IPEの果樹園2016

今週のReview

8/8-6

*****************************

EU離脱ショック ・・・Brexit後のイギリス ・・・ヘリコプター・マネー ・・・先進諸国の政治変動 ・・・ヨーロッパの危機

 [長いReview]

******************************

[これは英文コラムの紹介です.私の関心に従って,いくつか要点を紹介しています.関心を持った方は正しい内容を必ず自分で確かめてください.著者と掲載機関の著作権に従います.]


l  EU離脱ショック

The Guardian, Thursday 28 July 2016

Globalisation as we know it is over – and Brexit is the biggest sign yet

Ruchir Sharma

イギリスのEU離脱ショックは、各地に感染する不安を高めている。ヨーロッパ内部の震動は収まりつつあるが、Brexitが脱グローバリゼーションの潮流を明確にしたことは間違いない。

2008年の金融危機以後、多くの動揺が広がり、政策や指導者は痛みを減らすことを意図しながら、事態を悪化させるばかりだ。世界各地で、反エスタブリシュメントの反乱が起きている。

各地の指導者交代など、投票箱に示された革命は、孤立した、その土地の事情によって説明できるものではない。金融危機からの回復が遅く、世界経済の成長率が低下している。人々の感覚では、世界不況だ。

彼らの不満は増大する不平等によって強められている。世界の成長減速に対応して、中央銀行家たちは金融緩和を進めた。それは実物経済で賃金上昇や雇用増大をもたらすより、株式、債券、住宅のような金融資産の価値を増やした。不平等は拡大し、富がニューヨークやロンドンのような金融センターに集まっている。

2008年以降、ロンドンの賃金は12%上昇した。しかし、株式市場は115%も上昇している。イギリスの国民投票は、自由貿易や移民への国境開放など、ロンドンに反対する投票、グローバルなエリートと彼らが代表するあらゆるものに反対する投票であった。

2008年のG20サミットは危機を悪化させる貿易戦争を抑えると宣言した。しかし、帰国した指導者たちは貿易障壁を設け、彼らの保護主義がグローバルな貿易の成長率を危機前の8%から、ゼロ近辺にまで下げた。

金融危機前のグローバリゼーションに向かう高揚感は、脱グローバリゼーションの不安に変わった。互いの危機から自国経済を守る政策は、自己破壊的な傾向を強めている。グローバルな金融も資金を引き揚げている。労働力人口の減少を経験する国は2か国から38か国に増えているが、各国は移民流入に反対している。外国人労働者の同化には困難があるけれど、それを抑制することは成長にマイナスの結果をもたらす。

グローバリゼーションへの反動は世界の経済成長を押し下げ、問題を悪化させるだろう。しかし、政治家たちはグローバリゼーションに取り残された者たちの怒りに応えることに必死である。


l  Brexit後のイギリス

Project Syndicate AUG 2, 2016

Brexit Fudge

HAROLD JAMES

イギリスの新首相Theresa Mayは、“Brexit means Brexit”と述べた。国民投票の結果に関して見直しはない、と断言する。しかし、ハードか、ソフトか? 議員たちの間に何の合意もない。

イギリスとヨーロッパの関係は、長期にわたって、半統合(準分離)であった。ウィンストン・チャーチルは、「われわれはヨーロッパとともにあるが、ヨーロッパ(の一部)ではない。」と述べた。「われわれは結びついているが、統合されていない。われわれは関心を持ち、協力するが、吸収されない。」

ド・ゴールも、チャーチルも、メイも、政治的なあいまいさを意図的に残して利用した。イギリスは、ユーロ圏が財政統合を目指すとしても参加しない。あいまいさを許容することで、ソフトなBrexitをメルケルとも合意できる。


l  ヘリコプター・マネー

Bloomberg JULY 29, 2016

The Death of the Central Bank

Michael Schuman

日本は、輸出による成長加速モデルをアジアに広めた。そして、金融危機後に成長を回復するため、日本銀行の黒田総裁は新しい金融政策を開拓している。その成果は、ヨーロッパや中国にも影響するだろう。

FT August 4, 2016

A tweak to helicopter money will help the economy take off

Robert Skidelsky

イギリスのテレサ・メイTheresa May首相は、前内閣のオズボーンGeorge Osborne大蔵大臣が進めた政策を完全に放棄した。彼女は、「経済全体を動かすような産業戦略」を約束した。

今すぐ解決すべきは、Brexitの国民投票が残した不確実性を抑えることだ。オズボーンは2019-20年に財政赤字をゼロにする目標を掲げたが、それはすでに放棄された。しかし、政府による債券発行でインフラ投資をすることが金融市場の解決策にはならないだろう。イングランド銀行はすでに金利をゼロ近辺まで下げた。量的緩和は債券保有者を豊かにするだけだ。

いわゆる「ヘリコプター・マネー」が関心を集めている。1968年、Milton Friedmanは、ヘリコプターを飛ばして1000ドル紙幣を空からばら撒くことを仮定した。健全通貨を信奉するも煮にとって、中央銀行が紙幣を印刷して与えるのは狂気の策である。しかし、その政策の問題は、QEと同様に、与えられた紙幣を人々が保蔵することを阻止することにある。

Willem Buiter and Adair Turnerのような現代の支持者は、追加の財政支出に中央銀行が貨幣を供給することを考える。政府の新規支出は、債券発行ではなく、中央銀行からの融資で行い、しかも、それは返済する必要がない。

これは、しかし、ヘリコプター・マネーの1つでしかない。他の方法は、スイスのビジネスマン、ゲゼルSilvio Gesell1906年に提案したものだ。すなわち、家計に直接、現金を支給するが、人々に、保蔵するのではなく、支出するような誘因を与える。保蔵することにはコストが生じるのだ。使用しなかった貨幣には、毎月、郵便局でスタンプを押さねばならない。それには費用がかかる。

これを現代風に行うことができる。有権者登録に従い、各人に1000ポンドのスマート・カードを発行する。カードの使用可能残高はあらかじめ、毎週、減るようにプログラムされている。支出のパターンは個人によって決まり、売り上げや価格に広範な影響を生じるだろう。4600万人で、460億ポンドの貨幣供給だ。

貨幣保蔵に対する課税は、乗数効果を強めるだろう。J.M.ケインズは公共事業に投資することで、その貨幣が労働者たちのポケットに入り、創出された雇用から得られた貨幣の大部分を支出させることで、同様に、乗数効果を強めた。

ただし、私は現在のPhilip Hammond蔵相がすべてをゲゼルに頼ることを求めない。なぜなら、回復の遅さと長期の不況で、イギリスの生産力が失われた、という議論にも真剣な配慮が要るからだ。もし生産力の余剰を欠いたまま需要を増やせば、輸入やインフレになるだけだ。それゆえ、ゲゼル型の貨幣発行と、中央銀行の融資による公共投資を組み合わせるべきだろう。たとえば、500億ポンドで輸送システム、住宅、病院、学校などを建設する。

追加の支出の効果が輸入によって失われないように、政府はイギリス企業を優先するべきだろう。イングランド銀行の融資による、こうしたインフラ投資こそ、メイ首相が探している産業政策だ。

大蔵省がいまだにオズボーン風の緊縮思考から抜け出せないのであれば、労働党が政権を取って実現するだろう。こうしてBrexitを、われわれの経済を前進させるために利用する。


l  先進諸国の政治変動

Project Syndicate JUL 31, 2016

Building a Progressive International

YANIS VAROUFAKIS

西側先進経済において、1930年代以来の大きな政治的変化が始まっている。

反エスタブリシュメントの感情を利用して、右派が躍動している。ドナルド・トランプは、ヒラリー・クリントンがウォール街に好まれ、外国における軍事力行使に積極的で、多数の労働者たちを苦しめている自由貿易の推進者だ、と攻撃している。イギリスでは、Brexitを推進することで、熱烈なサッチャー主義者を国民医療保険制度の擁護者に見せていた。

ポピュリスト的な右派は、デフレの時代に左派のようなレトリックを駆使してきた。ムソリーニも、ゲッベルスも、最初は、進歩的な目標を掲げて注目されたのだ。現在、グローバル資本主義の危機によって、中道の政治党派は支持されなくなっている。右派は依然と同じように、人々の怒りを吸収し、犠牲者たちの不満を行動計画に取り上げている。

すべては、1944年のブレトンウッズにおいて成立した国際通貨制度が崩壊したことで始まった。1971年のニクソン・ショックまで、不平等を抑制し、厳しい金融規制を行う、第2次世界大戦後の政治的コンセンサスが、「黄金時代」を実現した。しかし、グローバル資本主義を安定化するアメリカの黒字は失われたのだ。

アメリカのヘゲモニーが、貿易赤字と財政赤字を膨らませることと同時に成立していたことは重要だ。銀行家たちは、ニューディールとブレトンウッズの制約から解放された。そして、アメリカの内外の赤字を満たす資本流入を促し、管理することで繁栄したのだ。

経済の金融化は、ポール・ボルカーの連銀による高金利政策と、ビル・クリントンのファウスト的な契約によって推進された。それはネオリベラリズムのイデオロギーであった。その歴史的な条件は絶妙であった。ソ連邦解体と中国の市場開放で、グローバル資本主義に10億人もの追加の労働力が提供されたのだ。それは西側の世界で賃金を抑制し、大きな利潤をもたらした。

極端な金融化の結果は、不平等と脆弱性の拡大であった。そのとき、2008年の記入崩壊が起きたのだ。アメリカとヨーロッパには貨幣と人間とが過剰供給された。多数の人々が職を失い、住宅を失い、希望を失った。中央銀行家たちが有毒資産を保有する債権者たちを必死に救済したにもかかわらず、何兆ドルもの人々の貯蓄が失われた。企業や投資機関は、実体経済の悪化を恐れて投資をやめてしまった。それでも株価は上昇し、トップ0.1%の富裕層だけが幸せで、その他の人々は不満と怒りの果実を熟すだけであった。

だからトランプの煽る恐怖が、ル・ペンの唱える外国人排斥が、Brexit推進者たちのイギリス独立が、有権者たちの支持を集めたのだ。

伝統的な政党が勢力を失う中で、2つの政治ブロックが現れている。1つは、自由化、グローバル化、金融化、という旧トロイカだ。しかし、その政治家たちは急速に失脚している。もう1つのブロックは、デフレ時代のクラシックな怪物である、ナショナリストの国際勢力だ。自由民主主義への軽蔑と、体制を破壊する力によって支持されている。

しかし、この2つのブロックが衝突することは真の解決をもたらさない。政治的な破滅を抜け出す道は、進歩派の国際勢力を結集することだ。地球規模の民主化運動だけが、正しい政治を実現する。

大不況がもたらす疑問とは、人間を重視した、新しい先進的技術を駆使した「グリーンなブレトンウッズ」システムを、旧ブレトンウッズのような膨大な苦痛と破壊なしに実現できるか、ということだ。


l  ヨーロッパの危機

Project Syndicate AUG 1, 2016

Europe’s Brexit Hangover

NOURIEL ROUBINI

Brexitショックに対する市場の反応は、2015年夏の中国ハード・ランディング不安、2016年の12月に再発した中国不安と比較できる。ショックは、グローバルではなくリジョナルであり、市場の変動は1週間で収まった。

Brexitショックが軽微であったのは、世界GDPに占める割合が、中国の15%に対して、イギリスは3%であったこと。その後のEUにおけるショックが、特に、スペインの選挙結果が、ユーロ圏の解体に向かう不安を否定したこと。特に重要であったのは、Brexitショックのもたらす世界の主要中央銀行による金融緩和を、市場が価格に評価したことだった。

しかし、ヨーロッパや世界の市場変動は、ほんの短期間だけ延期されたにすぎない。グローバルなリスク(アメリカ、中国、国際商品市場、新興市場経済)が多く存在していることと並んで、ヨーロッパとユーロ圏には憂慮すべき理由が多くある。

1に、」UKEUとの離脱条件に関する交渉が複雑で、市場と経済を損なうだろう。スコットランドや北アイルランドのUK離脱にもつながる恐れがある。スペインのカタロニア独立問題。イギリスの抜けたEUでデンマークやスウェーデンがユーロ圏に参加することはないだろうし、EU内の二流市民扱いに反発して離脱に向かうかもしれない。

2に、今後の選挙日程が地雷源となる。オーストリアのやり直し大統領選挙、ハンガリーでオルバンが主導するEUの移民割り当てを拒否する国民投票、イタリアの憲法改正に関する国民投票。

現在,イタリアがユーロ圏の最も弱い個所である.レンツィ政権は動揺し,成長は弱く,銀行の資本が不足している.EUの財政目標は達成できず,次の不況を招きかねない.反ユーロのFive Star Movementが政権を執るかもしれない.

イタリアの危機はギリシャと比較にならない.ユーロ圏の第3位であるから,大きすぎて潰せない.イタリア政府の債務を保障するEUからの融資は考えられない.

2017年には,フランス,ドイツ,オランダで選挙がある.近隣地域,ウクライナ,バルチック,バルカン,中東,の政治不安も波及する.

選挙結果が出るまで,どのような根本的改革も実現しないだろう.それは成長率が低く,Brexit後の不安とリスクが長引くことを意味する.ユーロ圏のルールは改善されず,財政赤字や債務が増大することで,さらに政治不安を高める.

********************************

The Economist July 23rd 2016

The politics of Thailand: The generals who hide behind the throne

The politics of Thailand: Twilight of the king

Big economic ideas: Breakthroughs and brickbats

Six big ideas: Information asymmetry: Secret and agents

Turmoil in Turkey: After the coup, the counter-coup

(コメント) タイの軍事政権が憲法を改正して、自分たちの富に対する支配と政治的な特権を永久に維持しようとしています。その主要な正当化が国王への忠誠心である、というところに、日本の保守政治と同じ険悪な、醜悪な謀略を感じさせます。

トルコのエルドアンが、首相から大統領となり、さらにスルタンを目指すと言われる陰謀論も同根です。

経済学を大きく変えたアイデアが6つ紹介される、と言うので期待します。最初のアイデアは、赤ロフの「レモン」です。市場は情報次第でその働きが変わってしまう、というのは、金融理論を根本的に変えたわけです。しかし私には、何か、違和感の残るアイデアです。

******************************

IPEの想像力 8/8/16

学生たちの合同発表会は見事に、あるいは、・・・何とか、成功したと思います。

知らない相手に調べたことを報告するのは、難しいものです。勇気と度胸、そして臨機応変な余裕が要ります。ごちゃごちゃした報告は、何も伝わらず、よく考えていない者は、聴衆に見放されます。

和田ゼミの報告は、彼らが学んだことのエッセンスを的確に、わかりやすく、伝えており、興味深く聴きました。議論の中心は、ハーマン・デイリーの「持続可能な発展」論です。それをエコロジカル・フットプリント(EF)によって表現します。

日本のエコロジカル・フットプリントは、意外に、国際比較の順位が中ほどで、国土に対してそれほど大きく超過していない、と思いました。それは、私が都市の生活を観ていたからでしょう。和田先生は、日本の土地や海は、世界の他の地域に比べると、かなり豊かだから、と教えてくれました。

たとえば、シンガポールは大幅に超過しているわけです。その意味では、世界の主要都市でEFを比較したほうが、政策的な意味をよく理解できるかもしれません。

これは「マルサスの罠」なのか? 化学肥料を使って土地の肥沃さを高めることができますよね? と尋ねると、養殖や化学肥料の利用は、それ自体が、消費量を高める、ということです。フード・マイルとの関係や、貿易をどう考えるのか、いろいろな議論が刺激されます。

それはEFが、エコロジカルな視点で経済や社会の発展を考える、新しい、良い道具になる、ということでしょう。

****

船橋洋一の『メルトダウン・カウントダウン』が文庫本で出たことから、私はゼミ生に紹介したいと思いました。

東日本大震災や福島原発事故が、日本の社会モデルや政治のロジック、ガバナンスを作り変えるような衝撃を与えたのではなかったか、あるいは、そうならなかった理由は何か? と思っていたからです。

リチャード・サミュエルズの『3・11 震災は日本を変えたのか?』は、まさにそのような考察です。安全保障、エネルギー政策、地方自治について、震災のショックは日本の何を変えたのか?

私のゼミ生たちは、福島原発事故を、チェルノブイリ原発事故と比べていました。また、下請け労働者の問題に言及し、放射能汚染の「風評被害」、発電「コスト」の計算方法、法律や制度によって「安く」なる電力価格、「補償」の負担免除と国民による負担、原発建設や再稼働をめぐって裁判所が判断するだけでなく、国民投票にも訴える、という反対論は、Brexit論争にも重なり、政治経済学の問題群に共通した本質をよく示していました。

政府は重要な情報を隠蔽し、危機を過小に見せかけ、いまだに、住民や国民に対して十分な説明をしたとは思えません。何のための原子力エネルギーなのか? 誰の利益なのか? 科学とは何か? 福島原発事故の本当の最悪事態は、むしろ幸運によって避けられたのだ。日本の原発危機が意味する本当の恐怖は、まだ、将来に残された、と学生たちは訴えました。

****

1970年代に、経済成長や消費を重視した経済学が批判され、もっと平等や生活の快適さ、ジェンダーや環境問題・エコロジーが重視されるようになりました。

今はどうでしょうか? 日本はバブルとその破裂後の混迷、世界の金融危機後、さまざまな政治経済学批判が強まっています。

エコロジカル・フットプリント(EF)を国家単位や静態的な比較で観るより、とんでもなく浪費する最富裕層を20人ほど、地球外の星へ移住させたら、EFは大きく改善できるでしょう。貧しい諸国がEFを高めながら成長する道をふさぐより、持続可能な発展の道を積極的に示す必要があるはずです。

環境経済学と国際政治経済学のコラボレーションは、市場経済学に偏った思考方法に対して、批判的な視点を示し、異なる政治経済秩序の可能性を展望した、と参加者たちが感じていたら、この企画は成功したと言えるのです。

******************************