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IPEの風 3/9-21/09

先週はアイスランドに行って、世界金融危機の中の極端なケース(最小の独自通貨国、最初の全主要銀行に対する政府救済国、最初の政権崩壊国、最短の固定為替レート採用・放棄国、など)を考えるため、レイキャビクでインタビューし、街を歩いてきました。

現在進行形の危機であり、関係者の参考になるかもしれません。手短に、いくつか印象に残った点を列挙します。

l         10 times GDP debt”: 国家の経済規模をGDPで考えるなら、その10倍もの債務を主要銀行が負っている状態というのは何なのか? アメリカ政府について、「カバを呑み込んだニシキヘビ」という辛辣な批評があります。同様に言うなら、アイスランド政府は「家を呑み込んだニシキヘビ」!?・・・という感じです。(あるいは、鳥カゴに生まれて巨大化したニシキヘビ) ただし、後述のように、支配層はこの点を重視していません。

l         人口30万人の独自通貨・「最後の貸し手」: 中央銀行の役割は通貨価値の安定と金融秩序の維持です。主要銀行が“too big to fail”というだけでなく、中央銀行(ICB)や政府にとって“too big to rescue”というのであれば、銀行の規模を抑制し制限するか、独自通貨を捨てるべきです。最適通貨圏の条件として、国際銀行業務との分離や抑制が追加されるでしょう。しかもそれは、程度の差はあれ、ルクセンブルグやスイス、ロンドンにも言えます。

l         Hedge Fund”国家=“Investment Bank Model”: アイスランドは、「漁獲量と国際価格に左右される貧しい一次産品輸出国」から脱出するために、「金融立国」を目指しました。経済や国家の近代化はわずか20-30年ほどのことです。さらにこの数年は金融部門を民営化して自由化し、世界的な金融緩和の波にも乗って、政府自身が国家を「ヘッジ・ファンド」のように運営した最初の国と評価されていました。OECD諸国の中でも最上位に属する豊かな国となり、大成功、とみなされたのです。

l         持続可能性と金融不安: 2006年に最初の金融不安が起きました。それを(かろうじて)乗り切ったことで、アイスランド政府は自信を深め、一層の拡大を目指したようです。しかし、対外的な短期債務が外貨準備を大きく超えて累積し、経常収支赤字が資本流入で維持されているような状態が、たとえば、アイスランド・クローネ(ISK)の為替レート水準だけ考えても、永久に維持できると思うのは、根本的に間違いでした。

l         グローバリゼーションと金融政策: 「変動レート制とインフレ目標」があれば、グローバリゼーションは資源の効率的な配分を約束し、富の増大をもたらすはずでした。アイスランドでは経済活動が過熱し、輸入が増え、資産価格が高騰し、当然、インフレ率も高まってくる中で、中央銀行は短期金利を引き上げました。しかし、その結果はインフレの抑制ではなく、投機的な資金の流入増加、外貨建ての借り入れの増加、となりました。今なら、中央銀行が、もっと早く、もっと大幅に金利を引き上げて、バブルを潰しておくべきだった、と言えるでしょう。しかし当時、選挙を控えた政治家がそれを許すはずはなかった、と言います。

l         二つの物語(表): 国際金融市場の心理が急激に逆転したから。・・・中央銀行は景気の過熱を意識していたし、ISKの為替レートが変動することを注意していた、銀行部門の拡大に警告した、と言います。外貨建の債務は危険であり、経済取引の「ユーロ化」は金融秩序の安定化を不可能にしました。なぜこうした金融ビジネスの拡大を「政府・中央銀行は許したのか?」と私は質問しました。彼らの答えは、「それは違法ではなかった」「(監督)権限が分割されていた」「民間銀行の決定に政府は関与できない」「ウォール街の銀行と同じだ」・・・です。

l         二つの物語(裏): およそ30人が支配する国。・・・しかし小さな社会で、銀行経営者・政府・政治家・中央銀行・金融監督官庁・学者などは、互いのやっていることを知らないはずはない、という声を聞きます。政府は国営であった金融部門を民営化し、それを政権に近い資本家たちに売ったのです。金融ビジネスの拡大は、政府にとっても、その株を買った国民にとっても、そこで高給を得ていた若者たちにとっても、大いに支持されていました。政府は金融ビジネスの拡大を促し、投機を奨励してきたわけです。有名な経済学者を招いて報告書を作成しています。金融不安が起きて、すでに銀行では融資を次々にストップしていたとき、首相や中央銀行は外国の投資家に安心するよう訴え続けていました。「彼らが莫大な利益を得ていた」「彼らはグルだ」「彼らは知っていたはずだ」・・・責任やコストをだれが負うのか?

l         世界金融危機の最初の犠牲者: アメリカでも投資銀行がほとんど消滅したように、アイスランドの「金融立国」モデルが消滅したのは避けがたいことでした。銀行が、毎週末、顧客をロンドンでの豪華なディナー・パーティーやフットボール観戦に招待し、社員に気前よくボーナスを支払う、といった投機の時代は終わったのです。金融ビジネスの拡大を前提したインテリジェント・ビルの建設は中断され、投機的な住宅の建設も止まりました。人々はローンが支払えず、港には輸入された新車が買い手のないまま放置され、これまで購入された多くの自動車が売りに出されて、ぎっしりと並びます。

l         アイスランドの現在: 危機というより、むしろ安定・平静? ・・・少し意外な印象です。(日本が外貨準備を提供したことを契機に)IMFが積極的に関与し、資本規制をともなう介入によって為替レートが安定化したからでしょうか。ただし、国内金利は18%です。社会保障制度(たとえば、国立病院の医療費はタダ?)があるから、仕事のない外国人労働者が帰国したから、失業した若者たちは外国へ流出しているから、しばらくはクレジット・カードで生活費を支払えるから、政府が財政支出を続けているから、・・・国民の不満は抑えられているのかもしれません。しかし、4月後半に選挙が予定されています。

l         アイスランドの将来: この静けさは続かないでしょう。今後も、失業と財政赤字は急速に増え、選挙後の政府と交渉する際に、IMFは財政赤字を問題にするはずです。対外債務を支払うにも輸出を伸ばす必要があり、債権者との国際交渉で債務をどのように処理するのか、が重要です。通貨価値の下落と財政支出の削減は、(金融ビジネスとバブルを前提した)国民の生活水準を急激に低下させます。それを抑えるには、EU加盟によって通貨や財政に長期的な見通し・信頼を得ることが重要ですが、アイスランドには自分たちの資源を奪われる、というEU反対論が根強くあります。将来を決めるのは、「帝国主義(国粋主義)」と「対外債務の処理」です。

l         海洋における帝国主義: アイスランドには、豊かな漁場と地熱エネルギー・電力という資源があります。国際社会で海洋法が支配領域を拡大する中で、イギリスやEUに対してアイスランドは魚をめぐって抵抗し、「タラ戦争」を繰り返しました。「独立党」や「進歩党」の政治的支持基盤には、こうした資源に関する独占的利益とナショナリズムがあるでしょう。独自通貨は、彼らが資源から得た利益を国内的に再分配する政治メカニズムです。EUに加盟してユーロを採用すれば、その二つを失うだろう、と恐れています。外国の漁船が魚を取り、外国の資本が水産加工の工場を建て、自国の財政赤字を規制され、為替レートや金利の決定権を失います。それは既存の支配層にとって許せないことでしょう。

l         銀行を国有化していない! “Bad Bank”による債務処理: 日本のバブル処理について、「なぜ不良債権をすぐに処理しなかったのか?」という問題が激しく議論されました。アイスランドの場合、銀行は仲介して利益を得ただけで、債権者は外国人です。また、その債権や資産も外国の企業や債券です。だからアイスランド人にとって、これらを国内の銀行システムから分離して処理する、という発想が容易に支持されます。多くの回答者は、当然だ、という態度でした。つまり、アイスランドの銀行を経由して外国の企業を買収した方が大きな利益を得られたから、彼ら(外国人・銀行)はそうしたのである。投資した資産が減ったから、アイスランドの銀行は破たんし、経営者や労働者は職を失った。あとは外国の債権者・投資家たちが残った資産を売却して損失を処理するしかない。アイスランド政府の問題ではない、と主張します。

l         アイスランドの教訓: 銀行の規制や外貨準備、為替レートの調整と安定化、「最後の貸し手」や金融政策の決定、財政政策による危機の緩和、などについて、アイスランドでその経済規模を超えた問題が起きることは予想されたにもかかわらず、国際的に合意されたルール(規制や処理方法)がありませんでした。それにもかかわらず、国際金融市場の活況は投資の基準やリスク評価において、間違った基準を与え(例えば、債券格付け)、国際市場で競争させたわけです。最初から、もっと長期的な視野で、資源の効率的な配分や社会全体の報酬システムに照らして、金融ビジネスをふさわしい姿に戻す・抑える基準、国際的な規制・監視=保証制度が必要だった、と思います。

l         アイスランド政治経済の大改造: 国民の抗議の声に屈して、独立党の首相は辞任し、野党の社会民主同盟が政権に就きました。危機に対してICBに責任はない、と辞任を拒んできた中央銀行のオッドソン総裁(前首相)を辞めさせ、ノルウェーから臨時の中央銀行総裁を任命しました。また、金融犯罪の捜査に関しても、フランスの検察官をトップに招きました。ある人は、銀行をヨーロッパの銀行が買収することを歓迎する、債務処理について“Bad Bank”の総裁にドイツ人が就くこともありえる、と応えました(その価格や、損失に対する公的な責任は?)。アイスランドの旧来の支配秩序を、新政権が徹底的に改造する、という意志を感じます。しかし、そうであるからこそ、旧支配集団の勢力は抵抗を強め、この先も政治的危機を繰り返しそうです。

l         利害対立と政治的秩序・制度構築: 国内における外貨建て債務に苦しむ住民と、アイスランドの銀行に融資した外国の銀行やその証券を買った外国投資家との利害は明らかに対立します。政府は、前者を救済するために、後者への支払いを拒むでしょう。アルゼンチンのように、デフォルトして、為替レートを切り下げることが短期的に望ましいかもしれません。他方、ドイツや日本のような債権者からすれば、銀行・政府が債務を返済し続け、資産の価値を長期的に回復するような政策を望むでしょう。アイスランド政府が選挙を意識し、交渉を有利にするため、ナショナリズムに訴える心配があります。

l         「社会的責任」と「成長モデル」: 何が間違っていたのか? 「企業の利益は、必ずしも社会の利益にならない。」 政治とイデオロギーの対立。アメリカの共和党イデオロギーを目指す「独立党」や「進歩党」、それに対して、EUや北欧型の平等社会を目指す「社会民主同盟」」が権力を争っています。資源独占を唱える海洋帝国や、国際金融市場における貯蓄の奪い合い、短期的な企業買収・再編などは、国際社会の信頼を損なう行為です。他方、国境を超えて、債務処理の負担を長期的に分担し、安定的な市場の拡大や投資機会を維持するような金融秩序を共有することで、アイスランド経済を再生する別の「成長モデル」を見つけられる、と国際投資家や国際機関は説得するでしょう。

l         EUやユーロは答えではない: 安定した通貨や競争的市場、財政支援を重視して、アイスランドはEUに加盟するべきだ、という主張を、彼らは信じません。漁業規制だけでなく、EU内部にも多くの問題があり、EU加盟やユーロによって金融が急速に拡大した東欧諸国でも、アイスランドと同じような問題が生じています。EU加盟国で経済が過熱し、金融ビジネスの肥大化やバブルに国民が苦しむときも、不況に対するEUからの財政的な支援は得られません。アイルランドがEUやユーロを離脱する可能性を考えねばならないときに、アイスランドが加盟しても意味はない、と反対する声を聞きました。北欧諸国との政治経済同盟は弱く、社会民主主義や高福祉のイデオロギーは支持されません。一部ではノルウェーとの通貨統合だけを望む声があります。少なくとも、ノルウェーには石油資源がある、と。

l         国際金融市場の制度改革: アイスランドの改革は、IMFやG20など、国際金融市場の再生の一部です。もし世界が国際金融秩序を再建できず、世界不況がさらに深刻で、長期に及ぶなら、たとえ豊富な資源を輸出でき、高度な教育と高い弾力性を持った労働力、高度なインフラがあっても、アイスランドの再生は不可能です。アイスランドを「炭鉱のカナリア」と呼ぶのは、危機だけでなく、その再生(もしくは不況の深刻化)においても、正しい比喩です。しかし、私の質問に対して、IMFや国際社会の役割を評価し、期待する声はほとんどありませんでした。それが、アイスランドの支配的なエートスでしょうか?

主要国が安定的な金融秩序を提供し、世界経済も拡大を続けているなら、小国にとって、グローバリゼーションへの参加が成長の条件であったわけです。それが逆転する中でも、アイスランドは小国の利点を生かすことができるでしょうか?

日本でバブルが破裂した後、自民党を選挙で敗退させ、主要銀行を国有化し、為替レートを安定化し、新しい首相が中央銀行総裁をアメリカから、金融犯罪捜査に関してはヨーロッパと中国から、人を招いてトップ数名のチームに参加してもらい、制度改革を指導していたら、政治経済システムの大改造が成功しただろうか、と私は想像します。もちろん、結果はわかりません。

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