のラドンの濃度はですね、1000ベクレル、放射線業務従事者で1000ベクレルが規制値だと。1000ベクレルを越えてはいけないと放射線業務従事者でもですね。その次の300ベクレル、これは管理区域の設定が必要になる規制値だと。300ベクレルを越えたら放射線の管理区域にして人が立ち入ってはいけない。で、三つ目の9ベクレル、これはウラン鉱山とか核施設の敷地境界、境界でですね、ラドンが9ベクレルを越えてはいけない。これが日本の法令のラドンの規制値です。
 ラドンは地球上の土から微量ではあってもしみ出しておりまして、どこでもラドンは出てくるんですけども、国内の屋内のラドンの平均値が5ベクレル/1立方メートルです。ところで、方面で私たちがラドンを測定したところ、べらぼうな値が出てきました。動燃自身、これは現在の原子力開発機構ですが、動燃自身もラドンを測定しました。その公表データの一部は動燃が公表した大気中濃度、1立方メートルあたりだいたい10数ベクレルから数十ベクレルです。高いところでも100ベクレルちょっと超す、その程度と言いますが、それでも高いわけです。さっき見ましたように、ウラン鉱山ないし核施設の敷地境界は9ベクレルに抑えないといけないのに、10数から数十ベクレルまたは100ベクレルを超す、これは非常に高いわけです。
 ところが私たちが方面でラドンを測定したところ、こんなもんじゃない。大阪大学の福島・三藤測定の大気中のラドンは、当時大阪大学の助教授でありました福島昭三先生は、この方は亡くなられましたけども、それから三藤安佐枝技官、この二人に方面の(大気中)ラドンを測定してもらったところ、何と、下1号坑口ここで1立方メートルあたり8万9100ベクレル、その下の下1号口えん提上方でも1060ベクレル。で、下一号口の8万9100ベクレルというのは、さっき申しました、1立方メートル5ベクレルと言いました国内の屋外平均値の何と1万8千倍だと。そのラドンが坑口から吹き出るというかしみ出るというか、そのような状態だった。
 大阪大学の先生とは別の方法で京大原子炉実験所の小出裕章先生に測定してもらいました。これは綿密にですね、系統的に何年もかかって測定したもので、非常に高い価値のあるデータですけども、下1号鉱坑口ここで一番高い値で2万2000ベクレル/1立方メートル、さっき申しました福島先生の8万9100ベクレルよりは低いけども2万2千ベクレル。で、このような高いラドンが、ラドンというのは比重が空気よりも重いですから、山から谷筋を通って集落に降ってくる。特に夜間は下降気流がおりてくる。で、この小出先生のデータでは、山から濃度が薄まりながら集落にまでラドンが及んでいるというデータであります。
 このようなべらぼうなラドン量を測定して発表したところ、動燃はだんまりを決め込みました。これについては一切何も言わない。で、動燃の公表データは先ほど申しました10数ベクレル。ところが、小出先生が英文の論文で動燃の職員、動燃の研究員がデータを出しているなかで一番高いところで6万6300ベクレルという値、つまり、福島さんの8万9100ベクレルよりは低いけども小出さんの2万2000ベクレルより高いべらぼうなラドンを測定・検出していたんですね。このように方面のラドンはものすごいものであったと。それじゃあこれはウラン残土ないしは廃鉱から出た使ってない坑道の出口等からでたラドン、それじゃあ当時ウランを採掘していた頃はどうなんだと考えるわけです。  4頁目の一番上に日本海新聞の、これは鳥取県の地元紙ですが、「ラドン濃度、基準の1万倍、2週間働けば肺がん死」。これは、私がウラン残土の放置が発覚した当初、東京の国立国会図書館でウラン探鉱・採掘に当たった原子燃料公社という国策法人の資料『原子燃料公社年報』がありまして、それが国会図書館に保存されている。そのデータをコピーでとりまして見ているうちに、坑道前のラドン濃度がものすごく高いところがあってびっくりしまして、早速当時大阪大学におられました久米三四郎先生にですね、データを送って分析してもらったところ、この濃度は基準の1万倍を越えていて、そして、2週間この濃度の場所にいればその人はいずれ肺がん死する。そのような濃度であると。
 これは2週間働けば肺がん死という濃度は岡山県側の、先ほど申しました夜次という一番ウラン残土の堆積量の多い鉱山の坑道のデータですけども、まあ私たちも驚いて、私が共同通信のスクープで報道したもので、日本海新聞が一面トップで取り上げましたけども、この原子燃料公社の詳細なデータを小出さんに送りまして、分析してもらいました。当時のもちろんラドン濃度、採掘にあたった労働者の人数、(労働した)時間、そういうデータを分析してもらったところ、その左上のデータです。人形峠鉱山で27人が肺がん死、倉吉鉱山で18人が肺がん死、東郷鉱山で24人が肺がん死、人形峠合計で70人が肺がん死。当時人形峠周辺では延べ1000人のウラン鉱山労働者がおりました。ですから延べ1000人のうち70人の肺がん死が避けられない。で、特に採掘当初は濃度が高くて、100人にすれば7人です。ところが、採掘当時は4人に1人が肺がん死、そのような濃度であった。新聞記事でも肺がん発生は4人に1人と。このデータはですね、米国のウラン鉱山の、もちろん規模は遥かに大規模ですが、米国のウラン鉱山における肺がん死の推計値に近いものです。つまり、根拠がある。そして、今見ましたのは小出さんの推計値にしてもですね、データに基づいた推計値です。じゃあ実際にどれだけがん死していたんだろうということで、その右下にウラン採掘以後の方面地区のがん死亡者一覧表があります。これは先ほど榎本益美さんという方面地区の住民で、かつてウラン採掘に従事された中心人物が調べ上げたデータです。これはつまり、実際にがん死者の一覧表です。これによりますと、ウラン採掘以後、11人ががん死しておりまして、うち6人が肺がん死です。これは間違いなく、ウラン採掘の影響、ないし後遺症のものであると推計されます。
 もちろん裁判にして因果関係を問えば立証は難しいかもしれませんけど、実際にこれだけの人が方面でがん死、肺がん死しているということなんです。

3 鳥取県方面地区のウラン残土撤去運動

 方面地区は、この榎本益美さん中心にウラン残土の撤去運動をします。1988年8月にウラン残土の放置が発覚し、その年の12月1日に方面地区自治会が動燃に対して、ウラン残土の全面撤去の要求を出します。12月1日に出しまして、私は当時その翌日の12月2日にちょうど京都大学の大学祭に呼ばれてウラン残土の報告をし、さらにその翌日東京で核のシンポジウムに呼ばれてウラン残土の報告をしましたけれども、その報告の前日に方面地区のウラン残土撤去を正式に要求する、これは画期的なものと思いまして、興奮しながら報告したんですけど、ウラン残土の報告につきましては京大でも報告しましたし、実は今日見えている浅野先生のところでもですね、これは1998年です、ウラン残土撤去運動の最中、解決していない段階で浅野先生のところの同志社大の社会学会主催の講演会に呼ばれて報告しましたけれども、その頃は私の名前をYahooとかGoogleでクリックしましても1頁目に出てくるんですね、同志社大の社会学会主催。これが1998年の学会なんですけれども、未だに一面の下の方に出てくるんですよ。それだけつまりクリックして、検索しているんですね、驚きました。まあ、余談はさておき方面地区はこのウラン残土の撤去を要求しまして、1990年つまり放置発覚から2年後に方面自治会が動燃との間でウラン残土の撤去協定が結ばれます。で、撤去協定が結ばれれば、撤去されるのだろうと思いきや、動燃はなかなか撤去しないでずるずる先延ばしという。当初、動燃はこの方面のウラン残土撤去協定書といいましても、方面には1万6000立法メートルのウラン残土があって、そのうち動燃のウラン鉱帯部分、ウランの鉱帯があった部分が3000立方メートルあったから、その分を撤去するという協定書なんです。
 この3000立方メートルの撤去先は動燃の人形峠事業所、そこを想定していたんですけど、岡山県が拒否する。岡山県の知事も、市民グループも拒否する。で、核のゴミ戦争が始まります。で、岡山県の人形峠事業所に持ち込めないもんだから、じゃあ鳥取県の県境、三朝町にある人形峠県境の鳥取県有地にという提案が出ました。しかしこれは三朝町が拒否する。そのうちに、鳥取県が東郷町内保管を提案する。つまり、方面現地に据え置きだなんて言いましてね。県、町それから動燃、国の四位一体で。方面地区はわずか当時100人、20世帯です。ウラン採掘当時は25世帯150人くらい。採掘当時はまあ、1軒から2人、ウラン採掘の補助作業に出ていました。で、ウラン残土放置が発覚した当時は20世帯なのにですね、国、県、町が方面現地置きだと上からかぶせてきたら普通だったらそれで崩れます。村は潰されます。実際つぶれかけた、しかし、榎本益美さんが断固撤去させるんだという信念を持って立ち向かい、村も倒れそうになりながら、最終的には方面現地には置かせないという総会の決議をあげる。
 そのようないきさつがありまして、それで次に5頁目の写真、結局ウラン残土撤去協定章は結ばれたけど、撤去先がないと称して動燃がずるずる先延ばし。それに榎本益美さんが怒りを爆発させまして、自分の土地に置いてあるウラン残土の袋を一袋掘り上げて、人形峠の事業所まで実力行使で持ち込んだんです。で、一袋掘り上げると言ったって、このくらいの袋、袋は貯鉱場の鉱石置き場の放射線濃度が高いのでということで、強化ビニール製の袋に詰めて二段組みで積んでその上に土をかけてビニールシートで覆っていたんですけど、それを自分の土地にあるウラン残土の袋を点検するということで、榎本さんが支援者と一緒に山へ登りまして、一袋これは俺の土地だと掘り出して人形峠へと持っていくんだと、もう動燃の職員も立ち会ってまして、「やめてくれ、やめてくれ」なんて言うんです。俺の土地だ、掘って何が悪いというわけで、スコップで掘り始めまして、これは深夜です。午後から始めてこの頃には暗く夜中になって、深夜に支援者と一緒に堀り、そして私は共同通信記者としておりましたけども、私は市民グループの一員で市民運動をやっていましたんで、早速現場から携帯で「今、榎本さんがウラン残土を掘っとる、加勢に来てくれ。支援してくれ。」と連絡しましたら、すぐさま何人かで駆けつけてくれまして、この2段目の写真、暗くて分かりにくいが、サンダル履きで山に登ってきて駆けつけて。掘り出した袋は持ち上げる訳にはいかんのですよ、1トン弱、800キロもあるわけですから。これを榎本さんが自分の家に帰ってチェーンを持ってきて木にかけて、チェーンで吊り上げて、道路に置いてあるジープでそろそろ引っぱり降ろしたんです。
 引っぱり降ろすのでも、土がこぼれたり袋が破れたらいけないもんですから、市民グループの人達がそばからロープを崩れないようにそろそろと降ろした。そして、やはりチェーンブロックで山の下に停めてあったホロ付きのトラックに吊り上げて乗せて、人形峠まで一袋持って行きまして、「よっこいしょ」とジープから降ろして、これ人形峠の正門前に置いてですね。で、この正門前も動燃の敷地ですので自主撤去したわけです。で何と自主撤去した袋は動燃はどうしたかというと、この正門の中には絶対に入れないんですよ。岡山県が拒否しているから。で、正門の横にこの袋を移動させてね、それでビニールシートをかぶせて今度はついたてで囲っておいていたんです。私たち言ったんです。これはわいせつ物陳列罪だと、自分の正門の横にほったらかすのは見苦しいから取れといったんですけどね。結局正門の横に置きっぱなし。で、この実力行使のあとに、この下が当時の鳥取県知事をやっていた片山善博知事です。
 さっきも申しましたように、鳥取県が東郷町内保管だと方面現地置きだと言った時には別の知事、西尾邑次という知事がこれが動燃べったり、科技庁べったり、国べったり。上から言う通りの方針を、あたかも県の方針であるかのように、方面の残土は方面に保管するなんて言い出した。で、知事が変わって片山知事がなりました。片山知事は先の菅政権の時の総務大臣を務めました。まあ非常に開明的な知事でありまして、ウラン残土の撤去の後に方面を訪れて、「動燃がウラン残土の撤去協定書で撤去を約束しているのは、法的に履行しないといけない。皆さん裁判を起こしたらどうか。支援します」と。
で、方面地区は片山知事の支援を受けて、裁判をやりますということで、方面自治会が原告となって動燃、その頃は核燃という名前に変わっていますが、核燃を相手に撤去訴訟をやります。それから榎本さん個人も自分の土地に置いてあるものは危険だからということで撤去訴訟をやります。方面自治会は「協定書を履行せよ、3000立方メートル撤去の協定書を履行せよ」と契約履行の訴訟、榎本さんの訴訟は自分の土地に置いてあるウラン残土は危険だから、危険物を撤去せよとの訴訟。榎本さんの訴訟は部分的に敗訴しましたけども、方面自治会の訴訟は勝ちました、実は、日本で原発訴訟というものは全て負けています。全て。で、方面のウラン残土撤去訴訟のみが勝訴しました。最終的には一審でも勝ち、控訴の高裁でも勝ち、最高裁でも撤去確定。核燃が上告したんですけども、最高裁は蹴りまして、上告棄却。つまり、3000立方メートルの撤去は法的に確定した。
 で、このような意味で方面のウラン残土撤去訴訟というのは日本の原子力関連訴訟で唯一の勝訴である。これは本当に画期的なものである、しかも県知事が方面の訴訟の費用は鳥取県と東郷町が持ったんです。で、東郷町はこれは知事が変わって東郷町も撤去支援せよということで実質的に鳥取県が訴訟費用まで持って、そして勝った。こんな訴訟は、私は日本で歴史上ないと思います。県知事が住民の訴訟費用までもって裁判やり、勝った。こんな訴訟はない。私は日本の歴史上、前代未聞の出来事だと思います。4頁にかえりますけど、私も今、つくづく方面地区が最終的に残土が撤去になったんですけども、実は訴訟により最高裁で撤去になった後も、核燃はぐずぐずして隣の麻畑に持って行くんだと、方面の鉱山があって1キロ離れた麻畑(あさばたけ)鉱山(のウラン残土堆積場)があって、そこに移転するんだなんて言っていましたけども、私が調べたら方面と麻畑の堆積場は300メートルしか離れていない。右から左へ移して冗談じゃないというわけで、これにはさすがに片山知事はじめ県も怒り、私たちも怒り、最終的にもし持って行くなら、人間の鎖を作ってでも阻止すると、そのような体制を取り、方面の自治会も、それから麻畑の地元の川上という自治会ですけどもここも反対し、そのような体制の中で、結局核燃も、麻畑への搬入を諦めまして、最終的には撤去するんです。
 しかし、その一部、290立方メートル、榎本さんの土地に置かれていた290立方メートルを何と米国の先住民の土地、ユート族という先住民のいる土地に精錬の目的だと、ホワイト・メサという製錬所があってそこで精錬してもらうんだということで、290立方メートルを持って行ったんですよ。でこれ下のフォーコーナズという地図を示しておりますけども、フォーコーナズというのは米国のユタ州、コロラド州、アリゾナ州、テキサス州、この四つの州が接している土地でありまして、ここは何と米国でも有数のウラン採掘地なんです。ウラン鉱山が眠っている土地、ここにはホピ族、ナバホ族等もいますが、ホワイト・メサという製錬所はユート族という先住民の土地がありまして、ユート族はウランの製錬所に対してずっと反対運動をやっているんです。ここに持って行った。なんとそれが、精錬の目的だなんて言うんだけども、6億6千万円かけて持って行ったんです。いいですか、290立方メートルを。つまり、これは私たちは鉱害輸出だと、なんで自分で処理しないんだと。しかも核燃料サイクル開発機構は今の日本原子力研究開発機構、今ね、4000人の職員を抱えた日本最高最大の研究機関なんです。国策法人の。それが、たった290立方メートルも処理できずに米国へ持って行く。こんなバカなことがあるか、国の税金の無駄遣いだと。そして最終的には残りの2700立方メートルは粘土で固めてレンガに加工してそれは人形峠をはじめ、核燃つまり日本原子力研究開発機構の敷地の舗装や花壇に使うということだったんです。もちろん日本原子力研究開発機構の敷地の花壇等にも使いました、それから日本原子力研究開発機構の所轄官庁である文部科学省、東京に行けば文部科学省の玄関にレンガが置いてあるそうです。宣伝のつもりでしょう。安全ですと。しかし、文部科学省ならまだ許せる。しかし、レンガは一般にも販売しているんです。販売したんです。これは私たちが核のゴミの裾切りだと批判しました。で、これから見ます5頁目の福島の事故でも核のゴミ戦争が始まっております。

4 フクシマと核廃棄物が問いかけるもの

 一番左上がですね、福島の人達が避難した避難状況の説明は端折ります。10万人以上が福島からこの現地から避難している。10万人以上が避難している事故を去年の暮れに野田政権が事故収束しましたなんて発表している。何言ってるんだと、10万人は一体どうなってるのと言いたい。それから、その事故の非常に危険なことは福島原発周辺の放射線量を見ますと、積算放射線量、これはつまり実測地です。浪江町で63・56ミリシーベルト年間、飯館村で34・6ミリシーベルト、つまり60ミリ、30ミリシーベルト台の放射線が実際にこのような土地で測定されている。つまり、ウラン残土の堆積場の最高値に近い。ところがもっと高いところ、浪江町、双葉町、大熊町、 富岡町の放射線年間積算量は推計値ですけども、これを見ますと223ミリシーベルト、172ミリシーベルトとか大熊町に至っては508ミリシーベルトとか、べらぼうな放射線量が推計されている。
 先ほど言いましたように、一般公衆は年間1ミリシーベルトです。こんな放射線量はこれらの土地で計測されている。それから、セシウムの汚染状況もその下に示してますけども、これはですね、つまりひどいセシウム汚染が長野県まで広がっていることを示した地図です。で、1平方メートルあたり4万ベクレルの放射性物質はですね、管理区域の外に持ち出してはならない。つまり、1平方メートルあたり4万ベクレルの放射性物質があるところは本来、管理区域として立ち入り禁止にしないといけない。それが、この地図にありますように、福島県だけではなく、栃木県、群馬県、茨城県、長野県この辺まで広がっている。つまり、本来人が住めない土地に人が現在住んでいる。大変なことです。
 で、福島の問題は食品も大変、これは(時間の関係で)省略します。福島の例えば学校の校庭が汚染されて、その校庭の除染作業を進めている。除染と言ったって放射能が消えるわけではないから。校庭の土を削って、校庭の一角に積んでビニールシートをかけるとか、ちょっと穴を掘ってそこに置くとかのことなんですけど。この、福島の学校の校庭の除染対象、先ほど人形峠周辺で45万立方メートルと言いましたが、去年の8月の段階でこの福島の公立の学校の土を除染しないといけない、つまり除けないといけない量が人形峠周辺の45万立米の3分の1ぐらいになる。膨大な、学校の校庭の汚染された土壌ですらそれだけの量。で、福島の土壌については仮置きして中間貯蔵で最終処分する。30年間中間貯蔵なんて言っているけれど、私は中間貯蔵をどこが置けるか、(政府は)福島県内の双葉町など地元と言っますよ。なかなかうんとは言いません。当たり前です。だから、中間貯蔵と言ったって最終処分になるという率が私は高いと思う。
 問題は廃炉、つまり事故を起こした1号機から4号機までの廃炉、これはこの一番下の一覧表で原子力委員会が公表したデータを挙げています。使用済み核燃料を取り出して、そして最終的には30年後には廃炉作業が完了する。つまり30年、あるいは40年と、数十年で作業が完了します。ところが、この廃炉の中にはもちろん低レベルの廃棄物もあれば高レベルの廃棄物もある。特に使用済み核燃料はものすごく毒性の強いものです。これは、使用済み核燃料は、高レベル放射性廃棄物に含まれますが、各国の政府や原子力当局も、数十年どころではない、10万年人間の環境に影響を及ぼさないようにしなければならない。つまり10万年間も管理しないといけないと言っているんですよ。
 ところが、米国の原子力規制庁は、10万年じゃ足りない、100万年の管理が必要と。最後になりますが、10万年必要と言いました。今から10万年前と言いましたら、まあ旧人のネアンデルタール人がまだ生きていて、現生人類のホモ・サピエンスが登場した時代。100万年前と言えば、原人、ピテカントロプスやシナントロプスがいた時代。ネアンデルタール人に「ちょっと申し訳ないけど、この使用済み核燃料をどうか面倒見てくれるか」なんて言えるかどうかということ。あるいは、ピテカントロプスにね、「ちょっと申し訳ないけど、この厄介な使用済み燃料を100万年預かってくれ」と言えるのかどうか。そのような問題である。
 そして最後に、もう一言その申しますと、エネルギーという観点から見ましたら、もちろん日本では今54基の原発全てが止まっていますが、これまで作られた原発からですね、これは小出裕章さんからの指摘ですが、6兆キロワット時の電気を生み出した、と同時に広島原爆110万発分の死の灰を生み出しております。いいですか、広島原爆の110万発分の死の灰があるんです。どうするんですか、誰が管理するんですか。で、110万発分というのは日本人150人が広島原爆1発分の死の灰を抱えているに等しいんです。一体これを誰がどうするのでしょう。そういう大問題を福島の事故が教えると同時に、仮に福島の事故が起きなくても、日本の核廃棄物は今、満杯状態、パンク状態であるということをちょっと一言申しまして、時間がオーバーしましたので終わります。ありがとうございました。」

質疑応答

(浅野教授)「原発をベトナムへの輸出とか、海外に日本で全くコントロールできないし、大変な事態が続く中で、もし全部廃炉にすることも大変だ、お金がかかり、安全の問題もあるけれども、原発を海外に輸出することについてどう思われるのか。もう一つ、中国人の留学生も沢山いるので、中国もこれから20基ほど作ろうとしていることをどう考えるかお聞きしたい。
私はインドネシアの特派員をしている時に、インドネシアの原発は絶対だめだということで、赴任中の三年半の時、原発が危険だという日本の本を紹介したりした。今インドネシアは原発が無くて、今東南アジアやオセアニア辺りには原発が全くないんですけど、それが、もしベトナムに行くと私すごく心配しているんですけど、そこまで民主党政権と財界でなぜやるのかという、彼らが決めるとそれが通ってしまうことについてどう思われますか。

(土井さん)「あの、まずですね、原発輸出はよくこんなことができるな、と。あの福島の大事故が起きて10万人以上が現に避難している。そして、全国に避難された住民が散らばっています。私のいる鳥取県にも、福島から何人も避難しておられる。その人達と交流会を持ちましたけど、そんな状態でしかも福島の、廃炉にすると言っている1号から4号機も何とか水で冷やしているように言うんだけど、また地震で、余震あるいは地震が起きてくずれるかもしれない。実は本当に危険な状態です。特に4号機の使用済み核燃料はですね、大変危険な状態でね、これは小出先生なんかもこれは大変な状況であると。
 外国の研究者達も4号機の核燃料がどうなるかに注目している。何とかしないといけないとの声明を出しています。で、ですから、こんな状況で福島の後始末もできない状況で、原発の輸出というのは一体どこから出てくるのか。どんな頭しているんだと、信じられない。野田首相が去年の暮れに福島原発収束宣言を出したのも信じがたい。そして原発を輸出しようとしているのも信じがたい。そして、今再稼働しようというのも信じがたい。本当に信じがたい状況。そしてこれは、民主党政権が結局、私は第2自民党だと言うんですけどね、民主党に政権が変わって国民も期待したと思うんです。
 ところが実際なってみると、何もかにも自民党の二番煎じ、それよりもっと悪いわけです、原発については。ですから、とんでもないことになっている。で、なぜそうなるか、私は福島の事故が起きて原子力ムラというものがクローズアップされました。で、事故が起きると御用学者が次から次へとテレビ、新聞に出る。私は日本における原子力は国策によって推進されていると見ていまして、私はルイ14世の「朕は国家なり」との言葉がありますけども、私は日本は「朕は原発である」「原発は国策である」と。この国策ということは非常に大きい。菅前首相がね、原発は国策で推進してきたので私に責任があると国会事故調で話をしてきましたけど、実際に日本の原発は国策で進めております。しかも、日本の原発はどういう構造で進められているか、原子力ムラがクローズアップされましたが、私は原子力マフィアだと言うんです。原子力ムラなんて言ってくれたくない。私も地方のムラに住んでますんで失礼だということ。原子力マフィアである、どういう構造かと言うと、産・官・政・議・学・報・労。産業、官庁、政府、議会、大学、マスコミ、労働組合。で、もう一つ司法も加えるべきだと。
 7角形か8角形のそういう構造で進められておりまして、しかも産業一つとっても電力会社、9社はもとより、皆さん家電製品を買っておられると思いますけど、東芝、日立、三菱、これが原子炉メーカーと言われる。つまり原発を作るメーカーです。電力会社と3大原子炉メーカー。それだけじゃない、例えば新日鉄のような巨大な鉄鋼会社、鹿島建設や大成建設のような日本のトップレベルのゼネコン、それから三井住友、三菱のトップ銀行、日本生命とか第一生命のトップの生命保険会社、これらがよってたかって、原発を支えて推進しているんですよ。日本のトップが。つまり私は、原発推進翼賛体制、日本のトップがよってたかって、進めているもんだから、これは脱原発になりにくい。そして、これを国家は強力に進めている。つまり、産・官・政、今申しました、産業、官庁、文部科学省や経済産業省、そして政府。これが、原発をやるんだという体制なものですから、なかなか脱原発は難しい。でも今、原発が一基も動いていない。
 いいですか、日本でエネルギーが原発ゼロで持っているわけなんです。ゼロです。これは、実は原発は日本の総発電量の30パーセントの実績を占めているもんだから、皆さんあるいは国民もそういっても原発を止めたらエネルギーがもたないんじゃないか、経済はもたないんじゃないかと思われるだろうけど、実際には日本の発電設備の容量は全ての原発を止めてもまだ十分に余剰があるんです。なのになぜ日本の原子力発電が3割か、これは国や電力会社が政策として原発の比重を人為的に高めるということをずーっとやってきているから、使える水力、火力発電を遊ばせてきたんです。そういう実態がありまして、ですから原発が無くても実際にはエネルギーは持つ、また持たせないといけないし、持たせうる、そのような形を考えています。
 日本の原発輸出を進めてると同時に、日本の周辺国、韓国も中国も原発が多数ありまして、これらの原発で事故が起こればもちろん中国韓国の当事国だけじゃなくて、北西風に乗って日本に影響が及びます。現に、黄砂というものが飛んできているでしょ。私の住む山陰は非常によく飛んできますけども、関西まで、大阪や神戸でも黄砂の日があるでしょ。ですから、中国で万一事故が起これば、影響が日本に及ぶ。で、中国は福島の事故後も原発を推進しようとして、原発造成計画を進めている。韓国も進めている。これも非常に危険なことだと思います。

 (室田先生)「今のお話にありましたように、中国、韓国からは偏西風が吹いているから影響を受けるということでしたけども、日本から8000キロ離れているチェルノブイリ原発でも4月26日に起こった事故ですけど、5月3日には放射線が見つかっているんですね。チェルノブイリは8000キロですけども、東アジアの原発はもっと近いです。」

(土井さん)「当時ジェット気流に乗ってチェルノブイリの放射能が地球をぐるぐる回って、日本にも及んで、日本の母親のお乳からセシウムが検出されているんです。あの、もちろんチェルノブイリでいうと600〜700キロまでは、ホットスポットと呼ばれる高汚染地域、で福島の場合は250キロくらいです。高汚染地域に加えて、放射能の影響というのは結局風と雨が重要なファクターになっている。中国韓国から北西風が吹いている。逃げ場所がなくなる。そのような状況になっております。ついでに言い忘れましたけど、人形峠の話です。今日本は全部輸入に頼っていますが、結局人形峠は使いものにならないということでそれ以来海外から輸入してきている。じゃあ、海外のウラン採掘地はどうなっているのかと。
 これを示したのは、今年公開されました『イエロー・ケーキ~クリーンなエネルギーという嘘』というドイツのチルナー監督の映画で、この映画の中で、ドイツ、ナミビア、オーストラリア、カナダのウラン採掘地を克明に記録しています。そうしましたら、私が今報告しました人形峠のウラン残土45万立方メートルでびっくり仰天しており、20年かかってこの問題に取り組んでいるんですが、この映画によりますと、もう外国のウラン採掘地はもっと膨大なウラン残土の山がいくつもいくつも(何千何万倍と)つながり、また、(製錬カスの)ウラン鉱滓(こうさい)、これがウラン残土よりも厄介な廃棄物であります。ウラン鉱滓の湖が茫漠と広がっているんですよ。手のつけようがない、一体これはどうするんだと。そういう問いかけをあの映画はしていると思うんですよ。実際本当に手のつけようがないわけですよ。ウラン残土にしてもウラン鉱滓にしても。実際に掘っているところで、そのような問題をイエローケーキという映画は取り上げていたと思います。あの映画の中で、ドイツはまあウラン採掘地なんですけど、ドイツで7千人台の肺がん死、それが出てきます。先ほど人形峠で70人戸言いましたが、7千人台の肺がん死です。もうべらぼうな、信じがたい状況です。」

(学生)「お話ありがとうございました。先ほども少しお話のなかであったと思うんですけど、原発がなくなったとしても、今日本の電力は大丈夫だというお話がありましたが、土井さんの考える今後の電力のありかたというものをもう少し詳しく教えて頂いてもいいですか。」

(土井さん)「もちろんですね、火力・水力は使わざるを得ません。二酸化炭素は出るかもしれない。だけど原発も出すわけでね、これは仕方がない。もちろん火力・水力は使うんですけども、長期的には自然エネルギー、再生エネルギーをもっと育成して、伸ばさないといけない。現にドイツは、自然エネルギーは20数パーセントですよ。工業国のドイツで、更にスペインもそうです。これは、自然エネルギー、再生エネルギーをドイツが育成してきているわけです。で、長期的には自然エネルギー、再生エネルギーをもっと育成して伸ばして比重を高めそれに水力と火力を加えていく。原発ゼロでも持ちます。さっき言いましたように、日本は残念ながら自然エネルギーを本当に無視してきた。だから、今はコストも高いが、もっと普及すればコストも下がる。だから、普及させるための対策が必要になると考えています。」
 

掲載日:掲載日:2012年6月11日
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