Asano Seminar:Doshisha University
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浅野健一の企業メディア・ウオッチング
岩波書店の不公正な「縁故採用」を批判する
擁護論への疑問





2012年2月8日

 共同通信は2月2日午後、老舗出版社の岩波書店(東京)が2013年度定期採用の応募条件として「岩波書店から出版した著者の紹介状あるいは社員の紹介があること」とし事実上、縁故採用に限る方針を示したと報じた。岩波書店が定期採用で、事実上縁故採用に限るとホームページにおいて「宣言」していることをめぐり、小宮山洋子厚生労働相は3日、閣議後の記者会見で「早急に事実関係を把握したい」と述べ、調査に乗り出す考えを明らかにした。東京労働局が近く同社から詳しい事情を聴き、今後の対応を検討するという。
 このニュースを知って、岩波がまたやったかと思った。おそらく、岩波の幹部は、「著名な大学教員の推薦する学生から社員を選んでどこが悪いのか」と思っているのだろう。今までもそうしてきたのだから。馬鹿なことに、それを初めてHPで明らかにしてしまった。
 共同通信が2月2日夜にこの問題を大阪発で報じ、テレビやネットで話題になった。
 この問題を全く報じなかった朝日新聞は、2月8日の夕刊で、ネットで論議と「お話風」に書いている。岩波を批判する声より、いいじゃないかと容認する人のほうが多いという記事で、最後を、縁故と後で分かるより初めから分かっている方がいいという書き込みで結んでいる。縁故入社が不正であり悪いことだという感覚が朝日新聞にないのだろう。
 「左翼出版社をつぶすな」という言説には笑ってしまった。「左翼・リベラル」なら何をしてもいいのかと思う。
 私は、岩波は縁故採用の実態を過去に遡って明らかにして、即刻やめるべきだと思う。縁故採用にかかわった関係者の処分も必要だと考える。

☆岩波書店と私
 私は共同通信特派員をしていた1992年7月、ジャカルタから帰国した直後に岩波新書編集部の坂本純子氏から「浅野さんが、松下竜一さんの草の根通信に連載した記事を、新書にしたい」と言われた。ところが、企画段階でボツになった。「内容が生々しすぎる」というのが理由だった。その後、政府系の国際交流基金の小川忠氏のインドネシア本が出た。坂本さんは、坂本義和氏の娘だ。
 首都圏連続女性殺害事件で無罪になった小野悦男さんが釈放後、実際に事件を起こした時、「世界」で牧太郎氏(毎日新聞編集委員)が無罪になった松戸の事件もやっているのでは、と書いたことに抗議したら、岡本厚編集長は「そう思うのが普通の感覚だ」と言い放った。冤罪が晴れた人が、微罪などで警察に逮捕されたら、報道するのかと聞いたら、「当然報道する」と答えた。恐ろしい人権意識だ。詳しくは『「犯罪報道」の再犯 さらば共同通信社』(第三書館)(第三書館)のp105~129、p289~333に詳しく書いている。 岩波は自衛隊カンボジア派兵を賛美し、その工作者の外務省の高級官僚の単行本まで出している。
 元毎日新聞記者の西山太吉氏と外務省元米局長の吉野文六氏の対談が2010年3月17日、東京都内の共同通信会館1階の北海道新聞社会議室で北海道新聞、「世界」(岩波書店)編集部、同志社大学社会学部浅野健一ゼミの共催で開かれた。浅野ゼミと道新で企画してきたが、最終段階で道新が雑誌の「世界」も入れようということになり、「世界」も加わった。浅野ゼミの発案と努力で企画が実現したことを知らない岡本氏は会場で「なぜ浅野ゼミがいるのか」などと騒いだ。岡本氏は対談の時寝ていた。浅野ゼミが週刊金曜日に対談記事を書いた時も、浅野ゼミと道新との共催と言うのは間違いだと、金曜日編集長に抗議している。
http://www1.doshisha.ac.jp/~kasano/FEATURES/2010/20100317_nishiyamayoshino1.html
 岩波の幹部たちは、縁故入社が悪いと思っていない。数年を除いて、ずっとやってきたからだ。こういう記事が出て社会的な問題になるとは思わなかったのだろう。岩波の労働現場はすさまじい。非正規雇用の派遣労働者、アルバイトに冷たい。残業代がきちんと出ない。社内の言論の自由はない。

☆「強い意欲をみせてほしかった」というウソ
 岩波書店は、《「出版不況もあり、採用にかける時間や費用を削減するため」と説明。入社希望者は「自ら縁故を見つけてほしい」としている》(共同通信2月2日 18時19分)  NHKテレビは2月3日、老舗出版社の岩波書店が定期採用の応募資格に「岩波書店の著者や社員の紹介があること」と明記し、いわゆる「コネ」を条件にしていることが分かったと報じた。NHKは、厚生労働省は、「こうした募集方法は聞いたことがない」として問題がないかどうか調べることにしている、と伝えた。
 これに対し、岩波書店はネットのHPで、「謹告」と題し、《小社の「定期採用」報道について――》(2012年2月6日)で次のような見解を公表した。
 《小社の2013年度定期採用をめぐって、新聞、テレビ、ネット上でさまざまな報道・論評がなされています。しかし、それらのなかには、不正確な、あるいは誤解を招く報道・論評も見受けられますので、この問題についての小社の見解を以下に表明いたします。
 小社は、いわゆる「縁故採用・コネ採用」は行っておりません。「著者の紹介、社員の紹介」という条件は、あくまで応募の際の条件であり、採用の判断基準ではありません。ご応募いただいたあと、厳正な筆記試験、面接試験を行っております。
 この応募条件は、採用予定人数が極めて少ないため、応募者数との大きな隔たりを少しでも少なくするためのものです。
 小社に入社を希望なさる方は、岩波書店著者にご相談いただくか、お知り合いの岩波書店の社員に直接ご連絡をください。いずれの方法もとれない場合は、小社総務部の採用担当者(03-5210-4145)に電話でご相談ください》
 各メディアにも次のような、岩波の釈明が載った。
 《「出版不況もあり、採用にかける時間や費用を削減するため」と説明。入社希望者は「自ら縁故を見つけてほしい」としている》(共同通信2月2日)《「縁故採用」ともとられる方法だが、同社は「応募条件であり、採用条件ではない」と反論》(毎日新聞 2月3日)《「数名の定期採用に対して、多い年には1000人を超える応募があり、受験する人の数を制限するため社内で協議し、現在の方式での絞り込みを行っている」》(NHK 2月3日 )《担当者は「一定のハードルを設けることで、希望者の強い意欲をみせてほしかった」と話している。現時点で応募条件を満たさない希望者は、大学の先生に相談するなど、自分の行動力で条件を満たせるように努力してほしいとしている》(日テレニュース24 2月3日)
 岩波の説明する「一定のハードルを設けることで、希望者の強い意欲をみせてほしかった」「自ら縁故を見つけてほしい」という説明が定着しているが、岩波書店の社員、金光翔氏が首都圏労働組合の特設ブログにアップした《メディア報道における岩波書店の弁明への疑問と批判》によると、事実はそう単純ではない(注1)。
http://shutoken2007.blog88.fc2.com/blog-entry-38.html

☆岩波社員が縁故採用の社内文書を暴露
金氏は、岩波書店が2011年12月21日付で、小松代和夫総務部長名義で発行した、社員宛文書「2013年度 社員募集」の内容を、次のように明らかにしている。

 《「2013年度の社員採用を裏面の「募集要項」で行います。今回も昨年と同様一般公募ではなく、岩波書店著者もしくは社員の紹介を応募条件といたします。
 つきましては、社員の皆さまに以下のご協力をお願いいたします。
★岩波書店著者への依頼
●日頃お付き合いのある著者の中で、今回の社員採用に際してご協力を依頼できる方のお名前、所属および肩書き、送付先住所(自宅でも大学等でもかまいません)を教えてください。【締切=2012年1月13日/金】
●それを基に依頼リストを作成し、「依頼状と募集要項」を総務部から送付します。
●なお、皆さんが直接お渡しいただいても結構ですが、その際には総務部にお渡しする方のお名前等を伝え、「依頼状と募集要項」を受け取ってください。
★社員による応募者の紹介
●お知り合いの方に2013年度の社員募集を行う旨を伝え、応募を希望される方に「募集要項」をお渡しください。その際、紹介状は不要であることを説明してください。
●「募集要項」は、総務部に用意しております。
●皆さんが紹介してくれた方がエントリーした場合は、総務部から皆さんに「社員紹介者カード」をお渡ししますので、必要事項を記入の上、必ず応募締切日(2012年3月16日/金)までに、総務部まで提出してください。
★外部からの問い合わせ対応
●「2013年度の社員採用は一般公募ではなく、岩波書店著者もしくは社員の紹介を応募条件として行う」こと、「「応募要項」は岩波書店ホームページに2012年1月10日から掲載する予定である」ことをお伝えください。」》

 1月10日に応募要項がアップされているが、既に昨年12月21日から1月13日(締切)までの間に、社員が《日頃お付き合いのある著者の中で、今回の社員採用に際してご協力を依頼できる方》を選別する作業が行なわれている。それに基づいて総務部で依頼リストを作成し、「依頼状と募集要項」をその著者へ送付するプロセスが進んでいる。もはや完了しているかもしれない。また、社員の知り合いのうち、応募を希望する人がエントリーした場合、総務部から社員に「社員紹介者カード」を渡し、必要事項を記入の上、3月16日までに、総務部まで提出するという仕組みだ。
 社員が《日頃お付き合いのある著者》に応募者を募る作業がいま実際に行われているわけだ。一体、今の段階で、何人がリストアップされているのだろうか。
 岩波書店は、FNNニュースへの回答で《ご知友の中に岩波の社員がいらっしゃらない場合は、当社総務部の採用担当に電話でお問合せください》《入社に強い希望をお持ちの方には門戸は開かれていると考えています》などと釈明しているが、著者、社員の紹介のない学生が合格する可能性は極めて低いと言わざるをえない。
 岩波はなぜ、社内文書にある、採用プロセスを公表しないのか。

 この件の不思議な点は、本来ならば真っ先に批判すべき左派が、岩波だからということで沈黙していることだ。左派知識人も、ツイッターやブログをしている人が多いのだから、言えばいいのに、この問題は避けている。擁護している左派系の人物も結構いる。ある人は、「岩波を倒産させてはならない」と書いていた。岩波は苦し紛れに後付けの理屈を言っている。下の記事にもそれがはっきりあらわれている。
http://news.nicovideo.jp/watch/nw192276 

 重大な事態であるにもかかわらず、メディアの扱いも小さい。
 岩波書店の体質は明治以降の日本の思想の貧困を示している。朝日も同様だが、人権感覚がない。反原発でがんばっている著名な作家のK氏も、岡本厚「世界」編集長が吹き込んだデマを信じて、私の悪口をあちこち言いふらしている。
 朝日と読売も岩波のウソに騙され、縁故入社問題を矮小化している。

朝日
http://www.asahi.com/national/update/0208/TKY201202080144.html

読売
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/syuukatsu/sqa/20120208-OYT8T00549.htm

 私は1984年に『犯罪報道の犯罪』を出した時、「世界」で奥平康弘、本田靖春両氏と鼎談した。ジャカルタ時代に何度も記事(ペンネームの時もあった)を書いた。しかし、私が「世界」編集部と学者による平和基本法(自衛隊派兵を容認)や岡本編集長の姿勢を批判してから、一切書かせてくれない。岩波は実名報道主義、記者クラブ制度を擁護する学者の本を出してきた。
 精神科医の野田正彰氏も同じ目に遭っている。岩波を批判する者は排除するのだ。
 朝日新聞の一面の下の広告に、「世界」の目次や岩波の本が並んでいる。メディア学の佐藤卓己・京大准教授(元同志社大学新聞学専攻・准教授、メディア論)の本の宣伝があった。佐藤氏のところで学ぶ学生は有利で、浅野ゼミの学生は「チャレンジ」しても多分無理だろう。そうなら、これは差別であることは明白だ。 
 ネット上で、岩波の不当な縁故採用を擁護する声が多いのは、日本の社会のフェアネスの欠如の反映だろう。戦争や差別はなくならないなどと居直る反動派にだまされている。
 メディア界のコネ入社は、大きな問題だ。「うちのゼミに入ればテレビや新聞に入れる」「京都新聞とSANKEI EXPRESSに2頁の記事が書ける」と宣伝している同僚教授もいる。京都新聞に、どういう手続きを経て、そのゼミに決まったのかと質問したが、全く答えない。
 逆に「浅野ゼミに入るとマスコミに行けなくなる」というウソもばらまく不届きな人たちもいる。浅野ゼミから報道界に入った学生は少なくない。悪質なデマだ。
 私が共同通信の社内で合理化反対闘争や不当解雇撤回要求で闘っているときに、社側の手先として動いたのはほとんどがコネ入社の連中だった。コネで入った者は、体を張ってやる。入った時に不正をしているので、平気なのだ。企業がコネで採用するのは、労務管理が容易だからだろう。
 マスメディアの入社試験は、コネ入社の他、女性差別、“有名大学”偏重など、改善すべき問題がいっぱいある。
 《一般企業だからいいじゃないか》という声があるが、記者クラブメディアは公共性、社会性を強調して、税法上の優遇措置、国有地払い下げなどの便宜をはかってもらっている。新聞協会、出版協会などに倫理綱領がある。企業メディアには社会的責任(説明責任を含む)があるのだ。
 「岩波新書創刊五十年、新版の発足に際して」(1988年1月)は38年の創刊の辞に触れ、差別をなくし、日本社会が「独善偏狭に傾く惧れ」を戒めしている。また、「岩波新書新版の発足に際して」(1977年5月)は人間の基本的権利の伸張、社会的平等と正義の実現を謳っている共に労働する新人の採用のための入社試験は神聖な場である。フェアでなければならない。出版人の倫理が問われる。岩波社員一人一人の倫理も厳しく問われている。

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(注1)以下は、首都圏労働組合・特設ブログから;
http://shutoken2007.blog88.fc2.com/blog-entry-38.html
[ メディア報道における岩波書店の弁明への疑問と批判
1. 岩波書店が2013年度定期採用で、応募条件として「岩波書店著者の紹介状あるいは社員の紹介があること」を掲げている件が話題になっており、テレビ・新聞等で報道されている。

「【岩波書店の“コネ採用”で調査へ】老舗出版社の岩波書店が定期採用の応募資格に「岩波書店の著者や社員の紹介があること」と明記しいわゆる「コネ」を条件にしていることが分かりました。厚生労働省は、「こうした募集方法は聞いたことがない」として問題がないかどうか調べることにしています。」
https://twitter.com/#!/nhk_kabun/status/165418757244715009


 報道によれば、岩波書店は、以下のように釈明しているとのことである(強調は引用者。以下同じ)。

 「担当者は縁故採用に限った理由を「出版不況もあり、採用にかける時間や費用を削減するため」と説明。入社希望者は「自ら縁故を見つけてほしい」としている。」(共同通信2月2日 18時19分)
http://www.47news.jp/CN/201202/CN2012020201001572.html

 「「縁故採用」ともとられる方法だが、同社は「応募条件であり、採用条件ではない」と反論。また「毎年採用は若干名なのに対し、応募は1000人に及ぶこともある。現在は、結果的に落とすための試験になっており、できるだけそれを避けるため」としている。」
(毎日新聞 2月3日11時33分)
http://mainichi.jp/life/job/news/20120203dde041100095000c.html

 「岩波書店は、「数名の定期採用に対して、多い年には1000人を超える応募があり、受験する人の数を制限するため社内で協議し、現在の方式での絞り込みを行っている」と話しています。」(NHK 2月3日 18時18分)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120203/t10015765181000.html

 「担当者は「一定のハードルを設けることで、希望者の強い意欲をみせてほしかった」と話している。 現時点で応募条件を満たさない希望者は、大学の先生に相談するなど、自分の行動力で条件を満たせるように努力してほしいとしている。」(日テレニュース24 2月3日19時4分)
http://news24.jp/nnn/news89029968.html

 また、FNNニュースでもこの件が報道されているが(2月3日18時39分付)、その映像に映っている、岩波書店からフジテレビに送られてきたFAXには、以下のように記されている。映像から書き起こしたものの全文である。

「フジテレビジョン 報道局「スーパーニュース」

 FAXでお問合わせいただいた件につきまして、ご返事いたします。

1.→採用予定人数が極めて少ないため、エントリー数との大きな隔たりを少しでも少なくするためです。

2.→縁故採用とは考えておりません。あくまでも応募の際の条件であり、採用の判断基準ではありません。エントリーをいただいた上で、筆記試験、面接試験を行って採用を決めています。

3.→著者の紹介、社員の紹介という応募条件は、昨年2012年度定期採用でも実施しており、以前も同様の応募条件で行っていました。

4.→ご知友の中に岩波書店の社員がいらっしゃれば、その社員に直接ご連絡ください。いらっしゃらない場合は、当社総務部の採用担当に電話でお問合せください。

5.→入社に強い希望をお持ちの方には門戸は開かれていると考えています。

6.→当社に入社をご希望の方は、是非ゼミや知り合いの先生などにご相談いただくか、上記(4)で述べた方法でチャレンジしてください。 7.→2012年度の採用人数は5人です。応募者数の公表は控えさせていただきます。2013年度定期採用におきましても、採用予定人数は若干名で一桁の前半を想定しております。」
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00216572.html
(3分59秒前後の映像より書き起こし)


 この件に関するマスコミ上の第一報は、上記の共同通信の記事だが、この報道以後の岩波書店の発言によれば、著者または社員の紹介との応募条件は、一定のハードルを設けることで、希望者の強い意欲をみることを目的として課されたものであり、自分の行動力で努力すれば縁故を見つけることは可能なので、入社に強い希望を持っている人間には門戸は開かれている、ということになる。

 だが、このような主張は、岩波書店が岩波書店社員に対して行なってきた説明、および実際と著しく異なっている。以下、指摘する。


2. 岩波書店が2011年12月21日付で、小松代和夫総務部長名義で発行した、社員宛文書「2013年度 社員募集」には、以下のように記されている。これに関して、何らかの修正・変更を行なったという通知は一切ないので、この文書は現在でもこのまま効力を持っているはずである。

 「2013年度の社員採用を裏面の「募集要項」で行います。今回も昨年と同様一般公募ではなく、岩波書店著者もしくは社員の紹介を応募条件といたします。

 つきましては、社員の皆さまに以下のご協力をお願いいたします。

★岩波書店著者への依頼

●日頃お付き合いのある著者の中で、今回の社員採用に際してご協力を依頼できる方のお名前、所属および肩書き、送付先住所(自宅でも大学等でもかまいません)を教えてください。【締切=2012年1月13日/金】

●それを基に依頼リストを作成し、「依頼状と募集要項」を総務部から送付します。

●なお、皆さんが直接お渡しいただいても結構ですが、その際には総務部にお渡しする方のお名前等を伝え、「依頼状と募集要項」を受け取ってください。

★社員による応募者の紹介

●お知り合いの方に2013年度の社員募集を行う旨を伝え、応募を希望される方に「募集要項」をお渡しください。その際、紹介状は不要であることを説明してください。

●「募集要項」は、総務部に用意しております。

●皆さんが紹介してくれた方がエントリーした場合は、総務部から皆さんに「社員紹介者カード」をお渡ししますので、必要事項を記入の上、必ず応募締切日(2012年3月16日/金)までに、総務部まで提出してください。

★外部からの問い合わせ対応

●「2013年度の社員採用は一般公募ではなく、岩波書店著者もしくは社員の紹介を応募条件として行う」こと、「「応募要項」は岩波書店ホームページに2012年1月10日から掲載する予定である」ことをお伝えください。」

 このように、ここでは、「岩波書店著者」の紹介は、学生等が自ら獲得しようとする努力により熱意を測ることのできるものではなく、岩波書店が会社として正式に岩波書店著者に依頼することにより、得られるものであることが明確に記載されている。

 また、社員が協力を依頼できると考える「岩波書店著者」を会社に申請するのは、1月13日までであると締切りも定められている。これは、「応募要項」がホームページに掲載される1月10日のわずか3日後である。現在、既にこの「岩波書店著者」リストは作成し終えられているはずである。「依頼状と募集要項」も既に送られていると思われる。この過程で、「岩波書店著者」から紹介される学生その他の人物は、努力云々以前に、個人的なこの著者との「縁故」により岩波書店への紹介状を得たと言える。

 また、岩波書店社員の紹介に関しては、岩波書店はFNNへのFAXにおける「ご知友の中に岩波書店の社員がいらっしゃれば、その社員に直接ご連絡ください。いらっしゃらない場合は、当社総務部の採用担当に電話でお問合せください。」との回答からすれば、どうも総務部が社員を紹介する、またはそれに類似したことを行なうとの認識を持っているかのように思われる。岩波新書編集長の小田野耕明も、2月3日付のツイッターでの発言で、
 「受けたいけれど、どうしても著者から紹介状をもらえないという人は、読んで気に入った本のあとがきにある編集者に電話をして(代表番号からでOK)、そう伝えてくれれば、紹介を断る人はいないと思います。」
https://twitter.com/#!/komei1107/status/165346279575142400

と述べており、社員による紹介は、受験希望者が働きかければ簡単に得ることができるかのようである。

 だが、上の社員宛文書においては、この社員による紹介は、一種のその人物に関する推薦を意味しているのであって、安易に出されるものとしては規定されていない。ここでは「お知り合いの方に2013年度の社員募集を行う旨を伝え」とあり、受験希望者からではなく、社員から働きかけることが記されている。また、「知り合い」とは、『広辞苑 第5版』によれば、「互いに知っていること。面識があること。また、その人。知人。」であって、一定の交友が前提とされているものである。しかも、紹介した社員は、「社員紹介者カード」の必要事項を記入して会社に提出しなければならない以上、一定の信頼がない限り紹介しようとの気は起こるまい。

 このように、上記の社員宛文書においては、岩波書店社員の紹介に関しても、受験希望者による社員へコンタクトをとろうという努力ではなく、社員との偶然的な個人的関係と信頼関係という「縁故」が重視されているのである。

 前述のように、岩波書店は現在、岩波書店著者の紹介状という応募条件は、「一定のハードルを設けることで、希望者の強い意欲をみ」ようとの意図のもとに作られたとしているが、上の説明から明らかなように、そのような説明は成り立ちようがない。

 岩波書店によれば、2013年度の採用人数は「若干名で一桁の前半」にしかならないとのことである。ところが、上で見たように、岩波書店は、わざわざ正式な依頼状を送って紹介を「岩波書店著者」に依頼しているのである。そのような「岩波書店著者」が推薦してくる人物、しかも、岩波書店内に「日頃お付き合いのある」社員が存在し、社員および会社自ら推薦を欲しいと思うような、岩波書店と関わりが深い著者の推薦する人物を、無下に扱うことができるだろうか。しかもこれに加えて、社員の知り合いで社員が推薦する人物もいるのである。そうすると、これらの枠のほかに、はたして何人が採用されることになるのだろうか。また、そもそも採用される可能性があるのだろうか。FNNへの回答によれば、2012年度の採用人数は5人である。前記の小田野によれば、「今度の4月入社は2人」である。
https://twitter.com/#!/komei1107/status/165344548397133825


3.ネット上では、「縁故ならばなぜホームページ上で公開するのか分からない」とか「岩波書店は、何か意図があってホームページ上で、議論を呼ぶこと必至であるこの応募条件を公開したのだろう」といった趣旨の発言が散見されるが、私は、これは極めてシンプルな理由に過ぎないと思う。すなわち、会社上層部も採用担当者も、このような応募条件が、社会的に大きな注目を浴びるという可能性を全く想定していなかった、のではないか。私は、岩波書店は、自分たちがやろうとしていることが社会規範・社会常識から著しくズレているとは夢にも思わず、自分たちの行為が社会でどのように受け取られるか、という点への認識を全く欠いたままで、昔からやってきたという、このような条件を大っぴらにしてしまったのではないかと思う。私がこの首都圏労働組合特設ブログで繰り返し書いてきた光景である。

 また、私は、今回の岩波書店の採用における受験希望者を紹介する著者または社員とは、基本的にはこの社員宛文書で規定されている者であって、メディア報道後の会社の主張とは裏腹に、会社依頼によらない「岩波書店著者」の紹介は、補足的なものとして想定されていたのではないか、と考えている。社員宛文書を素直に読めば、そのような解釈になると思うが、論議になっている「岩波書店著者」という言葉の曖昧さがそれを示唆していると思う。

 そもそも「岩波書店著者」というのは、文言上では極めて曖昧なものである。岩波書店から1冊でも著書を刊行していればよいのか、また、刊行年度はいつでもよいのか。また、翻訳者や雑誌への寄稿者、講座・辞典類の執筆者も「岩波書店著者」なのか。私の知る限り、「岩波書店著者」の定義を会社が行なったのは、2007年11月に「岩波書店から1冊でも本を出版するか、または、『世界』等の岩波書店の雑誌で何回か記事を書いた人」だと役員が私に説明したのが唯一の機会である。

 だが、岩波書店社員の浜門麻美子は、2月3日付のツイッターで、雑誌・本に一度寄稿したのみの人物も「岩波書店著者」であるとの解釈を述べており、これは2007年11月の会社発言とは食い違っている。

 「もちろんOKですよ!RT @kikumaco: ぼくも「科学」に一度だけ寄稿したから、いいのかな “@GoITO: ぼく一度きり岩波書店の本に寄稿してるだけなんだけど、ぼくの紹介でもOKなんだろうか>岩波の採用試験”」
https://twitter.com/#!/hamakado_mamiko/status/165315217662820352

 このように、「岩波書店著者」に関しては、社内でも統一した見解が共有されていない。ましてや、受験希望者が分かるわけもなく、これが一般の人間に「門戸は開かれている」採用形態であるとするならば、「岩波書店著者」の紹介が応募条件である以上、「岩波書店著者」とはどのようなものを指すか、あらかじめ受験希望者に分かる形で告知しておかなければならない。ところが、岩波書店はそのような当然の作業を一切行なっていない。これはいかにも奇妙である。

 だが、受験希望者を紹介する著者または社員とは、基本的には社員宛文書で規定されているもの、という解釈ならば、このような疑問は起こりようがないのである。なぜならば、ここで想定されている「岩波書店著者」とは、社員の申請に基づき、会社が「依頼状」を送るに値すると判断した人物を指すからである。すなわち、当初の応募条件での「岩波書店著者」とは、単に本を出したとか論文を書いたとかいったことではなく、岩波書店が新入社員を推薦してくれるにふさわしいと判断し、依頼状を送るに値すると考えた著者、のことを主として指していたのではないかと思われる。これならば、細かい定義を示す必要などはじめからないのである。また、送られてくる膨大な応募書類に関しても、依頼状を送った「岩波書店著者」の「依頼リスト」と照らし合わせれば、片っ端から切っていけるのである。もちろん、例外はあるだろうが、これならば、確かに、「採用にかける時間や費用」を大幅に削減できるし、会社が言うように、「落とすための試験」になることも避けることができるのである。そうではなく、「自分の行動力で条件を満たせるように努力」する人材が主な応募者として想定されているならば、それらのケースとは全く別に、わざわざ会社が正式に推薦を「岩波書店著者」に依頼する合理的理由が見いだせないと思う。

4.もちろん、受験希望者を紹介する著者または社員とは基本的には社員宛文書で規定されているもの、ということではなかったとしても、問題は変わらない。

 岩波書店をどうしても擁護したい人間は、「岩波書店著者」の紹介に関して、確かに当初は社員宛文書のような条件だったかもしれないが、ホームページに公開された1月10日以降に関しては、「一定のハードルを設けることで、希望者の強い意欲をみることを目的として課された」との岩波書店の説明も妥当するはずであるから、問題ないと主張するかもしれない。だが、当たり前であるが、特定の「岩波書店著者」に対して会社は正式に人物推薦の「依頼状」を送るとしている以上、希望者の強い意欲をみることを目的として課されたとは到底言えない。

 また、仮に受験希望者が、自分から自分の周囲の「岩波書店著者」を見つけ出し、その人物に、懇意の社員にコンタクトをとってもらって、会社から依頼状を送ってもらう、という手続きを踏もうとしても、それは極めて難しかったであろう。なぜならば、社員宛文書にあるように、この場合の締切は1月13日なのであって、ホームページ公開後わずか3日で、会社からの依頼は不可能になってしまうからである。「希望者の強い意欲」など見ようがない。

 また、会社は、周りに「岩波書店社員」がいない人物には「自ら縁故を見つけてほしい」「一定のハードルを設けることで、希望者の強い意欲をみ」るなどと主張しているが、採用人数が極めて少ない以上、これらの人々は、岩波書店が正式に依頼した「岩波書店著者」の推薦する人物が獲得する推薦状に、匹敵する説得力を持つ推薦状を獲得しなければならないことになる。だが、ホームページの公開は1月10日であり、応募締切は3月13日であって、2013年度定期採用を希望する人物、特に学生が、たかだが2カ月以内にそのような推薦状を獲得することは、常識的には不可能である。

5.

 以上のように、マスコミ報道以後の岩波書店のメディア上での発言は、岩波書店が岩波書店社員に対して行なってきた説明、および実際と著しく矛盾している。私には、これは、メディアの報道に対して、縁故採用が問題になるという認識を全く持っていなかったことを知られないために、苦し紛れに、「一定のハードルを設けることで、希望者の強い意欲をみることを目的として課された」「門戸は開かれている」などという説明を後付けで展開しているように見える。もちろん、これでも機会均等原理の公然たる否定という本質が消えるわけではないが、その性格を、社員宛文書にあるようなより露骨な形態から多少なりとも薄めることはできよう。もしそうならば、岩波書店は、メディアおよび公衆に対して、公然とウソをついていることになる。

 ウソではないということならば、少なくとも、岩波書店は、岩波書店自ら正式に推薦を依頼した(する予定)の「岩波書店著者」が存在することを明らかにし、その事実と、メディア上で岩波書店が発言している弁明との整合性を公的に説明しなければならない。

 また、岩波書店は、今回の応募条件は「出版不況もあり、採用にかける時間や費用を削減するため」であり、「著者の紹介、社員の紹介という応募条件は、昨年2012年度定期採用でも実施しており、以前も同様の応募条件で行っていました」などと説明しているが、この説明は、現在の全ての岩波書店社員が、同様の応募条件で入社したかのような誤解を与えるものである。私は、入社にあたって、「岩波書店著者」および「岩波書店社員」の紹介状など提出していないし、入社に際してそのような人脈は存在しなかったと思われる社員も私の知る限りで何人もいる。このような説明は、あたかも岩波書店社員が「縁故」で入社しているかのようなイメージを一般の人々に与えるものであり、「縁故」で入社していない社員にとっては極めて迷惑である。これについても、補足説明を公的に加えるべきである。

 今回の岩波書店の応募条件が、極めて多くの一般の人間の会社に対する失望、怒りを招いたことは改めて言うまでもないが、他方でネット上では、もともと多くの企業、特にマスコミは「コネ社会」であるから、それを明らかにしただけだとする等、浅薄な擁護論が多い。現在の日本社会で、機会均等原理を公然と否定する今回の岩波書店の措置を、擁護する主張が多いという事実は、それ自体が興味深い考察のテーマであると思われる。

 だが、そのような主張は、機会の平等の公然たる否定であるだけでなく、「コネ」を公然と肯定することそれ自体が、「コネ」を肯定する社会的風潮を助長する点を無視している。岩波書店は、採用時の「コネ」採用は望ましくないとの社会規範を公然と破ることで、日本社会に依然として根強い「コネ」擁護の声を顕在化、正当化させている。岩波書店の今回の応募条件が公的・社会的に認可されてしまえば、今後、同様の措置が他企業、特に出版業界の企業でとられる可能性は高いだろう。その場合、応募条件に「縁故」が課されることに加えて、採否の基準が今以上に「縁故」に左右されるようになるという二重の意味で、機会の平等に著しく反することになる。このような事態が、多くの人々、特に、雇用難に苦しむ多くの学生に対して大きな精神的被害を与え、また、雇用の機会を失わせることは明らかである。岩波書店の今回の措置は、企業としての社会的責任という観点を欠落させた行為であり、断じて容認されるべきではない。

 岩波書店の今回の措置に関して、読売新聞によれば、厚生労働省就労支援室は「あまり聞いたことはない。採用の自由はあるが、厚労省としては基本的に広く門戸を開き、応募者の適性、能力に応じた採用選考をお願いしている」と発言しているという。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120202-OYT1T00976.htm

 また、共同通信によれば、「小宮山洋子厚生労働相は3日、閣議後の記者会見で「早急に事実関係を把握したい」と述べ、調査に乗り出す考えを明らかにした。東京労働局が近く同社から詳しい事情を聴き、今後の対応を検討するという。」とのことである。
http://www.47news.jp/CN/201202/CN2012020301001408.html

 これらは、機会の平等という社会規範が侵されようとしている以上、行政として当然の対応であると思うが、今後、調査がなされた場合、岩波書店は上記の社員宛文書とそれに基づいた紹介依頼等についても、誠実に説明するべきである。岩波書店は、FNNに送ったFAX回答では、この件に一切触れていないどころか、上記のように、明確にこれと矛盾した回答を行なっている。

 私がこのようなことを書くのは、岩波書店はかつて、このブログで既に書いたように、数十年間にわたって残業代を払っていなかった件で、労働基準監督署から行政指導を受けた際に、労働時間管理記録を隠蔽していた前例があるからである。今回は調査に際して誠実に対応することを望む。

 ちなみに、岩波書店社員の中には、このような行政の反応に対して、早速反発をあらわにしている発言も散見される。下のツイッターは、岩波書店労働組合およびその上部団体の出版労連で長年要職を務めている人物のものである。

 「@hayakawa2600 ありがとうございます。厚生労働省まで乗り出してくるなんて。被災地の雇用創出とか、ほかにもっとやるべきことがあるでしょうが、と言いたいです。」
https://twitter.com/#!/jizit/status/165446962500481025

 以上のように、メディア報道後の岩波書店の諸発言は、岩波書店社員に対して行なってきた説明、および実際と著しく異なっているものであり、岩波書店が現在、メディアに対してウソをついているとの疑いを強く抱かせるものである。私には、岩波書店は、これが問題になるなどという意識は全くないまま、今回の応募条件をホームページ上に載せてしまい、問題になってから、慌てて正当化のための口実を作っているように見える。そして、そのような行為が、結果的に、「コネ社会」に対して実は肯定的な日本社会の<空気>を顕在化させてしまっているように思われる(これは「コネなどどこでもやっているのだから、岩波書店への行政の調査はおかしい」など主張することで、結果的に岩波書店の今回の応募条件を肯定する言説も含む。当り前であるが、それを公然化することは、裏でやることとは別の問題である。このような主張者は、新卒採用の応募条件で公然と「縁故」をうたっている企業の具体的事例を挙げるべきである)。岩波書店が自社の行為の正当化に必死に固執すること自体が、大きな社会的悪影響を与えると考える。岩波書店が、社員採用に関して、「岩波書店著者もしくは岩波書店社員の紹介」との応募条件を撤回することを強く求める。

(金光翔)
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[ 2012/02/05 10:58 ]


掲載日:2012年2月9日
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