極めてプライベートに、私の事。



 
昭和××年、東京生まれ。別に無理に年齢を隠しているのではないけれど、見かけが実年齢からかけ離れていて、その度に驚かれ、腹が立つので年齢不詳にしている。要するに童顔。大の写真嫌い(魂を抜かれると半ば本気で信じている)ため、写真掲載はご容赦。どうしてもという物好きな人は、少なくとも過去5年の卒業アルバムには載っているので探してみて下さい。何せお見合いの釣書に添える写真を撮る撮らないで親と大喧嘩したことがある位で。

出身校は、残念ながら同志社ではない。東京アクセントが全く抜けず、関西弁が話せない。30歳過ぎての新しい語学の収得は不可能に近い、と実感している。付属校育ちのため受験勉強というものをしたことがない。おそらく大学院の修士課程に入る時に数週間勉強したのが最長。殆ど一夜漬けの鉄人と化していた学生時代、大学の教員になるとは全く考えてもいなかったのだが、就職をし損ねて大学院に入ってしまった。後悔している訳ではない(信条は、反省すれども後悔せず!)が、勉強が好きで、まじめで成績優秀で…という、いわゆる学者のイメージとは我ながらほど遠かった。そのため(?)カンニングの手口には精通しているつもり(匿名で本を書こうかと密かに思っている)。あれは素人が出来心でやるにはリスクが大き過ぎるのでお止めなさい。本当に、エライ事になるから(我々、教員も)。

修士課程の時は、商学研究科所属のくせに社会学研究科の教授のゼミに押しかけて、そちらの勉強ばかりやっていた。元来が早口なのだが、そのゼミで自分より早口の人間に生まれて初めて出会い、世の中の広さに開眼。だからという訳ではないが企業への就職に見切りをつけ、博士課程へ進んでしまう(因みに、その女性はその後某テレビ局のアナウンサーとなったが、早口すぎたらしく今は殆ど見かけない)。博士2年の時、サービス・マーケティングなる研究分野に興味を引かれ、自分の専門にしてしまう。またしても自分の指導教授のゼミではなく、別の教授の研究室に居着き(その先生の秘書が目当てだったと、いう陰の声がある)、そのまま博士課程修了。正確には単位取得退学で、生まれて初めて退学通知書を貰って愕然とする。

博士課程修了後、普通は浪々の身となる処だが、これも押しかけ弟子を決め込んでいた(そればっかし)某大学の教授から新学部発足のスタッフにというお声がかかり、のんびりと構えている内に突然その大学の総長が亡くなり、新学部構想が白紙に。さすがに多少あわてたが、前後して同志社大学商学部の某先生からお誘いをいただき、幸い、幸せにも、幸運にも、奉職させていただいた(その時は、神の慈愛を実感した)。以来、かなり気ままに過ごしていて、一部の先生方に顰蹙を買っているのではないだろうか。同志社はとても好きで、米国に来てまで卒業生会に顔を出している。とはいえ不満のひとつやふたつはある訳で、そのトップがほぼ必ずバレンタインデーに教授会がぶつかる事(何かの嫌がらせだろうか?)。 新島襄 先生の遺跡を生誕の地、安中、脱国の地、昇天の地、もちろん墓所(順不同)と制覇して、後は滞米中にアンドーバー神学校とアーモスト大学に行けばグランドスラム、と密かに野望を燃やしている。関係ないが、グランドスラムといえば昨年(1998)、一昨年(1997)とディズニーランドの年間グランドスラム(何のことはない、一年の内にロサンゼルス、オーランド、東京、パリと行くこと)を狙っていた(サービス施設の比較研究♪)のだが、両年ともユーロ・ディズニーに行き損ねている(渡欧はしたが)のが悔しい。


性格は最近自覚したのだが、猫。それも家の中で暮らす飼い猫ではなくて、外猫(野良猫ではない)。猫好きというわけではないのだが、金瞳の黒猫は贔屓している。そういえば以前、行動面を評してイリオモテヤマネコと言われたことがある。生存は確認されているのだが生態がよくわからず、夜行性でなかなか捕まらない、という事らしい。たしかに自宅、本宅、別宅、隠れ家とあるからなあ。血液型を調べたことはないのだが、性格からいっても両親の血液型からいっても、A型の要素はあり得ない。70%の柔軟性(いい加減さ)と20%の異常な集中力、そして自分でも把握していない10%のおもちゃ箱のような何が出てくるかわからない部分の複合で、行動面は成り立っている。主義主張は特にないが、かつて帝国海軍の優れた戦略思想でもあった「機動と集中」が行動面でのモットーで、ここ十年ほどは不真面目ならぬ非真面目を標榜している。別に京大名誉教授の森毅さんだったかの影響を受けたのではなく、世の中を支配する過剰な形式主義に疑問を唱える、というと少しそれらしいが、単に怠け者だけなのだろうと自覚してはいる。未来を過去の延長線上で推定=決定してしまう線形発想は性に合わず、敢えて斜に構えて物事を見る傾向があり、世の中の常識を常に疑って、悪い癖でそれを茶化してしまう傾向があるが、それは社会科学者としての最重要の資質だ、信じて疑わない。

趣味といえるほどのものはない、と思っているのだが、退屈がものすごく嫌いなため、好奇心に任せてあれこれ手を出し、すぐ○○オタク化する傾向あり。嗜好性の趣味(造語:反語として社会性の趣味)は、皆が興味を持ってしまうと嫌になってしまう(流行現象はとても楽しめるのだが、その一部になるのは嫌い)。因みにここ数ヶ月の興味の対象は、熊の木彫り、ピクルスとチーズ・サンドィッチの作り方、怪しい調理器具、通信販売(専門家としてではなく、完全な素人として)、etc. 現在は5〜10年ほど前のアメリカのドラマに複数、ハマっている。旅行は(観光に関しての論文もあるので)趣味とはいい辛いが、自分の環境が次々に変化して行く事が大好きで、一人で車を運転しているだけでも、見える景色が変化してゆくので幸せになれる。

12月生まれの冬の子で、本来スキーやスケートといったウィンタースポーツが大好きな筈なのだが、ここ数年足腰が弱り体が重く、つい怠惰に流れているので、自分を心配している。とはいえ、目の前に数百段の石段があったりするとつい駈け上りたくなるのだから、矛盾している。寒さに強い反面、夏、特に京都の夏には極めて弱く、気温が28℃を超すと動物園のしろくま状態になってしまう。

小学生の頃から城郭や神社仏閣、庭園と特に仏像が大好きで(変な子だ)、派生的に仏教美術に入れ込み、史学科に進学したいとごねて親をはじめ親戚・知人に説得された経験があるのだが、そんな訳で歴史が好きで、京都に居るだけで幸せを感じている部分は、確かにある。もっとも僕の知識は小説と講談、時代劇と一緒くたになった怪しい混合物で、それでいて先年、大学の入試委員を務めた際には、歴史出題担当の文学部の先生に議論をさんざんふっかけていたのだから怖ろしい。ご飯なしでも生きてゆける稀な日本人なのだが(半年くらいは平気)、京都でいえば鳥岩楼の親子丼、たから舟の洋食、よしおかの天ぷら、今井食堂の鯖煮、泉門天の餃子など(全部知ってる?)は、思い出すと唾液が出てくる。グルメではないが(因みに尊敬する人は?と聞かれたら海原雄山!と答えてやろうと待ち構えている)、食い意地は張っている。サービス業の専門家のくせに、味>値段>サービス>雰囲気 の序列だから、いわゆるデート向け、として雑誌に紹介されるような店は苦手。京都に一軒だけ、例外のコーヒーショップがあるけれど。ために、女性(特に関東の)に不評を買うことしばし。反面、気取る時には思いっきり気取りたい(卒業式の日のパーティをブラック・タイでやろうとして、学生に却下された事がある)性格。

あだ名は、いい年こいて「うっちー」と呼ばれる事が多い(女性に)。学生は、単に「うちの」と呼んでいる(と思う)。面と向かっては「せんせい」。「うっちー先生」と呼んだ小娘がいたが、なめとんのか!? この「先生」という言葉は、あまりに便利すぎて好きではない。大学という処に所属していると、90%は公私共にこの便利な呼びかけで済んでしまうのだが、身の回りに「せんせい」ばかりが溢れていると、どうもねぇ。それに「先生」と呼ばれるにはもっと立派な存在にならなくてはならない、という強迫観念もあって、未だに呼びかけられる度に、いささかの居心地の悪さを感じている。同僚から ”MASSA” と呼ばれる現在の環境(University of Michigan の Business School にお世話になっている)の方が、心地よい。

独身(未婚)。どうして?と聞かれると真剣に困るのだが。そろそろ年貢の納め時…?と言われる度に「俺は商人だ、農民じゃない」と、訳の分からない理屈をこねていたが、甲斐性がなくて、の一言なんだろうなあ。以前は周囲を見て、何で結婚するのだろう?とむしろ不思議に思っていたが、近年は友人と完全に話題がずれるに至り(中学受験などという話題が飛び出すと)、さすがに忸怩たるものがある。別にxxxではないし、xxでは絶対にないのだけれど。あらぬ噂は立てられたくないし、えり好みしているわけではないのだが…

♪ 親も気に入り私も惚れる、粋で律儀な人はない♪     あ、これは女性の台詞か。ならば、
♪ 梅も嫌いよ桜もいやよ、ももとももとの間いがよい♪   と、きたもんだ。意味が違う?

以前、どうしてもやってみたかった女子短大のクラスを一年だけ受け持った事があるのだが(その話をすると停まらない。若い独身の男は絶対に女子短大の非常勤講師はさせてもらえないのだから)、そのクラスの中に 大石恵 がいたのにまったく気づいていなかった事実が語るように、女性を見る目がないのかもしれない。

特技は、学生の間に紛れる事。以前に樹徳会(商学部の卒業生会報)にゼミが紹介された時、掲載された集合写真にわざわざ「中央の白いセーターを着た人が…」と注釈を付けられてからは、かなり気にしている。以前に勤めていた大学で入試期間に入講しようとして、顔見知りの筈の守衛に「君々、どこ行くの」と咎められ、身分証を見せたらいきなり敬礼されて「あ、先生でしたか。お若いんで見違えました」とフォローにならないフォローをされた経験あり。同志社構内でも、商学部の先生ですら気づかずにすれ違ってしまう事が多々ある。企業に講演に行って、不思議そうな顔をされた(講師に見えないらしい)事も一度や二度じゃない。何より、四月始めの大教室で最初に教壇に立つ時の、皆の不思議そうな顔(教授はどこだ?)。そんな訳で、現在の目標は「立派な中年になる事」で、奧菜恵のプロダクションの社長に、イメージ作りを引き受けてもらった(本当)。


日本商業学会、日本広告学会、マーケティング・サイエンス学会、日本観光研究者学会、日本観光学会、国際ビジネス研究学会、日本フードサービス学会、(社)日本マーケティング協会、および American Marketing Association 各会員。会費だけで年間十万円近い。

僕の講義は、しばしば内容が「あちこち分散する」と指摘される。決して思いつきで話しているのではないけれど、「機動と集中」「拡散と収束」の二軸の同時内包が僕の話の特徴で、同じ事象を何通りかの複数の分析軸と視点・例示の併用で説明しようとする傾向が人一倍強く(しかも早口なので)、流れの大要ではなく事例のひとつひとつを聞き込んでしまうと、悩んでしまう事があるかもしれない。大人数の講義では、「最大公約数のわかりやすさ」と「自分が学生の時に聞きたかった講義」のスタイルとの狭間にいつも立っている。わかりづらければ、聞き流して欲しいのだけれど。本当にわかって欲しい重要なことは異なった表現で繰り返し伝えようとしているし、それでも理解できなければ100%、教師の側のプロとしての資質の問題だと思っている。

常々、大学ほど不思議な「商売」はない、と思っている。学校はサービス業で、学生はお客様、教師は売り手、と本気で信じている僕のような存在は極く少数にすぎず、この点をあまり強調するとややこしいことになるので後は個人的に…なのだけれど。サービス・マーケティングの視点からは、今のシステムは演習を志す学生(サービスを購入するお客さん)に、極めて限られた商品説明しかしないで「さあ、買い(=履修し)なさい」と迫っている、としか思えない。組織人としては全く別の見方をせざるを得ないのだけれど。難しい話はさておき、情報開示という流行りの言葉以前に、少なくとも2年間、もしかしたら何十年のつきあいになるかもしれない相手の事は、少しでも知っておきたいのが人情だろう?表面的な事ではなく。

正直(関東人ゆえか奥ゆかしさが欠如していて、すぐに本音を出してしまう)、演習の担当者と履修者の間には相性という奴が確実に存在している。表面上のつきあいでも済む講義の場合はともかく、色々な意味でお互いに関わりの深い演習については、例えばこの文章を読んだり、ホームページの中の仕掛け(悪戯)を見てどう感じるか、といった事の方が、3・4回生で何を専攻するか、どのような卒論のテーマを選ぶか、といった形式上の事よりも、はるかに重要であったりすると思う。ありがたい(怖ろしい)事に留学前三年程、内野演習の履修希望者は商学部の中で上位五本の指に入っていたのだけれど、その場合、常に相当数の希望者をお断りしなくてはならない。そんなすごーく嫌な思いをした後で、折角入ゼミしたメンバーが「合わない」という理由で辞めてしまうと(過去、計3人あった)、色々な意味でものすごく辛くなる。逆に、他の先生のゼミを辞めてしまい、卒業する頃になって僕のゼミに入っていれば良かった、と言ってくる人間もいるのだから、入ゼミの時の意思決定は本当によく考えて行って欲しい。とはいえ、決定的に情報不足なのは確かで、説明会では殆ど表面的な説明事項を一方的に話す事しかできないし、今年度はその機会すらない…。

そんな訳で、もし君が「面白そうだな、こいつ」と感じてくれたとしたら、適性あり。是非ゼミの仲間になって欲しい。「何だこいつ、おかしいんじゃないか?」と感じたら、相性の面はちょっと…。付け加えるなら、当方、やんちゃな教師を暖かく受け入れてくれるゼミ生を希望。委細面談。而要演習優先的生活。


ここだけはちょっと、真面目に。発想の面で、他の先生方と比べて際だった特徴があるとすれば、それはシステム化したビジネス体系よりも、旧来の「商人」の精神構造を商行為の根本として重視する処でしょう。両親共に代々商人の家に生まれ、その雰囲気の中で育ってしまった自分は、先人の努力と知恵の蓄積、顧客に対する情念と感謝を主に効率の面から評価し、その多くの行為を非効率として、より効率に優れたシステムを「良いもの」として大体させてゆくことを価値観とするマーケティングの理論が、知れば知るほど我慢がならなくなっているのです。だからこそ、効率の分析軸以外の要素が極めて強く作用し、結果的に効率の指標にまで決定的な影響を与えるサービス(業)の分野に魅せられたのですが。

「演習履修者のページ」を覗かれたと思いますが「心に商人の魂をもって科学する」という題目は、私自身にとって何より基本的なスタンスなのです。もっと大げさにいえば、今日のビジネスを巡る諸状況に対応する方策としてのマーケティング的な回答を、西欧科学の論理構成で日本的なるものの有用性を必然として正当化するプロセスとして提示してゆきたい、のです。まあ、これは商人の家に生まれた子としての怨念の部分ですが、実家は今でも事業をやっていて、若気の至りで会社に入らなかった自分の人生を正当化しようと四苦八苦しているわけです。


本音(又々)の部分で、極めて内野的には、マーケティングの発想は「どれだけ楽しみつつ、かつ楽をするために努力するか」といった部分に本質があると決め込んでいる。ブームはなぜ起こるのだろう。なぜナイキの靴を買ったのだろう。自分は?友人は?あの娘は?誕生日に何を貰ったら嬉しいのだろう? G-Shock にいくらの金を払うのだろう?なぜブランドのロゴが入ったトレーナーを喜んで着ているのだろう(金を払ってメーカーの宣伝塔となっている人、いるよね)。なぜグッチのビットモカシンなのだろう。奧菜恵(しつこい?)はなぜブレイクしたのだろう。こうした(そして、その他、何千もの)疑問を持ちうる視点を育て、それを解きほぐす理論を学ぶ事によって、他人の見ていないビジネスの裏からくりが見えてくる。表面、何でもない事にどれだけの知恵と努力が投入され、人間の真剣な泣き笑いや希望、愛憎、様々をひっくるめた人生のドラマがあるのかも。現象はただ起きたのではなく、変化には必ず人為的努力が加えらえている筈なのだから。願わくは僕と縁のできた人は、そうした巨大な仕掛けに知らずに踊らされるのではなく、知って楽しく踊って欲しい。そして一度は、踊らせる側に立ってみてほしいと思う(好きか嫌いか、そこで決めればいい)。

マーケティング(marketing)は素敵な仕掛けだと思う。生産と消費を繋いでその繰り返しを補強し、さらに発展させる。人々に楽しさを届けて、ちょっぴり儲けて自分も幸せになる。その知恵を育てる方法を学び、、新しい価値を生み出すエネルギーを皆で共有(communication)できればもっと素敵じゃないか。そう思って僕は演習に取り組んでいる。
 
 

See you soon!!
 
 
 
 


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