日朝首脳会談と内容の理解の仕方について  2002.9.19.    



同志社大学 渡辺武達



ゼミ生の皆さんへ 

 9月17日、日本の小泉純一郎総理が朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の首都、平壌を訪問、正式な国交樹立の前段階としての会談をおこない、拉致疑惑の解明とともに国交交渉やミサイル問題などにふれた「日朝平壌宣言」に署名した。 

 マスコミのセットした国民的関心は日本政府の提起した8件11名の北朝鮮による拉致問題であり、金正日(Kim Jong Il)総書記(会談時および宣言署名の肩書きは国防委員長)がそれについて4(プラス1?)名の生存と8名の死亡(病死と災害死で、日本側調査要求の11名のうち、一名を北朝鮮未入国、新たな2名の死亡)確認というかたちで「口頭による」拉致の認定とその謝罪をし、決着したものである。 

 北朝鮮に拉致された本人とその家族にとって、どのような謝罪を誰からされても、本人および家族の奪われた時間は返ってこないから、北朝鮮とその主張を飲んで宣言に署名した日本政府・小泉純総理への恨みは消えない。それが市民一人ひとりの当然の、そして素朴な感情である。だから今日時点で誰からのどのような慰めも十分ではない。 

 権力とはじつにむごいものなのだが、ここではそのことを認めたうえで、新聞学を学ぶものはどのような態度でこの一連のことを理解すべきかを考えておきたい。 

 私、渡辺武達は1976年を皮切りにこれまで4回の北朝鮮訪問経験があり、在日朝鮮人の人権擁護の活動には大学入学時から40年近くかかわってきている。また4年前から講演のたびに、「拉致は否定できない」との主張を行ってきている。その体験からつぎのことが今の時点でいえる。

1.国家枠思考としての会談の成果 

 こんどの小泉総理の訪朝は韓国や米国の反応にみられるような、東アジアの安定にとってだけではなく、日本(国家と社会)の安全にとっても100%の成功である。なぜなら、拉致問題が、判明結果がどうであったにせよ、それが解明される方向に向かったという事実をふくめ、ミサイル発射の無期延期などがこのようなかたちで二国間の関係成熟として実現していけば、両者が刃(軍事力)を向けあっての対立をする必要がなくなるからである。これまで日本の軍国主義者たちは北朝鮮からの攻撃に備えての「戸締まり」をするという口実で軍事予算の増強をはかり、今年度の概算要求を五兆一千億円にまでつり上げている。そういう論理がまさに無意味であったことが今度のことからもはっきりしてくるからである。 
 問題はこうした国家枠での衡量と個人の感情とのギャップである。

2.拉致犠牲者の死因 


 今回金正日は拉致を「特殊機関の一部に妄動主義、英雄主義に走り、こうした拉致が起きたが自分も最近知ることになったもので残念だ」といった。国家のトップである金日成(Kim Il Sung)主席(当時)や自分が直接指示したというのでは体面がなく、そういったわけで、当時が父親の時代だとはいえ、すでに権力を掌握していた金正日が知らないはずがないからこれは「完璧なウソ」だ。真相はどうかということだが高い確度でつぎのようにいえるのではないか。 
 死亡者8人の拉致被害者はみなまだ若い。その死因は病死または災害死とされたという報道だが、それを日本での社会状況における文字通りの意味で理解することはできない。ありていにいえば、日本の拉致問題追求のなかで名前が出たりしたことで、物理的な困難な立場に置かれ死を選ばざるを得なかったか、そうし向けられたか、文字通り〈消された〉可能性が高い。より具体的にいえば、拉致の議論が政治的意味合いをもつ脈絡で行われたケースで、その真相が明らかになることをおそれた北朝鮮によって口封じがされたということである。そのことは大韓航空機撃墜犯のキム・ヒョンヒの日本語教育係とされたリ・ウネ(田口)さんの死亡例からも明白だ。

 3.日本の野党の反応 


 さっそくに民主党の鳩山委員長、自由党の小沢党首らが「あのような悲惨な結末の拉致問題の決着をつけずに国交交渉に入るのはおかしい」などと批判したが、あなた方はそれでも政治家ですか!中国には日本軍に家族や知人、同胞を目の前で殺された人たちが数百万もおり、朝鮮半島にも百万規模でそういう人たちがいる。松岡環編『南京戦 閉ざされた記憶を尋ねて 元兵士102人の証言』(社会評論社、2002)年には、中国で性病にかかった皇軍兵士が人間の脳みそを食べるといいと聞いて、中国人の子どもを殺しては脳みそを飯ごうで炊いて食べていたものが多かった」という、実行者の証言さえある(同書、295頁、上段)。そうした残虐行為を実見した家族が今、日本の〈自己満足的な教科書〉の登場問題などで怒っている。だが過去がそうであったにせよ、将来のグローバルな融和社会への構想をもたないのでは、日本も中国も韓国も北朝鮮もそうしたレベルの議論だけしているようでは、国家間外交など展開しようがない。 
 だれでも家族の死は悲しい。そしてその死が国家権力の犠牲として起きたことはさらに大きな怒りとなる。繰り返すが直接の家族がいくら怒っても怒る資格はある。だが、それら家族たちも朝鮮や中国での日本の教科書問題への発言に謙虚に耳を傾けたことがあったのだろうか?それ以上にそれら家族を利用して、その周りで一緒に心から怒っている(ふりをしている)政治家(石原慎太郎もその一人)がいるとすれば、それらこそ一番の悪だろう。 
 小泉の訪朝によって拉致被害者の死亡も確認されたのであり、小泉の訪朝が彼らを殺したわけではない。今の時点で小泉批判をしている政治家にはバカも休み休みに言えといっておきたい。 しかし本質的な意味では、小泉総理にも今にはじまったことではない問題がある。彼は前々から軍国主義の権力思考をしており、国民一人ひとりの生命など問題にして政治をおこなってはいない!そのことは彼が特攻隊の行為を英雄視して、鹿児島の発進基地を訪れて慟哭したことからだけでもあきらかではないのか。彼がA級戦犯を合祀した靖国神社に参拝して、「国家の英霊」を称えてきていることからもわかっていることではないのか。実際、日本の兵隊たちは負けが込んできた南方や大陸で人間的な扱いさえ受けていないから、犯罪者のA級戦犯などとはまっったく違う、まさに〈被害者〉なのだ。 
 日朝問題にもどれば、新しい国家関係をつくることは「政治家にとって大きな仕事だ」と小泉ははっきり言っている。私は小泉純一郎など人間としては信用していないが、彼はすくなくともこの点では政治家である。鳩山や小沢はもっと大人になって、小泉と金の会談が今後の市民主権社会の建設の過程でどのような意味をもつのかを国民益の立場から考えないと政治なんかできないよ。

4.危険なマスコミの情緒的誘導 

 拉致が悪いのはニューヨークのWTC(世界貿易センター)への自爆テロが悪いのとおなじだ。しかしニューヨークとワシントンの国防総省への突撃の前史として、アメリカの世界各地における虐殺をともなう横暴がある。タリバンにしてもそれに金と武器を与えて軍事訓練さえ行ってきたのはアメリカ政府・CIAである。 
 同様に、日本も関東大震災時にすくなくとも4千人以上の在日朝鮮人を虐殺しているし、大戦中には一千万人以上のアジア人たちの死を日本政府と日本人が原因となってもたらした。だからといって、金正日(体制)の今回の拉致と実質的虐殺が合法化されるわけではないが、拉致の問題を国家間関係から考えた場合、今回のように真相が〈すこし〉は明らかにされ、その謝罪が北朝鮮の代表から日本の代表に対して正式に行われたのであれば、その問題を交渉のなかでどのように位置づけるのかをふくめて、国交樹立準備の交渉に入るべきは理の当然である。そうでないならば、30万人以上が犠牲になっている広島と長崎への米政府による原爆について、米政府は一度もその謝罪を行っていないが、今の日本の官民の大半の対米従属姿勢はどのように説明されるのか。 
 だが日本のメディアの扱いは、読売新聞(18日朝刊の見出しは「弱腰外交 衝撃の結末」「国民の不信感高まる」「首相、断罪せず」など)を筆頭として、日本側が拉致批判に弱腰であったと国民を煽っている。そのやり方は、一九四一年一二月八日の真珠湾攻撃を報じた日本の新聞とその構造が同じである。これまでに日本政府が北朝鮮にたとえ強い調子で非難をしていても結果は同じであったことに間違いはない。もしくは対立がより深刻になっておれば、さらに多くの拉致がおこなわれ、さらに多くの犠牲者がでていたのであろう。 
 それに今でこそ穏やかにみえる韓国も、北朝鮮が拉致をおこなったと同時期に自国の野党指導者で大統領候補(当時)の金大中を東京のホテルグランドパレスから白昼堂々と拉致していった。そしてその国家犯罪の政治責任を韓国は日本に謝罪しなかったし、日本政府も国民の大半も追及しなかった。今度の拉致被害者家族もその支援者、政治家たちもその〈大半〉に入っているのではないのか。 
 当時の韓国は政治犯や学生運動家、労働運動家をつかまえて、虐殺していたし、光州事件では2000人あまりも民衆を殺した。中国の天安門事件でも中国政府は戦車で自国民を数千人もひき殺した。日本も沖縄戦のとき、地元住民をスパイとして千人規模で皇軍が殺した。そういう事実を比較考量せずに感情だけに訴えるテレビ、新聞の報道(週刊誌はさらにひどい)の仕方はおしなべて危険なポピュリズムに依拠しているものだといえよう。  
 北朝鮮の権力構造はピッチャーが四番バッターと監督を兼ねているようなもので、金日成(Kim Il Sung)から金正日(Kim Jong Il)の二代にわたって首相と天皇(東条英機とHIROHITO)が同一人物のような構造にある。これは専制政治の典型例であり、今後これが変わっていかなければ、朝鮮人全体の不幸だが、この国はそれほど甘くはないので心してつきあっていく必要があるのは間違いない。

5.権力のとらえ方 
           

 歴史を少しでも調べれば、権力は市民を犠牲にすることなど何とも思ってはいない。秘密はそのときの〈権力の気分〉でいつもでその基準を変える。それは米軍が平気でアフガンの一般市民のうえに爆弾を落とすこと、日本の広島と長崎に必要でない原爆をただの実験とアメリカ国民への予算消費の説明、それに戦後のアメリカの世界支配の構図の強化のためだけに使い、30万人以上の命を奪って反省することがない。日本政府もそれを公式に批判せず、「素朴」な、つまり政治家としては〈無能〉な安倍晋三官房副長官などは、日本の核武装さえ肯定しているし、福田康夫官房長官などは、親子二代にわたって、日本国民をだまし続けている。これは今度の平壌問題でも、70年代の沖縄基地返還交渉の密約問題でもそうであった。 
 国益思考に惑わされず、「真実に奉仕すべきメディア」が権力思考に陥っては戦争中の先輩たちを嗤えまい。戦争中の日本のメディアは権力と一緒になって、NHKも新聞も国民をだまし、権力とのあいだで取引をしながら生き延びてきた。日本の権力もGHQというより強大な権力が存在した時代の例でもわかるように、どのようなかたちでも生き残りのためには市民の命などまったくもって一顧だにせず、今日まで米政権の世界戦略に協力するのみできた。その結果が、米軍がアフガン地域攻撃で使用している空母を含む艦船の使用燃料の大半を自衛隊が日本の国家予算で購入して、インド洋で米艦船に配って歩いている。これは日本が100%、アフガン空爆に〈直接〉参加しているということだということは知っておいたほうがよい。  
 以上、簡単なメモです。学生諸君は主流メディアの単純な誤導システムにごまかされないように・・・。