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IPEの種 11/7/2005

フランス政府は強硬策を選択しましたが,パリ郊外の一角から起きたアフリカ・アラブ系移民の若者たちによる暴動が,バスや乗用車1000台以上を焼いて,なお拡大しています.ドイツでは政治的混迷が続き,イギリスのバーミンガムでも「人種暴動」が再発しました.減税と戦争を強行してきた二期目のブッシュ政権が,早くも,国内の権力基盤を失いつつあります.イラン,シリア,北朝鮮,ラテン・アメリカなどで,各地の反米政権や反グローバリゼーション運動と,アメリカの支持する国際システムが衝突しています.ロシア,中国,インド,ブラジル,などが今後どう動くのか? 楽観的な見通しより,むしろ不安が強まってきたように思います.

シラクやシュレーダーが衰えてもブレアがいる? グリーンスパンが退いてもバーナンキがいる? あるいは,・・・ブッシュや小泉の次に,誰か優れた指導者が出る・・・だろうか? 世界の指導的な立場に就く人々は,その国の事情や直面する課題が異なるとしても,まるで駅伝レースか「もぐら叩き」のように現れて,システム全体を統治します.その責任がさらに広がり,しかも重くなっていくことに,彼らも苦悩し,世界の辺境に想いを巡らすことがあるのでしょうか?

週末,大阪の高校へ模擬講義に出かけて,最初に,「子供と社会」について話しました.親というものは,子供のために美味しいものを取り分け,楽しいことを増やしてやろうとします.子供が金魚すくいでもらってきた金魚を飼いたいと言えば,水の管理や餌やりに気を配り,子供が帰ってきたら,真っ先に金魚を覗き込む様子を観て楽しみます.ここでは「社会構造」が実感できます.

たとえダイヤモンドや金,石油があっても,その社会が豊かであるとは限りません.富をめぐって内戦を繰り返す貧しい社会では,武装した民兵が大人たちの手足を切り落とし,子供を連れ去って兵士や奴隷にしました.砂漠に逃れた難民たちには食べるものも無く,路上に眠る子供たちは「学校に行きたい」と願いますが,夢は叶いません.運よく豊かな国に逃れることができても,彼らはしばしば差別され,まともな職を得られず,満足な学校や住宅に入ることもできません.ときには,慈善に頼って生きる若者がテロ活動に傾倒したり,警察と衝突して町中で暴動を起こしたりするのです.彼らが依拠できる「社会構造」は,一体,どこにあるのでしょうか?

先週の「IPEの種」を書いてから,ウィリアムソンは世界の金融システムを,本当は,どう考えているのだろうか? と,気になりました.シンポジウムにおける短いコメントで,世界の成長(それゆえ失業や貧困の解消)が外貨準備やアメリカのドル供給によって制約されている,と批判するポスト・ケインジアンの意見に彼が反対しているのを読みました.そこで彼は,ケインズが将来のエコノミストを「歯医者のように,控えめな,役に立つ人々」になると願ったことを指摘し,実際的な改革案を重視する姿勢を「配管工 “Plumber”」と非難した者に対して,配管工なら嬉しいね,と応じています.(John Williamson, “The future of the global financial system,” Journal of Post Keynesian Economics, Summer 2004.

ちなみに,ウィリアムソンが「配管工」として提案したのは,以下の5点です.1.各国政府は,レファレンス・レートを採用する.そしてIMFが,2.The World Economic Outlook.によって各国経済をサーベイランスする.3.各国の政策分析と提言を行う.4.激しい民間資本移動から貧しい小国を守る.5.SDRの追加供給を行い,開発の促進ともリンクする(さらに,アメリカの対外赤字,世界的な不均衡も解決する.)

模擬講義の後,一人の女子高生が質問してくれました.「貧困や争いはなくならないのですか?」と.彼女の問いに,私は,正直に言えば,貧困も争いもなくならないだろう,と思いました.しかし,「絶対的な貧困は無くせるはずだ.」と答えました.

現代の科学や知識,世界が得た富や社会ストックをもし利用できるなら,彼らはもっと豊かになれるだろう.人間らしく生きることができないほど貧しい人々がいることは間違っている.彼らの暮らしは,たとえば国際支援を受けて,農耕のインフラや輸送手段を整備すれば,貧困を抜け出して自立できる.それができないような土地なら住民が流出するだろう.難民や移民をもっと豊かな土地で受け入れることができるはずだ.しかし,そのような支援が行われていないのは,双方に政治的な問題があると思う,と話しました.

確かに,大規模な世界戦争はなくなるかもしれないが,争いや社会対立は将来もなくならないだろう,と私は答えました.「それでも,グローバル化は正しいと言えるのですか?」と,彼女は問いました.確かに,移民が増えれば,自分たちの仕事を奪われた,と反発する人が現れます.安い輸入品が市場を満たすようになれば,それまで儲かっていた商売や工場が破綻に追い込まれ,失業する人も増えるでしょう.その通りです.

しかし,日本だけで豊かになれるでしょうか? 日本人だけが今の雇用を維持し,安い輸入品や移民を拒めば,それで良いのでしょうか? 私は,近隣諸国が豊かになることは日本に住む人々や企業の利益にもなる,と話しました.アジアが豊かになれば,質の良い製品や優れた技術を求める人が増えて,日本の企業はアジア市場を拡大し,雇用を増やせるのです.他方,日本市場で安価なアジア製品が増えれば,その国内生産は失われ,失業者が出ます.しかし,日本の景気が良ければ,彼らは新しい職場を見出せると思います.もちろん,失業手当や再訓練,雇用を促す支援策は重要です.しかし,安い輸入品を拒むことは間違いだ,と経済学は教えます.

貿易であれ,移民であれ,私たちは「社会構造」が変化することを通じて豊かになります.その過程を正しく理解しなければなりません.もし貿易や新しい技術を拒み,移民を差別して排斥するなら,人々はきわめて閉鎖的で,硬直した経済,極端に保守化した,衰退する社会に束縛されるでしょう.能力のある者,野心的な者は,むしろ,アメリカやヨーロッパの大学に入り,優れた企業は中国へ逃げて,もっと大規模に投資しようとするでしょう.

社会構造が変化するとき,たとえ激しい対立が起きても,孤立し,排除するのではなく,「一緒に解決しよう」と呼びかける優れた政治指導者がいれば,人々の声を聞いて,問題を解決するための新しい制度や仕組みを作るでしょう.グローバル化が良いか悪いかは,正しい理解と,社会的な工夫(革新的なアイデア),それを吸収して広める指導者と国民の能力にかかっています.「もし日本がそのような能力(受容力)を高めて,豊かで,繁栄する,開かれた社会となれば,世界の貧困や争いも減らせるでしょう」と,私は彼女に答えました.

NHK教育は,近頃? 面白い番組を作ります.たとえば,「お父さん出番です」を観ました.宮大工になりたい,という娘が弟子入りを断られたとき,彼女の生き方に口を挟まなかったお父さんが彼女を励まします.自分の気持ちを伝えるために,もう一度,手紙を書いてみてはどうか,と.誰にも多くの挫折があるけれど,お父さんは自分の生きる姿勢を通して,娘の成功を願い,助けたいと思うのです.

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