IPEの果樹園2011
今週のReview
10/3-/8
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世界経済の回復を指導する ・・・パレスチナとトルコ ・・・台湾の防衛 ・・・ユーロ危機の出口 ・・・国際通貨制度の改革 ・・・イタリアとルワンダ ・・・アメリカの回復策 ・・・ウォール街を占拠せよ ・・・ハード・カレンシー・クラブ ・・・中国による救済
[長いReview]
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l 世界経済の回復を指導する
FT September 21, 2011
International Monetary Fund: Into the fire
By Alan Beattie
DSK(Dominique Strauss-Kahn)に代わって新しいIMF専務理事になったChristine Lagardeの課題を考えます。その組織運営のスタイルが最初に紹介されています。政治家でエコノミストでもあったDSKより、Lagardeはスタッフの意見を重視し、ヨーロッパの銀行に対する自己資本不足を批判したことでIMF組織の信頼を得た、と評価します。ヨーロッパの財政当局が赤字削減にばかり関心を向けることも批判します。
課題は深刻です。1.ユーロ危機の鎮静化。2.不均衡の監視と通貨戦争の和平。3.IMFの将来。
いずれも解決の方針は明確になっていません。IMF自身がギリシャ融資に深く関与しており、EUの救済融資に結びつけられてしまいます。この特別な関係を切らなければ、IMFの他の加盟諸国から批判されます。
為替レートや外貨準備、国際収支不均衡に関する解決策も示されていません。金融危機から世界不況への転落を阻止するG20の方針は、理論として支援されただけで、実際は目標を達成できていません。アメリカが望んだような主要諸国の数値目標はなく、IMFの監視がどこまで有効か、主要国の関心はバラバラです。
IMFは、ギリシャへの救済融資を繰り返すことで、2001年のアルゼンチンがデフォルトした状況を再現したくはないでしょう。債務の削減など、思い切った決断を求めねばなりません。
WP September 26, 2011
Repeating mistakes of the 1930s
By Robert J. Samuelson
世界経済の悪化をだれもが心配している。しかし、なすべきことの合意はなく、いつになったら合意できるのかもわからず、政治家たちは狭い選挙区の中にしか関心がない。アイデアとパワーの真空状態が広がっている。
悪循環がある。成長は減速し、財政赤字を増やし、投資家はヨーロッパ政府の債券を売り、金利は上昇し、銀行は弱体化し、そして、経済は悪化していく。
この循環を断つ一つの方法は、新しいグローバルな貸出機関を設立することだ。その機関がヨーロッパの債券を購入し、満期を長期化して、金利を穏やかな(パニックのない状態の)水準に下げる。これによってヨーロッパは時間を得て、漸進的に改革を進め、財政を健全化する。
その融資を何と呼ぼうが、成功するには中国の協力が要る。事実上、中国がヨーロッパの銀行になる。3兆2000億ドルの外貨準備を持ち、毎年数千億ドルが追加されている。しかし、アメリカやヨーロッパは中国に頼まないだろう。中国も呼ばれたくない。こうして経済停滞は続く。
その理由は簡単だ。アメリカもヨーロッパも、中国が新しい世界秩序を求めることを嫌うのだ。既存の「開放的で、ルールに基づく貿易」を捨てて、自分たち(中国)の利益に従うように求める。政治的な麻痺が経済を漂流させる。
その代替策は、このままヨーロッパが危機を回避し続けることだ。可能かもしれないが、ますます疑わしくなっている。ギリシャだけでなく、その他の周辺諸国やフランスにも危機が及ぶだろう。ドイツの債務依存が特に低いわけではない。
かつてCharles Kindlebergerは、大恐慌の深刻さを権力の空白に見た。イギリスはもはや単独で指導するパワーを持たず、アメリカには助ける用意がなかった。同じことが、アメリカと中国によって起きるのか。われわれは1930年代の失敗を繰り返しつつあるのか?
Project Syndicate 2011-09-30
Globalization’s Government
Jeffrey D. Sachs
重要な諸力は、ローカルではなく、グローバルに影響する時代になった。すなわち、中国やインドで起きたことが、アメリカに影響する。
グローバリゼーションは利益も損失ももたらした。先進的な技術が急速に普及し、世界の貧困が減少した。しかし、ますます脱税の余地が生まれ、タックスヘイブンやその他の手法で多国籍企業は脱税する。
米欧日の豊かな世界で、グローバリゼーションにおける最大の敗者は、発展途上諸国の貧しい労働者たちと競争するのに必要な教育を受けていない労働者たちだ。何百万人もが失業し、賃金は低迷するか、下落している。
グローバリゼーションは問題の急速な伝染・波及を生じる。金融危機、病気、テロ。それらにはグローバルな対策が必要だ。
すなわち、政府はスマートになる必要がある。若者たちがグローバリゼーションに対処できるような質の高い教育を施し、近代的なインフラや科学・技術にも投資する。グローバルな規制・対策を実現するために協力しなければならない。
政府は小さくなるのではなく、大きくならねばならない。ただし、ますます統合化する世界に対応した特別な役割に集中するべきだ。
アメリカは過去30年間、それに失敗してきた。富裕層が政治を支配し、若者の教育やインフラ整備を軽視した。短期的な利益を得るために減税を支持し、大恐慌の水準まで失業者が増えてしまった。
富裕層による政治的支配に対して、社会正義を求める運動は各地で強まっている。オバマ大統領も方針を転換しつつある。欧州委員会は金融取引税を提唱した。
今や、世界で最も成功している経済はアジアではない。スカンジナヴィア諸国だ。国民は高負担を受け入れて、政府のサービスを高めている。彼らは経済的繁栄と社会的公正さの間で、環境の持続可能性についても、バランスを取っている。
世界はこの新しい現実を理解しつつある。
l 台湾の防衛
WP September 24, 2011
A power shift in Asia
By Robert D. Kaplan
アメリカによる台湾への武器売却は、グローバル・パワー・シフトを最もよく示している。
アメリカ政府高官は、台湾のLockheed Martin F-16 A/Bジェット戦闘機をグレード・アップすることが、台湾政府の望む新型F-16 C/Dモデル66機を売却するのと同じくらい高い能力をもたらす、と説明する。しかし、グレード・アップには新型エンジンが含まれない。この決定は、明らかに、オバマ政権の妥協を伝えるシグナルだ。
ランド研究所の報告は、アメリカが2020年までに、沖縄の嘉手納基地から2隻の空母とF22を使っても、台湾を中国空軍の攻撃から防衛することができなくなる、と見ている。さらに中国はアメリカの輸送船を脅かす対艦弾道ミサイルを配備しつつある。ロシアの設計したSu-27 and Su-30戦闘機が300〜400機あれば、台湾のF16を、たとえグレード・アップしたものでも、圧倒するだろう。
中国からわずか100マイルの台湾を、世界の半周近い遠方からアメリカの海・空軍が防衛することは不可能だ。アメリカが台湾の事実上の独立を保証する、という主張は次第に消滅しつつある。米中の指導者による会談を通じて、台湾の安全は米中間の軍備競争ではなく、外交的な理解を深めることで達成するべきだ、という考え方を強めつつある。
しかし、これはアメリカ側が中国の経済・軍事的パワーに応じて、その航路を修正しつつあるのだ。台湾を支援するが、し過ぎることはない、と。
しかし、アメリカの衰退は一気に起こるのではない。中国は次第に台湾を西太平洋の軍事的な多極化に適応させるだろう。第二次世界大戦の終わりから、太平洋はアメリカ海軍の湖だった。それは終わりつつある。他方で、アメリカは衰退を押し返そうとしている。太平洋とインド洋における拠点として、オーストラリアとの軍事度名を強化した。
また、衰退は相対的なものだ。もし中国の政治・経済が混乱すれば、その影響は防衛予算にも表れるだろう。中国の台頭とアメリカの衰退、という単純な歴史は存在しない。
未来は予測できないが、傾向として、中国は台湾を本土に帰属させ、吸収していくだろう。様々な力が連動して調整するから、中国は軍事的衝突を急ぐことはない。すでに、1500基以上の短距離弾道ミサイルが台湾の標的に向けられている。しかも、台湾と本土の間で週に270便も商業飛行が運営されている。台湾の輸出の3分の1は中国本土に向かう。こうして独立は溶解していくのだ。中国の戦略は台湾ではなく、資源の豊富な南シナ海と、インド洋に向けられる。
これがパワー・シフトだ。混沌とした中東よりも、ダイナミックで、繁栄する東アジアこそが重要だ。台湾が、我々の位置を示している。
l ユーロ危機の出口
WP September 24, 2011
Without the euro, would Europe have turned to war?
By John Kornblum
1990年に冷戦は終わった。共通通貨ユーロは、戦争への恐怖によって成立した。新しいヨーロッパには、再統一したドイツがあった。それは古いナショナリズムをよみがえらせ、ヨーロッパに戦争をもたらすという恐怖があった。
コールとミッテランは、共通通貨ユーロを政治プロジェクトと考えた。ヨーロッパを固めるセメントであり、戦争の恐怖を取り除くものだった。
この恐怖があったから、ユーロ圏は必要な政治組織に関する合意を欠いたまま急いで成立した。それはヨーロッパが真に統一された経済圏となるためには必要であった。それがないことは、各国に勝手な経済政策を許した。ドイツは貯蓄し、ギリシャは支出したのだ。市場がこの弱点を突いた時、ギリシャやポルトガルは破産した。
ユーロがなくても、ヨーロッパは戦争しなかっただろう。しかし、1997年にMartin Feldsteinは、これほど多くの国が共通通貨を導入したことは、各国の摩擦を増やし、攻撃的なナショナリズムを復活させる、と警告した。
今も、ユーロ危機をよそに、ドイツの新聞は、税金を支払わないギリシャの大富豪や50歳で引退するギリシャの労働者、港に並ぶ金持ちのヨットを紹介する。これに対して、ギリシャ人はナチスの悪行を回想し、ドイツ人も戦後の膨大な賠償金を負っていた、と主張する。
1990年のユーロを成立させたもう一つの恐怖は、ユーロがなければ、再統一したドイツがヨーロッパ大陸を支配する、ということだった。ドイツは自国通貨マルクをあきらめ、フランスは再統一を許した。ユーロがベルリンをヨーロッパにつなぎとめるはずだった。しかし実際は、ドイツが再統一後の経済改革に耐えたことで、ユーロによって、フランスが指導するのではなく、ドイツが5億人のEU経済を率いている。
ユーロのせいでアイルランドやスペインはクレジット・カードを持ち、ドイツの金利で住宅バブルの買い物を続けた。ギリシャやポルトガルも支出を増やした。しかし、彼らが買ったメルセデスやBMWsは、ドイツの輸出を増やし、ドイツ企業の利潤も増やしたはずだ。
こうしてユーロは危機を増幅しただけでなく、域内の低金利を利用して、アメリカのサブプライム・モーゲージも大規模に購入した。銀行はギリシャなど赤字国政府の債券も購入した。それは莫大な損失に変わりつつある。
ガイトナーが理解していなかったのは、ヨーロッパの蔵相たちが抱える政治的ムードである。彼らは戦争の恐怖を共有している。劇的な行動を避けたいのだ。それは政治的なゲームであり、富裕なヨーロッパ人と貧窮したヨーロッパ人とがサッカーでパスを交換する。貧しい国はドイツのような緊縮策を取らない。豊かな国は経済共同体を救済する十分な支援を行わない。ゲームは進まない。
ヨーロッパの政治家は金融の専門家ではないが、国民感情を読むプロである。恐怖による共通通貨の維持が、第二次世界大戦の遺産である。
NYT September 25, 2011
Euro Zone Death Trip
By PAUL KRUGMAN
ユーロ危機の長さには、恐れるよりも呆れるだろう。多くの専門家たちが共感するはずだ。
ユーロ危機は本当に深刻だ。しかし、同時にヨーロッパの政府は危機回避を少しずつしか認めない。そして基本的な事実、積極的な財政・金融の景気刺激策で成長を回復しなければ、危機は終わらないことを認めない。
1999年にユーロができたとき、投資家たちはギリシャやスペインの債券もドイツと同じように安全だと思った。周辺諸国に資本は流入したが、非難されているような放漫財政や無駄遣いではなかった。個人消費や投資が伸び、次第に住宅バブルに向かった。
ブームが突然終わって、経済不況と財政危機が起きた。税収は急減して赤字になり、さらに銀行の救済による債務も増えた。投資家の信頼は特に周辺諸国に対して崩壊した。ヨーロッパは緊縮を叫び、財政赤字や融資を削っている。民間投資家の信頼が回復するまで投資は戻らない。
もし国際経済が好調であれば、緩やかなインフレを含みながら成長しているのであれば、こうした緊縮策も効果があるだろう。しかし、ヨーロッパの政策担当者たちは債務諸国に必要な条件を提供していない。ドイツとECBはデフレに偏っている。
彼らは1920年代のドイツで起きたインフレの記憶に今も執着している。しかし、むしろ1930-32年のブリューニング首相が均衡財政と金本位制の維持を主張し、ドイツの不況を悪化させた、という記憶に戻るべきだ。その歴史的な結果であるヒトラーの権力掌握と戦争を含めて。
ヨーロッパが必要としているものとその政治家たちの主張とはかけ離れており、楽観を許すいかなる理由もない。
Project Syndicate 2011-09-27
Europe’s High-Risk Gamble
Martin Feldstein
ギリシャ経済の現状は耐えがたい。政府債務はGDPの150%。経済は崩壊し、GDPが7%以上も減少し、失業率は16%だ。慢性的な収支赤字がGDPの8%。支払い不能の銀行から預金が流出している。
唯一の出口は、政府債務のデフォルトである。少なくとも債務額を50%削減する。そしてユーロ圏を離脱して新通貨を切り下げる。それは輸出を増やして景気回復に役立つ。この「デフォルトと切り下げ」戦略は、返済不能なほど膨大な債務を抱えた、慢性的な経常収支赤字の諸国で繰り返された解決策である。ギリシャの場合は新通貨の導入が追加されるだけだ。
市場はギリシャのデフォルトを十分に覚悟している。では、なぜドイツやフランスの政治家たちはそれを邪魔するのか? 二つの理由がある。
1.自分たちの銀行に処理の時間を与える。銀行は資本を増やし、満期になった融資を減らし、債券をECBに売却する。2.ギリシャのデフォルトが他国に波及し、銀行システムに、特にスペインやイタリアで取り付けが起きるのを恐れている。2年間、デフォルトを遅らせた間に、スペインとイタリアが市場に対して返済する力を示すはずだった。スペインは銀行や地方政府に債券保証を与え、イタリアは財政赤字を抑える。
もしギリシャへの融資を続ける2年間でそれができなければ、金融市場はスペインとイタリアをデフォルトにし、ユーロ圏は解体される。それ以前でも、市場がギリシャ、もしくはスペインやイタリアに対して資金を供給せず、金利が急騰するかもしれない。市場を騙す戦略は危険すぎる。
l 国際通貨制度の改革
Project Syndicate 2011-09-23
Big Reform in Small Packages
Jean Pisani-Ferry
サルコジ大統領が主宰するカンヌのG20は国際通貨制度改革を扱うはずであったが、予定したような世界金融危機の鎮静化ではなく、その後も様々な問題が悪化してテーマを忘れさせている。
しかし、国際通貨制度にはシステムとしての問題がある。過剰な流動性の供給、ドル建準備資産の累積、経常収支不均衡に対する政策、必要な為替レート調整への抵抗、インフレとデフレの世界的な併存。こうした問題は部分的な改革を積み重ねても解消できないだろう。
世界は多通貨型システムに移行していく。ドルに加えて、ユーロや人民元も利用されるだろう。それは多極的な通貨の調整を円滑・容易にするのか、それとも、ますます国内経済重視となって変動を強めるのか、断定できない。危機の際には国際的な協調が求められる。
グローバルな通貨システムが、真に、グローバルな通貨と流動性を供給するに遠い現実がある。SDRの設定を調整する専門的な問題にとどまるものではない。
NYT September 28, 2011
To Ease the Crisis, Tax Financial Transactions
By PHILIPPE DOUSTE-BLAZY
株式、債券、デリバティブ、通貨、金融市場取引にわずか0.05%課税(F.T.T.)することで、われわれはカジノのように興奮を煽る金融の過熱した取引を抑え、金融危機や不況によって苦しみを増した世界の貧困層を救済できる。
援助ではなく、それが21世紀型の解決法だ。
l アメリカの回復策
Project Syndicate 2011-09-29
A Free Lunch for America
J. Bradford DeLong
アメリカは低金利を利用して公共投資ができるはずだ。しかも、現状のような失業者の多い時期には、その利益が非常に大きい。
連邦政府が5000億ドルのインフラ投資を追加した場合、今後2年間で1兆ドルの追加の財・サービスが生産される。それは約700万人の雇用をもたらす。それは失業率を毎年2%低下させる。
そのうえ、インフラが改善されたことで200億ドルの追加の所得や社会福祉が生じる。低い失業率は将来に向けて年に200億ドルの生産を増やす。追加の財・サービス1兆ドルのうち半分は家計が得る。仕事が増え、消費が増え、所得が増える。
納税者、家計、企業、失業者が利益を得、投資家も利益を得る。何も嫌なものは生まれない。
エコノミストはフリー・ランチがないことを主張する。しかし、今は二つの点が異なる。労働市場はひどく不均衡にあるから、政府支出は社会の資源を奪わない。債券市場はあまりにも狂っており、安全な政府債券に殺到している。
l ウォール街を占拠せよ
WP 09/26/2011
Why ‘Occupy Wall Street’?
By James Downie
若者たちは正義を求める。“Occupy Wall Street”・・・街頭占拠は10日目に入った。数百人の活動家たちがウォール街に近いZuccotti Parkを占拠している。週末には数千人が集まった。
こうしたデモは、終わった途端、忘れられてしまう。しかし、違うところは、アメリカが直面する経済状態である。特に若者たちだ。ジェノサイドでも、パレスチナでも、グローバリゼーションでもなく、遠い政治的目標でもない。自分たちの初めての苦境に抗している。
l ハード・カレンシー・クラブ
FT September 29, 2011
When a strong currency is not a badge of pride
By Peter Tasker
もしアメリカ経済が過去4年間で30%も縮小したら? あるいは、中国経済が年10%でなく、わずか2%で成長したら? イギリスの住宅価格が60%も下落し、商品物価が1970年代の半ばの水準に戻ったら?
こんな凍結した水面下の世界があるのだろうか? 世界最後のハード・カレンシー、日本円が作る世界だ。通貨価値が高まることは、必ずしも、よいことではない。
震災、津波、原発事故が襲ったときも、1兆ドルを超える外貨準備を持つ日本への反応は、円高だった。日本銀行は動かず、避難所となった円に資金が流入し、円高は続いた。
かつて通貨価値の高いことは勲章だった。クリントン政権が呪文のように唱え、ドイツのフンデスバンクも執着した。世界金融危機がそれを変えたのだ。政策担当者は国内需要の冷え込みや債務の圧縮に直面して、輸出や賃金、物価水準を維持するため、通貨価値の低下を求めた。通貨価値の維持を守る諸国は、1930年代の金ブロックのように、デフレを輸入してしまう。
日本・円と同じように通貨価値を誇ったスイス・フランも方針を転換した。しかし、円だけはまだハード・カレンシー・クラブだ。15年間のデフレを利用して企業は賃金やコストを下げ、日本は円高を耐えた。若干インフレであったスイスは通貨価値の高さに耐えられなかった。
日本もデフレの悪影響は深刻だ。税収が減り、経済停滞による財政状態の悪化が続いた。賃金は下がり、労働条件は悪化し、他方、退職者たちは生活コストの低下を歓迎する。
家電、自動車、造船、・・・日本企業は韓国企業に敗退しつつある。2007年以来、韓国・ウォンの円に対する価値は半分になった。それはアジア通貨危機後の韓国企業の躍進と同じだ。
日本は追い越されるままではないだろう。スイス・フランをまねて、円高を阻止するはずだ。こうしてハード・カレンシーは世界から消滅する。
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The Economist, October 17th 2011
How to save the euro
The euro-zone crisis: Fighting for its life
The proper diagnosis: Profligacy is not the problem
The costs of break-up: After the fall
Reforming education: The great school revolution
Economics focus: Prices or jobs?
(コメント) ユーロ危機特集です。ユーロ危機はもはや古いニュースです。その解決策をめぐる論争と、いわば歴史的な回顧です。ニクソン・ショックに戻り、マーシャル・プランに戻る。
「最後の貸し手」はあるのか? 融資ではなく財政移転に切り換えるのか? デフォルトと切り下げは行われるのか? 景気回復はできるのか? グローバルな危機に向かうのか? ギリシャが離脱しても、ドイツが離脱しても、そのダメージは受け入れがたい? 突然の資本流出が危機を破局によって終わらせる「新興市場型」に変わったのはなぜか?
他の記事で注意を引いたのは、「教育の革命」と「金融政策」です。しかし、予想されるように、どちらも答えはありません。
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IPEの想像力 10/3/11
朝のテレビで、カタツムリの養殖を観ました。野菜を食べて大きく太っています。これはフランスに輸出されるのでしょうか。
カタツムリを食べるなんて、と思っている人でも、輸出で利益をもたらすなら大歓迎でしょう。もし世界貿易が途絶したら、各地に消費されない余剰の商品が山積し、廃棄されたまま腐り始めます。
ギリシャの政府債務危機で国民はどのような生活を送っているのか? と司会者は語ります。農村の暮しには大きな変化がありません。特に、その消費者がギリシャの外にいる場合は。
ギリシャの観光業では、むしろ利用者が増えているような話です。少し物価が安くなったからでしょう。しかし、ドラクマに戻って切り下げても、急にホテルへの投資が増えるでしょうか? 政治や社会が混乱すれば、観光業も打撃を受けると思います。
「救済」融資を受けたことによる緊縮策の影響は、公務員の給与引き下げや失業の増加によって、アテネ中心部で顕著です。アテネの多くの商店が値下げを実施し、閉店するケースも多いと言います。
通貨危機も、救済融資も、構造調整も、発展途上諸国で以前から議論されてきたテーマです。ようやく欧米もそれに気付いたのか? と多くのIMF加盟諸国が思っているはずです。そうであれば、アメリカや中国の対応も含めて、ユーロ危機の終息過程は今後のグローバルな貧困=失業対策・開発モデルに組み込まれるでしょう。
戦争と、ドイツが怖いから、ヨーロッパは共通通貨を急いだ、とJohn Kornblumは書いています。冷戦終結がドイツの東西再統一と共通通貨をもたらしたのであれば、その逆転は何を意味するのか? ドイツの納税者はギリシャの年金生活者や脱税を嫌い、ユーロ圏の財政統合を嫌います。ギリシャの失業者は、ドイツの経済支配や自分たちを守れない政府を嫌います。
もし、アメリカと中国が共通の通貨や財政制度を持つ連邦(チャイメリカ)だったら、世界景気は速やかに回復し、ユーロ危機の救済にも積極的に動いたでしょうか? その場合、ドルによる外貨準備は何が引き継ぐのか? それでも日本は、海に囲まれた特殊な安全保障体制を確立し、台湾のように、独自通貨と政治的主権を維持するかもしれません。
・・・なぜ十分な雇用と安定的な成長は実現できないのか? なぜ極端な貧困や資産の蓄積はなくせないのか? デフレの地域があれば、なぜ黒字地域・諸国は輸入を増やして全体の景気を維持しようとしないのか?
<アラブの春>や、ロンドンの<ショッピング・暴動>に刺激されて、「ウォール街を占拠せよ」という呼びかけに応えた若者たちが集まりつつあります。Jeffrey D. Sachsが<文明>と呼んだスマートな政府は成立しません。彼らの怒りは政治家たちに届くでしょうか?
余りにも緊密な経済の統合化が、政治的な摩擦を強め、攻撃的なナショナリズムが復活する、という不安があります。輸出向けのカタツムリを養殖するなら、それと同時に、社会統合の条件を整備し、政治的な結束を高める教育や企画(留学・研修制度)、お祭りや運動会を開く必要があることを、私たちは再認識しつつあります。
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