2005年度 ゼミ生への通信
5月20日
米国(ロサンゼルス・サンフランシスコ)編
JR福知山線事故で学生を失う 韓国(仁川)経由でロサンゼルスへ 韓国公共放送KBSからの取材を受ける 米国でのメディア対応
OAKLAND空港、ロサンゼルス、そして関西空港へ 北野をどりat「上七軒歌舞練場」 太田雄三『新島襄』(ミネルヴァ書房、2005年) ラ
イブドア&フジ和解問題でJapan Media Reviewへ回答、そして京都新聞「放送時評」
☆この「ゼミ生への通信」は、「グローバル化」時代の私たち自身の社会設計の見取り図をゼミ学生とともに考え、創っていこうとするためのものです。それが
同志社大学の校祖・新島襄先生の言われた「良心之全身ニ充満シタル丈夫」(同朋社版・新島襄全集、第一巻、132頁、第四巻、245頁)」だと私は理解し
ていますから。感想は渡辺ゼミ掲示板 http://bbs2.otd.co.jp/27340/bbs_plain
までお願いします。
JR福知山線事故で学生を失う
4月25日(月曜日)午前9時20分頃、JR福知山線同志社大学前行き快速列車が伊丹駅を出て、塚口駅を通過したところで脱線、転覆してマンションに激
突、107名の犠牲者と400名以上の重軽傷者を出した(5/2現在)。同志社大学は3名の学生を失い、重軽傷者も25名にのぼった。犠牲者のひとりは私
の所属する社会学部メディア学科の1回生女子。まだ入学したばかりで直接の面識はなかったが、家族の一員を失ったとおなじ悲しみである。
事故は起こしてはならないものだが実際にはどこでも起きる。問題はそれが予期できたのに防止策を講じていなかったとすればそれは犯罪(未必の故意)だとい
うことだ。しかしこうした事故はたいてい運転手への過失責任の追及が大半となり、残りは会社の管理責任ということで片づけられてしまいやすい。新聞などで
もそうした傾向をもつが週刊誌などになると、事故当日にある車掌区で宴会をしていたとか、ボーリング大会をしていたといった断片的出来ごとを書きたてる。
テレビのワイドショーや自称「情報番組」どは「恥じらい」などとうに忘れたコメンテーターを起用するか、みのもんたややしきたかじんなどに司会をさせ、
まったくひどいものであった。
だがいつのどの事故でも、戻らない生命をそうした次元の議論だけですませても、視聴者は日常の忙しさにかまけてそのうち忘れていく。たとえば、1991年
にJRが起こした滋賀県の信楽高原鉄道事故は信号故障による正面衝突事故であったが、そのときの教訓は生かされず、そのときのJRの管理職が今回の管理職
と同心円であったことが今回明るみにでた。が、その時の処理仕方はすでに私たちの忘却の彼方にある。
1985年の日航機の御巣鷹山激突の惨事で、私は前日まで10日間、海外旅行をしていた友人Tを失った。だからその時の日本航空のひどい対応を忘れてはい
ない。こうして華やかな企業の内面をちゃんと憶えているのは「遺族やその直接関係者」だけであり、私たちのこの忘却の構造は現在の中国人や韓国人による、
日本に対する「歴史健忘症」批判にもつながっている(後述)。
ところでこうした事故を私たちはメディアによる報道で知る。私はこれまで報道の改善、メディアの質的向上について多くの文章を書いてきているが、今度の事
故報道でもメディアには相当な問題がある。身近な例から挙げれば、翌朝には同志社大学の被害学生の身元が判明し、マスコミが大学の京田辺キャンパスに押し
かけてきた。その夜、取材された一回生からつぎのようなメールが来た。以下はその翌日(27日、水曜日)の講義「マスメディアの現場」でも紹介した私、渡
辺武達とのやりとりである。
学生からのメール:JR福知山線の事故におなじ学科の1回生女子が巻き込まれ、悲しみもひとしおです。そのことで26日朝から京田辺キャンパスをテレビや
新聞の人たちがうろつき、授業を終えた学生に手当たり次第、犠牲者の知り合いを求め、必死にインタビューしようとしていました。そんな様子を見て、いった
い報道とは何かという疑問をもちました。(メディア学科1回生男)
渡辺武達の答え:日本のメディアは事件、事故のたびにおなじ行動をし、取材方法においても反省がないと思います。しかも日本新聞協会は「集団的過熱取材」
(メディア・スクラム、『メディア用語を学ぶ人のために』参照)については特別見解を出して自粛宣言をしているのに、現場では相も変わらずです。それが事
故現場でのインタビューでも同志社大学の取材でも起きています。とくにテレビがひどく、どこも「ぶつかる前の電車の状態は?」「ぶつかった瞬間は?」「友
達が犠牲になったことへの思いは?」といった質問ばかり・・・なかには「電車に乗るのが怖くなったのでは?」というものまでありました。事故や事件の報道
はまず、同種の事故、事件の防止のために、そして当該事故の被害の拡大防止、被害者の救助のためにおこない、つぎに原因究明を徹底的におこない、人びとに
適切な情報を提供するものなのに、このようなかたちで事故を見せ物にして、「お涙頂戴式」映画のような情報収集をしているようでは話になりません。
批判されている大阪車掌区の宴会などにしても、たしかに今回の場合は私的な親睦会であったようだから主催者の意志で取りやめることがより適切であった。
が、JR西日本(他の会社でも類似のことは多い)ではたとえ宴会でもそれが会社の主催行事であれば、参加しないとボーナス査定に響くといった実情があり、
「社畜」となった人たちには事故が起きても救助活動との軽重がわからなくなっている、日本の社会状態こそこそ問題であることは、三菱自動車工業やミドリ十
字(ファイザー製薬に吸収)の例でも明白でしょう。
今回の訪米中(5/2-9)のアメリカの新聞も報じていたが、一分、二分の遅れなどは「人間的誤差の範囲内、許容範囲内」でどうでもいいことなのに、JR
ではそれが給与や昇進の査定に響くシステムになっているから当該者は焦り、それらが重なっても事故につながった可能性が高い。
そうしたやり方はアメリカから学んだ競争原理の表面だけをなぞっている現在の日本社会の絶対的原理となっているわけで、その反省がないかぎり同種の事故は
今後も起きるということである。
☆ちなみに私、渡辺武達はJR西日本の南谷会長とは親しく話せる仲であるが、ご本人はとても穏和な方である。しかし会社のトップとしての社内での氏の指
導は事故を誘発させる要因をつくる側に荷担するものであったのであろう。もちろん、どのようなシステムにしようとも、人間個人の不適格性の可能性は否定で
きないが・・・・。
☆事故の処理と対応という点からいえば、たとえば私は前日まで海外で10日間いっしょに過ごした友人を1985年の日本航空御巣鷹山事故で失った。その
ときの日本航空の対応はひどかった。この会社がニコニコしているのは機内のスチュワーデスの営業的ほほえみ(^_^;)だけなのである。
☆八田英二学長をリーダーとした同志社大学のこのJR事故への対応は敏速かつ適切であった。また野本真也理事長らも先頭に立って同志社関係の被害者を見舞
われたという。そうした対応に対して、私は同志社の一教員として誇りに思う。
韓国(仁川)国際空港経由でロサンゼルスへ
今年は4月29日から連休がはじまったが、私は5月2日〜9日まで渡米した。日中、日韓問題等での米国メディア(テレビ・ラジオ・新聞)からのインタ
ビュー要請に応えるためと、同志社大学メディア・コミュニケーション研究センターの資料収集のためである。
5月2日、JR大津発06:11の「はるか」で関西空港へ、GWの関係でJALがとれなかったから、09:40発の大韓航空(Korean Air,
KE0722便)に搭乗、1時間50分でソウル(仁川国際空港)へ、そこからKE017便に乗り継いで11時間(帰国便は偏西風の関係で11時間30
分)、やっと最初の目的地ロサンゼルスへ着いた。
経由した仁川(インチョン)は朝鮮戦争のとき、北からの進入に対抗する米軍主体の国連軍が上陸し、そこから今度は北へ押し入った場所である。それを迎え
撃ったのが100万人の犠牲者を出すことを厭わなかった中国軍で、米中を背後にした南北両朝鮮の激烈な戦闘の発端となったところである。
☆仁川国際空港での乗り継ぎ(transfer)時の手荷物検査は関西空港とおなじで、米国ほどきびしくはなかった。
韓国公共放送KBSからの取材を受ける
朝鮮戦争の休戦(法的にはまだ終結していない)から50有余年、南北関係は南の韓国の大統領が金大中(キムデジュン)から盧武鉉(ノムヒョン)へと民主的
に選出され、頑なな北朝鮮への和解路線をとっている。私には大学時代に所属していたアジア研究会以来、朝鮮半島の人びととの交流経験があるが、政府はどこ
も自己都合でうそをいうものだ。だが、今のままの日本政府の政策と世論では、日韓・日朝の関係改善のほうが南北両朝鮮の対立解消よりもはるかにむずかし
い。日本の韓国併合と植民地政策に対する韓国・朝鮮人の反発は南北対立よりも心理的に大きいからだ。
4月11日、韓国公共放送KBSの取材クルー3人が同志社大学の私の研究室へやってきた。戦争中の陸軍参謀、シベリアへの抑留後に伊藤忠商事に入り、会長
にまでなり、かつての陸軍士官学校での人脈を使って、戦後の日韓関係で両国トップの結びつきを裏から形成した瀬島龍三氏について取材したい、とくに彼が戦
後果たした役割は韓国ではプラス評価だが実際にはどうであったのかテーマでの議論に参加してほしいということであった。
このドキュメンタリーは4月16日(土曜日)午後10時からの45分番組「メディア・フォーカス」として韓国で放映されたが、私の主張は@戦後の日韓関
係は朴正煕大統領が戦時中の日本軍の中尉で、憲兵的役割を果たしており、その関係を日韓両国は利用して日韓基本条約もその後の経済援助もおこなった、A
従って日本側から韓国援助と1965年の日韓基本条約での話し合いを進めたのは日本の軍事侵略を容認したグループであった、B瀬島龍三はそうした線で中曽
根康弘(当時の首相)とむすびついてインドネシア賠償金などもふくめ、商社の利益と日韓両国政治家たちの懐を不当に潤す役割を同時に果たした人物で、今後
の両国関係が民衆同士の信頼を形成するかどうかはどこまでそうした過去のやり方を改善していけるかにかかっているというものであった。
つまり、戦後の日韓関係は両国民の幸福など考えたことなどないもの同士が推進してきたという戦後政治史のねじれをつくり、その最重要人物が瀬島龍三であっ
たわけである。そうした軍人関係を利用した日韓のねじれは1988年のソウル五輪を開催したときの大統領、盧泰愚(ノテウ)までつづく。
そしてこのねじれの関係と瀬島龍三の動きが国鉄労組の解体を目指した後の国鉄解体とJRの誕生となっており、今度のJR事故にも深いところでつながって
いる。さらには瀬島はNTT(旧日本電信電話公社)の分割、民営化にも深く関与し、NTT労組の全電通を事実上解体した。
以下は「愛国心」ということばに関心のある人へ:
「歴史と伝統と文化?これまたどこの国にもあることだ。それが独自だといばってどうするか。憲法に話を戻せば、今この国に足りないのは愛国心ではな
く、議員と官僚と資本家の愛民心である。弱者切り捨ての国を誰が愛することができるのだろう。EUの中に住むぼくから見ると、中国も韓国も未熟に見える。
そして、私が祖国も。(池澤夏樹「愛国心を笑う」『月刊現代』05年6月号、p.27) Cf:愛国無罪
☆瀬島龍三については、共同通信社会部著『沈黙のファイル』共同通信社、などを参照されたい。またこの件とは直接関係はないが、日本の政界の理解には、田
ア史郎『梶山静六 死に顔に笑みをたたえて』(講談社、2004年)を参照されたい。ただしこの本は梶山から伝記執筆を頼まれた著者がまとめたもので、梶
山が『ニュースステーション』に干渉し、トヨタ自動車にスポンサーを降りるように迫ったことなどは書いてない。しかし日本の政治家たちの動きとその内面の
心理描写に踏み込み、見事に描き抜いた第一級の書物である。さらにはマスコミと政界の関係の理解には、田中良紹(よしつぐ)『メディア裏支配―語られざる
巨大マスコミの暗闘史』(講談社、2005年)はテレビ記者による日本の政治とメディアの関係について、さらには『同志社メディア・コミュニケーション研
究』第2号に掲載された今西光男の論文も現在の日本のメディア産業の一側面を描いたものとして秀逸であり、学生、院生諸君に推薦しておきたい。
米国でのメディア対応
時差の関係で5/2午前中に日本を発てば、ロサンゼルス空港(略称LAX)にも同日の午前中に着く。10時に到着し、タクシーで常宿にしているウイル
シャーグランド(WILSHIR GRAND HOTEL at 930 Wilshir Bourvard,
LA、現在は大韓航空の所有で一階にはとても瀟洒、かつおいしい焼肉店がある)まで30分、料金は規定で38ドル、チップを入れて45ドル。シャワーを浴
びて、午後1時に約束しているユダヤ人コミュニティ向けテレビ専門チャネルで、日本の社会事情、とくに日中、日韓関係にからめて、日本のメディアがユダヤ
人をどのように取り扱っているかを描くトーク番組をビデオに収録した。この局はハリウッドにあり、スタジオ入り口の窓からはNBC/UNIVERSALと
大書きした高層ビルが見える。そうだ、NBC放送はGE(ゼネラルエレクトリック)傘下で、ニューヨークのロックフェラーセンター街ではそのビルに入居
し、娯楽番組ではユニバーサル(日本では大阪のUSJ)との共同作戦を組んでいる。
翌日は午前6時半と8時から二つのラジオ局に生出演した。いずれも通勤途上の会社員向けの番組で、北朝鮮の核問題や中国での反日デモの原因について語る。
それからメキシコ人地区の喫茶店でタコス料理風の朝食を摂り、フリーウェイをHertzのレンタカーで南下すること2時間、サンディエゴへ到着。現地の代
表紙UNION TRIBUNE(発行部数30万部)の日曜版Sunday Insight Section編集長Mr. Robert
Caldwellから日中・日韓関係でのインタビューを受ける。それが終わってから、同志社大学メディア・コミュニケーション研究センター用に同紙のオン
ブズマン(public
editor)関係の資料をいただいた。そこからまたフリーウェイで北上してロス郊外のロングビーチへ向かい、ユダヤ人コミュニティ向け新聞のインタ
ビューを受けた。
3日目の5/4にはサンフランシスコへ移動し、こちらでも全米5大ネットワークテレビ(ABC,NBC,CBS,FOX,CNN)の一つCBSの朝の
ニュース・ショーをはじめ、テレビとラジオを合わせ4つ、新聞社を三つ駆け回り、出演してインタビューを受けた。
大学関係ではとくに経済理論では世界のトップレベルにあるカリフォルニア大学バークレー校(略称UC
Berkley)で東アジア問題についての討論会に出席し、中国に16年滞在した記者などと議論、それがこの地域向けのラジオ放送されるということで同時
収録もおこなった。
このサンフランシスコからレンタカー(今回はロングビーチ空港からオークランド空港まで国内便を利用し、レンタカーはTHRIFTY社を予約、一日あたり
JEEPで45ドル)で1時間半(120キロ)のカリフォルニアの州都サクラメントへ。ここでも現地の代表紙であるThe Sacramento
Bee本社で取材を受けた。主な話題はここでも日中、日韓関係と日本のメディア報道についてで、米国のメディア関係者たちはアジアの経済巨人の日中の仲違
いが米国に及ぼす影響を本気で心配している。
このサクラメントへの訪問は私も初めてであったが、日系人も多く、通りには枇杷の木(loquat
tree)が街路樹として植栽され、黄色い実をたわわにつけている。私の愛知県の実家には枇杷の木が庭の片隅に植えてあり、子ども時代、夏が来るのが楽し
みであったが日本の道路際に植えられているのは見たことがなく、珍しかった。ここではインタビュー前、街中の寿司屋、Taka’s
Sushiで昼食をとったが7ドルのさしみ定食がとても美味であった。お客も大半が日系ではなく、寿司がここでも日常食として定着している。日本理解は目
ではアニメ、胃袋では寿司というのが現在の日本の国際力である。
私はこの米国へはつごう30回以上来ているがここサクラメントへは初めてである。せっかく州都へ来たのだから、ボディビルダーのシュワちゃん(シュワルツ
ネッガー州知事)が演説する州議会場(State
Capitol)を見学しておこうと思い、新聞社での仕事を終えてから出かけた。日本の国会議事堂ほどもあろうかと思われる白亜の巨大な建物で、さすがに
カリフォルニア州が国家としてもその経済規模が世界の10位内に入るだけのことはある。
私は最初、なぜこんなところに州都を定めたのかと思い、現場のボランティアガイドさん(アメリカでは定年後にこうしてボランティアをする制度がある)にた
ずねるとカリフォルニア州が独立したころ、この地方が州内でいちばん大きな都市であったからだという。ナットク、納得。
☆この議事堂の庭には背丈が10メートルを優に超すオレンジの木が何本も植わり、黄色い実をつけている。でも手の届くところにはすでに実はない。果物の豊
富なアメリカ人たちもやはり手の届く範囲のものは「黙って採って食べる」のだろうか。
☆このサクラメントへは日帰りしたが、通勤とは時間帯が逆方向で行き帰りともスイスイと快適に走れた。途中の美しい丘陵地帯に草をはむ牛や馬がのどかで
あったし、どこまでも広がる果樹園や麦畑がロサンゼルス/サンディエゴ間のエンドー豆やイチゴ畑の広がりとともにサンベルト地帯の豊かさを実感させてくれ
た。
翌朝7日には朝8時から全国ネットのCBSに4分間の生出演(04年11月の米国大統領選挙のときのBBC The
Worldへの生出演は3分であったから1分多くなった)でしゃべったが、ここでもタイトルは日中関係と教科書問題についてで、私が3月に上海の華東政法
学院で講演したときの印象などが訊かれた。アメリカのキャスターたちはよく勉強しており応答が楽しい。どこの国のメディアにも病んだ部分があるが、すくな
くともこの米国のネットワークテレビでは、日本のコメディアンの紳助やタレントのやしきたかじんなどがえらそうにニュース番組の司会をするなどという「な
めたところ」がないのがいい。
☆米国とは大きな時差のある日本にいてアメリカメディアに電話出演するのは体力的に大変だから、今回は連休を利用してそれらをまとめて処理するための訪米
となった。そのためかなりハードなスケジュールとなったが自主的に決めたスケジュールなのでむしろ楽しい。また、その合間に、訪問したテレビ局やラジオ、
新聞社の倫理綱領を集めたり、オンブズマン担当者に出会って、『同志社メディア・コミュニケーション研究』第3号用の論文資料集めを行いながら、各地で最
高に美味しいものを食べるという「幸せスケジュール」も当然ながら組んでいた。
たとえば、サンディエゴは美しい海を見ながらの優雅な日本食、ロスでの韓国料理、サンフランシスコでのカニ料理とMorton’sでの巨大な骨付きステー
キ。とくにステーキは25オンス(1onsは約28.35g〔略号
oz〕)のものを平らげたから日本でいえば700gほどである。これだけで満腹で、いっしょに付いてきたゆでたブロッコリ用の胃袋スペースは私にももはや
残っていなかった。
☆皆さんは連休をいかが過ごされましたでしょうか。こうした仕事とともに、どこへ行っても親しい友人に時間をつくってもらって、今後の仕事の打ち合わせを
し、酒を酌み交わし、帰国便のなかでコニャックを飲みながらいろいろ考えるのも格別だ。今回もロスで30年来の友人で、日系テレビ番組「Japan
Magazine」を続けておられる北岡和義さんにお会いできた。氏は少なくともロス駐在の日本総領事に勝るとも劣らぬ日米の市民レベルの友好の絆を築い
てこられた。お聞きするところによれば、この春から東京にも事務所を開設されたという。お仕事の隆盛をお祈りしたい。
☆以下は推薦図書。こうした本を読みこなしていくとメディアと社会、そして政治の仕組みがよく理解でき、就職活動でおたおたすることもなくなるから、とく
に3回生以下は時間をつくって目をとおすようにしてください。
1.田中良紹(よしつぐ)『メディア裏支配―語られざる巨大マスコミの暗闘史』(講談社、2005年)、
2.田ア史郎『梶山静六 死に顔に笑みをたたえて』(講談社、2004年)
またアメリカでは新聞の影響力の低下が社会情報からジャーナリズム性をなくしていくことにどう対処するのか、社会の運営はインターネットだけではできない
にもかかわらず、それへの依存度とその支配力が大きくなりすぎている。今何らかの手を打っておかないと・・・といった議論が盛んで、しっかりと地に足の着
いた研究書も発行されている。以下はその例:Philip Meyer. The Vanishing Newspaper, Saving
Journalism in the Information Age. University of Missouri Press, 2004.
日本でもアメリカから少し遅れてこうした議論が始まるのだろうが、ライブドア対フジ・サンケイグループ問題で示されたように、日本の新聞やコメンテーター
たちがあの程度の議論しかできずに、オーディエンス(視聴者・読者)の質的低下にみずから手を貸しているようではどうにもなるまい。
OAKLAND空港、ロサンゼルス、そして関西空港へ
朝鮮半島に木槿(ムクゲ)、日本には菊や桜がある。今年見た桜では比叡山の山中にひっそりと咲く山桜もよかったが、平安神宮の紅しだれコンサートでの八重
紅枝垂桜(Double Weeping Rosebud Cherry
Trees)がその「控えめなあでやかさ」では最高であった。まだ季節的にチャンスに恵まれないがワシントンのポトマック側沿いの八重桜も美しいらしい。
アメリカ人たちにはそれが最高のようだが写真で見るかぎり私にはけばけばしすぎる。平安神宮の紅しだれの優しさとあでやかささの調和がちょうどいい。
ところがロサンゼルスでもサンディエゴでも、サンフランシスコでも今回は行く先々で紫色のとても美しい花をつけた10メートルほどの樹木を見た。とくに
オークランド空港周辺には見事なものが連なっていたので、レンタカーを返すときしばしたたずみ写真に撮った。清掃をしているメキシコ系の人たちにたずねる
とジャックリンダ(Jackarinda)という木だそうだ。とても印象に残った。
☆ちなみにアメリカでもレンタカーは満タン返しで、ガソリン(レギュラー)は1ガロンが2.6ドル(gallon 略号
gal.米国は約3.785リッター)。日本の約半分であった。米国のレンタカーは乗り慣れると地図さえ読めれば、じつに快適かつ安価で移動できて便利で
ある。
☆サンフランシスコでは今回もGreen Appleという、チャイナタウンに近い古本屋(電話:415-387-2272、6th Avenue
and Clement
Street)へ出かけ、メディア関連の本を大量に仕入れた。こういうところでの直接購入にも大学での個人研究費が使えるといいのだが、手続きが煩雑で時
間がかかりすぎる。日本の代理店を通して購入していたのでは高いし、急ぎの論文に間に合わないし・・・大学はそういう利便性の提供には向かない機関であ
る。さらに、本というものはインターネットでも買えるがやはり手にとって点検して購入するのが一番。私にとってこの古本屋はボストン近郊のサマビルにある
ものと並び、近くへ行くと一度は寄ってよってみたくなるところ。前回は昨年9月であったが本屋の名前だけ覚えており、電話番号は控えていなかった。アメリ
カでは9411がインフォメーション(番号案内係)で、これを押すと「お探しの相手はビジネスか、官庁か、個人か?」とコンピュータが音声で訊いてくる。
それに音声で答えるとすぐ電話番号を教えてくれる。日本では現在、これらは人間のサービスだが、まもなく機械がそれに取って代わるのであろう。
上七軒“北野をどり”を上七軒歌舞練場で楽しむ
京都の花街といえば、祇園がいちばんで、宮川町、先斗町、上七軒などとつづくといわれる。が、私の実際の体験では上七軒がいちばん情緒的で芸妓さんたち
の客もてなしにも古式豊かで、心がこもっている雰囲気が出せるようだ。それに京都の花街はこの上七軒から始まっている。
昨年は先斗町の鴨川をどりを、そしてたまたま今年は祇園甲部の都をどりと上七軒の北野をどりを楽しむ機会があった。が、祇園の会場は大きく、そして雰囲気
も華やいでいたが、踊りの質は上七軒歌舞練場(北野天満宮東隣、075-461-0148)で楽しんだもののほうが高いと私には思われた。それぞれの舞い
手の年齢に応じた技の披露があったが、とくにテニスのシャラポアばりの体躯をもつ梅嘉さんの凛とした表情が際だっていた。それは観客席にいる私に彼女が
「密かに」伝言メモを渡してくれたからではなく、彼女が京都の花街を背負って立つという矜持というものが見られたからである。
ハリウッド映画と香港映画
先の上海、香港訪問記で書き忘れたが、3月24日、香港島と九龍半島を結ぶフェリー近くの新世界ビル一階のThe 29th Hong Kong
Intgernational Film Festival(第29回香港国際電影節、3月22日~6月4日)会場でジャッキー・チェインに出会った。
ジャッキーはダークスーツに身を固め、柔和な笑みをたたえていた。思いのほか背が低く、176センチの私よりもやや小振り(体重はもちろんだが、身長もだ
よ!)であった。その他、大勢の女優たちも一緒だったが彼がやはり目立つ。映画雑誌やポスターで見慣れた顔もあったが、残念ながらこのジャッキー以外の名
前を私は知らない。
先週の金曜日(5/13)には大津アーカスシネマで、ハリウッドが日本映画をリメイクした“Shall We
Dance?”を見たが、リチャード・ギアの芸達者ぶりはさすがであった。ギアは先の『シカゴ』で、「悪徳弁護士」を演じたが、彼だと悪徳弁護士がなんと
なく「可愛い」から不思議だ。そこで彼はダンスと歌唱力のすばらしさの両方を披露したが、今回の映画には50男の「幸福に飽きたらダンスを・・・」という
提案がいい。その昔、「愛と青春の旅立ち」(An Officer and A
Gentleman,1982年、パラマウント映画)に感動したが、年齢に応じた男女の信頼感の醸成の仕方がいい。学生も親と一緒に見たらよい映画であ
る。
☆私は同志社大学の女子職員ですばらしいダンス能力をもち、それを実践しておられる方を知っているがその方は今度のギアをどう思うのかな?
太田雄三『新島襄』(ミネルヴァ書房、2005年)
この本の著者太田雄三さんはカナダのマッギル大学の歴史学の教授で、私が98年にカナダ日本文化会議の招待で講演に行ったとき親切にしていただいた。その
縁もあり、それ以来親しくさせていただいている友人で、2001年に私がハーバード大学にいたときにはレンタカーでマッギル大学をたずね、そのファカル
ティクラブでごちそうになったこともある。また同志社大学の院生たちに歴史の描き方を勉強してもらうために同志社大学へお招きしたこともある。
この太田さんが新島襄についての評伝を書かれ、私にも寄贈いただいた。この作品は「偉人を褒めるだけの本」とは違い、人間としての偉さと世俗っぽさを併
せ持った「人間 新島襄」を着実に描いていて好感がもてる。私は日頃、新島関連の文献を精読しているわけではないので、「そうだったのか・・・」という素
朴な感じをもちながら読んだ部分が多いが今後の新島研究に欠かせない労作だと思う。
ただすこしだけ、太田さんの描いた新島と私の新島理解とがちがうのは、人間には100%の善悪があるわけではなく、外部から見た場合のブレは誰にもある
し、そのブレがあったからといってその人物が毀誉褒貶したことにはならないのではないかということである。
私が1967年に京都でイギリスの歴史家、アーノルド・トインビー博士に出会ったとき、博士は後の宗教が組織維持のために祭り上げ、完璧な人間であるとす
るキリストやマホメットは不自然であり、人間には至らないところが必ずあるものだ、そういう完璧な人物をつくらない東洋の宗教の多元性と人びとに自己鍛錬
を求める姿勢がいいのだと言われたことを今も鮮明に覚えている。だから、仮に新島が函館へ行く前に「女郎にだまされた?」ことを日記に記していたにして
も、それは別に恥ずかしいことではない。
現在の同志社にとっての問題は今の同志社が「良心之全身にニ充満シタル丈夫」の教育への信念をどこまで残しているかということだし、「良心ノ囚人コソ眞の
自由人」といったことばがどこまで活かされ、実践されているかということであろう。
☆私の大学院時代の恩師である和田洋一先生の著作とともに、太田さんの新島襄は率直な人間像を描いたもので後世に残るものである。同志社大学の学生であれ
ば購入して読み込んでいけば、読むたびに理解が深まるものであり、損はない。この本の編集担当をしたミネルヴァ書房堀川健太郎氏は同志社大学の出身で、渡
辺武達・松井茂記共編『メディアの法理と社会的責任』(ミネルヴァ書房、2004年)も担当してくれたひとである。
ライブドア対フジテレビ対立と和解問題での南カリフォルニア大学(USC)Japan Media Reviewへの回答と京都新聞「放送時評」
最近、さまざまな日本の事象についての外国メディアからの問い合わせが多い。以下は南カリフォルニア大学(USC)JAPAN MEDIA REVIW
からの、ライブドア対フジ・サンケイグループ問題についての問い合わせへの回答である。
ライブドア対フジ・サンケイグループ対立と「和解合意」問題
2005年4月22日 同志社大学 渡辺武達
1. What does this battle between Livedoor and Fujisankei tell us about
how the media is owned and controlled in Japan, particularly in the
case of the Fujisankei group.
日本のメディアは全国ネットワークに関しては、放送専門局で、実質的な国営放送であるNHKとその他の民間の5つのネットワークとなっています。そし
て、後者の民放はすべて全国紙の系列になっています。そのなかで、フジ・サンケイグループには@新聞(産経新聞)の発行部数が180万あまりと他紙に比較
して極端に弱い、Aフジテレビは娯楽を中心にして、政治的には右派、保守系であり、労働組合などもなく、しかも視聴率が高く、企業として利益率がもっとも
高いから、買い取りのプラス面が大きい、Bラジオ時代に力をもっていたニッポン放送は資本が小さいのにフジテレビの株を多く保有し、株の面ではフジテレビ
を支配できる関係にあった、そのためニッポン放送株の最大の株主になれば、フジテレビを支配できるという特殊な事情があり、それがリーマンブラザーズ証券
から資金を得たライブドア(堀江貴文社長)に利用された。
だが日本のメディアには大なり小なりそうした弱点があり、今後アメリカの資本を中心に、日本のメディア関連株への投資の動きが多くなる。そして実際その攻
防がすでに始まっている。
2. If Livedoor had succeeded in purchasing Nippon Broadcasting, could
it have really exercised control over Fuji TV, and also the Sankei
Shimbun?
それは理論的に可能であるし、実際、ライブドア(堀江貴文社長)はニッポン放送の株を51%購入した。しかし「ライブドアとフジテレビの和解合意」が
なされたのは放送局や新聞社を経営できるほどの人的能力がライブドアにはないから、これは最初からフジ・サンケイグループの株を購入して、最後はフジテレ
ビに売り飛ばす計画であったことは私、渡辺武達がすでに京都新聞200年3月1日の「放送時評」で書いたとおりである。また日本の放送免許を出す総務省も
ライブドアと外国資本に日本の放送を支配させたくないから、当然の結果として、ライブドアは取得したニッポン放送株をすべてフジテレビに買い取らせて、一
連の出来ごと全部で400億円ほどの利益をあげることになったわけである。
3. Why do you think Livedoor failed?
ライブドアは失敗していない。今回の出来ごとで金銭的利益の面ではすべて成功したのであり、今後のテレビ進出としても、フジテレビ作品のライブドアの
ネットワークへの流用が提携によって容易になるから、これも当初のもくろみ以上に成功したと言える。先述のように、現在のライブドアには直接にテレビ局や
新聞社を経営するだけの能力がないからベストの解決法であった。ライブドアの堀江貴文社長の著書にもあるように、彼は株売買によって企業としての利益をあ
げることを目的としており、それ以上のことを考えていないから、彼の計画はすべて成功した。
4. What do you think the longer-term significance of this battle will
be?
長期的視点でみれば、@日本人の多くがアメリカ系資本やその影響を受けた日本人資本投資家が競争と自由市場主義でメディアだけではなく、その他の日本の
企業の買い取りをすることを実感した、Aメディアはその社会的影響力が大きい割に資本力と営業規模ともに小さいので、上場した以上は他に買い取られる可能
性があることを今回の騒動で学んだので、自己防衛をはかるし、日本政府もメディアの外国人支配からの防衛のための法整備をおこなうであろう。実際、この動
きは電波法や放送法の変更として、「ライブドアとフジテレビの和解合意」の日に総務省から発表された。以上お答え申し上げます。
☆堀江貴文『堀江本』ゴマブックス、2005年、p.15→企業の社会的責任はどこに?
「リチャード・ブランソンは高校中退というから僕の数年先を行っている。僕は大学中退・・・といっても6年も通ってしまった。起業して会社を成功させるた
めには体力とスピードが勝負、というのが僕の持論。若いほどいいってこと・・・・」
京都新聞2005年4月26日(火)掲載 連載第55回
歴史の理解とグローバル化 放送の責任は生涯学習に
イラク戦争報道が姿を消し、昨年末からのメディアの話題はNHK職員の使い込みと政治家の干渉、二月初旬からのライブドアとフジの対立、三月中旬からは
島根県の竹島の日制定から教科書検定を契機とした韓国、中国からの反発へとつづいている。
いずれも根本的な問題は手つかずのままだが、テレビ中心のメディアは「テレビに向く」話題を提示しつづけ、視聴者はそれらを「与えられる順番」に消費す
る。しかし、国家や経済的強者は知られたくない行動や歴史を直接、間接に隠そうとする。国際社会の実相もテレビ画面で描けるほど単純ではない。メディアに
はそれらを明らかにするだけの力がないことも多い。そのため、九・一一自爆テロ事件の勃発や近隣諸国との歴史問題のように、人びとはしばしば戸惑うことに
なる。
三月に入ってから、私は韓国の公共放送KBSをはじめ、欧米の放送局や新聞から何回も取材されたが、彼ら取材者が私に一様に問うたのは、ドイツでもイタリ
アでも、総理大臣がヒトラーやムッソリーニに「お参り」することなど考えられないし、肯定的な言及だけでも刑法違反だ、なのに日本だけがなぜ例外なのかと
いうものであった。
国によってリーダーの役割もその法的な責任範囲も違う。GHQ(連合軍総司令部)は自己都合でそれを問わなかっただけで、先の戦争が天皇を三軍の統帥者と
して戦われたことも事実である。それを承知している昭和天皇は靖国神社の記念行事に八回参加しているがいずれも八月一五日ではなかった。平成天皇は公式訪
問さえしていない。
私は一九七一年、日中、米中の国交回復の契機となった「卓球外交」として知られる名古屋における世界卓球選手権大会に関係して訪中、周恩来総理とも七回
会っている。その時入手した本には「米帝国主義は日中両国人民の敵」とあった。中国政府の歴史観もその時々でぶれるわけだが、目の前で親や兄弟、姉妹、子
どもを殺されたりレイプされれば、民衆はその恨みを一生忘れない。その気持ちは自国軍に殺害された沖縄の人たちにも共有されている。
そうした歴史の事実と民衆感情にはあまり配慮することなく、小泉総理の「問題は未来志向で解決・・・」という発言をそのまま報じるニュース。ワイドショー
や新聞コラムで、やしきたかじん、三宅久之、中嶋嶺雄といったタレント、政治評論家、学者らが、反日デモは民衆の国内不満を転嫁する政治工作だといい、そ
の論調が日々拡大されている。
しかもそれらのメディアは日本語という「狭い言語」で国内向けに発信しているだけだと思っているようだが、世界は経済面でも情報伝達でもすでにグローバル
化している。その結果、日本の国連安保理常任理事国問題での周辺国の反対がより顕著になり、これまでの外交努力がふっとんだ。
ついでに言っておけば、一部タレントが、ライブドアが入ってくるなら番組を降りるといった。が、私が三月一日の本欄で指摘したように、両者は監督官庁の意
向と資本の論理で提携した。可哀想なことに、ここでもまた善意のタレントは日々の話題としての「消費財」であった。(The End)
4月7日
(中国・香港編)
10年ぶり、28回目の中国 華東政法学院(上海)で講演 中国の物価、スタバが日本よりも高い
アメリカ編追記、一連のラジオ出演をひとまず終了 中国の新聞編集と表現の技巧 香港大学ジャーナリズ
ム・メディア研究センター、そしてバファロー州立大学とのこと 『同志社メディア・コミュニケーション研究』第2号を発行 最後に、Washington Times 報道記事、「京都新聞」とファイナンシャル・タイムズ(FINANCIAL TIMES)への寄稿原稿
☆この「ゼミ生への通信」は、「グローバル化」時代の私たち自身の社会設計の見取り図をゼ
ミ学生とともに考え、創っていこうとするためのものです。それが同志社大学の教員としての私の務めであり、校祖・新島襄先生の精神「良心之全身にニ充満シ
タル丈夫」(同朋社版・新島襄全集、第一巻、132頁、第四巻、245頁)」だと私は理解していますから。感想は渡辺ゼミ掲示板 http://bbs2.otd.co.jp/27340/bbs_plain
までお願いします。
3月中にこの通信を送るつもりで いたが、突発的にいろいろな雑用が出来て、ついに新しい学生、院生たちが顔を輝かせて入学してきた4月に前月の出来ごとを報告することになってしまった。シーズン感がすこしずれてごめん、 ごめん・・・。
といいながら、本日7日は午後4時半から京都祇園甲部歌舞練場 でお茶会、そして「都おどり」を鑑賞、6時20分からは平安神宮の「紅しだれコンサート」を楽しんできた。昨年は満開であったが、今年 はまだしだれ桜はピンクの蕾(つぼみ)であったが、チェンバロの音色(おんしょく)に彩られて、満開を思い浮かべながら聴いた。
10年ぶり、28回目の中国
3月21日午前10時ちょうどのANA155便(全日空、NH)で関西空港から2時間15分で上海国際空港着。10年ぶり、28回目の中国である。
私、渡辺武達の最初の中国訪問は26歳のときの1971年、日本卓球協会国際交流委員としてのものであった。この訪問はのちに日中、米中の国交 樹立を導き出すきっかけを作ったものとして有名になるが、私はこの縁で、戦後世界の政治的巨人として屹立する周恩来(Chou En-lai またはZhou Enlai 1898〜1976)総理(当時)にもつご う7回お会いし、人民大会堂で一緒に食事をしたこともある。
☆卓球外交についての中国側見解による著作については、銭江著、神崎勇訳、中島宏解説 『米中外交秘録 ピンポン外交始末記』(東方書店、1988年)などを参照。
その頃の中国は毛沢東主席が側近実務官僚たちからの奪権のために発動した文化大革命の 真っ最中で、71年に名古屋で予定された第31回世界卓球選手権大会に実質的世界最強の中国チームはそれまで二回選手登録をしてこな かった。世界卓球は二年に一度だから、6年ぶりに日本卓球協会は中国にプレーしてもらおうとしたわけだが、当時の日卓会長は後藤 ナ二氏(愛知工業大学学長で、その父親が今年の春の選抜野球で優勝した愛工大明電の創立者)の勇気ある決断であった。私は氏の要請でこの活動に加わり、息 子淳氏(現・愛工大総長)とともに2001年まで30年間、日本卓球協会の役員として国際交流にたずさわってきた。
1971年当時の日本は岸信介(真珠湾攻撃時の東条内閣商工大臣として宣戦の詔勅に署名したA級 戦犯,53年4月山口二区から総選挙当選、57.2.25政権組閣、孫は安倍晋三)の実弟、佐藤栄作が政権の座にあり、同一派閥の福田赳夫(福田 康夫の父)と田中角栄(田中真紀子の父)がそれを支えながら、たがいに跡目相続をねらって対立していた。
佐藤の外交方針は1700万人(当時)の台湾に10億の中国人を代表させ日本との外交関係をもっていたし、国連でも台湾は中華民国(Republic of China)としてアメリカの庇護のもとに全中国人を代表して安保理での拒否権さえもっていた。
日本卓球協会はそれは不自然だと考え、中国を敵視しない、二つの中国を認めない、中国を 全中国人を代表する国家だと認めるという、日中友好三原則を承認する政策を打ち出した。その後、田中角栄(陣営)もそれと同一歩調をとったことから、日本 卓球協会が中国卓球選手団を名古屋に招いたことも幸いし、田中は政権をとり、米国卓球代表団の中国訪問と、同年7月11日のキッシンジャー、ニクソ ン大統領補佐官の訪中による会談、そこで調印された翌年2月のニクソン訪中発表の追い風で、日中の国交回復となった。そしてこの日の周恩来・キッ シンジャー会談の直後に私たちは周恩来に人民大会堂で出会い、名古屋の卓球選手権に自国チームが招待されたことを感謝された。私はこのとき26歳、日頃は紳士然としている 経済人たちが台湾を捨てて中国へ走るために、いっせいに日本卓球協会代表団に多くの書簡を託したり、中国乗り入れを果たしたい日本航空などはエコノミー席 料金で私たちを香港までファーストクラスで運ぶ手配をしたりするのをみて、経済人や政治家、その他大勢のオポチュニスト(日和見主義者)たちの底の浅さを 私はこのときに見切ったのであった。その体験が今の私を支えている部分が確実にある。
回顧談はこれぐらいにして、それから26回もの訪中で中国各地をおと ずれたが、1994年を最後にして、民衆生活の充実よりも国家の数値目標としての経済発展だけを重視する中 国のやり方には魅力がなくなり、訪れることをしなかった。だから今回の上海訪問は10年ぶり。教え子のいる上海の法学・政治学専門の華東政法学院人文学部から、日本のメディ ア倫理についての講演(演題:「戦後日本メディアの編集・倫理綱領と違反報道事例」)を依頼されたためであった。
上海空港に降り立つと気温は10度、朝発った関
西空港とおなじで、予想したよりも「暖かくない」というよりもずっと寒い。大学からの迎えの車に乗り込み、45分で宿舎の清水湾大酒店(RIVERSIDE
HOTEL)着。空港から高速道路に入る右側の畑には延々とビニールハウスがつづく。温室野菜や花をつくっているらしい。人口1600万の大都市上海の金
持ちたちの胃袋に季節を超越した新鮮な野菜と社交界のイベントに彩りをそえるためにそうした栽培法が中国にも必要になっているということだ。
だが上海の空は灰色で、曇っているのか、晴れている
のかが定かではない。以前に「東京には蒼い空がない」という子どもの作文を新聞で読んだことがあるが、上海は70〜80年代の横浜や四日市のようなスモッ
グ状態にあった。
市内に入ると、40階以上の高層建築が数百棟、無秩
序に林立し、ものすごいエネルギーであった。しかしここでも街角から一歩奧へ入ると、違法就労者が日本の戦後のバラックのような住まいに押し合い、ひしめ
きあっており、中国人の力強さとともに、社会の矛盾が集積しつつあることがすぐわかる。早晩、20年まえの日本が、そして5年ほど前から韓国が体験してい
る「社会の充実」という深刻な問題に中国も後10年ほどで直面することであろう。
華東政 法学院(上海)で講演
ホテルへ着くと、教え子の韓景芳(Han Jingfang)華東政法学院講師が出迎えてくれており、一 通りのあいさつをしてから、その日夕方6時からの講演「戦後日本メディアの編集・倫理綱領と違反報道事例」の打ち合わせをした。
華東政法学院のキャンパスは同志社大学の今出川と京田辺のそれのように、上海のど真ん中 とそこから車で45分の新キャンパスの二つに別れている。それは中国の建国以前にキリスト教の関連大学とし て設置された点でも同志社と似ている。この大学は上海の法律専門大学としてはトップに位置づけされ、日本のロースクールのような存在である。
午後4時半に再度迎えの車が来て、新キャンパスで招待側責任者との懇談の後、学内施設を見学し た、食堂(といっても寒梅館のような立派な施設で、しかも個室があった)でおいしい上海料理をいただいた。老酒を勧められたとき、講演での舌の回りもよく なるので飲もうかと思ったが、はやり失敗するといけないので止めた。(ちなみに3/8日の日本外国特派員協会(The Foreign Correspondents’ Club of Japan)の講演では司会者に勧められ、生中を二杯飲んで調子よくしゃべったが、後で記念写真を 見ると私の「日焼け」顔だけが目立った。)
食堂を出て、歩いて講演会場へ向かおうとすると、学内の電光掲示板に私の名前が踊ってい る。私の来訪講演が学生向けに宣伝されており、その設置ボードの下には提供スポンサーの名前がある。中国ではなんでも外部ファイナンスを導入するのに必死 であったが、たしかに効果的でもある。
会場予定の教室近くへ来ると大勢の学生が移動している。最初150名ほどの会場を用意したが 満杯で入れず、急遽大教室を用意しているという。実際、200名を優に超える聴衆が聴いてくれた。最初の私の講演(日本語を中国語に通訳してくれた、 パワーポイントなども使用)が90分、そして質疑(英語と日本語)が40分ほどであった。
講演中、中国人学生たちはじつに熱心にメモをとり、その後の最初の質問も「日本メディア の尖閣列島報道をどう思うか」という単刀直入なもので、しかも日本語でそれがなされた。私の答えは、「国境問題は日本と韓国との竹島(韓国名、「独島」) もそうであるように、その場所がエネルギーや政治関連で関係国家に重要になるたびにその領有権の所有問題が出てくることが多い。こうしたケースでは確実な 資料に基づいて両国学者が検討する、そこで決着がつかなければ、国際的判断(国際司法裁判所など)を仰ぐべき」と答えたら納得してくれた。
その他、女子学生からは英語で「政府が国民の言論統制をすることをどう思うか」という質 問も出た。私個人の答えは決まっているが、このとき私はとっさに、招待者である大学側責任者の立場をおもんぱかった。
そこで、@言論の自由とは権力悪の批判をふくめて正しいことを言い切ることであるが、A 世界ではその社会、地域の発展段階に応じたメディアと政府、民衆の関係枠ができており、B今の日本でも天皇制や資本主義体制批判の自由は抑制されている、 Cだから、経済発展中心の中国政府の政策の中では国政批判で難しい面があるかもしれませんねと答えた。
翌日、招待者と懇談すると私のこたえは「ぎりぎりセーフ」であったそうだ。私だって、自 分の思想は曲げずに招待者の立場との整合性をはかる「感覚」ぐらいはもっている。
翌日は華東政法学院の人文学部長や事務担当責任者らとまたおいしい上海料理をいただきな がら懇談し、同志社大学(メディア・コミュニケーション研究センター)との交流を依頼された。民衆レベルの学問交流が強いほど、二地域の絆は深まるからで きるだけのことはするつもりである。
午後は10年ぶりに、親のために金持ちの子どもが建てたという豫園を訪問、見学。夜は韓景芳先生ご
夫妻の招待で、RAMADAホテル内のレストランで中国料理を堪能した。とても美味で酒で漬けた鶏肉は生まれて初め
て味わった。ご主人の巍さん(中国では結婚しても両方とも名字は変わらないが子どもはたいてい男親の名字になる)はお茶ブームがつづく日本向けにアモイか
らお茶を日本向けに輸出する業務をしておられ、上海中心部のお二人のお住まいも瀟洒なアパートであった。
☆思想統制と言論・表現の自由の問題はむずかしい面をふくんでいるが、中国を批判的に見 たものとしては焦国標著・坂井臣之助訳『中央宣伝部を討伐せよー中国のメディア統制の闇を暴く』(草思社、2004年)何清漣著・中川友訳 『中国の嘘 恐るべきメディア・コントロールの実態』(扶桑社、2004年)などがある。また『同志社メディア・コミュニケーション研究』第2号(後述、弘風館5階517号室「同志社大学メディ ア・コミュニケーション研究センター」前に置いてあるし、希望者には送料受取人払いでお送りするので連絡されたい)に拙論「言論の自由とメディアの自律」 (『同志社メディア・コミュニケーション研究』第2号、2005年3月、pp.153-269)が掲載されているのでご覧ください。
中国の
物価、スタバが日本よりも高い
現在の中国の一般事務や工場労働者の月給は平均すれば1万円以下である。しかし大学を出 て、それなりの知識とビジネス感覚があれば、それが3万円に近づいており(ホワイトカラー事務職)、個人でビジネスをする才覚があれば、一挙 に月収が30万円を超すこともざらにある。社会制度の整備が経済発展のスピードに追いついていない。 ただしそれは、上海や北京、大連(だいれん、日本人は「アカシアの大連」と呼ぶ)といった大都会の産業都市の ことだが・・・。
大学の教員でも助手や講師は月5万円ほどと安いが、助教授になるとそれが数倍になり、重 要なポストの教授になると20万円にもなる。しかも大学から快適な住宅なども支給されるようになる。
日本人には20万円は勤め始めて数年、25歳前後で誰でももらえるほど の額だが、中国では日本の同額とは使いでが違う。このクラスになると日本における年収2000万円ほどの暮らしが可能になるから、そうした教授たちは上海の場合、じつに優雅で、高層 マンション(日本の億ション)に住み、郊外に別荘さえもつことが容易であり、文化大革期前後のように、知識人が蔑まれ、その経済待遇が極端に悪いといった ことはなくなりつつある。
このように現在の中国では一般庶民と高額所得者の差が大きいから、後者の人たちが好む場 所(レストラン、喫茶店、ブティック、会員制組織等)の値段が一般に比して異常に高い。たとえば、平均的年収が日本の20分の1ほどなのに、高級百貨店のスー ツ売り場では一着10万円以上のものがずらりと並び、日本での「青山」なみに売れていくし、上海の餘園(豫園 の「豫」は「愉」に通じ、「楽しい園」という意味)周囲の繁華街にあるスターバックス喫茶店のコーヒー代(S)が22元(約300円、日本の物価換算で3000円以上)もする。しかも そこには外国人観光客だけではなく、高額所得の中国人たちがたむろしている。またタクシーの初乗りは10元(130円)で日本人には安いが、これもいっぱんの中国人には驚くべき値段であろう。
☆上海などの大都会の瀟洒な生活がテレビで田舎へ流れ、たえず新しい労働力が都会に集ま
る手法は日本の70年代に全国で起きたことだし、今なお、北海道や東北の田舎で起きていることである。こう
いう矛盾を政治的に利用したのが鈴木宗男などであるのだが、その外務省からの仲間である佐藤優の書いた『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新
潮社、2005年、pp.398、1600円)は面白い。この著者は同志社大学神学部出身であり、なかなか肝がすわっており、日本
の官僚たちの業態と情報学の勉強になる。
アメリ
カ編追記、一連のラジオ出演をひとまず終了
上海に二泊して、3/23日午後2:15発の
中国東方航空で2時間、香港国際空港へ。7年ほど前にこの地では巨大なハブ空港が出来、私もアジア卓球選
手権の会議で利用したことがある。前回は車での迎えがあり、空港から香港島までのAirport
Express Train(空港接続急行列車)は初めてで
あったが、所用25分、値段は100香港ドル(約1500円)であった。じつに快適。香港島の終点で降り、タクシーで5分、予約し
た太平洋島酒店(Island
Pacific Hotel)に着く。香港大学から案内してい
ただいていたので、二方面から海が見える角部屋であった。
そして翌日24日香港時間午前6時から1時間、香港のこのホテルからアメリカはワシントンに本部のあるRadio AmericaのBattle
Lineというインタビュー、討論番組に生出演した。アジアか
らのコメンテーターとしてこれでこの番組に出るのは8回目になるが、この時事問題ラジオ番組「アラン・ネーザンショー」(Alan Nathan Show)は、アメリカ人たちの車通勤族に合わせた時間帯(東部午後6時)になっ
ている。
この日の話題の冒頭は日本の国
連安保理の常任理事国入りの可能性、つづいて、スーダン(1995年の統計で、共和国Sudanの面積は250万5813平方
キロ、アフリカ最大。人口2810万、首都ハルトゥーム。「スーダン」とは「黒人の国」という意味)における人権侵害、民
族迫害と国連の役割、そして最後が、イスラエルとパレスチナとの和平における「パレスチナ側のテロ攻撃を止めさせる方法」であった。
私は個人の意見として、第1については、国際社会は日本のカネが欲
しいだけであり、日本が拒否権をもつ安保理常任理事国入りは望んでいない、特にアジアの覇者としての立場を不動のものとしたい中国から見れば、日本が拒否
権を持つことは許せず、よほど日中の国民レベルの親善関係が確立されないとダメであろうし、韓国も過去の植民地問題だけではなく、プライドが高い国民性で
日本の安保理入りは反対であろうということ。第二点は、スーダンには膨大な石油資源が眠っており、その利権闘争がこの国の部族紛争の中心となっているうえ
に、石油資源の枯渇している中国が民族虐殺をしている中央政府を応援して石油エネルギーを確保しようとしているという国際政治が反映している、同様のこと
をアメリカはコンゴなどでおこなっているから、こうした背景のある問題には国際利権が関係しており、それらの沈静化は容易ではないだろうというものであっ
た。
第3のパレスチ
ナ問題については、イスラエルをアメリカが応援しているかぎり、そしてそのイスラエルがパレスチナの領土とその完全自治を認めない限り、この地域の安定と
平和は保障されないであろうというものであったが、アメリカ側ゲストとは激論となった。アメリカの保守層だけではなく、自称「中道」(balanced)の論客たちも自分たちの中東での役割は民主制(デモクラシー、democracy)の定着とその推進であると考えているらしいことにはあきれる。
☆この香港からのラジオアメリカの出演は日本への帰国後の3/31日と4/7日とつづき、総計10回で終了した(本当のことを いうと、私の議論参加は好評であったが、毎週木曜日の朝7時からの一時間番組、それもアメリカのラジオへの日本からの生出演は時間的拘束がきつく、止めさ せてもらった)。しかし、最後の7日の朝の出演部分で、キャスターのAlanが、私がファイナンシャル・タイムズ(FINANCIAL TIMES) に寄稿した原稿(現地4/5日掲載、後掲)に言及し、日本メディアの歴史認識や教科書検定にまで話が及んだのは私に とっての最後の番組として記念にもなった。
日本でもそうだが、放送のキャスターは丹念に新聞を読んでスタッフと番組構成をする。だ からキャスターが私の新聞寄稿に言及したのは驚きではなかったが、Radio America のWorld Battle(世界論争)のキャスターAlan Nathanまでがそうしていたことは、ラジオでもテレビで も、日本でもアメリカでも、新聞つまりは活字が、災害などの一刻を争う場合をのぞけば、電波を内容的にリードしているわけである。
最後のこの回ではイギリスからのコメンテーターも参加していたから、BBCの番組の質と受信料(イギ リスでは受信免許料license fee)の関係を日本のNHKにもからめて議論した。そのイギリス人の意見では、ルパート・マードックらの商業的圧迫 に起因して、BBCにも経費の切りつめや政府干渉の高まりが起きて、メディアの危機が感じられるということ であった。それにしてもまるまる一時間も電話受話器を耳に押しつけていると疲れる!その点、学生たちの長電話への「耐性」には驚くというか、あきれる・・ というか。
☆以下は私がアメリカのラジオ局からのインタビュー依頼を受ける時のメール原文である。 きわめて事務的な表現であり、学生諸君のビジネス英語の参考になるであろう。
TOPIC: Is
GUEST NAME: Professor Takesato Watanabe
GUEST PHONE NUMBER: 011-81-775-263430 (Station Calls Prof)
RADIO STATION: Radio America Network, "Battle Line" show
CITY, STATE : National - (syndicated to 60 stations)
STATION PHONE NUMBER: 202-408-0944 Backup Hotline #
DATE OF INTERVIEW: Thursday,
TIME OF INTERVIEW: 7:00am JT /
SIMULCAST ON INTERNET: (x ) Yes ( ) No
LENGTH OF INTERVIEW: 60 minutes - Live (approximately)
NAME OF HOST: Alan Nathan
☆上海空港で香港向けのチェックインをする時に怒り狂って大声を出し、空港職員をなじっ
ている人がいる。英語であったから私にも理解できたが「上海人たちは大口をたたくのに、何にも出来やしない、とんま野郎たちだ!」と怒り心頭に達してい
る。ちょうど私の前の人だったので、すこし興奮がおさまったとき、何があったのかと話しかけると、「チェックイン業務が遅すぎる!というのである。たしか
に関西空港に較べると相当に遅い。そして職員がぶっきらぼうである。お客の顔もみないで、全店員がマニュアルどおりに「いらっしゃいませ!」という、日本
のチェインストアでよく見られる表面的な「お客様一番主義」(再建中のマイカルの標語)も気持ち悪いが、中国本土の接客態度と能率にもお客を不快にさせる
面もある。が、私たち日本人がこの上海空港で、おなじ言葉を口に出せば、「民族差別」になる。が、香港人であれば、内輪げんかですむからいい。
☆上海で宿泊したホテルの部屋にはスリッパが用意されていた。紙製であるのはいいが、じ
つにぺらぺらで、すこし踏ん張るとすぐ破れる。また部屋のプラスティック製の使い捨てコップも手にもつとすぐへこみ、お茶も飲みにくい。まあ、お湯がこぼ
れるわけではないからいいか。だが、このホテルの売店の切手販売では、絵はがき5枚を出してその分を買おうとしたら、総計の高額切手を渡されたのにはびっ
くりした。後で郵便局へ行って投函した。
中国の
新聞編集と表現の技巧
新聞だけではなく、テレビをふくむ全メディアの編集権は誰がもつかといえば、法的には発 行者だが、私の解釈ではそれは、国民、市民の「知る権利」でなければならない。これについては拙著、『市民社会と情報変革』(第三文明社、2001年刊)にすでに書いてい るが、世界のどの地域でもまだこのことは認識されていないようだ。アメリカ占領軍はこれについて日本新聞協会に対して、編集権は新聞社の経営者にあるとし て、戦後の日本の民主化運動を弾圧する手段としてアメリカにもない法概念を定着させ、利用した。
社会主義国ではこれを国家がもつ権利であるとして、旧ソ連は政府の広報新聞であるプラウ ダPravda(「真実」という意味)を制作したし、中国の人民日報は共産党の広報誌(mouth-piece)だし、 その他のメディアもたいてい自粛しないと発行禁止になってきたが、この傾向は現在の中国でも依然としてつづいていることを今回も確認した。が、その統制が 長続きしないという傾向も見えるようになってきている。
中国の全国的英語新聞であるCHINA DAILY(中国日報)3月23日付一面からそのことを検証 してみよう。
まずこの日のトップは大きな写真つきで、「Teenager kills 9 in School rampage」(10代の若者が学校で9人を殺害)。準トップが左肩で、「Thirsty countryside demands safe water」(飲料水の欠乏した地域にきれい な水を)で、 リードが「360 million rural promised clean water drinking supplies by 2020」(3億6千万人が2020年までに飲料水を確保さ れる)と ある。これは「中国の農村ではまだ3億人以上が衛生的な飲料水が利用できない」ということで、日本でならさしずめ「飲み水の 困る人びとが今なお3億6千万人!」となるところであるが、書き方によって「政府の懸命な努力」だけが強調され る。
下方の記事が「EU urged to lift ‘outdated’ arms embargo」(時代遅れの武器禁輸の撤回を求 められるEU)。この記事の中身は、EUが中国への武器輸出を禁止しているのは時代遅れだし、その撤廃は両地域の友好関係をより 緊密にするというもの。中国は今、世界で唯一、対米関係において世界戦略を描ける国だが、国家分裂禁止法(Anti-secession Law)が中国国会で可決されたからといって、それを理由にEUが武器輸出禁止を撤廃しない のは両地域の親善が阻害されておかしいのではないかとEUに迫る記事である。日本の新聞だけを読んでいるとわからないが、中国では「敵を撃退する 武力は善である」との政治的立場であり、進歩した武器をゆずってくれないのは敵対行為だというわけである。
以上は一面記事の紹介だが、これら三つの記事からわかることは中国のこの新聞が@アメリ
カ・イメージの低下、A中国政府の民衆奉仕、BEU政策への変更要求を狙ったものであるということである。つまり、一般商業紙(この場合は
英語版)でも中国政府の政策を忠実になぞり、それを編集基準としているということである。
香港大
学ジャーナリズム・メディア研究センター、そしてバファロー州立大学とのこと
今回の旅行の公式目的は華東政法学院(上海)での講演と香港における香港大学ジャーナリ
ズム・メディア研究センター(香港大學新聞及傳媒研究中心、Journalism
and Media Studies
Centre)を訪問し、同志社大学メディア・コミュニケー
ション研究センターとの相互理解と交流を促進させることであった。アメリカのジャーナリスト出身でこのセンター所属の助教授Gene Mustain と私とはハーバード大学ナラティブ・ジャーナリズム会議での知人関係にあり、今回訪問の
招待を受け、研究センターの所長(Director &
Professor, Yuen
Ying Chan)とも会談することになった。ここの所長も
またジャーナリスト出身で小柄な体躯。彼女によれば、日本のメディア、ジャーナリズムは優秀だと思うが、世界に向けての発信は弱く、自分たちもあまり詳し
く知るわけでもないが・・・という前置きで、津波(TUNAMI)などの危険、災害などの情報提供でアジア全体のメディアがどのようにして民衆を守って
いけるか、そしてまた政治権力のメディアへの干渉をどのように排除して、言論の自由とメディアの独立を守っていけるかなどといったことで意見交換をしてい
きたいということであった。
メディアの役割の一つは民衆の生命と財産を守ることであり、同志社大学メディア・コミュ
ニケーション研究センターとしても「社会情報環境の安全化とメディア倫理の研究」として「情報バリアフリー社会の構築」をプロジェクト研究の一つとしてい
るので、今後、相互に英語での密接なコミュニケーションをはかっていくことになった。
同所長には拙著、”A Public Betrayed”(Adam Gamble & Takesato Watanabe. A Public
Betrayed: An Inside Look at
Japanese Media Atrocities and Their Warnings to the West. Regnery
Publications,
2004. (444pages)と『同志社メディア・コミュ
ニケーション研究』第2号を進呈した。
香港からは25日に帰国したが、29日には同志社大学メディア学科とメ
ディア・コミュニケーション研究センターの仕事ぶりをWEBで見たアメリカニューヨーク州のバファロー州立大学、ロン・スミスメディアコミュニケー
ション学部長が私たちとの学術交流をしたいということで、同志社大学を訪問してこられた。メディア学科教務担当の河崎吉紀先生といっしょに面会し、国際セ
ンターにも協力してもらって今後の展開をはかっていくことになった。こうした関係が世界中に広がっていけばよいと思う。
☆今回の旅行で上海は意外と寒く10度ぐらいであったが、香港は24度と私に
はあたたかく、泳げそうであった。が、香港の人たちにはそれでも寒いらしく、多くが厚手のコートを着ていた。日本へ帰るとまだ寒く、私も外出にはコートを
着ていたが、バファロー州立大学のスミス教授はこの日、ワイシャツ一枚であった。カナダとの国境近くで、すぐそばのナイアガラ瀑布も凍るから、日本は温か
すぎるということであった。肌にも「耐性」と「馴化」があるということであろう。
『同志社メディア・コミュ
ニケーション研究』”Doshisha Journal of Media &
Communication Research”第2号を発行
2003年4月より、同
志社大学メディア・コミュニケーション研究センターが発足した。「世界のメディア法・倫理綱領の比較研究とメディアの質的向上のための提言」をセンター設
置の統一研究テーマにしている点で日本では独自の立場にある。と同時に、80年代から政府のIT(情報技術、世界ではこれをICT「情報コミュニケーション技術」と
いう)産業との連繋がはっきりしてくると、多くの大学や研究所がIT万々歳を叫ぶなかで、私たちの研究センターは情報民主主義の実現を根本的に追求しようと
している。これを認めてくれている同志社大学にはさすがに「新島精神」が生きている。
その具体的実践の研究誌がこの
冊子で、創刊号と第2号に収録された活動と研究成果としての論文が私たちの研究内容と水準を証明している。手
前味噌になるが、研究誌を手にとって貰えばわかるように、その内容と水準はすくなくとも世界的に無視できないものにはなっているだろう。
といっても、学部生にも真剣に
読めば理解できるものなので、入手希望者は弘風館(こうふうかん)5階517号室「同志社大学メディア・コミュニケーション研究センター」前の廊下に置いてあるの
で、自由にお持ちください。
☆私、渡辺武達は、創刊号に
「メディア倫理の社会的パラダイム〜米・英・日の原初的検討から〜」を、第2号に「言論の自由とメディアの自律」を書いています。
☆第2号の主な目次は以下のとおりであるが、今西光男、山口泉両氏の論文は秀逸である。
提言 地域紙の発展と読者ニーズの充足のために
Proposals for the Development of
Local Newspapers and
Satisfaction of Readers’ Needs
論文
Articles
今西光男
朝日新聞記者
「日本メディアと公益法人についての考察」
山口泉 「正義」と「平和」―「戦後民主主義」の功利主義的限界を超える、
新たな倫理のための一補説 90枚
小田玲子 教育雑誌編集者
『知性形成メディアへ―プラグマ
ティズムに照らして』
ジョセフ・カッペラ(英文)
米国新聞の信頼度低下とシニシ
ズム(冷笑主義)
アンドレ・ギンゾー 英国メ
ディアの倫理問題 (英文)
江戸川乱歩研究家
栗木千恵子 アメリカ・メディア の戦争報道
工藤和夫 第四権力 ― 溶解と覚醒
佐伯順子 メディアにおける性的倫理――現代の視聴覚メディアにおける女性表象をめぐって
渡辺武達 言論の自由とメディアの自律〜メディア倫理の社会的パラダイム、その2〜
最後に、Washington
Times 報道記事、「京都新聞」とファイ
ナンシャル・タイムズ(FINANCIAL TIMES)への寄稿原稿
先の米国訪問時(3/12-3/19)に政界からメディア
界までさまざまな人たちに出会った。そのうちの一つ、ワシントンでミネソタ州選出のコールマン上院議員との会談したことが3/24日の
現地の新聞The
Washington Timesの記事となった。英語のまま
掲載する。私の訪問が同時期のCondoleezza Rice(コンドリーサ・ライス米国務長官)の日本訪問に関連させて記事化されていることに、学
生諸君は読者を引きつける表現法の例として学ぶことができるだろう。
またメディア統合に関連しては京都新聞に寄稿したが、ライブドア対フジ・サンケイグルー
プ問題などはこれから日本で起きるさらに大きな経済、社会の変動の前哨にすぎないことを警告した。さらに、前述したように、日本の教科書問題や歴史記述の
問題についてファイナンシャル・タイムズ(FINANCIAL TIMES)に寄稿したものが4/5の紙面に掲載された。ゼミ生の皆さ
んにはこれまた読者を引きつけながら内容的質とポイントを落とさない文章の運び方を勉強して欲しい。
ワシン
トンタイムズm05年3月24日付報道記事
The
Inside the Beltway By John McCaslin
Where's
the beef?
Speaking of the Holocaust, Japanese media specialist Takesato
Watanabe
has been in
Co-author of "A Public Betrayed: An Inside Look at Japanese Media Atrocities and their Warnings to the West," the professor of media ethics at Doshisha University in Kyoto pointed out in visits to several congressional offices, including that of Sen. Norm Coleman, Minnesota Republican, that U.S. companies have been advertising in Japanese publications that have a "collusive" relationship with the Japanese government.
In arguing for an end to the advertising, Mr. Watanabe notes that one such publication, Marco Polo, published a story actually denying the Holocaust, stating in its headline: "The Greatest Taboo in Post-War History: There Were No Nazi Gas Chambers."
Another publication, Shukan Shincho, continually acts as a "mouthpiece" to the Japanese government, he charges, by denying one of World War II's "most repugnant, yet least-known, crimes against humanity: the so-called Japanese 'comfort system,' wherein some 200,000 mainly teenage girls were taken from occupied territories and held as sex slaves to the Japanese military."
Obviously, the Japanese professor is the last person Miss Rice
can turn
to for assistance in getting the Japanese government to end its costly
boycott
of
京都
新聞2005年3月29日(火)掲載 連載第54回
米国式のメディア統合は
異業種利益を増加させる
By同志社大学 渡辺武達
国連本部報道記者会での日本の
マスコミ特性ブリーフィングや米国のメディア統合の実態研究でニューヨークへやってきて、今この原稿をロックフェラーセンター内の喫茶店で書いている。
日本のテレビはこの二一日昼の
朝日放送、スクランブルが「フジとライブドア会談!堀江氏の新戦略」と題されたように、NHK、民放を問わず、今度の件を株取得問題として描いている。
が、前回三月一日の本欄で指摘したように、視聴者にとって大事なのはメディアの支配・被支配の関係が提供される情報をどう変えるのかということ。異業種か
らの放送参入は米国では十年以上前から進行し、政治と経済の複合がメディアカルテルの形成となっている。結果、視聴者の声が娯楽番組参加以外に届きにくく
なった。
そのことは今、窓の外に何が見 えるかを説明すればわかる。アメリカ街と名づけられた六番街にはメディア王、マードックのニュース社ビルがそびえ、電光掲示でFOXニュースを流しっぱな しにしている。この会社は全米最大のTVガイドブック誌をはじめ、テレビ局、雑誌社、地方紙など三〇〇社以上を傘下に収め、ブッシュ政権とイラク戦争を支 援している。その横のビルが出版最大手のマクグローヒル、そし てタイムライフ社、つづいてチェース銀行が天空に向けその力を誇示している。その反対側にはNBC放送が、電機や兵器メーカーのゼネラルイレクトリックビ ルに入っている。ここから数分のところにはフリーペーパー(広告依存の無料紙)の統合まで始めたニューヨーク・タイムズ本社があるし、その途中には「ホリ エモン」に買収資金を用立てたリーマン兄弟証券社がある。
またこのニューヨークにはジャーナリト育成で知られるコロンビア大学があり、その近くに ABC放送が入ったディズニー社がある。私はそこでテレビ制作幹部と面談したが、部屋には「ビル・クリントンに投票することは神への冒涜である」との民主 党批判ポスターが貼ってあった。ディズニーと組んでABCは変わりましたかとたずねると、「放送の独立性は保持している」との答えであった。が、メディア 関係者でそれを信じるひとはいない。両社の連繋で政治批評番組が減少したからである。これはNBCでもおなじで、看板番組は不動産王、ドナルド・トランブ の会社で「見習い勤務」を体験できるもの。局参観ツアーの入り口にはトランプの著作『金持ちになる方法』が山積みされている。内容はタイトル通りの@投資 の仕方、A上司に評価され、昇進する方法、B効率的なビジネス展開、Cやる気を起こさせる人材の登用と解雇の仕方、D交渉術、E自分の売り込み、F大きく 考え、雄大に生きるために・・・といったもの。「ホリエモン」の社会、金銭観と同じく、メディアの社会的責任に関する記述はどこにもない。
近くで今評判のD・キャラハン『ごまかしの文化』という本も購入したが、それはメディア の寡占が「手段を問わず」勝ち組になることの称賛番組の激増につながっていると批判している。私には日本でこれから起きることへの警鐘に聞こえる。(The End)
ファイナンシャル・タイムズ(FINANCIAL TIMES)05年4月5日掲載記事Japan's
shackled press weakens the world
>By Adam Gamble and Takesato Watanabe
>Published:
Long before the recent wave of media
scandals
raised questions about media ethics in western countries, imperial
This pre-war media system remains largely unreformed in
The large-circulation weekly news magazines, shukanshi,are
outside the
clubs looking in. But their journalistic standards are even lower,
somewhere
between supermarket tabloids and soft pornography. Few of
Abroad, the propaganda tactics can backfire. In
In short,
The writers are co-authors of A Public Betrayed: An Inside Look
at
Japanese Media Atrocities and their Warnings to the West (Regnery); Mr
Watanabe
is professor of media ethics at