マーケティングを研究するとは?

以下の文章は、かつてビジネスマン向けに書き下ろしたものですが、
マーケティングの今日的役割についてまとめたものです。多少、堅い
文体ですが、マーケティングを研究し、学び、実践するということは、
一つの現象に対する様々の側面を、多面的に捉えることと同義、という
主旨を読みとって下さい。                          







                            

Good news! you have already experienced marketing!(良いニュース!あなたはマーケティングとは何か、既に経験している!)こんなフレーズが、米国のあるマーケティングの入門書の冒頭に現れる。実際のところ、マーケティングと関係がまったくない企業など想定することすら難しい。

日常の仕事・業務といった活動の中で、それなりのビジネス経験を蓄積することは、いわばマーケティングのある側面に精通してゆくことと同義になる。仕事を離れた個人としても、我々の生活はマーケティングと無縁ではありえない。例えば、朝起きてからベッドに入るまで、どれほど多くのブランドのつけられた製品を使っているだろうか。新聞や雑誌、テレビを通じて企業からのメッセージを受け取っているだろうか。

こうして、毎日の生活の中で、我々はマーケティングに関わりをもつのだが、それは同時に我々自身が消費者の立場から、特に意識せずにマーケティング的な行動を実践していることを意味する。今日の高度に発達した経済社会の下で、消費者は膨大な企業からの情報を受け止め、意思決定を行っている。欲しいものをリストアップし、絞り、財布の中身と相談し、店を選び、実際の買い物を行なう時、このプロセスと、企業が行うマーケティング意思決定のプロセスとの間に、本質的な差はまったくない。したがってほとんどの場合、マーケティングの教科書をはじめて開く人であっても、さほどの困難なくそこに書かれている内容を、実感と共に理解する素地がある、といえよう。

ところが、前掲のフレーズは、Bad news! Common sense doesn't always explain (悪いことには実際に起こったことは、マーケティングの常識で説明しきれる訳ではない)と続く。このフレーズで示されるように、マーケティングを学ぶという事は、単に過去の経験則や知識を積み重ねるという事とは一線を画す事になる。
 

今日、マーケティングはほとんどあらゆるビジネス活動に不可決の要素として認識されている。もともとは企業のものであったマーケティングの担い手は、学校などの教育機関、自治体や警察などの行政組織や、文化活動を行なう財団、さらに家庭や個人のレベルにまで広がりを見せてきた。とはいえ、マーケティングの基本的な役割は決して変わるものではない。定められた目標に向けて最高の効率で最大の効果を上げるように、企業資源を統合し、活動を調整することが、マーケティングの最大の課題である。

しばしば混乱を招くのだが、大きな枠組みでとらえれば、マーケティングの役割には二つのレベルがある。ひとつは、流通や広告を勉強する際に良く論じられるマクロの視点で、いまひとつは個別企業の行動指針としての、ミクロの視点である。中小企業のマーケティングを念頭におく時、前者はあくまで企業環境の一部として作用し、後者こそがいわゆるヒト・モノ・カネといった企業資源をいかに活用するか、という企業タスクに直結することを確認しておきたい。

かつて、『作れば売れる』といわれた、企業にとって幸運な時代があった。豊かになった消費者はより多くの、グレードの高い商品を求め市場は絶え間なく成長し…といった幻想は、残念ながらもはや通用しない。消費者の嗜好は多様化し、市場は不透明になった。マーケティングを取り巻く環境要因は、常に変化しつづけることを肝に銘じなくてはならない。さまざまの競争や規制が、避けがたくマーケターにチャレンジし続けている。これまでの経験則のみに頼っているのでは確実に失敗を招く、程の真剣な認識が必要となっている。 最近のマーケティング環境の変化は、競争と国際化という2つのキーワードで特徴づけられる。すべての企業資源に関わる、ボーダーレス化・交流化の動きは、これまでにない状況を生み出している。思わぬ異業種からの参入、国外製品との競合。為替変動や政策変更によるリスク、消費者自身の国際体験による情報力の高まり。さらに自然環境の問題も、ひとつの国の枠を超えた国際的な視点で問題とされつつある。

最近CS(顧客満足)という語が頻繁に用いられるようになった。製品の差別化がゆきづまり、サービスの差別化が困難になり、マーケティングは新たな優位性の獲得を模索しているように思える。これまで、消費者ニーズに基づくモノづくり、と謳ってきたものの、マーケティングの主導権は、実際上、製品やサービスを送り出す側の発想にゆだねられてきた。自分たちは一体『何を』顧客に提供してきていたのか、といった極めて基本的な問いに目を向けた結果、あらためて消費者をマーケティング発想の中心に据えざるをえないことに、多くの企業が気づき出したのである。

この新たな消費者中心主義をさらに一歩進めれば、これからのマーケティングは、従業員への配慮が必要とする。雇用側に対して従業員の地位が相対的に向上している今日、人材の活用は、従来の管理的発想では果たすことが難しい。ヒトの力を引き出すことは、個人の自主性においての企業活動への積極的な参加と同義である。結果として、従業員の満足なくしては顧客満足の達成はあり得ず、企業の目標も達成が困難になることになる。

マーケティングは常に、競合する企業や製品・サービスなどに対する、差別的優位性を追求してきた。マーケティングに対する評価は、コストを中心とした評価軸によるものであった。企業はいかに効率の良い生産・流通を行うかを問われ、消費者に対していかにコスト・パフォーマンスの高い製品を提供するかを問われてきた。しかしながら、こうした効率主義の限界は『マーケティングが効かない』といった表現で、近年より一層、鮮明になってきている。このような時代において、マーケティングには、環境適応のための指針としての役割が、ますます求められてくるだう。マーケティング自体は、企業自身のトータルなマーケティング・アビリティ向上に向けて、再構築されてゆく必要があるし、我々もあらためてマーケティングを学ぶ意味を、再考しなくてはならない。
 
 

 

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