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IPEの風 8/10/09

ようやく梅雨が明けた頃、にわかに現れた台風が大雨を降らせ、地震も起きました。

池袋の立教大学で、ゼミの合同合宿をさせてもらいました。イギリス風の箱庭みたいな素敵なキャンパスです。水の供給を民営化するべきか? グリーン・ニューディールは成功するか? 外国人労働者を増やすべきか? 学生たちはよく調べている、と感心しました。

懇親会で、お酒の入った学生たちの熱い議論を聞いていると、日本人はおかしい、という硬派の声が聞こえました。

・・・間違っている、と思っても、なぜ日本人は変えないのか? なぜ黙っているのか? なぜ反対し、行動しないのか? そんなことが多くある。・・・ほかの国で行われている良いことでも、日本ではやろうとしない。日本ではできない。できない、と言われると黙ってしまう。・・・不満があっても、自分でやろうとしない。あきらめてしまう。・・・なぜか?

その答えは何だろう、聞いてみたいな、と思いました。・・・日本の謎。誰も答えられない。・・・アメリカから見れば、それは日本人の文化だ、とある学生は述べました。教育システムだ、と他の学生も述べました。異なる意見を出せない。自分から発言しない。そして、政治システムや官僚制が、批判されていたはずです。

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新幹線で、山本周五郎の代表的な長編小説、『樅の木は残った』を読んでいました。主人公の原田甲斐は、山に入れば野性人で、干し肉を噛んで何日でも獲物を追い、イノシシやシカを狩って、その肉をさばきます。流浪する盲目の芸術家を称賛し、その生き方に憧れます。しかし、国老として藩の政治を動かす際は、常に冷静で、敵をつくらず、権力に関わる人びとの声を聞きます。藩が分割され、内紛を理由に幕府が取り潰しを狙っている、という陰謀に早くから気付き、断固として抵抗します。

人間が政治によって歪められ、権力拡大のために、家臣や下僕を使って殺し合うことを小説は描きます。若い藩主を妓楼通いで責め、逼塞・隠居させ、関係者を暗殺し、2歳の幼児を藩主に立て、その後見を指名して、支配と内部分裂を促す。同じような事件が、まさにプーチンのチェチェン介入、中東やアフリカの資源国家で起きています。

甲斐は、上位の権力による分断と介入、理不尽な攻撃に対して、まともに抵抗することは取り潰しの口実になる、と考えます。わずか3人の合意で、甲斐自身は本心を隠して、権力側の協力者になり、実際は藩の解体を防ごうとします。それゆえ彼は激しく孤立し、裏切りを非難されて、家族や信じる者からも離れ、むしろ彼らが次々に没落し、圧殺され、死滅するのを黙認します。

なぜ発言しないのか? なぜ根本を変えようとしないのか? それは、上位の権力が腐敗しているからです。しかも、権力は必ず人を狂わせ、制度を悪用し、腐敗させます。

もし、日本の権力が、あまりにも長期にわたって安定し、このような本質を維持し続けたのであれば、政治に関わる正直な者は、誰であっても難しい状況を生きることでしょう。

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日本の政治の仕組みや権力の条件を、良くも悪くも、根本的に変える必要があります。そして、基本的な方針として、もっと現場の率直な声を反映し、政治家や官僚が市民に対して責任を負うように制度を変えるべきです。昨夜も、ニュース番組が現場を回ってインタビューする様子を観れば、多くの人が自分の抱える問題を訴えています。その解決を促すように、もっと制度や政策を変えてほしい、と願っています。

リアリズムは政治の本質です。領土を侵した敵の死体を串刺しにし、並べて境界に立てることも、そうすることで敵をひるませ、互いの殺戮をわずかでも抑えたのであれば、領主の裁量として戦乱の時代にかなうでしょう。しかし、政治には目的が必要です。ユートピアニズムなしに、政治は存在しません。

政党ではなく、もっと中間的な政治組織、社会運動が重要だと思います。読書クラブであれ、市民マラソンであれ、河川敷や緑地帯の保存運動、子供たちのキャンプ、商店街の夏祭り、洪水や地震の被災者たちを助けるボランティア組織、・・・自分が参加できる市民の共同体が必要です。

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イラク戦争などの戦争カメラマンについて、ドキュメンタリーを観ました。彼らのもたらす写真が私たちを鋭く刺激するように、私は言葉を探します。

制度について学び、危機とイデオロギーを考えよう、と思いました。かつての戦争や帝国主義から、現代の通貨危機や移民問題についても、必要な制度(の改革)を考えました。それをめぐる社会対立や政治論争から学びたい、と思いました。

この果樹園は、最初に思ったほど効果的な材料ではなかったけれど、そうした試みの一つです。社会対立や政治論争、世界各地の異なる制度とその危機、斬新な発想、次々に試みられる新しいガバナンス、イデオロギーの爆発・・・ それらを発見したい、と思ったのです。事実でも、科学でも、歴史でもない、中間的な思想や運動、それを刺激するもの。

さあ、どうぞ、自分で考え、現実を変えてください。

(夏合宿のために、今週は時間がありません。ほかの仕事もできないまま、長くなりました。)

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