
最終更新日:2015年9月11日
第10回政治地理研究部会・第51回都市圏研究部会合同研究会 報告
ヒト・モノ・カネの集積地である大都市は、国家にとって「金のタマゴ」を産むニワトリだと言える。国家はその大都市が生み出した貴重な税収を配分するが、大都市に対して強い規制を加えて苛烈に税を徴収すれば大都市の経済成長を阻害する。反対に大都市を放任して税の使い道をその自主性に委ねると、大都市は国家の統制が及ばないほどに自律性を強めて、他の地域から不満が表明されることになるかもしれない。
大都市には、一方でヒト・モノ・カネが集積する都市中枢機能を整備し、それを流通させる交通機関を整備することが、他方で貧困や環境問題などいわゆる都市問題を解決することが求められる。一般に大都市には都市政策を通じて独自の発展を目指しつつ、このような都市問題を自律的に解決することを求められる。しかし、国家にとって大都市が「金のタマゴ」を産むニワトリであるとするならば、都市政策の自律性は単純にひとつの大都市の判断に委ねられる問題ではない。大都市についての意思決定は大都市それ自体の他に、府県のようなより広域の自治体、さらには国家の利害が関連するのである。
成長を続ける大都市は、その政治・行政的な境界を超えて領域が拡大するという問題を常に抱えていた。都市の中心部は住宅などのコストが高く、都市に流入しようとする人々は都心よりも少し離れた郊外に住む。大都市はそういった郊外の人々に住宅や交通の手段を提供してさらなる成長を求めようとする。その時の伝統的な手段は、郊外地域を大都市自治体に編入し、大都市として統一的な都市計画を設定するというものであった。
郊外地域を編入して大都市を拡張していく手法は、大都市の強い自律性を前提としているものでもある。大都市がその域内の都市計画や徴税の権限を集権的に保持し、都市政策の成果として得られた税収をさらなる成長のために再投資していく。戦前日本の六大都市が国家に対して「特別市」として一般の自治体と異なる扱いを求めたのは、大都市の発展のために一般の自治体とは異なる強い権限が必要だったからである。
しかし日本では、大都市に対してそのような権限はなかなか与えられてこなかった。戦後には大都市が合併によって郊外地域を編入する手法が認められず、さらには都市計画が国土計画の下位計画として位置づけられ、大都市は自律的な都市政策の手段を封印されながら、ヒト・モノ・カネの集積地として生み出される成長の果実の多くが他の地域に移転されることになった。
拡張を止められた戦後日本の大都市は、内向きな傾向を強めていく。地方議会の選挙制度として現住の人々の利益を追求しやすくなる中選挙区制が取られていたこともあり、大都市にさらにヒトを呼びこむよりも、現にそこに住んでいる人々のための生活インフラの整備が進められていくのである。さらには、大都市と共存する広域自治体である府県が、主に大都市外の地域の発展を企図した政策を進めようとする。しかもこの財源は、主に大都市での法人税収をもとにしたものであり、府県内での大都市からそれ以外の地域への財政移転という性格を持っていた。集権的な都市政策の担い手がない中で、大都市の中枢機能の更新・整備が立ち遅れ、1970年代以降に大都市への人口流入が減少することとあわせて大都市の経済成長が頭打ちとなっていく。
2010年に大阪府の橋下知事(当時)が打ち出した「大阪都構想」には、このような大都市が抱える閉塞を打開しようとする狙いがかいま見える。すなわち、実質的に大阪市外の大きな部分(=大阪府)を大阪市に編入するとともに、「大阪都」に権限を集中することで実効的な都市政策を実施することを目指すというものである。もちろん、大阪市を拡張するのに大阪府という範囲を全て編入するのは大きすぎるという批判はありうるが、府県の境界を変更するというセンシティブな問題を回避するというメリットも理解できるだろう。現存の境界を問いなおすことなしに、大都市に関わる意思決定の方法を再編成しようというのである。
他方で「大阪都構想」は、特別区への権限移譲や大阪市が行う事業の民営化という権限を分散させる志向も持っている。中核市並みの権限を持った特別区を設置するとか、地下鉄・水道事業を民営化するという主張である。このような独立した意思決定主体を設定すれば、大都市単位での都市政策の実現を困難にする要素となることが考えられるが、「大阪都構想」の中ではその調整の費用がどの程度になるものかはほとんど意識されていない。敢えて言えば、大都市と特別区や民営化された企業が、大都市の発展という共通の目的のために協働することを暗黙の前提にしているということだろう。
「大阪都構想」に対して国家の側は「大都市地域特別区設置法」を制定し、大都市制度改革の可能性を開いたが、その反応は冷淡で、積極的に大都市に対して権限を移譲しようというものではなく、むしろ「特別区」を設置することによって大都市の権限の集権性を更に弱めようとしているようにも見える。高度経済成長期・バブル期を経て経済成長が伸び悩む中で、経済成長のエンジンとしての大都市に期待が高まると考えられるものの、国家としては大都市に積極的に権限を移譲して、自律的な発展を求めるということにはなっていない。
このように国家の中で大都市をどのように位置づけるかの議論が進まないのは、大都市の境界線を巡る制度が柔軟性を欠く中で、大都市・府県・国家という自治体の異なるレベルを超えて大都市を議論する政治的な対立軸が明らかでないからである。それぞれのレベルで既存の自治体の境界を前提として分立的な意思決定を行なうために、自治体という枠では議論が困難な「大都市への集約」について適切な選択を行なうことが難しい。このような問題を議論するためには、そもそも人々がどのように大都市の問題を選択するか、という選挙制度の問題から考え直す必要があるだろう。
■コメントと発表者のリプライ
■総合討論と司会所見
総合討論は、大阪市の貧困化や住民の所得階層の低さの要因など、大都市の社会経済的側面に関する議論からスタートしたが、そうした問題を解決するために大都市の「境界」をどのような「政治制度」のもとに変革できるのかという話に収れんしていった。大阪市の発展を阻む要因について、市外から住民・投資の誘導に反対する地元議員、都市圏の最適設定を妨げる府市(選挙区)の境界、地方議会における「少数者のカルテル化」など、いずれも現行の中選挙区制の問題点と関係付けて講演者は回答した。
在日朝鮮人など選挙権を持たないマイノリティの利害を中選挙区制が政治に反映させていたとする意見に対して、講演者は、集合的利害を首長一人が代表する現行制度より、比例代表制の導入などによって議会の多数派が形成され、このプロセスにマイノリティの利害が関連付けられることが好ましいと答えた。つまり、中選挙区制により、少数意見が過剰に代表される結果、大都市の集合的利害が表明されにくくなり、大都市問題に対する有効な解答を出せないということなのである。
このように大阪都構想は、首長と議会という日本における二元代表制の危機も体現しているが、講演者も日本の制度には問題があり、議会に多数派の利害が反映され、首長の政策と連動する制度の創設を強調した。つまり、府市の境界を変えようとする大阪都構想をめぐって繰り返される「混乱」の根底には、地方選挙における中選挙区制の問題点があると講演者は見ているのである。
これまでの日本の都市地理学は大都市の社会経済的実態をつぶさに記述し、都市政策にも反映できるレベルの知見を提供してきた。しかし、今回の合同研究会においては、行政区域の歴史的変遷をふまえて、政治(選挙)制度から大都市の問題点を捉えようとする講演者とは、まだ認識や視角のずれが大きいと感じられた。講演者のような政治学的アプローチは地理学には欠落しがちであるだけに、今回の講演は大いに参考にされるべきであろう。
(参加者17名、司会・記録:山ア孝史)
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