2002年3月27日(水) 毎日新聞論「9・11」とメディア 
 

  昨年9月11日に米国で起きた同時多発テロから半年が過ぎた。事件直後に渡米した渡辺武達・同志社大教授(ジャーナリズム論)は、ハーバード大学で「戦後メディア」研究に取り組む傍ら、日米メディアによる一連の報道を比較・分析してきた。研究者の目に「テロとメディア」はどう映ったのだろうか。
                                                                                                                                                                 【解説委員・亘英太郎】
 


日米とも冷静とは言えず

国籍離れた「真実」の報道を


−現場に足を運び、何が見えましたか。
 

◆ 9月末にニューヨーク、12月にワシントンの現場に出かけ、この2月初旬にもニューヨークへ行った。世界貿易センター崩壊の惨状を見た目には、先月のソルトレークシティー五輪の開会式に登場した「崩壊跡から見つかった星条旗」がきれいすぎて、「演出では?」と疑問を持った。 
湾岸戦争でもそうだったが、メディアは政府・軍の演出映像や偽情報を厳しくチェックし、真偽を検証すべきです。 
−「9・11」直後の情報量は膨大でした。
 

◆ アメリカにおける報道には、大きな特徴があった。普段なら、冷静かつ論理的に反応する新聞までが、感情的になった点だ。その結果、テレビ、新聞とも過剰な愛国心高揚報道一色になった。高級紙とされる新聞にも、反対意見や少数者の声が載らない。異常なメディア状況でした。 
−多様な意見の反映はメディアの基本です。

◆ 名を知られた新聞では、「クリスチャン・サイエンス・モニター」(ボストン市)が、「恨みに対し恨みでもって報復するのはよくない。なぜ我々は嫌われるのかを問い直そう」といった趣旨の問題提起をした。でもこれは少数です。 
−事件の背景や歴史経過をメディア自身が理解していないと、問題提起はできません。

◆ そう、報道の「スタート地点」の問題だ。今回は、多くのメディアが「9月11日」を出発点とした。すると、テロ攻撃による一方的な被害者と加害者という図式になり、米国民を守るにはテロ勢力への攻撃が当然で、その際アフガン市民に犠牲が出てもやむなし−との論理になる。 しかし、アフガンで当時のソ連に対抗していた原理主義者たちをアメリカが「英雄」として支援した20年前を、あるいはパレスチナ問題が生じた20世紀初めを出発点にすると報道は変わってくる。つまり、タリバン出現の背景など問題の根源を分析し、伝えるべき責任をメディアが果たしたとは言えません。 
−現場と距離のある日本のメディアは、その分、冷静になれた?

◆ いえ、当初は映像も情報もすべてアメリカの政府やテレビに依存したわけで、アメリカの価値観に沿った「お下がり」的報道だった。もともと日本は政治、経済に加えてメディアもアメリカの手法をまね、同じ発想に慣れてきたから、抵抗感もないのでしょう。 
−日本のメディアは、事件直後から背景や歴史を解説し、独自の材料を伝え、日米両政府への批判的報道も行ったと思いますが。

◆ それは、新聞を隅から隅まで読む人やメディア内部の受け止め方だ。確かにテレビを含め、歴史的な視点からの解説や批判はあったろう。しかし新聞の平均閲読時間が20分を切った今、トップニュースと1面の大見出し、社説のタイトル程度しか見ない人が大部分だ。だから発信者側と受信者側では、印象が異なる。 
 ただ、アメリカがタリバン攻撃を始めた10月以降は、武力報復への疑問や批判などが、日本の新聞、テレビ、雑誌で強まったのは事実です。 
−国家の非常事態に直面すると、結局はメディアも第三者になりえないのか。「9・11」から冷静で多様な報道の難しさを感じます。

◆ 今回の事件で、国家のジャーナリズムに対する影響力が強まっている現実が明確になった。私はかねて、ジャーナリストに国籍はあっても、ジャーナリズムに国籍があってはならない、と考えている。人間に国籍は必要だが、報道は国籍を離れてなされるべきだ。国家に奉仕するのではなく、「真実」という国籍に奉仕してほしいと思います。
 

視点 
受け手に伝わる大切さを再認識 

ある出来事について、メディア内部では「あれもこれも、すべて伝えた」と満足し、読者もそう受け取っていると考えがちだ。しかし、渡辺さんの話で、それは送り手側の勝手な思い込みだと気づかされる。いくら批判や疑問を発しても、受けて側に届かなくては意味がない。伝わるように伝える努力の大切さを改めて思った。            (亘)