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IPEの種 4/4/2005
もうすぐ,Googleを利用してサイト内検索ができます.Reviewを検索される場合,これが私の「昆虫採集」であることを前提に,楽しんでいただきたいです.
私は虫取り網とカゴをもって原っぱに出た少年です.よく見ると,空中には珍しい虫がいっぱい飛んでいます.網を振ってみると,これがまた驚くほどいっぱい取れるのです.これはすごいな,という虫を集めては,自分自身で楽しむためにコレクションを始めました.だから私の好みで,国際通貨や国際移民に関するアイデアが少し多いかもしれません.
なぜこの虫を並べて,他の虫は採らないのか? と不思議に思うかもしれません.私の時間や理解力に限界があるのはもちろんですが,その理由は虫についての「真偽」や「重要性」ではなく,私の得た「驚嘆」や「美感」で集めているからです.虫の特徴は実にさまざまです.決してこれらを「世界を理解する共通の鍵」などと思わないでください.好きなもの(あるいは嫌いなもの)を読んで,自分の感性や問題意識を磨くのに役立ててもらえたら,それで良いのです.
世界が急激に変化しつつある,と意識するのは,いつの時代にもあったことでしょう.産業革命であれ,帝国主義であれ,グローバリゼーションであれ,そうした変化を理解するための言葉や概念であったと思います.今,もしあなたが「急激な変化」を感じているなら,現実を理解する自分の言葉やアイデアを鍛えなければなりません.さもないと,頭もシッポもない,ぶよぶよの怪物,と誰かが呼んだ現実世界に呑み込まれてしまいます.
さて,少ないながら,ゼミに応募してくれた学生を選考する際に,私はIPEを説明しなければなりませんでした.・・・IPEは,定義されない,明確な体系もない,比較的新しい学問領域です.しかしIPEの優れた研究やテキストに共通する,二つの視点に注目したいです.ひとつは,「1960年代後半」.もうひとつは,「国家と市場」.
なぜ1960年代後半か? それは第二次世界大戦後に形成された国際秩序が動揺し始めた時期だからです.1960年代後半から1970年代にかけて,従来の研究と少し異なる,IPEの先駆的な発想が誕生しました.もちろん,貿易,国際通貨,安全保障,地域統合,その他の問題が,この頃にさまざまな意味で転機を迎えています.
なぜでしょうか? IPEの始原とも言える「覇権安定論」によれば,それは戦後アメリカの覇権が動揺し始めたからです.あるいは「相互依存論・政策協調論」によれば,だからこそ国際的な合意の形成と制度の構築により,新しい国際秩序に向けて平和的な調整・転換を促すことが重要なのです.
なかなか完成した説明(それゆえ理解)というのは示せません.説明が高い完成度を示すのは(私の印象ですが),その目的との関係が明快であるときと,その形式的な合理性が完璧な場合です.前者は具体的な状況に関する優れた政治分析に,また後者は数理的な経済学の優れた説明に見られます.他方,政治分析を一般化,もしくは精緻化しようとすると,荒唐無稽な神学・イデオロギーになると思います.数理経済学を具体的な現実に当てはめるのも,同様に,困難です.
天才的な思想家でもない限り,もっと折衷的で,実際的な考察を積み重ねるほうがよい,と私は思います.私たちはゼミで議論します.なぜ日本は領土問題で「弱腰」なのか? 中国の成長は激しい環境破壊で終わるのか? アメリカは今後も世界中で軍事介入を行うのか? 日本経済はめざましい成長の時代を再現できないのか? などと,質問したり,意見を述べたりします.
本当に,「正しい答え」が分かるのか? ・・・残念ながら.では無意味ではないか? ・・・多分,そうでもないのです.
IPEのゼミとして,私たちは問題をさまざまな主体や分析レベルに分け,具体的な状況を示して,さまざまな事例を比較,考察します.私たちはいろいろな視点から現実を解釈し,より深く理解したい,と思います.互いに理想や目的,望ましいと思う社会のイメージが異なるのは当然です.しかし,それでも私たちは議論し,互いに理解を深めることができるでしょう.たとえ合意できなくても,相手が(そして自分も)何を目指しているのか,どのような根拠や実現メカニズムを考えているのか,理解できるはずです.そうすれば当面の合意や協調行動によって事態の改善を目指し,現実が変化する中で,さらに議論を続けることができるのです.
現実を変えるのは法的・物理的な強制力だけでなく,情報を組み立てる「アイデア・発想」であり,「認識・思想」です.古い建物を新しい条件や目的に応じて建て直すときには,建設機械や屈強な労働者たちだけでなく,その設計図が必要となります.あるいはブッシュ大統領も,軍隊だけでなくネオ・コンの思想を必要とした,という具合に.そこには共通の目的についての思想と,建物を維持する力学への正しい理解が必要です.
国際秩序や社会制度を建設する場合,IPEはその力学を「国家と市場」によって示します.国家は,意図的な強制介入を行う主体としてもっともよく組織されたものであり,法律化の権限や軍事的強制力を持っています.他方,市場は,商品や貨幣という形で組織された,個々人の所有と取引関係を集めた市場のルールと圧力を示しています.市場も,ときには強い圧力を生じます.なぜなら,相互の利益(と信じるもの)を求める人々の要求を抑圧し続けることはできないし,ルールを破綻させた場合の社会的コストは甚大であり,それが既存の秩序や権力をも破壊するからです.
もちろん,たとえ主要諸国が合意した国際秩序や,市場による世界的な規模の分業がなくても,私たちは生きていけます.ただし,その生活はもっと牧歌的で,平穏な,孤立して,貧しいものであったでしょう.・・・現実には,人類が歴史的に達成した集合的な生産力=破壊力が,さまざまな政治経済システムを経て,日々,変化をもたらしています.私たちは,たとえ世界の覇者や億万長者,天才的な物理学者でなくても,この力を制御し,自分にとって好ましい生活を実現する過程に参加できるはずです.そのための制度や社会的なメカニズムとして,何が適当でしょうか? そんなふうに,IPEは問います.
あたかも製品の破壊実験を試みる実験室のように,地球上に展開する多様な社会システムは常に破綻の危機に瀕し,危機からの脱出と再生を試みています.市場統合だ,民主主義だ,と最適な社会システムを勝手に定義するより,この破壊実験から学ぶべきではないでしょうか? そうすれば,激しい火花や硝煙,騒乱のさなかで展開されたアイデアの爆発から,次の時代が見えるかもしれません.
世界が急激に変化していることを意識したときから,多分,もう立ち止まることはできないのです.私の集めた「アイデアのコレクション」を,どうぞ楽しんでください.
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