2.なぜ各国は貿易するか? ;比較優位説

各国が貿易するのは、基本的に、各地域や企業、個人が財やサービスを交換するのと同じ理由である。すなわち交換によって利益が得られるから、である。自由な経済取引において、いずれの主体も取引を強制されるのではないとしたら、彼らが損失を求めてではなく、利益を求めて交換していることは自明のことである。

なぜ利益が得られるのか?

貿易・交換の利益とは、特化・分業の利益である。アダム・スミスが明確に述べたように、市場はそれぞれが優位にある分野で集中して労働を改善し、その成果を交換することで全体としての生産性上昇を可能にする。個人がその時間を特定の分野に集中させるように、ある国においても特定の産業が集中的に輸出を行う。

どのような条件があれば各国はその利益を得られるのか? 何を輸出し、何を輸入すれば良いのか? 特に、全ての国が何かを輸出し、何かを輸入できるのか? 

<貿易論と分業論>

a;貿易の利益は、技術革新の波及と比較される。相対価格の比較だけでなく、生産性の変化による動態的/構造的な変化を重視するべきであろう。(その意味では、機会費用説は小国の消費者を問題にしている。消費最大化的な貿易論の欠陥。)

b;貿易が可能になれば、新しい生産技術が発見されたときと同様に、生産資源が旧産業から新産業に移転される。しかし、国際間では資源が移動しないとすれば、新産業に資源を吸収された旧産業でも価格が上昇して、まだ技術革新の起きていない他国の旧産業から財を輸入するのである。極端な場合、一方の国は新産業に特化し、他国から旧産業の生産物を輸入することで、新産業における技術革新の利益を世界に分配することになる。(最も優れた生産部門から順に、世界生産に従事できる。);要素賦存や労働生産性の差を前提しない、技術革新による貿易モデルの可能性。

c;それゆえ貿易は、@技術革新の移転、A生産資源の移転、と同じく、B世界的に広がる生産性格差を国家間で媒介するものである。;生産資源が追加もしくは発見された場合も、同様に国際的な分業構造が変化する。それは国家・国民通貨に媒介された市場メカニズムである。しかし、要素移動や通商政策が、生産性上昇を所得分配によって実現するモデルに一定のバイアスを与える。

d;ただし、国際的な最適化は世界的な最適化と通常一致しない。;長期的に見て、人類の社会的な生産力を組織する最善の道は、世界的な構造調整/社会的再編成である。各国内における特化が一定の再編を促すとはいえ、長期的には、可能な限り技術革新を普及させ、それとともに生産資源(資本や労働力)が移転することが世界的な最適化を支持する。;貿易の利益は、世界全体としてみた分業構造の再編に求められるから、それは、a)孤立国、b)既存国際分業構造、c)世界的分業、と比較できる。

e;最後に、分業構造は双方的・公平な決定を意味していない。不断に再生される地域間の相違と、市場の拡大・変化、特に、中心部の資本蓄積が必要とする資源や労働力の調達、構造調整の補完として、周辺地域は変化してきた。相対価格が中心部の市場変化によって支配されるパターンが続く限り、国際分業は世界分業と一定の差を持ちつづけ、中心部による周辺の搾取を意味するだろう。

2-1比較優位の原理

2-1-1貿易の利益とは何か?

相対価格比較;貿易に関わる主体は、外国の価格が国内価格よりも高ければその商品を輸出し、逆に安ければ輸入している(関税や輸送費・保険料、貿易に関わる特別な手続きは無いとすると)。

異なった通貨でも為替レートによって換算できる。

;その場合、為替レートの変化がこうした価格差をもたらす。しかし、為替レートは各国の国内相対価格(国内における各財の相対価格)を決定するわけではない(国内価格の歪みを貿易自由化で是正するような例でなければ)。そして、為替レートの決定は、それ自体が貿易の利益の決定とは別に、説明される必要がある(輸出を増やすために、あるいは貿易の利益を増やすために、各国は為替レートを変化させるわけではない)。

;最も簡明な貿易の生産コスト(生産条件)による説明;

@  価格の比較;国内の価格より国際価格が安い場合は輸入し、逆に国際価格のほうが高い場合は輸出する。

A 多数国・多数財でも比較は容易である。;単一通貨への換算と為替レート。;すべてUSドル建で国際比較する。

B その場合でも、すべての財を輸出する国(あるいは、輸入する国)は存在しない。国際分業が成立する。;生産コスト(賃金)がいくら安くても、すべての財を中国が輸出することはない。

C なぜなら、貿易不均衡は持続しないからである。a)為替レートが変化する(均衡為替レートへ);黒字国の通貨は増価し、赤字国の通貨は減価する。b)通貨供給が変化する(金利と景気の変化で需要が調整される);黒字国は通貨供給が増え・金利が低下し、支出(=消費+投資)・輸入が増える。赤字国はその逆。c)物価が変化する(相対価格が調整される);黒字国のインフレ、赤字国のデフレ。

Dそれゆえ、貿易パターンを決定するのは、ある部門の生産性の絶対的な水準ではなく、各国の内部における相対的な部門間生産性格差である。;たとえば、ある部門の生産性上昇は、その財の輸出を増やすだけでなく、他の財の輸出を減らす。さらに、他国の財の輸出を減らしたり、増やしたりする。

E 貿易の利益は、国内と国際市場の相対価格の差が大きく、貿易量が大きいほど、大きい。;それゆえ、国内の生産性格差が大きい小国ほど、貿易による利益は大きいだろう。

F 賃金の絶対的な水準は、その国の労働生産性の水準による。;均衡為替レートは、労働生産性の比率によって決まる。

現代の国際経済学の議論も、David Ricardoの比較生産費説(『経済学および課税の原理』1817年)と、David Humeの正貨流出入メカニズム(『政治学論集』1752年)、から始まる。彼らは、労働価値説と金貨本位制を仮定して、国際取引による各国の利益を単純化した形で示した。そして、同時に、富は貨幣の蓄積にではなく(重商主義あるいは重金主義の批判)、特化と生産効率の向上によるものである、として自由貿易を主張した。

<労働コストの国際比較>

Ricardoによる単純化された数値例により、比較生産費説を説明しよう。

(注意)ただし、Ricardoが示したのは、各財の単位当り投下労働量であった。

数値例1)

 国      労働者一人当たり生産量

アメリカ 小麦60ブッシェル  織物20ヤード

イギリス 小麦20ブッシェル  織物10ヤード

この例では、労働はどちらの財の生産においてもアメリカの生産性のほうが高い(同じ労働投入でより多く生産できる)。アメリカは、両方の財に絶対的優位Absolute Advantageを持っている。

しかし、比較優位Comparative Advantageは、通常、どちらか一つの財にしか持てない。なぜなら、アメリカがイギリスよりも優れている程度は、両財において等しくはないからである。(等しい程度で優れていれば、比較優位は存在せず、たとえ絶対優位が存在しても、貿易による利益はない。一方の国は輸出ばかりすることになる。あるいは、資本や労働者が国際移動することが望ましい。)

すなわち、アメリカは小麦の生産においては3倍も優れているが、織物の生産では2倍だけ優れている。それゆえ、アメリカは小麦の生産において一層大きく優れている。他方、イギリスは逆に、どちらの財の生産でも劣るが、織物の生産(アメリカの2分の1)のほうが、小麦(アメリカの3分の1)よりも優れている(劣っている程度が少ない)。この場合、アメリカは小麦に、イギリスは織物に、比較優位を持っている、という。

*直感的な理解

(余談1)Samuelsonと秘書の例。Samuelsonは、英文タイプを打つのが秘書よりも上手いかもしれない。しかし、経済学の論文を書くことにおいて、タイプを打つよりも更に大きく優れているだろうから、秘書にタイプを任せて、より多くの時間を論文の作成に費やすのである。

(余談2)Jerryの奥さんMrsCohenNorway人である。Norway語には、比較級でmore betterを表現できる。それゆえ、アメリカは小麦の生産にmore betterであり、イギリスは織物の生産がless worseである。

しかし、各国の労働を単純に比較できないとすれば、例1)のように、同一財・国際比較を行うことには問題がある。そこで、各国内の両財の相対価格を用いて、各国の相対価格を比較することから、同じ結果が得られる。(Haberlerによる機会費用説)

(注意)A国第1財の単位当り労働費用La1とすると、単位労働投入量当りの1財の生産量(A1とする)は、A1=1/La1である。労働1単位当りの生産量と、財1単位当りの必要労働量とは、逆数になる。

;生産部門ごとの国際比較と、国内の部門間比較とは、同じ比較優位を示す。

@                     LafLbf < LacLbc ;左辺は食糧部門の生産性を国際比較したもの、右辺は衣服部門の生産性を国際比較したもの、である。

A                     LafLac < LbfLbc ;左辺はA国内の食糧部門と衣服部門の生産性を比較したもの、右辺はB国内の食糧部門と衣服部門の生産性を比較したもの、である。

;@式の両辺に LbfLac を掛けると、A式になる。@とAは、必ず同時に成り立つ。

<国内相対価格の比較>

アメリカでは、同じ労働者一人当たりの生産物である小麦60ブッシェルと織物20ヤードが、等しいものとして交換される。すなわち、アメリカにおける両財の交換比率(相対価格)は、

小麦60ブッシェル=織物20ヤード

小麦3=織物1 もしくは 小麦1=織物1/3

貨幣($)があれば、例えば、小麦1ブッシェルが10ドル。織物1ヤードが30ドル。

同様に、イギリスでは、

小麦20ブッシェル=織物10ヤード

小麦2=織物1 もしくは 小麦1=織物1/2

貨幣(£)があれば、例えば、小麦1ブッシェルがポンド。織物1ヤードが10ポンド。

すなわち、織物1ヤードについて、アメリカでは小麦3ブッシェルが支払われ、イギリスでは小麦2ブッシェルが支払われている。それゆえ、織物はイギリスのほうがアメリカよりも安い。(ただし、アメリカよりも多くの労働を費やしているが。)

また、小麦1ブッシェルについては、アメリカでは織物1/3ヤード、イギリスでは織物1/2ヤードが支払われるから、アメリカのほうが安い。

それゆえ、イギリスは織物を輸出し、アメリカは小麦を輸出するであろう(国内相対価格がより安い国が輸出国となる)。イギリスの織物生産は輸出のために拡大し、他方、イギリスの小麦生産は、アメリカからの輸入増加によって、生産性の劣る耕地から次第に生産を止めるだろう。これを、イギリスは織物の生産に、アメリカは小麦の生産に「特化する」、と言う。この貿易により、両国は互いに利益を得ている。(ただし、各国国内相対価格で貿易されるから、輸出入を単一の業者が扱う場合、その価格差が貿易業者の利益になる。)

(注意)相互利益の表現は、@貿易業者やA生産者の利益の増加としてだけでなく、B消費者の消費(あるいは貯蓄や投資に回せる)可能な量の増加として、あるいはC労働者の労働時間短縮として、も示される。ただし、こうした違いはその経済社会の分配メカニズムに依存する。(一般に、経済学では、完全競争を仮定して、消費者の利益にすべて帰属させ、完全雇用と各生産要素の限界費用と限界収益を常に市場が実現すると考える。)

 それゆえ、たとえ原理的に自由貿易が支持されるとしても、その分配をめぐって、各国における異なる利益集団の力関係や、法的・制度的な取り決めなどが、貿易自由化(あるいは保護主義や報復・制裁)の政治的な支持基盤を変化させる。

この相互利益は、両国の価格差によって存在する。それゆえ、(貿易が行われる)国際価格は、両国の国内価格を上下の限界とする。すなわち、

イギリス2<織物1ヤードの国際価格<アメリカ3

アメリカ1/3<小麦1ブッシェルの国際価格<イギリス1/2

数値例2)

 国      労働者一人当たり生産量

アメリカ 小麦60ブッシェル  織物20ヤード

イギリス 小麦20ブッシェル  織物40ヤード

この例では、両国が互いに異なる財で「絶対優位」Absolute Advantageを示している。絶対優位にあれば、国内取引と同様に、生産コストのより安い生産者が輸出でき、生産を拡大する。

しかし、絶対優位で貿易を説明できる場合はより限定されており、比較優位の方がより多くの場合について、一般的に貿易自由化を支持する。(絶対優位だけでは、多くの国は貿易を自由化しないだろう。)

(注意)比較優位説の最も重要な政策的・政治的意味は、生産性の異なるいかなる国も、世界市場に参加することで、自由貿易による利益が得られる、という主張である。その意味では、最も経済開発の遅れた、国際的な市場で輸出できる商品など無い、と思える国でも、自由貿易を開始することで利益は実現可能なのである。;T

また、自由貿易による特化は、各国内における生産資源の再配分であり、その意味では互いに相手国の事情を考慮したり、相手国の経済過程に干渉したりする理由・必要が無いのである。;U

この両方の意味するところが、各国の政治指導者を積極的に「自由貿易運動」(あるいは市場統合)に関与させる思想的な根拠となっただろう。

;さらに、政府介入・税金や特許状、圧制からの自由。自由主義思想。;V

2-1-2相互需要による利益の分配

 輸入財への需要が自国の輸出財の量で示されることから(or 自国の輸出に対する需要は他国からの需要であるから)、これを相互需要reciprocal demandと呼ぶ。生産条件は国際価格・交易条件の上限と下限を定めるが、実際の国際価格・交易条件を決定するのは相互需要である。

数値例3)

                 アメリカ        イギリス

全労働者で生産した場合    小麦600ブッシェル   織物200ヤード

貿易による消費可能な量    小麦400ブッシェル   小麦200ブッシェル

               織物80ヤード      織物120ヤード

(国際価格で交換;織物80ヤード=小麦200ブッシェル)

貿易の無い場合の消費可能な量 小麦400ブッシェル   小麦160ブッシェル

               織物662/3ヤード   織物120ヤード

(それぞれの国内価格で) (1ヤード=3ブッシェル)(1ヤード=2ブッシェル)

貿易による利益の分配は、交易条件に依存する。国際価格が国内価格と等しければ、貿易による利益は全く無くなる(相手国が全ての利益を得る)。国内価格から乖離するほど貿易の利益は大きい。

貿易される商品の量で示された交易条件は、商品交易条件とも呼ばれる。実際には多くの商品が貿易されるから、商品交易条件は輸出価格指数を輸入価格指数で割ることで得られる。交易条件指数が増加することを、交易条件の改善、という。このとき同じ輸出量でも輸入できる財の量が増える(同じ輸入量をより少ない輸出財で支払える・国内消費や投資を増やせる)からである。それは、貿易の国内実質所得に与える効果、を示している。

他方、交易条件は輸入財に対する各国の需要の強さを反映するから、貿易の利益が同等に分配されなくても、必ずしも不平等な貿易であると批判できない。それはより強く求めている輸入財を得られたことによる満足の大きさも示しているからである。

しかし、交易条件が人工的・人為的な独占力の行使によって輸出価格の引き上げ(輸入価格の引き下げ)によって実現される場合もある。

実際の貿易では、需要が貿易パターンを決定する上で一層支配的である。なぜなら、世界貿易の大部分を占める先進工業諸国間の水平貿易では、各国が同じ商品分類に属する財を、消費者の異なった嗜好によって互いに同時に輸出入する。この場合、貿易パターンや交易条件が、両国の同質的な生産コストによって決まる、という主張は弱められるだろう。

なお、生産コストが一定であれば、どちらか一方の国が完全特化するまで、貿易は増加するだろう。しかし、実際の生産は、次第に生産性の劣る条件によって拡大する(収穫逓減・費用逓増)であろうから、特化が進めば両国の国内相対価格(各国内の両財の交換比率)が次第に一致するようになる(輸出によって増産される財の国内価格が上昇する)。

国際貿易の場合は、交換は国内の相対価格の比率と外国の相対価格の比率が異なっていることを根拠として行われる。それゆえ小国の場合、貿易自由化と市場統合化との区別は小さくなるだろう。

大国の場合は、要素市場の統合化がすすめば、完全な市場統合に向かうが、一般に要素市場の移動性は限定される。EU統合は、中規模諸国も含めて、政治・社会制度の統合化によって要素市場の統合化を促す試みである。


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