IPEの果樹園2020

今週のReview

8/24-29

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UAEとイスラエルとの国交正常化合意 ・・・ベラルーシ ・・・トランプ再選戦略 ・・・権威主義者、右派ポピュリストたち ・・・教育と温暖化に債務免除を ・・・タイの新しい抗議デモ ・・・株価が予想する未来 ・・・マイナス金利と増税 ・・・旧ハプスブルク・ブロック

長いReview

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[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.] 


 UAEとイスラエルとの国交正常化合意

NYT Aug. 13, 2020

A Geopolitical Earthquake Just Hit the Mideast

By Thomas L. Friedman

トランプ政権が仲介した、アラブ首長国連邦(UAE)が、ユダヤ国家がヨルダン川西岸を併合することは、当面、行わないことと交換に、イスラエルとの関係を完全に正常化するという合意は、

この合意は、ホワイトハウスの芝生に立つアラファトとラヴィンが握手するような歴史的瞬間ではないが、それに近い。この取引は、中東地域のすべての主要な党派に影響するだろう。親米派、イスラムの穏健派、イスラエルとの永久の紛争終結を支持する人々に最大の利益を与え、反米派、イスラム原理主義者、イスラエルとの永久の闘争を続ける親イラン派の人々を孤立させ、置き去りにする。

地政学的な地殻変動が起きる。

この取引が生まれた内的ダイナミズムを完全に理解するには、クシュナーが示したトランプの中東和平案から始めることだ。

クシュナー・プランは、双方に和平を呼びかけ、イスラエルが西岸の約30%、入植者の集中する地区を併合し、パレスチナ人には非武装化した、パッチワーク国家を、残りの70%に樹立させる、という内容だった。

パレスチナ人はこれを、均衡を欠く、不正義なものとして拒んだ。しかし、イスラエルのネタニヤフ首相は、この非常にイスラエル寄りのプラン作成を手伝っていた。彼は、71日までに、プランの「(入植地の)併合」部分だけを実行する、と述べた。彼の強力な支持基盤であるユダヤ人入植者が合意しない部分は除いて。

それはうまく行かなかった。なぜならクシュナーはエジプト、ヨルダン、アラブ湾岸諸国と定期的に話し合っており、一方的にイスラエルが併合するなら合意は支持されない、と知っていたからだ。クシュナーは、ビビ(ネタニヤフ)がプランのおいしいところだけ取って、今すぐに併合するのを阻止するよう、トランプを説得した。

それではネタニヤフが入植者たちの支持を失う。彼は汚職で訴追され、コロナウイルス対策の失敗を責める抗議デモに自宅を取り巻かれ、支持率が低下していた。

だからトランプとクシュナー、UAEの事実上の指導者であるMohammed bin Zayed皇太子は、酸っぱいレモンを甘いレモネードに変えた。

「パレスチナ国家と交換にイスラエルが併合するのではなく、イスラエルが併合しないことと交換にUAEとの和平を得たのだ。」 イスラエルの指導的な中東史家で、アメリカ大使でもあったItamar Rabinovichは語った。イスラエルとUAEは和平と和平とを交換した。土地(併合)と平和との交換ではない。

UAEはイスラエルとの外交関係をよりオープンにしたかった。しかし、イスラエルの併合を阻止する枠組みにより、国交正常化でパレスチナ人のために何かを得る、と示せた。他方、ネタニヤフは彼自身のウォーターゲート事件を中国訪問で打ち消す、逆のニクソンだ。そうイスラエルの作家Ari Shavitは語った。

ネタニヤフは、入植地の併合をめざす右派をなだめることなら何でもした。汚職に関しても、裁判所や司法長官に反対して、彼らはネタニヤフを護った。しかし、この取引でそれが変わる。右派ではなく、イスラエルの中道と中道右派寄りに進むだろう。この取引は、右派が最高裁を破壊するまで戦う前に、イスラエルの民主主義をネタニヤフから救済するかもしれない。

アッバス率いるパレスチナ自治政府にも、この取引は何かをもたらす。この取引が彼から取り去った最大の物は、パレスチナ国家の要求が充たされるまで、湾岸諸国はイスラエルとの関係正常化をしない、という発想だ。しかし、アッバスは、トランプの条件が「下限」であって、「上限」ではないことに注目すべきだ。交渉に入るアッバスには究極の梃子がある。UAEとイスラエルとの関係が何であれ、西岸地区のパレスチナ人は消滅しないことだ。

この取引は他の湾岸Bahrain, Oman, Qatar, Kuwait and Saudi Arabia王族たちを喜ばす。彼らはイスラエルとのビジネスを望んでいる。金融資本、サイバー技術、農業、医療の豊かな可能性がある。

3人の勝者が顕著である。パレスチナ難民の国家に変えるイスラエルの企てを、一時的にでも阻止した、ヨルダンのアブドラ国王。入植地の併合をめぐる論争が過熱して破局に至るのを回避する、アメリカのユダヤ人コミュニティー。むつかしい併合問題が片付き、親アメリカ勢力を多く得られる、ジョー・バイデン。

地政学上の最大の敗者はイランとその支援を受けた武装勢力だ。UAEはイランにメッセージを送った。「われわれは今やイスラエルと組んだ。われわれに手を出すな。」

もう1つ重要なメッセージがある。中東には2つの連合が存在する、という意味だ。一方は、未来を得るために過去を埋葬する。他方は、過去を続けるために未来を埋葬する。UAEは前者を指導し、イランは後者を指導する。

それは、アメリカがソレイマニ司令官の暗殺で取り除こうとしたものだ。イランは、イラク、レバノン、イエメン、シリアで、スンニ派に対してシーア派を支援し、権力を拡大した。しかし、その結果は、4つの破綻国家が生まれ、イランの宗教指導体制は中東最大の国家破壊者になった。

若者たちは旧い権力ゲーム、旧い戦い、旧い傷と報復の繰り返しにうんざりしている。この合意は、過去が常に未来を埋葬するわけではない、ということを示した。憎悪と分断を煽るものが常に勝者になるわけではない。


 ベラルーシ

PS Aug 15, 2020

The Economic Factor in Belarus

ANDERS ÅSLUND

ルカシェンコが失脚すれば、ベラルーシの市場経済導入は大いに見込みがある。

ルカシェンコが支配するベラルーシでは、ソビエト型の国家支配体制が維持され、2012年以来、停滞を続けてきた。彼がしたことは家族と仲間を富ますことだけであった。政府部門が経済の4分の3を占め、それを少数の国有企業が支配した。主要企業は非効率で、補助金を得ている。経済全体が過剰に規制されている。

ベラルーシ経済は自由化と民営化が成功する条件を満たしている。ソ連の教育システムが最良の数学・自然科学の訓練を行っている。ソフトウェア産業が有望だ。中央銀行や財務省を含めて、中央官僚は優秀だ。国際投資家はベラルーシを避けているが、そのせいで対外債務を生じている。インフレを抑えて国際金融機関が統合化すれば、市場経済への移行は機能するだろう。価格統制や貿易規制の解除は、比較的容易である。補助金も削るべきだ。

他の旧ソ連諸国に比べて、ベラルーシにはオリガークがいない。独占企業家が国家を支配することもない。他方で、モデルになるような民間企業もない。有力な企業はロシア企業だ。もし非効率な国有企業を売却すれば、ロシア企業が捨て値で買い集めるだろう。そのリスクを考えて、むしろ被雇用者たちが企業の個人株主になることがよいだろう。

西側は、IMF、世銀、EBRDなど、ベラルーシの包摂を続けねばならない。またEUが新政権とのパートナーシップ計画を合意し、学生たちをEUのエラスムス(学生交流)計画に参加させるべきだ。こうした市民社会の関与は、ロシアの介入を抑えるうえでも非常に重要だ。

The Guardian, Mon 17 Aug 2020

The Guardian view on Belarus: the perilous road to democracy

Editorial

1989年の諸革命が示した偉大な教訓の1つは、嘘の上に立つ体制は驚くほどもろい、ということだ。東ドイツとベルリンの壁で起きたことが、30年を経て、ベラルーシで起きているようだ。

しかし、良い結果がもたらされる保証はない。ルカシェンコは、死んでも選挙のやり直しはしない、と述べ、プーチンと電話で話し合った。ベラルーシはウクライナと異なっており、国民の多くはロシアを支持している。

EU指導者たちは、国民による民主的な解決に向けて、関与しなければならない。

PS Aug 19, 2020

Lukashenko’s Ceauşescu Moment?

SŁAWOMIR SIERAKOWSKI

ある意味で、すべての独裁者が自分の嘘を信じてしまう。ベラルーシ、ルカシェンコ大統領の場合は、投票の80%が彼を支持した、というものだ。

ベラルーシの市や町に平和的抗議デモが広がる中で、ルカシェンコはミンスクのトラクター工場と自動車工場を訪問した。どちらの工場もベラルーシ経済にとって重要であるだけでなく、ルカシェンコの権力基盤でもある。

それにもかかわらず、ルカシェンコが訴えると、労働者たちは彼を支援するという答えを返さなかった。むしろ、「やめろ」、「負けだ」、(もっとひどいものは「自分を撃て」)という声が返ってきた。この話は、ルーマニアの独裁者であったチャウシェスクNicolae Ceauşescuと似ている。198912月、膨大な抗議デモの群衆に対して語ったが、彼はやじられて、軽蔑された。そのすぐ後、権力を失った。

リトアニア議会はルカシェンコを正当な大統領と認めない議決をした。ロシアは介入に熱意を示していない。アルメニア、モルドバ、ジョージアの民主化革命は、コストを支払わなくても、ロシアにとって影響圏を維持するような、好ましい独裁後の体制が確立できたからだ。ルカシェンコが権力にとどまることは、クレムリンにとって単に問題を増やすだけだ。

ルカシェンコがロシアの支援を求めるほど、プーチンは笑っているだろう。プーチンは工作員を派遣するだけで、戦車を送ることはない。


 権威主義者、右派ポピュリストたち

FP AUGUST 15, 2020

The Tragic Romance of the Middle-Aged Western Liberal

BY IVAN KRASTEV

権威主義者、右派ポピュリストたちは、どこから来たのか?

アプルボームAnne Applebaumの新著Twilight of Democracy: The Seductive Lure of Authoritarianismは、19991231日の夜、ポーランドの田舎で開催された新世紀を祝うパーティーの情景で始まる。最後は、同じ家の20年後である。著者はコロナウイルスのロックダウンの中にいる。

彼女は、「あの友人たちは、本心では権威主義者たちだったのか?」と思う。「あるいは、その後の20年間に、彼らに何が起きたのか?」 多彩な保守派の知識人、政治家、外交官たちであったが、今では彼女の政敵であり、ドナルド・トランプや、ポーランドの反リベラル・反革命の熱狂的支持者である。

アプルボームが語るのは、西側の公的イデオロギーとしての反コミュニズムの死、という話である。冷戦において、ソ連は単にアメリカの主要な軍事的敵対者であるだけでなく、イデオロギーやモラルにおける「他者」であった。欧米の左派も右派も、スター理にストの悪夢に対して、リベラルな社会のビジョンを擁護した。

ソビエト共産主義との競争は、諸制度の基本原則について、アメリカ人の思考を支配していた。アメリカのリベラリズムにとって、少なくとも見かけ上は、ソビエトの全体主義が裏返しになって現れていた。言論や出版の自由、運動を組織する自由、公正な裁判を受ける権利。私的な富が蓄積される正統性は、分散した意思決定、計画化されない経済だけが、繁栄と政治的自由の両方をもたらすから、と。

リベラルの諸原則は、それが共産主義を破壊する効果的な手段であったから、高く評価されたのだ。その目標を達成したとき、自由なメディアや権力の分割といった価値は、西側文明やキリスト教の伝統的価値観に対する脅威、とみなされ始めた。

彼女の新著は、ポピュリストたちに反対する非常に強力な声になっている。しかし、その強みは、権力を得たポピュリストたちの権威主義的な本性を暴露したことにあるのではない。反コミュニズムのコンセンサスが知的に無内容であったことを暴露したことだ。

彼女は冷戦後の世界を、民主主義と権威主義との闘い、自由と抑圧との戦いと観る傾向がある。その意味で、アプルボームは典型的な1989年世代なのだ。その世界観では、民主主義と資本主義の結婚が至福のものとされ、世界のほとんどの対立は利害の対立ではなく、諸価値の対立である。多くの1989年世代は、ウラジミール・プーチンのロシアを危険なものとみなすが、ジョージ・W・ブッシュの醜いイラク戦争にはまるで関心がない。

彼女の本のサブタイトルは、権威主義(反リベラルなポピュリスト)を、共産主義に代わるイデオロギーと誤解している。ポピュリストたちは、コミュニストやファシストと違って、革命から生まれる「新しい人間」を夢想しない。ハンガリーのオルバンを支持する知識人たちは、新しい社会のビジョンではなく、リベラリズムに対する病理的な憎悪を示している。ナショナリストのポピュリストたちにとって、1989年は勝利したが、その後、奪われたのだ。アプルボームのようなリベラルが、勝利を敗北に変えた。

ポピュリストたちが冷戦後の世界を拒否する仕方は、ポーランド、イギリス、アメリカで異なっている。しかし、そこに共通する新しい反リベラルの発想とは、盗まれた勝利、である。トランプの支持者たちは、冷戦の真の勝者は、西側ではなく、共産主義の中国だ、と確信している。反リベラルの反革命支持者たちは、歴史によって裏切られた、と感じている。選挙で勝利しても、彼らはペシミズムと絶望の中でもがく。

ポーランドやアメリカでは、市民の民主主義がファンの集まりになっている。リベラルな市民は自分が支持する政党の間違いを正そうとする。それが再考の忠誠を示すことだ。しかし、ファンの忠誠は熱狂的で、思考せず、答えることもない。政治は忠誠心のゲームになる。彼らの喝さいは帰属を表す。政治参加者がファンであるとき、その主要な目標は敵が権力を得ないことだ。

1989年世代のノスタルジー(懐古主義)が、現代の西側リベラリズムが直面する主要な挑戦をあいまいにしている。それは、西側がパワーを失う中でも、西側の普遍主義は支持されるのか? という問題だ。自由な市場、自由な選挙、民主的な多数派は、真の解決策なのか。あるいは、民主主義の暗い側面なのか。

1989年に知識人たちが感じた世界の目指す方向は、今では、幻想となって死んだ。


 タイの新しい抗議デモ

NYT Aug. 17, 2020

You Have Awakened a Sleeping Giant’

By Tom Felix Joehnk and Matt Wheeler

1人の学生の掲げる板には、「神はいない、王様もいない、人だけだ」とある。他の学生は、「眠れる巨人を目覚めさせた」と。

日曜日、1万人以上が民主主義の記念碑に集まった。1932年にタイの絶対王政が終わったことを記念する碑だ。2014年、民主的に選ばれた最後の政府を軍が追放して以来、最大の、最も大胆な抗議集会だった。

要求の中には、タイで発言することのリスクを考えれば、王制に反対するものもある。それは法律で、15年までの禁固刑になる。軍事政権はほかにも、反政府派を抑える新しい法律を作っていた。

率直に語る、活動家たちの新しい世代は、新しい弾圧に終わるのか? タイの治安部隊は民主化を求める抗議デモ参加者を殺した。1973年、1976年、1992年、2010年。

おそらくそれは、2016年に、プミポン国王King Bhumibol Adulyadej 70年にわたる治世が終わったことで、避けられない事態であった。その体制は、王室、軍隊、官僚、裁判所が政治権力に拒否権を行使し、民衆の意志を無視したものだった。その末期には、エスタブリシュメントと、多数派の代表とが、衝突を繰り返した。

2001年、ビジネスマンのタクシン・チナワットThaksin Shinawatraが首相に選出された。2006年、軍は彼を失脚させた。タクシンの妹、インラックが2011年に首相に選出された。その政権は2014年にクーデタで解体された。それを指導した退役将軍プラユットPrayuth Chan-ochaが、現在の首相である。

将軍たちと軍関係者は2017年に憲法を改正し、エリート支配を固めた。首相は議員でなくてよい。上院は選挙に寄らず、軍事政権が指名する。司法は政治家たちが規律に従うよう強制する。

プミポン国王が亡くなった後、息子が国王ワチラロンコーンになった。ほとんどドイツで過ごし、法を改正して外国からの治世を可能にした。王室の莫大な資産を管理し、バンコックの親衛部隊を支配する。

2019年の選挙で、軍事政権は延長された。候補者の何人かを資格なしとし、選挙後に議席を変更したからだ。新党・未来は伝統的エリートに挑戦し、独占の解体、権力分散、軍の政治からの排除、を掲げて選挙を闘った。3620万の総投票数の内、620万票を得て、第3党になった。しかし憲法裁判所は党の解体を命じ、指導者たちを告発した。

新しい世代の抗議活動が起きた。若者たちは、旧弊となった経済・社会の階層構造を「封建制」と呼んで、廃止を求める。富裕層やコネのある者を優遇するダブル・スタンダードを非難する。

パンデミックの前でも、所得は停滞し、貧困、債務、不平等が悪化していた。5月後半の推定で、6900万の人口で、年内に1440万人が失業するだろう。

変化を求める人々は、妨害され、威圧され、行方不明になった。反体制派は誘拐され、殺害されてきた。抗議を支持する者も、批判する者も、1976106日の大虐殺が再現する可能性を指摘する。

しかし、弾圧は既存秩序の正統性をさらに失わせるだろう。政治改革は足りず、王室への忠誠というイデオロギーは損なわれるばかりで、回復できないだろう。


 マイナス金利と増税

FT August 20, 2020

Today’s ultra-low interest rates are anything but ‘natural’

Lotta Moberg

中央銀行が金利をかつてない速さで切り下げたことは見逃せない。経済・人口要因が中央銀行に金利引き下げを強いたのだ、というのが共通見解だ。しかし、これは間違っている。中央銀行を簡単に放免してはならない。

発展した諸国では過去30年間も平均金利が着実に低下した。これを説明するために、さまざまな長期趨勢を挙げるが、それは因果関係ではない。BISの研究で、Claudio Borioたちは、金利の長期的変動が、金本位制やインフレ目標など、通貨体制の変化に結びついている、と示唆した。中央銀行が現行の金利水準に役割を果たしているのだ。

30年前まで、すなわち、中央銀行が金利を下げる前は、制度の制約に従っていた。国際金本位制のルールや、ブレトンウッズ体制下の制約がそうだ。

現在のシステムと似ているのは、1940年代半ばから1950年代半ばの、ブレトンウッズ初期である。公式のルールに反して、いくつかの国は資本規制を採用した。その結果、かなり高いインフレがあっても低金利を維持したのだ。この時期、いくつかの中央銀行は長期にわたって実質マイナス金利であった。それは金融抑圧とよばれたが、政府が戦時の莫大な債務を効果的に融資し、返済することを可能にした。

1970年代にブレトンウッズ合意が崩れると、次第に、変動レートとインフレ目標が採用されるに至った。中央銀行はその権限として自由に金利を決定し、為替レートや金保有に制約されることがなくなった。しかし、戦争による債務を返済するのではなく、融資を増やすためにマイナス金利を主張するとしたら、それは狂っている。

しばしば見られる擁護論は、中央銀行が金利を決めることはできない、それは「自然利子率」で決まっている、というものだ。自然利子率が下がった、と。自然利子率が低下する中で、正常な成長を妨げるほど中央銀行が金利を高く設定しないように、と主張される。しかし、自然利子率の測定モデルには、マクロ変数(それに関わる金利)が含まれ、30年間も下がる説明にはならない。

12世紀までさかのぼって金利を調べると、それが徐々に低下するときは、経済統合、寿命の延長などで、自然利子率が低下するからだった。1980年代からの金利低下は、そのような「自然」なものではない。たとえばアメリカの金利は、1987年の株価暴落以来、金融危機に対して下げられた。

危機と危機の間は、金利が少し上がる。そして次の低水準に下がる。このパターンは、株価下落や不況を避けろ、という政治的な命令に従っているように見える。現在の低金利は「自然」では決してない。


 旧ハプスブルク・ブロック

FT August 20, 2020

Donald Trump’s defeat would deal a blow to European populism

Ivan Krastev

アメリカのポンペオ国務長官のヨーロッパ歴訪は、チェコ共和国、オーストリア、スロヴェニアを含んでいた。それはトランプ政権が、ドイツを抑制し、ロシアを排除するために、あたかもかつてのハプスブルク帝国を再建すると決断したかのようだ。ロシアとドイツを疑う諸国のブロックを形成することが、この政権の対ヨーロッパ外交の核心である。

おそらく、トランプはEUの解体をアメリカの利益と考えているのだろう。しかしポンペオの考えでは、EUが内部崩壊することも、自律性を高めることも、アメリカの利益にならない。アメリカの利益は、EU内部に、アメリカとの特別な関係から安全保障と影響力を引き出す諸国があって、明確なブロックを形成することだ。

ブレグジット後のEUにおけるアメリカの新しい外交は、そのような同盟諸国をアメリカの影響力低下に対する最善のヘッジになる、と考えている。オーストリアの保守派であるクルツSebastian Kurz首相は、ときおりメルケル首相を批判しており、親米の、旧ハプスブルク・ブロックの指導者になりそうだ。

トランプ政権にとって、中欧訪問の意味は、中東和平交渉に匹敵する。中欧における非リベラルな諸政府は、トランプをイデオロギー的な同盟者とみなしており、ロシアのプーチンを称賛する者もいる。しかし、もしトランプが選挙で敗北すれば、アメリカのハプスブルク戦略も終わるのか?

私はそう思う。そして、矛盾するようだが、トランプの敗北は、ベルリン=パリの主権国家ヨーロッパを実現する最善のチャンスになる。バイデンの勝利が米独関係を改善し、非リベラルな諸政府にブリュッセルとの和解を求めさせるだろう。

ポスト・トランプの米欧関係とヨーロッパ政治では、3つの要因が重要だ。

1COVID-19の対策にアメリカが失敗したことで、ヨーロッパ諸国のアメリカ評価は大きく悪化した。2)米中対立が現実に激化することで、アメリカは強いEUを求める。気候変動、対中政策の同盟において、旧ハプスブルク・ブロックではなく、ドイツが重要だ。3)ポーランドとハンガリーの非リベラルな政権は、バイデン政権を脅威と見ている。中欧のリベラル派が勢力を増すだろう。

2016年、トランプの勝利で、ヨーロッパのリベラルはEUの戦略的な自律を夢想するようになった。皮肉なことに、トランプの敗北が、中欧のポピュリストたちに独仏の要求を受け入れさせる。

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The Economist August 1st 2020

Locked out

Airlines: Don’t carry flag-carriers

Regional inequality: Levelling up Britain

75 years after Hiroshima: Never forget

Voting with their feet: One country, two passports

Turkey and the Arab world: Ottoman redux

Charlemagne: Euro crisis (with guns)

Migration after covid-19: Tearing up the welcome mat

(コメント) コロナウイルス危機で、何がわかったのか? 国境を遮断して、貿易や移民を排除することが一気に広まった。航空機や民間航空旅客業が大幅に縮小し、しかも、以前の規模に回復するか、わからない。移民が来なくなった部分は、国内労働力が代わるか、ロボットに投資するかもしれない。

中央銀行や財政赤字でGDPの落ち込みを緩和する理由は、もっと深いところで、何も答えていないようです。答を延期したに過ぎない。

他方、コロナ危機でも、地政学的な危機は終わらない。イギリスにおける地域間格差、トルコのエルドアン首相が目指すオスマン帝国の回復。EUが周辺地域とかかえる外交・地政学の危機を、武器を持ったユーロ危機、と観るのは興味深いです。

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IPEの想像力 8/24/20

少し時間ができて、のんびりしたいな、と思いました。勉強部屋が混乱を極め、子供部屋に引っ越して本の原稿を書いたため、なんとか片づけて掃除しなければなりません。コピーの山を捨てて、古本屋で買い込んだ小説類も何とか処分しよう、・・・と、藤沢周平の初期作品集である『冤罪』を手に取りました。

最初の短編、「証拠人」を読んで、武士を捨てて農民として生きる、その男の結末を楽しみます。

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航空旅客業・航空機産業、観光業、都市部の外食産業、娯楽(映画・演劇・接待)など、需要の大幅な落ち込みや、その後の事業継続がむつかしい条件を強いられる産業・地域では、危機の衝撃を緩和し、回復を待つことでは答えにはなりません。

中長期の、産業構造、雇用と地域経済の発展を構造的に結びつける議論が求められる、と思います。中国に対抗するアメリカでも、ユーロ危機後のEUでも、同様に、「産業政策」への強い関心が見られます。

市場自由化、民営化をやたらに強調し、金融が支配するグローバリゼーションを支持してきた「ネオリベラリズム」が終わるのでしょう。市場はどこでも地域ごとに特別な意味を帯びて、支配的な構造を維持・再生するように働きます。コロナウイルス危機は、その循環を断つ衝撃となりました。

これは、日本型資本主義の再生です。

経済産業省「新型コロナウイルスの影響を踏まえた経済産業政策の在り方について」令和2617() を観ました。とてもよくできている、と思います。「医療・健康」、「デジタル」、「グリーン」、「レジリエンス」という論点は、日本の現状や政策・制度をどのように再評価する議論につながるのか、聞いてみたいと思いました。

The Economist2週間ほど遅れて読んでいますが、特に経済産業省と違うのは、移民の再評価です。貧しい国が貧困から抜け出す効果的手段として、出稼ぎは重要です。アラブ諸国の産油国と非産油国が、1つの大きなシステムとして、労働力の移動によって富を分配してきた以上、ウイルス対策による遮断は問題です。豊かな国の高齢化も、農業労働者も、エッセンシャル・ワーカーズも、移民の国際システムを積極的に再評価する国を求めています。

移民、通貨、安全保障を加えて、日本の戦略と構想を、政治家たちは積極的に、オープンに議論して、異なる利害を超えて国民の合意形成を図るべきでしょう。

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アメリカでは、民主党と共和党の全国大会が開かれました。同じころ、中国軍は南シナ海に中距離弾道ミサイルを撃った、とニュースが伝えました。

トランプは、イギリスがEUを離脱したことを歓迎し、ポーランドやハンガリー、オーストラリアのEU内における保守派、反EU本部のナショナリスト・ポピュリスト政権を支持しました。「旧ハプスブルク帝国の復活」によるEU分断を歓迎する姿勢だ、とみなす記事を読みました。

他方、トルコのエルドアン大統領は、オスマン帝国の復活を願う軍関係者や地方の保守層を支持基盤としているようです。クルド人を抑えてシリアに支配領域を拡大し、リビアの内戦にもフランスと組んで介入しました。東地中海の海底油田開発は、ギリシャやEUとの紛争になって、軍事衝突も起きかねない緊張状態にあります。

国内の社会的混乱を支持層の拡大に有利とみなすトランプのようなアメリカ大統領が、世界中の強権指導者たちを刺激し、国際秩序の解体、影響圏と<帝国>の拡大に向かいます。

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日本で権力を得たとき、初心において、安倍首相がどのような構想、どのような戦略を描いたのか。おそらく、コロナウイルス危機で、これまでの見通しは捨てねばならないことを知ったでしょう。経済産業省の示す新しいたたき台も、新しい政治指導者が国民を説得し、情熱を込めて動かない限り、人びとを鼓舞できません。

辞任!? ・・・そうか。最大の成果は、長期政権。最悪の点も、長期政権。権力維持への執念。

ポストコロナの日本型政治経済モデルを、若い指導者たちが競って示すときです。

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