序章
 「近年、日本の論壇では「一神教と多神教」をめぐるメッセージが頻繁に現れている。特に、九・一一以降、その傾向が強まってきていると言える。[1]」との小原克博の指摘の通り、今日的状況において「一神教」の研究が焦眉の急である、との認識は識者の間において広く共有されているように思われる。

 同志社大学神学部・一神教学際研究センター(CISMOR)の研究プロジェクト「一神教の学際的研究」が文部科学省の21世紀COEプログラムに採択されたこともその一つの顕れである、とも言えよう。しかしユダヤ教、キリスト教、イスラームの3つのセム系一神教について、それぞれの一神教としての特質と相違を実証的かつ具体的に明らかにする研究は決して多くはない。

 この論文は、3つのセム的一神教の中の最新バージョンでありおそらく最も「一神教」との強い自己規定を有するイスラームの「一神教」概念について、古典期のイスラームの代表的思想家の一人であるクシャイリーのタウヒード概念の分析を通して明らかにすることを目指す。

 本論は、第1章で先ず近代西欧の宗教学の「一神教」概念を纏め、第2章でアラビア語で「一神教」を意味する「タウヒード」の概念のイスラーム思想史上の位置づけを概観した後、第3章でクシャイリーの人と思想を先行研究に基づいて紹介し、彼のタウヒード概念を詳細に分析する。

 

1章「一神教」概念

 日本語の「一神教」は欧米語の「monotheism」の訳語であり、「一神教」という概念は近代西欧の産物である。The Encyclopedia of Religion[2]の Theodore M.Ludwigによる‘Monotheism’の項目にしたがって、「一神教」の概念を整理する。

 「Monotheism」はギリシャ語「monos(一)」と「theos(神)」との合成語である[3]。「一神教」における神の前提は、「人格的な神概念」、「神の単一性」の2つであり、「神の単一性」とは、神が自らの意思によって世界を創造し、世界に対して主権と力を排他的に所有するということであり、この2つの前提を持った「一神教」には、厳密には、ユダヤ教・キリスト教・イスラームの創唱宗教のみが属す[4]。しかし、宗教史では、これらユダヤ教・キリスト教・イスラーム以外の宗教をも「一神教」と呼び慣してきた[5]

 

1節 宗教史における「一神教」

 宗教史では、Urmonotheismus(原一神教説)、つまり人類の文化的生活の早期にもう既に「一神教」に見られる至高神は認識されていたという立場を取り、原一神教の神認識から退化した古代の諸宗教は至高神の他に神々や諸霊を認めつつ、至高神がこれら他の神々や諸霊を支配していたと考えていた[6]。このような多神の中に一つの至高神を認める宗教は、古代ギリシャ、ヒンズー、仏教、古代イスラエルに見られる[7]。古代ギリシャの宗教は、世界の秩序や道理を示す手段として“不変の統治者(the All-One)”という至高神を見出した[8]。ヒンズー教は、多数の神的存在は一つの至高神の様々な顕現であるとし、調和によって人間は皆その一つの至高神へと混ざり合うと考える[9]。仏教もまたヒンズー教同様一元論であり、あらゆる世界は一つの崇高なる仏陀に統合されるのである[10]。エジプトの宗教は、最も古い排他的一神教とされ、エジプトの人々はファラオ・アメンホテップ4世によってあらゆる神々を排し、唯一神アトンとその子であるアケナートン(ファラオ)に帰依することを命じられた[11]。その他、ゾロアスター教は多神教から出発し、全ての神的存在をより高次の神へと統合したが、この神は全くの善であり、悪は善なる神の支配の外にあるゆえに全能とは言いがたい[12]。完全な「一神教」とされるユダヤ教・キリスト教・イスラームは、セム系文化背景を有し、古代イスラエルの多神教を起源とする[13]。最後にシーク教もまた、「一神教」であり、神は全世界の創造者でありながら、世界の具現として世界に内在している[14]

 

 第2節 非一神教的な見解との対照における「一神教」

 自己を「一神教」と規定する宗教は、対立概念としての多神教概念を述べることによって、自らの「一神教」概念をより明確にしており、そこで言われる多神教とは特定の領域を支配し、他の神との相互作用を行う存在としての複数の神(theoi)を肯定する宗教を指す[15]。その多神教の中には、「単一神教(henotheism)」、「拝一神教(monolatry)」、「交替一神教(kathenotheism)」が含まれ、「単一神教(henotheism)」は、複数の神々を認めながら、時と場所に応じてこれらの神々の一つを選び崇拝する形態を取り、ヴェーダの宗教、古代ギリシャの宗教がこれにあたる[16]。「拝一神教(monolatry)」は、複数の神々を認めながら、その中から一つの神を選び一生崇拝する形態を取り、聖書の中で述べられる古代エジプトがこれにあたる[17]。「交替一神教(kathenotheism)」は、そこにおいて複数の神々は一つの神が見せる様々な側面であり、時と場所におうじてこれらの神々の内の一つを崇拝する形態を取る[18]。これら3つの多神教は複数の神々の存在を認めつつ、人間とそれらの神との関係において、その内の一つを崇拝する形態を採用するのであり、これらの多神教と対照して自ら規定したところの「一神教(monotheism)」とは、複数の神の存在を否定し、存在する唯一の神のみを崇拝する形態を取る。

 次に、「一神教」にごく近いが、多神教や単一神教にも関連している有神論的二元論は、絶対善である神と、絶対悪である悪魔との闘争を想定している[19]。それに対して一神教は究極的に全ての現実や出来事は唯一なる神を源とし、神以外の悪魔も創造物である人間の世界に留まり、神の力を制限するいかなる力も認められない[20]

 次に、宗教史における一元論は、我々の認識のレベルにおいて世界は多様であるが、実は本質的に一つであり神の実体であり、神と世界そのものの存在論的連続性、または世界魂としての神を主張する。一元論は非歴史的になる傾向があり、その宗教的伝統は神秘的訓練や瞑想であり、知識を高めることによって究極的に世界の実体である神との合一を目指すものである[21]。それに対して、一神教は唯一の神と現出させられた世界との間には明確な分離があり、また同時に、神の世界からの超越性(transcendence)と共に世界への内在性(immanence)も示され、神は人格的であり人間は服従と奉仕を通して神と関係する[22]。神からの啓示は神秘や瞑想よりも、導きとして重要であり、世界の始まりと終末を指示するのであり、一神教の世界観には始まりと終末の歴史があり、神はその歴史から超越している[23]

 多神教、有神論的二元論、一元論と対比したところの「一神教(monotheism)」の神観は、神と世界との関わりにおいて超越的側面と内在的側面を持つ。超越的側面において、神はあらゆる力を独占し唯一永遠なる者であり、内在的側面において神は預言者や啓示を通じて人間と関わり導き、世界に始まりと終末の歴史を創り、人間から排他的に崇拝されるのである。

 

3節 宗教における理論と実践に見る「一神教」概念

 ‘Monotheism’の執筆者のTheodore M.Ludwigは「一神教」の本質的要素を「theos(神)」と「monos(一)」とし、宗教における理論と実践全体を考察した上で[24]、「一神教」を 君主的一神教、流出論的神秘的一神教、歴史的・倫理的一神教に分類している[25]

 君主的一神教:宇宙論的な宗教的背景より生まれ、他の神々を認めながら、それらの神々を支配する1つの神に対する崇拝形態を持ち、1つの高神は他の全ての力に完全な服従を強いる[26]。これには古代エジプトのアケナートン崇拝、初期イスラエルにおけるヤハウェ崇拝が含まれる[27]

 君主的一神教の下位分類として、完全なる善と正義の神は、邪悪な悪と対峙した二元論的一神教があり、ゾロアスター教やヒンドゥー教のプラーナス(伝承知識ヴェーダの一つ)の中に見ることができる[28]

 流出論的神秘的一神教:流出論的神秘的一神教の発生は2つに分類でき、多くの神々を通しての1つの神の信仰と、世界魂としての1つの神の信仰である[29]。前者は、多くの神を認識するがそれらは1つの神的根源の流出と見做されるものであり、古代ギリシア人では特定の最高位神との関係においてその神々の複数性を合理化したものや、ヒンズー有神論的集団では、その集団における崇拝される唯一の偉大な神と多くの神々との関係を説明する場合もある[30]

 一方後者は、一元論的世界観と関連し、世界魂として唯一の神を見るのであり、1つの人格的神ははっきりと世界から分離しておらず、むしろ全てのものの中にある創造的神的力なのである[31]。ヒンドゥー教や仏教の中でも有神論的な集団がこのタイプを表しており、シーク教もこれに含まれる[32]。ユダヤ教・キリスト教・イスラームにおいても、いくつかの神秘主義運動は歴史的特徴を表出することなくこのタイプに近づいた[33]

 歴史的・倫理的一神教:歴史の計画への意志を持ちそして導き、創造者であり、人間の歴史に内在する彼の法が全世界を支配し、全てのものに価値を与え、歴史的終末における全権を持ち、預言者や、出来事、聖典を通して明らかになる世界から分離した神を描く[34]

 ゾロアスター教は、善悪二元論であるが、先の一神教の特徴を含んでおり、一方ユダヤ教・キリスト教・イスラームからなるセム系一神教は完全にこのタイプである[35]。ユダヤ教は、“我-汝”の関係において出会うところのトーラーとタルムードにおいて読み取られる生活に対し倫理的形成を与える神の人格的性質を強く強調する[36]。キリスト教は歴史的・倫理的一神教を人間の歴史において示された1つの神の人格的性質を強調し、具体的実存的タームに変調させた[37]。三神論の傾倒に抗うことで、キリスト教の伝統は三位一体論によって、イエス・キリストの人格における神の擬人化、人間の歴史全てに転換を与え、終末における神の全体の計画の実現を示す普遍的な神の歴史的な特殊化を示したのである[38]。イスラームはその完全な超越性と、非類するもののない、宇宙の全側面における全ての力としての神の主権性を主張する[39]

 The Encyclopedia of Religionの中でイスラームは世界の創造者であり、預言者によって人間に聖典を下し導く存在としての神を排他的に崇拝することである歴史的・倫理的一神教に位置付けられ、且つ神の世界からの超越性を強調する宗教と見做されている。

 

4節 「一神教」への現在の反省

 哲学者や神学者たちは一神教について多くの探求と再考を行っており、ユダヤ教、キリスト教、イスラームによって知られる文化に定着してきた宗教伝統の枠を超えて、思想や社会に対して一神教的洞察を示している[40]。現代思想家の中には、一神教伝統に対して、家父長的組織や人間の自由の抑圧的であり神秘的精神主義を否定する神権政治的響きがあると非難し、神観について新たな理解を求める者も現れてきた[41]。一神教伝統への批判は、一神教的イデオロギーと社会との関係からも指摘されるようになった[42]。これら一神教批判に対して、神学者たちは宗教概念を一神教と多神教、人格的と非人格的、超越的と内在的などのこれまで伝統的に用いられていた2項対立的論法避ける傾向にある[43]

  

5節  宗教学の「一神教」

 「monos(一)」と「theos(神)」を一神教の基本構成とするならば、そこには古代ギリシャの宗教、古代エジプトの宗教、ヒンズー教、仏教、ゾロアスター教、シーク教など、これまで多神教や有神論的二元論や一元論の範疇に含まれるものも、一神教の中に含めることができた。

 しかし、厳密な意味での「唯一神教(monotheism)」を示すならば、そこにおける神とは世界から超越し、あらゆる力を独占し、世界に啓示を下し世界に干渉する人格神である。また、神と人間との関係において、神秘や瞑想よりも、神の示した啓示によって排他的に神は崇拝されるのである。

 「monotheism」は、広義において多神教や有神論的二元論や一元論を含む「一神教」であり、狭義においてそれらを排除した徹底的な「唯一神教」なのである。

 また現代における一神教への批判は、独裁政治や全体主義やフェミニズムなど現代政治、社会の動向や風潮に強い影響を受けている[44]

 

2章 イスラームにおける「タウヒード」

1節 タウヒードの語義

 CISMORのアラビア語のWebsiteは「一神教(monotheistic religions)」(複数)を「adyān tawÆīdīyah(タウヒード的諸宗教)」と訳しているが、 アラビア語で「一神教」に相当する語は「タウヒード」である。

 アラビア語の「タウヒード(tawÆīd)は3語根w-Æ-d(waÆada「一である」)の派生形第2形「waÆÆada(一とする)」の動名詞形で字義的には「一とすること」を意味するが、イスラーム学の文脈では「タウヒード」と言えば、「神を唯一とすること」に他ならない。イスラームの根本教義は、多神崇拝の否定、アッラーフの唯一性にある。そしてイスラームの信仰告白「l± il±ha ill± All±h(アッラーフの他に神無し)」は「タウヒードの言葉(kalimah tawÆīd)」と言われる。

 イスラームは、アッラーフの唯一性を口で宣言する行為から始まり、シャリーアを遵守することによって内心がアッラーフの唯一性を認めるようになり、最終的に体と心の全人格によってアッラーフの唯一性を認めることになることを目指すのである。

 以下の預言者の言行録ハディースはタウヒードが信仰の完成態であることを示している。

 

 アブー・フライラによると、アッラーのみ使いはこういわれた。「信仰には70以上、もしくは60以上の種類がある。その最善なるものは、アッラーフの外に神はいないと証言することであり、最も小なる信仰とは道路から邪魔になる物を片付ける行為である。謙虚も信仰の一つである。」(『サヒーフ・ムスリム』第1巻52頁)

 

 タウヒードは信仰告白をしたその日から、死んで最後の審判に於いてアッラーフの許に帰る時まで続けられるのである。それゆえタウヒードはイスラームにおいて出発地であり、終着地でもある。

 以上述べたことが一般的なタウヒードの意味であるが、イスラームは、更にタウヒードの意味をより深く追求したのである。

 

2節 アシュアリー派神学におけるタウヒード概念 

 イスラーム思想史上、ムウタズィラ派、イブン・トゥーマルト、ドルーズ派などが「タウヒード」を強調したことが知られているが(『イスラーム辞典』598頁)、ここでは現在のムスリムの総人口の9割を占めるとも言われる絶対多数派であり、またクシャイリーが属したアシュアリー派のタウヒード概念をまず明らかにしたい[45]

 ここではタウヒード学入門の副題を有する現代のアシュアリー派神学者フサイニー(MaÆm¹d Ab¹ al-Hud± al-Åusainµ, 1960-)のal-ØAqµdat al-Muyyasarah[46]に基づいて、アシュアリー派神学のタウヒード論の骨格を示す。

 

(1)アッラーフの41の属性

 神学におけるタウヒードについて述べる前に、アッラーフの属性論の枠組みを概観する。神学で言われる、神の唯一性は、実は創造者の唯一性である。神学では、「製作者(al-Ø­±niØ)」としての神を証明している。実際に、神の属性(­µf±t al-All±h)には、「製作者についての知識(Øilm al-­±niØ)」と書かれている。フサイニーについて言えば、彼の論証において「アッラーフ(All±h)」の語を用いるのではなく、「我らの主(mawl±n±)」の語を用いている。「mawl±n±」の語源「waliya」は元々「管理する」という意味がある。それゆえ「mawl±n±」は「管理する者」の意味が強い。神学では、世界の「創造者」であり、世界の「管理者」であるところの神の属性論を展開している。

 フサイニーは神の41の属性について述べる。そしてその41の内訳は、必然属性が20[47]、不可能属性が20[48]、許容(可能)属性が1つ[49]である[50]。更に、その必然属性は自体的属性(­if±t al-nafsµyah)1つ[51]、否定的属性(­if±t al-salbµyah)が5つ、存在的概念的属性(­if±t al-maرnµ)が7つ、存在的意味的属性(­if±t al-maØānµ)の7つに分けられる。自体的属性とは「存在」そのものである。否定的属性は、無始、不滅、生起物との相違、自存、唯一性の5つであり、存在的概念的属性は、力、意志、知、生、聴、視、語りの7つであり、存在的意味的属性は「全能であること」、「意志者であること」、「全知であること」、「永生者であること」、「全聴であること」、「全視であること」、「語る者であること」の7つである。フサイニーは神の「存在」を、被造物の世界が存在していることをその証拠として示し、世界が唯一つ存在することから、それらの神の属性を証明している[52]

 

(2)アシュアリー派神学におけるタウヒード

 必然属性の否定属性の中に「唯一性(waÆd±nµah)」がある。「唯一性(waÆd±nµyah)」とは神が「本体(dh±t)」と「属性(­if±t)」と「諸行為(Ùafرl)」とにおいて多数ではないことである[53]

 「本体において唯一である」とは、「彼(いと高きかな)の本体が部分の複合体ではないこと」と「彼(いと高きかな)の本体に類似した本体がないこと」の2つである[54]。「彼(いと高きかな)の属性において唯一である」とは、「彼(いと高きかな)と同種の属性が多数でないことであり、多数の『力』、多数の『知』などはないということ」と「彼(いと高きかな)の属性に類似した属性がないこと」の2つである[55]。「彼(いと高きかな)の行為において唯一である」とは、「彼(いと高きかな)の行為に同伴者はいないこと」である[56]

 「唯一性(waÆd±nµyah)」は、「tawƵd」と同じ語根から派生しているが、「tawƵd」が動名詞であり、もともとの意味は「一とすること」であるのに対して、「waÆd±nµyah」は「一性」を意味する。この2つの神の唯一性の間には大きな隔たりがあり、前者が動的であるのに比べて、後者は静的な状態を示している。

 神学において述べられるのはこの「神の唯一性(waÆd±nµyah)」であり、「タウヒード(tawƵd)」とは異なる。しかし神学は「タウヒードの学(Øilm al-tawƵd)」と呼ばれるように、神学を学ぶことそれ自体が、アッラーフの唯一性の証明つまり、「タウヒード(tawƵd)」なのである。また神学で言われる、神の唯一性は実は創造者の唯一性であり、それゆえ神学は神の属性論の中で実は世界の創造者の存在とその属性とその行為について論じているのである。

 それゆえアシュアリー派神学におけるタウヒードは、「神の本体と神の属性と神の行為において神(=創造者)の唯一性(waÆd±nµyah)を理性によって認識すること」であり、The Encyclopedia of Religionの一神教(monotheism)の範疇から言えば、神観として厳密な唯一神教の範疇に含まれる。しかし、厳密な一神教には人間との関係性とにおいて人間が神を排他的に崇拝することが含まれるが、アシュアリー派神学のタウヒードはこの点に関して欠けている。

 

3節 スーフィズムにおけるタウヒード

(1)スーフィズムの多面性

 「スーフィズム(sufism)」はアラビア語の「スーフィー(sufµ)」に主義の「-ism」との合成語であり、オリエンタリズムの研究によって名付けられたものである。現在、スーフィズムという言葉の使用について問題点が指摘されている。日本では東長靖が彼の論文「スーフィズムの分析枠組[57]」の中で、上のように詳細にスーフィズムの定義における問題の所在を明らかにしている[58]

 東長は、スーフィズム研究の問題点を指摘した後に、スーフィズム研究の新たな方法としてスーフィズムの三極構造の分析枠組みを示している。第1極として、深い霊性の探求の結果行き着く神秘体験に基礎をもつ、神秘主義の軸を置く[59]。次いで、スーフィズムの理論書の中で日常生活における倫理に多くの貢を裂いているものがあるが、第2極として、道徳・戒律の軸を想定する[60]。最後第3極には、他者に頼ったり働きかけたりすることで、周囲の環境の変革を願いうことがスーフィズムと結びついた、あるいはその名を借りて行われる民間の宗教実践である民間信仰の軸を考える[61]

 現在のスーフィズム研究において、タウヒードの問題は、第1極の「スーフィズム=イスラーム神秘主義」の中で取り扱われる。そしてその中でもタウヒードは「存在一性論(waÆdah  al-wuj¹d)」と「目撃一性論(waÆda al-shuƹd)」の対立の枠組の中で議論されることが多いが、「目撃一性論」は「存在一性論」への批判として概念化されたものである。

 以下で「目撃一性論」と「存在一性論」の特徴を概観し、スーフィズムにおけるタウヒードの輪郭を描く。

 

(2)「目撃一性論」と「存在一性論」

 現在の「神秘主義」のタウヒード研究では、12-13世紀のスーフィーの思想家イブン・アラビー(d.1240)を起源とした「存在一性論」と、その議論を批判するために体系化された「目撃一性論」の2つのタウヒード論がある。

 目撃一性論は16-17世紀インドのスィルヒンディー(d.1624)が存在一性論を批判したところから始まった、それ以前から存在一性論に対して、アッラーフの至高性を損なうとの批判があった。現在の目撃一性論の潮流は、研究者たちがスィルンディーの論理を過去に投射し体系付け、そこから内容を構築したものであるとも言われている[62]。同様に、存在一性論も研究者によってイブン・アラビーの膨大な著作から析出され体系化され纏められたものである[63]。存在一性論と目撃一性論を分析概念として、スーフィズム全体に当てはめようとする研究者も出ており、クシャイリーもその分類によって言及されることがある。では、それら2つのタウヒードとはどのようなものなのであろうか。

 「ムスリムの思想家たちが『タウヒード』について考察した知的成果として「存在一性論」(waÆdat al-wuj¹d)がある[64]」と言われる 存在一性論の潮流は2つの思想によって特徴付けられており、一つが「存在論」、もう一つが「完全人間論」である。「存在論」は「この世界はすべての一者の顕現と理解し、この一者を『存在(wuj¹d)』と呼び、そこから不断の流出(tajallµ)によって世界が顕現する階梯がある[65]」という思想である。「アッラー」という名を持つ「存在」もまた純粋な「存在」から顕現した一形態であり、多性と一性の純度からすると、「存在」の中では最上に位置するものではない[66]。「存在」流出は、本質の顕現の段階から名と属性の顕現の段階へと至り、「存在」はある段階まで非人格的であり、その下位において人格的である[67]

 「完全人間論」は「人は修行の到達点で、あらゆる対立を超えて、それらを統合しうる存在になるといい、このあらゆる対立を統合するという性質は本来アッラーのものであるがゆえに、『完全人間』はアッラーの写しであると言われる[68]」という思想であり、またこの「完全人間」に至るための修行の過程は存在階梯の用語を用いて説明される。ただ、「完全人間論」において人間が到達できる「存在」の段階には、それを論じる存在論者によって異なり、ある者は、人格神を超えた非人格的「存在」の段階へ到達できると考え、またある者は、人格神である「アッラー」の段階まで到達できると考える[69]

 一方、目撃一性論者は、存在一性論者が述べる「存在」(=神)が唯一であることは認めるが、世界は「存在」の顕現の結果ではなく、「存在」の影(Ãill)であり、幻であると主張する[70]。そして目撃一性論者にとって存在一性論の「完全人間論」は主観的認識(shuh¹d)の出来事であり、創造者である神と人間は全く違うのである[71]。存在一性論のタウヒードは「完全人間論」であり修行によってあらゆる対立を超えた一者となることであり、一方、目撃一性論のタウヒードは、修行によって唯一なる「存在」のみを目撃する状態になることである[72]

 存在一性論が「存在」を唯一とする存在論である[73]のに対して、目撃一性論は、「創造者」と人間は別のものであり、人間が自己の外に創造者であるアッラーフの属性のみを直接目撃するとの認識論である。それらは結局のところ両者共に思弁的である。また、スーフィズムの目撃一性論は神学と共に認識論である点で同じであり、それらの相違は直接的に外にある「創造者」であるアッラーフを理性で認識するのかそれとも直接的な神秘体験で認識するのかの手段のみである。それで認識の段階として目撃一性論は神学の上にある。

 The Encyclopedia of Religionの一神教(monotheism)の範疇では、存在一性論は厳密な意味での「唯一神教」とは異なり、 (2)非一神教的な見解との対照における「一神教」で示される、宗教史における一元論または、‘Monotheism’の執筆者のTheodore M.Ludwigによって独自に分類された流出論的神秘的一神教の範疇に含まれる。しかし、流出論的神秘的一神教には、またある段階までが非人格的「存在」であって、その下に人格的「存在」の段階があるという存在論はなく、神的「存在」の流出に段階を想定していない。

 目撃一性論はタウヒードの議論の後に、仕えることについての議論をしているが[74]、タウヒードの議論は思弁的認識論に留まっている。それゆえ、目撃一性論は厳密な一神教であるが、そのタウヒード論においては「神を排他的に崇拝する」という実践的側面が含まれていない。

 

4節 サラフィー主義のタウヒード

 「サラフィー主義」とはアラビア語の優れた初期世代の意味の「サラフ(al-salaf)」と主義の「-ism」との合成語である。狭義には19世紀以降のラシード・リダー(d.1935)のイスラーム復興運動を指す。広義にはアフマド・ブン・ハンバル(d.855)に遡るクルアーン、スンナのテキストを重んじ、外来の思想、慣行を根絶する立場一般を指し、ここではその用法をとる。

 本章でアシュアリー派神学、スーフィズムと並べてサラフィー主義のタウヒード論を取り上げたのは、1点目に、現代のイスラーム圏でのクシャイリー研究の一部が、サラフィー主義の中興の祖イブン・タイミーヤとクシャイリーを関連付けて論じているからである[75]

 2点目に、サラフィー主義が神学、哲学、スーフィズムなど異端(bidØ)の排除のためにタウヒードを強調したためである。神学者や、哲学者、スーフィーたちがタウヒードという言葉を使って語ることは、不十分またはイスラームから逸脱した内容であるという批判的立場に立つのがサラフィー主義なのである。

 現代のイスラーム世界で、タウヒードを実践的包括的概念として把握し直し、それをキー・コンセプトとしてイスラーム文明を再解釈しようとする先駆がサラフィー主義のタウヒードの定式化にあった[76]

 以下ではサラフィー主義のタウヒード概念の思想の、または活動の原点となるイブン・タイミーヤ(d.1326)のタウヒードの思想を最初に述べる。次にイブン・タイミーヤの思想に影響を受け、現在政治思想のサラフィー主義に影響を与えた2人の人物について、一人がサドルッディーン・アリー・ブン・ムハンマド・イブン・アビー・イッズ・ハナフィー(d.1491)のタウヒード理論と、もう一人がワッハーブ主義の名祖であるイブン・アブドゥルワッハーブ(d.1791)のタウヒード実践を見る。

 

(1)イブン・タイミーヤのタウヒード

 イブン・タイミーヤはクルアーン第1章5節の「わたしたちはあなたにのみ仕え、あなたにのみ助けを請います(Ùµy±ka naØbudu wa-Ùµy±ka nastaصn)」の解説として、2つの種類のタウヒードを示している。

 「あなたにのみ仕え」という言葉から、アッラーフの神性(Ùil±hµyah, Ùul¹hµyah)を意味し「崇拝される対象をアッラーフのみにすること」としてのタウヒードが導き出される。そこでのアッラーフは「崇拝されるもの(maØb¹d)」の意味であり、愛と悔悟と畏怖と賛美をもって仕えられるものである。

 「あなたにのみ助けを請います」は万物の創造者である造物主がアッラーフであると認識することを示している。そこでのアッラーフは造物主(rabb)の意味であり、彼のしもべを養い、彼の心身を与え、崇拝やその他の状況へ彼のしもべを導くものである[77]。また「あなたにのみ助けを請う」は「依り頼む(tawakkul)」という意味である[78]

 後者が彼の著作の中で「主性のタウヒード(tawƵd al-rub¹bµyah)」と呼ばれるのに対して[79]、前者はそこから「神性のタウヒード(tawƵd al-Ùil±hµah)」と呼ばれる。 

 イブン・タイミーヤは「神性のタウヒード」と「主性のタウヒード」とを明確に分けている。「主性のタウヒード」だけでは不十分であり、「神性のタウヒード」がイスラームであるかどうかの指標なのである。アッラーフの使徒ムハンマドの呼びかけは、アッラーフのみに仕えることを要求しており、「神性のタウヒード」が生じて初めてイスラームへと導かれるのである[80]

 またイブン・タイミーヤは神学(Øilm al-kal±m)を行うものについて、彼らは後者の「主性のタウヒード」のみを語っていて前者の「神性のタウヒード」が欠如していると批判する[81]。前項でアシュアリー派神学においてタウヒードとは、本体におけるタウヒード、属性におけるタウヒード、行為におけるタウヒードの3つであると述べられているが、イブン・タイミーヤの分類に従えばそれらは全て「主性のタウヒード」に含まれるのである。

 「主性のタウヒード」の理解が深まったとしても、「神性のタウヒード」の深まりへとは必然的に結びつくわけではないのである。「主性のタウヒード」は「神性のタウヒード」が成り立つ必要条件であるが、「神性のタウヒード」の理解を深めるためには、実際にシャイリーアに則った崇拝行為による実践を行うほかなく、「主性のタウヒード」の理解の深まりとは関係がないのである。

 

(2)イブン・アビー・イッズ・ハナフィーのタウヒード

 当時反響があった神学論争に影響のあったSharÆ al-ØAqµdat al-ºah±wµah[82]を著したと言われるのがアブー・イッズ・ハナフィーである。我々は彼の著作SharÆ al-ØAqµdat al-ºah±wµahの中にイブン・タイミーヤの影響を見ることできる。この本はイブン・タイミーヤの理論的思想を、サラフィー主義信条の理論的基礎に広げたのであり、現在のサラフィー主義者とイブン・タイミーヤとの思想の媒体となったのである[83]

アブー・イッズ・ハナフィーのタウヒード理論は、イブン・タイミーヤと同様「主性のタウヒード」と「神性のタウヒード」の2つのタウヒードの名前を使用している。また、それらの2つのタウヒードの内容もイブン・タイミーヤとほぼ同じである。違うのは、アブー・イッズ・ハナフィーが、イブン・タイミーヤが「主性のタウヒード」に入れていた属性に関する議論を別の分類として整理し直していることである。アブー・イッズ・ハナフィーのタウヒード分類はイブン・タイミーヤの分類から変化はしているが、内容としてはイブン・タイミーヤのタウヒードの義論から出るものではい。

 アブー・イッズ・ハナフィーは、タウヒードを、第1「属性に関する議論(kal±m al-­if±t)」、第2「主性のタウヒード」、第3「神性のタウヒード」の3つに分けている。最初の「属性に関する議論」とは、アッラーフの属性否定者を否定するものである。属性否定とは、アッラーフの本体と別に存在するものはないとして、「見る」、「聴く」、「話す」などアッラーフの属性を否定することである。この第一の議論は、神学派の一つであるムゥタズィラ派や存在一性論者などの哲学者を批判するための手段として挙げられている[84]

 以下第2、3の「主性のタウヒード」と「神性のタウヒード」に関して、アブー・イッズ・ハナフィーはイブン・タイミーヤ同様、神学者やスーフィーは第2の「主性のタウヒード」のみで満足し、それで足りるものと考えているがそれは不十分なのであり、崇拝をアッラーフのみにするという「神性のタウヒード」が必要なのだと述べている[85]。 

 アブー・イッズ・ハナフィーはイブン・タイミーヤのタウヒード理論の分類を細かくしたことによって、タウヒード理論の中で批判する対象とその批判内容をより明確にしたといえる。

 次項のアブドゥル・ワッハーブの信条はこの三分法に則って論じられている。

 

(3)ムハンマド・アブドゥル・ワッハーブのタウヒード

 アブー・イッズ・ハナフィーがイブン・タイミーヤのタウヒードの理論の側面を引き継いだとしたならば、ムハンマド・アブドゥル・ワッハーブはイブン・タイミーヤのタウヒードにおける実践的側面を受け継いだ。それは崇拝行為と、宗教教義と慣習の実践における多神崇拝との戦いの側面である。

 ワッハーブはイブン・タイミーヤ同様、イスラームの構成要件は「神性のタウヒード」であるとし、更にそれを強調し、「アッラーフの使徒(彼にアッラーフの祝福と平安あれ)が殺した不信仰者のうち最も不信仰であるのは、それ(「主性のタウヒード」)を証言しながら、イスラームに入れられなかったもの[86]」と「主性のタウヒード」の不十分さを示している。

 また、「最も大きな多神崇拝は偶像崇拝であるが、それは預言者の墓に詣でること、ザビールやタルハのような教友の墓に詣でること、聖人の墓に詣でること・・・・[87]」と具体的な「神性のタウヒード」に反する事例を挙げそれらを批判している。

 ワッハーブは実際に、豪族のムハンマド・イブン・サウードの武力を背景にアラビア半島で「聖者廟」や「聖木」などを壊すなど、イブン・タイミーヤのタウヒード理論を社会的活動へと活用したのである。

 以上3人のタウヒード理解を見てきたが、それらが共に実践を促す理論である「神性のタウヒード」へ重要性をおいていたことが分かる。アブー・イッズ・ハナフィーはタウヒード理論の分類によって理論上の批判を神学者や哲学者、スーフィーたちに向けたのであり、ワッハーブは具体的な多神崇拝者事例を挙げることによって、実際にそれらを排斥する行動へと結びつけたのである。

 サラフィー主義の神観は世界から隔絶した「「創造者の唯一性の認識」と人間との関係性における「崇拝対象の唯一化」と2つの概念があり、彼らにとって一神教はThe Encyclopedia of Religionにおける厳密な唯一神教を示す。また、「崇拝対象の唯一化」において、サラフィー主義者はアッラーフとその他の被造物を同等に扱うことはもちろんのこと、隔絶したアッラーフとの仲介者として被造物を立てることさえも拒絶するのである。

 

第5節 問題の所在

 これまでイスラームにおけるタウヒードに関する主な潮流を見てきたが、アシュアリー派神学のタウヒード、スーフィズムの存在一性論と目撃一性論、サラフィー主義の「主性のタウヒード」の3つは、世界の原因となる「創造者の唯一性の認識」を思弁的に論じるものであり、一方、サラフィー主義の「神性のタウヒード」のみが「崇拝対象の唯一化」を実践へと促す理論であった。しかし、サラフィー主義の「神性のタウヒード」は身体の行為による実践のみが語られ、心の側面が抜け落ちている。クシャイリーは、「創造者の唯一性の認識」であるタウヒードと共に心の行為の実践の側面による「崇拝対象の唯一化」であるタウヒードを論じており、クシャイリーのタウヒード理論はサラフィー主義のタウヒード理論を補っている。そもそも、サラフィー主義者の思想原点であるイブン・タイミーヤよりも、それ以前にクシャイリーは生きていた人物であり、クシャイリーによる実践的側面を含んだ「崇拝対象の唯一化」の方がサラフィー主義の「神性のタウヒード」より前に位置づけられる。  

 それゆえ、クシャイリーの「創造者の唯一性の認識」と「崇拝対象の唯一化」の2つのタウヒードの延長線上に、サラフィー主義の「主性のタウヒード」と「神性のタウヒード」を位置づけられるかもしれない。

 

3章 クシャイリーのタウヒード

1節 クシャイリーの人と思想

 クシャイリーは、「シャーフィイー派法学者、アシュアリー派神学者であるとともに、スーフィーとして広く知られている人物」(『イスラーム辞典 328頁』)であり、特にスーフィズムにおいては「スーフィズムに於ける『クシャイリーの書翰』の痕跡はしかしながら、多すぎて明確な題名を広範に記録することによって測定することができない」[88]とも言われるほど影響力のある思想家であったが、その研究は決して多くない。本章では、先行研究に基づき[89]、クシャイリーの人物像、学問、後世への影響を概観する。

 

(1)クシャイリーとは

 クシャイリーはウスツワーUstuw±(アトラクの上部実際存在しているクーチャンの地域)に376/986年に生まれた。

 ニーシャーブールが429/1038年セルジューク朝の支配が過ぎた後、クシャイリーはハナフィー派とアシュアリー・シャーフィーの間の派閥争いに巻き込まれた。436/1044年に、彼はファトワー(権威のある法見解)によってアシュアリーの見解がスンナの信条に完全に一致すると主張した。446/1054年ハナフィー対シャーフィーの闘争は突然激しくなり、クシャイリーは彼の敵たちによって投獄された。晩年、ニーシャーブールのニザーム学院の教師となった。彼は464年第1ラービア月16日/1072年12月31日に亡くなり、凡そ90歳まで生きた。  

 

(2)クシャイリーの評価

 クシャイリーを研究することの意義を見るにあたっては、研究の重要性を確かめる手段として、クシャイリーの他の者へ影響は一つの指標となろう[90]。      

 クシャイリーはハディース学者として優れていたと認められている[91]

クシャイリーがイスラーム学全般の知識を持ち合わせていたことは多くの研究書が認めているところであるが[92]、彼は特にアシュアリー派神学者として取り上げられることが多い。クシャイリーはハディースや法学をきちんと学んでいることからも、彼はイスラーム学において法学が重要であることは当たり前のこととして認めている。そのことを前提として、クシャイリーはイスラーム学の基礎(神学)が強固であることの必要性に重きを置いていた[93]。 

 アシュアリー派神学とは別に、クシャイリーに関する記述は主にスーフィズムの研究書のなかに見られる。それは特に「 ジュナイド(d.910)の『醒めた』スーフィズムを師アブー・ダッカークから継承し[94]、スーフィーの信条がスンナ派と一致していると示すことに務めた」と記述されることが多い[95]

 クシャイリーはあらゆるイスラーム学を学んでおり、それらの学問の基礎の上に彼の考えるスーフィズムは成り立っていた[96]

 では次にこの論文で取り上げるタウヒードに関する、クシャイリーの評価を見る。

 クシャイリーを個別に扱った研究は数が少ないが、クシャイリーの生涯、彼の時代背景、彼の思想について研究書を書いたイブラーヒーム・バスユーニーがタウヒードについて解説している[97]。最初にイブラーヒームは、タウヒードがクシャイリーの最大の関心事であったことを示している[98]。そしてクシャイリーのタウヒードを、人間のアッラーフの認識論として、目撃一性論[99]の流れの上に位置付けて語っている。

 イブラーヒームは神学的タウヒードを宗教のタウヒードと呼び、それに対してスーフィズム的タウヒードを挙げて、クシャイリーにおいてその両者は背反しないと述べている。宗教のタウヒードは理性によって「アッラーフの唯一性を認識する」ことであり、スーフィズムのタウヒードは「味わい(dhawq)」によって「アッラーフのみを目撃する」ことである[100]。宗教のタウヒードはスーフィズムのタウヒードの基礎であり、宗教のタウヒードを突き詰めたところにスーフィズムのタウヒードがあるのである[101]

 また、スーフィズムにおけるタウヒードは語られることによって回りの者に誤解を与え、その者に危険が及ぶものであり、そのことにクシャイリーは注意を喚起していた[102]

 最後に、イブラーヒームはクシャイリーのタウヒードを正しく評価するために、イブン・タイミーヤのスーフィズムのタウヒードに対する参照している[103]。イブラーヒームはイブン・タイミーヤもアッラーフの目撃によるタウヒードに対して一定の賛同を寄せているが、イブン・アラビーや彼の追随者が示す存在一性論としてタウヒードに関しては断固として反対していると述べ、クシャイリーの述べるスーフィズムのタウヒードは、存在一性論ではなく、目撃一性論であると評価している[104]

 

(3)『クシャイリーの書翰』

 クシャイリーの著作には、スーフィズムに関するものが5点、神学に関するものが8点、法学に関するものが3点、文法に関するものが1点、タウヒードの学(Øilm al-tawƵd)に関するものが1点ある[105]

 クシャイリーの著作である『クシャイリーの書翰』が最も他者へ影響を与えたと考えられている[106]。またクシャイリーの著作の中でも、L±t±Ùif al-Ish±r±tと、『クシャイリーの書翰』とはイスラーム世界の中で現在も再版を繰り返され、ムスリム世界に影響を与えている。

 『クシャイリーの書翰』の構成は以下のとおりである。まず序文で「スーフィズムがクルアーン、スンナから逸脱しない」ことを証明するという『クシャイリーの書翰』全体の意図が記されている。次にスーフィズムが神学を基礎としていることを示すために「基礎の問いに関するこの集団の明らかな信条」章として神学の話題が挙げられる。その後スーフィズムについての本格的な話への導入としてスーフィー巨匠の箴言が続く。次に「時(waqt)」、「心の段階(maq±m)」、「心の状態(Ʊl)」などスーフィーの専門用語の説明が始まる。次に『クシャイリーの書翰』の中心的話題であるスーフィズムにおける心の段階と心の状態に入る。これらの心の段階と心の状態の説明の後、スーフィー導師に関する問題が扱われ『クシャイリーの書翰』は締めくくられる[107]

 

2節 クシャイリーのタウヒードの概要

 この第3章では、この論文の中心となるクシャイリーのタウヒードについて論じるが、あらかじめクシャイリーのタウヒードを分かりやすく説明するならば、クシャイリーのタウヒード概念には「味わいのタウヒード」と「タウヒードの知識」とがある。一般的に「味わいのタウヒード」はスーフィズムの文脈上で語られ、「タウヒードの知識」は神学の文脈において語られる。しかし、この2つのタウヒードは共に『クシャイリーの書翰』の中で纏めて述べられており、「神学」、「スーフィズム」といった特定の学問範疇の中で用いられる概念と言うよりも、クシャイリーの思想全体に通底し、繰り返し現れる概念である。

 「味わいのタウヒード」は「神が全ての行為を行い、人間は神の言葉を味わうこと」であり、人間による心の行為の実践による「崇拝対象の唯一化」がある。「崇拝対象の唯一化」には、身体の行為による実践と、心の行為による実践との2つの方法があるが、クシャイリーは『クシャイリーの書翰』の中で後者の心の行為による実践を強調している。

 「タウヒードの知識」は「創造者の唯一性を人間が認識し自ら決断すること」である。「タウヒードの知識」は、「創造者の唯一性の認識」である。

 クシャイリーはスーフィズムとシャリーアとの和解を『クシャイリーの書翰』において目標としており、そこでのシャリーアとは、人間の心や体の行為規範(法学)の側面よりも、宗教の根幹となる信条(神学)の側面を指している。『クシャイリーの書翰』の最初が神学である「基礎の問題に関するこの集団(スーフィー)の明らかな信条に関する章」から始まっていることからも、クシャイリーが『クシャイリーの書翰』の中でシャリーアの神学の側面を示していることが分かる。また、この神学に関する章の中で、クシャイリーは「神学はタウヒードの正しい基礎の上にある[108]」と説明し、クシャイリーにとってタウヒードがスーフィズムとシャリーアつまり神学とを和解させる鍵であること示しているのである。

 クシャイリーは『クシャイリーの書翰』を通じてアシュアリー派神学の信条とスーフィズムにおける信条とを結びつける試みをしたが、その試みの成功はタウヒード概念にあるのである。

 

3節 アシュアリー派神学

(1)神の属性論

 クシャイリーの神の属性論について神学書LumaØ al-IØtiq±d[109]を見る。

クシャイリーは、まず、「世界は生起物であり被造物であり、それには製作者(­±niØ)がいる。それはアッラーフ(彼こそ超越者、いと高きかな)である。[110]」と述べる。そして神の本体を「彼の存在に始まりはなく永遠であり(qadµm)、彼の本体に於いて彼に共同者はなく独りであり、彼の真実と彼の性質と彼自身に於いて彼に似た者はなく、彼の理解において同伴者はなく、彼は永遠にそれに相応しい、彼は永遠に彼の名と属性と共にある。[111]」と述べている。そして諸属性を、「アッラーフは隔絶する者(Øazµz)、力を及ぼす者、意志する者、知る者、生きる者、永遠である者(qayy¹m)、聴く者、見る者、話す者、残る者(b±qin)である[112]。」と説明している。諸属性の詳細な説明として、クシャイリーは、「彼の知は、全ての知られるものを含み、彼の決定(力)は全ての決定されるもの(彼の力が及ぶもの)と関係したものである[113]。彼の意図は全ての意図されるものに於いて先立つ。・・・彼の意志と彼の決定は先立つものである。彼の聴覚は全ての聞かれるものを含み、彼の視覚は全ての見られるものをつかむ。彼の生は永続するものである。彼が永続するというのは、始めるもの終えるものがないということである。[114]」と述べている。フサイニーのカテゴリーで分けるならば、自体的属性に当たる「存在」は特別に述べられてはいないが、「世界の創造者はアッラーフである」という言葉によって「存在」を示している、と考えることが出来よう[115]。フサイニーの否定的属性に当たるのは、「彼の存在に始まりはなく古い」、「彼の本体に於いて共同者はなく独りである」、「彼の真実と彼の性質と彼自身に於いて彼に似た者はなく」、「彼の理解において同伴者はなく」、「彼は永遠に彼の名と属性と共にある」である。存在的概念的属性にあたるのは、「隔絶する者」、「力を及ぼす者」、「意志する者」、「知る者」、「生きる者」、「永遠である者」、「聴く者」、「見る者」、「話す者」、「残る者」である。なお、「隔絶する者」はクシャイリー以外のアシュアリー派神学者たちの著作の中では述べられていない[116]

 

(2)タウヒードの知識

 フサイニーのアシュアリー派神学におけるタウヒードは、「神の本体と神の属性と神の行為において唯一である神(=創造者)を理性によって論証すること」であった。フサイニー同様、クシャイリーの「タウヒードの知識」には、創造者の本体と属性と行為の3つの事柄における唯一性の承認がある。

 

 ワースティーが言った、「言葉の音の一致を除いて、彼の本体のような本体はなく、彼の行為のような行為はなく、彼の属性のような属性ない」。これはタウヒードの諸問題を集めた言葉である[117]

 

 そして、クシャイリーはその中でも行為において唯一である面を強調した。

.

 ジュナイドは言った、「タウヒード、アッラーフは彼の永遠性において単独であり、彼と共に2番目はなく、何物も彼の行為を行わないということについてあなたが知り、認めることである」[118]

 

 ジュナイドは言った、「学者のうちの一人がタウヒードについて尋ねられた、それで彼は、言った、『それは確信(yaqµn)である』。

それで質問者は言った、『私にそれが何か説明してください』。

 それで彼は言った、『それは、被造物の動作、彼らの静止は、唯一、彼に共有者ない、アッラーフ(強く高い御方)の行為であることをあなたが知ることである。もしあなたがそれを行えば、あなたは彼を唯一としたのである』」[119]

 

 また、クシャイリーは神学におけるタウヒードを語る時、「属性否定(»aØtµl)」と「擬人神観(tashbµh)」を行わないことを強調している。

 

 アブー・アリー・ルーズバーディーがタウヒードについて尋ねられて言った、「タウヒードは属性否定[120]からの別離と擬人神観の否定によって心を真っ直ぐにすることであり、タウヒードは一つの言葉の中にある、彼(いと高きかな)の言葉『彼に似た者はなく、彼は聞き見る御方である(42章11節)』のように、全ての諸想像、諸思索が描くもの全て、アッラーフ(彼こそ超越者)はそれと異なる。」[121]

 

 クシャイリーが「属性否定(taØ»µl)」によるタウヒードを否定した意図は、ムゥタズィラ派に対する否定であると思われる。ムゥタズィラ派はアッラーフには「存在」を除く全ての属性が相応しくないと考え、アッラーフの属性を否定した[122]

 また「擬人神観(tashbµh)」の否定によって、クシャイリーは主にユダヤ教徒に対する非難していたのであり、それはクルアーンのアッラーフの顔や手に関する記述を人間の顔や手と同じものであると考えることに対する非難である[123]。クシャイリーは「アッラーフが唯一なる御方である」と、「人間が一人なる者である」とは違うと述べ、アッラーフの人間からの隔絶を強調したのである。クシャイリーは他の著名なアシュアリー派神学者とは異なり、神の属性論の中に「隔絶する者(azµz)」を含めた点からも、アッラーフと人間との相違と隔絶を他の学者より強調していたように思われる。

 次に、人間がアッラーフを唯一性によって特徴付けるタウヒードをジュナイドの言葉によって説明している。

 

 ジュナイドはタウヒードについて尋ねられた。それで彼は言った、「彼が生みも生まれもしない唯一なる御方である彼の唯一性(ÙaÆdµyah-hu)の完成と、似せること(tashbµh)、具体的に説明すること(takyµf)、描写すること(ta­rµr)、例えること(tamthµl)、反対の者(Ùa½d±d)、等しい者(Ùand±d)、似た者(Ùashb±h)の消去によって彼の唯一性(waÆd±nµyah)を実現し、唯一とされる御方を孤立させることである。『彼に似た者はなく、彼は聞き見る御方である42章11節)』[124]

 

 ここで注目すべき点は、人間がアッラーフを唯一性によって特徴付けるということには、人間の描写、具体的説明、比喩を受け付けないということである。人間はアッラーフの唯一性を被造物の一性に譬えるまたは比較して認識するのではなく、被造物に見られる性質をアッラーフに付けることを否定することによって認識するのである。アッラーフの唯一性の認識は、あらゆる人間性の否定によるのである。

 アシュアリー派神学のタウヒードは、行為の唯一性の認識、属性否定の否定、擬人神観の否定の3つの要素から成り立ち、創造者の唯一性の認識なのである。

   

4節 スーフィズム

(1)「心の段階」と「心の状態」

 スーフィーの専門用語の中で特に重要なのが、「心の段階」と「心の状態」である。「心の段階」は「労苦して獲得する人間がアッラーフに対して立つ心の場所」であり[125]、「心の状態」は「人間の行為や努力によって得られない、一時的にアッラーフによって与えられる恩寵」である[126]。「スーフィー修行者は、アッラーフを求めて、信仰の階梯を昇る。「心の段階」は階梯の一段一段で、「心の状態」は「心の段階」があることを示す光である[127]

 「心の段階」と「心の状態」に関する章は、「後悔の章」から「渇望の章」まで46章あり、「心の段階」に関する章は階梯の順に沿って並べられ、同様に「心の状態」にも段階があり、「心の段階」と同様に低い状態から高い状態へと並べられている[128]

 本論文のテーマであるタウヒード(tawƵd)章は『クシャイリーの書翰』の中で「心の状態」として分類されている。そして「心の状態」の順番として前には20の状態があり、その上には4の状態がある[129]

 ただこれらの分類について、クシャイリーは、諸段階と諸状態それぞれに含まれる項目の分類や、段階的に組織立った説明をしていない[130]。それゆえに『クシャイリーの書翰』の研究者によって、分類や段階の説明は様々にあり、上で挙げた分類が最適であるとは言えない[131]。また、クシャイリーの時代にはまだ、諸段階と諸状態について確立した分類整理できていなかったと他の研究者も指摘している[132]

 しかし、この論文のテーマである「タウヒードの章」に関して、筆者はクシャイリーが「心の状態」の中に位置づけたと考えるのは、クシャイリーが「タウヒード章」を「アッラーフからの恩寵」という「心の状態」の意味を中心に論じていることが明確だからである。

 次にクシャイリーのスーフィズム観を述べた後に「タウヒードの章」にみられるスーフィー特有のタウヒードをより詳細に分析する。 

 スーフィズムはアラビア語で「タサッウフ(ta­awwuf)」と言い、クシャイリーは『クシャイリーの書翰』の中で「タサッウフ」を上記の「心の状態」の一つとして論じている[133]

 「心の状態」に含まれる「タウヒード」と「タサッウフ」の説明として、重要となるのが、「アッラーフからの恩寵」という点である。 

 

(2)スーフィー

 第2章の「3スーフィズムにおけるタウヒード」の中で、スーフィズムという語を使う際には、それぞれ研究者がまず自分がどういう意味でスーフィズムという語を用いているのか明確にすることが必要であるとの認識を得た。そこで、以下『クシャイリーの書翰』の中で、クシャイリー自身が語るスーフィー像を明らかにしておこう。

 スーフィズムは「タサッウフ」の英訳であるが、クシャイリーはスーフィズム(=タサッウフ)を、アッラーフからの恩寵である「心の状態」の一つに位置づけている。

 クシャイリーはスーフィズムの章を、「清浄は誰によっても賞賛されるものであり、その反対:汚濁、それは非難されるものである[134]」の言葉によって始めている。この言葉にスーフィズムの主題が集約されており、スーフィズムとは清浄な心の状態を意味する。

 清浄な心の状態とは、預言者ムハンマドの言葉「現世の清浄は去り、汚濁が残った。それゆえ今日死は全ムスリムにとっての贈り物である[135]」にあるように、現世において心が死んだ状態にあり、死つまり死後の来世に心が生きた状態を示す。現世において心が死ぬ時、心から現世の物に執着がなくなり、来世において心が生きる時、心はアッラーフと共にある[136]

 このような心の状態は、その状態を得るために人間が努力する側面とアッラーフが人間に与える側面とがある。人間は、現世から心を離すために非常に困難な道を選択しなければならない[137]。しかし人間が努力する一方で、心が来世に生きアッラーフと共にいるのは、アッラーフが人間をそのような状態に置き給うからである。

 アッラーフと共にある心の状態が、アッラーフからの人間への恩寵であることを、クシャイリーはジュナイドの言葉「それは真実なる御方があなたからあなたを殺し給い、そして彼(真実なる御方)によってあなたを生かし給うことである[138]」によって説明している。 

 スーフィーとは心が来世に生きている者のことを言い、その一方で彼の体は現世に生きている。そしてスーフィーの現世における外面に関して言えば、彼にはシャイリーアの行為規範を守り、他に何か特別な様子は見られないのであり、もしスーフィーの中で彼の外面において、他のムスリムと異なる崇拝行為によってアッラーフに近づこうとしている者がいれば、彼はその内面においては決してアッラーフへと向かってはいないのである[139]

 ではアッラーフと共にある心の状態を持ったスーフィーたちが至るアッラーフの恩寵を意味する「心の状態」としてのタウヒードはどのようなものなのであろうか。以下では「タウヒード(tawƵd)」の章におけるタウヒードを明らかにしていく。

 

(3)タウヒードの章(b±b al-tawƵd)

 イスラーム学では、言葉の説明をする時、最初にクルアーン、次にハディース、その次に偉大な学匠たちの言葉の順序を取り、また言葉の定義をする時、言葉の説明の順序の最初に語源の説明を置き、4つの項目を立てる場合が多い。

 クシャイリーは、スーフィー修行者がアッラーフへ向かって進む修行道で体験する「心の段階」や「心の状態」に関連した言葉を、上のイスラーム学における言葉の定義の手順に含まれる4つの項目によって、説明する[140]。ただし項目の順序はテーマごとに異なる。スーフィズムの言葉の説明をする時に、クシャイリーがイスラーム学における言葉の説明方法を用いたのは、イスラームの枠の中にスーフィズムを位置付ける意図を持っていたからであろう[141]

 タウヒードの章に関して言えば、クシャイリーは、「タウヒード」を説明するために、①クルアーン、②ハディース、③語源の説明、④学匠の言葉の順序を取っている。では、これから25段階ある「心の状態」の内、21段階目の「タウヒードの章」を取り上げ、クシャイリーの説明の順に沿って、「タウヒード」を分析する。  

 

①クルアーン

﴿وإلهكم إله واحد

 「そしておまえたちの神は唯一なる御方である」

 クルアーンの中には「وإلهكم إله واحدこの文章を含む節は雄牛章163節だけであるが、接続詞「و (そして)」を伴わない「إلهكم إله واحد」だけであれば、この文章を含む節は6箇所ある[142]。クシャイリーが、彼のクルアーン注釈書La»±Ùif al-Ish±r±tの中で、それら6箇所の節の内、神の唯一性について解説しているのは3箇所である。クシャイリーは、3箇所の内、2箇所はタウヒード(tawƵd)の語を用いて解説しているが、その2箇所で説明されているタウヒードは、アシュアリー派神学で説明されるタウヒードの枠から出ない[143]。ところが、タウヒードの章の冒頭で取り上げられたクルアーンの一節に関するクシャイリーの注釈は、よりスーフィズム的な要素を含んでいる[144]

 『指示の精妙』の雄牛章163節を、クシャイリーは次のように注釈する。

 

 そしておまえたちの神は唯一なる神である。彼のほかに神はなく、慈悲あまねく慈悲深き御方。(2 :163)

 彼は彼らを、「おまえたちの神は」の言葉によって、栄誉の極みに高めた。この集団の導師たちは言った、「選ばれた者の選ばれた者に数えられる印は、彼が彼に言い給うた『私のしもべ』ということである」。そしてそれ(「おまえたちの神」)はこれ(「私のしもべ」)よりはるかに完全である。なぜなら、彼の言葉「おまえたちの神」と、彼の性質(「おまえたち」)への属格接続はあなたがたの特徴を彼自身に属格接続するより完全である。なぜなら、あなたがたに対する彼の神性は欠陥がなく、あなたがたが彼に対してしもべであることは、あなたがたの欠陥やあなたがたの過ちを引き換えにするものだ。では彼はいつあなたがたに「あなたがたの神」と言い給うたのだろうか?

 あなたの崇拝行為がある時、あなたの動きがある時、あなたの静止がある時、あなたの本体がある時、あなたの属性がある時、否、それ以前であり、時も時間も描写も生起物もない始まりのなく続く永遠の時である。

 「唯一なる御方」は彼に近づく同類の者なく、彼に出会う形なく、彼と同種である寄り添う者なく、彼と仲の良い仲間なく、彼を助ける並ぶ者なく、彼を支持する援助者なく、彼に抵抗する対立者ない。

 真実として一性であり、本質として自存し、永遠であり継続し、偉大であり永遠であり、本体において永遠である御方である。

 彼の高位の稀さにおいて唯一であり、彼の荘厳さの崇高さにおいて孤立し、彼の偉大さの全能性において奇数であり、彼の偉大さの力において古く、彼の王国の美しさにおいて栄光ある御方である。彼の描写を過度に行う者は、盲目と見なされる。もし彼が慈悲遍く慈悲深き御方でなければ、彼の偉大さの表れの最初の一撃において彼の真智に対峙する時、しもべは消滅していたであろう[145]

 

 このクシャイリーの注釈の中には、彼がタウヒードの章で繰り返し述べる主題の3つがみてとれる。

 1点目は、「おまえたちの神」が発せられたのは、時空を超えアッラーフ御一人であった時であるという点である。この言葉の主体はアッラーフであり、その言葉は彼自身に向けられたものである。

 2点目は、アッラーフの言葉「おまえたちの神」には実はしもべである人間が想定されているということである。

 3点目は、アッラーフについて多くを語る者は盲目であるという点である。そして、それはタウヒードに関して多くを語る者は、そのタウヒードをその時に実際に目の当たりにしていないことを示している。

 クルアーンの一節おまえたちの神は唯一なる御方であるوإلهكم إله」は、アッラーフの彼御自身への「人間の神であること」の宣言である。クシャイリーは、タウヒードの冒頭から既にタウヒードの主題を挙げている。

 

②ハディース

 クシャイリーは、預言者ムハンマドから伝わる正統なハディースであることを示す、伝承口伝者経路(isn±d)を完全に記述した上で、次のハディースを挙げている。

 

 アッラーフの使徒(彼にアッラーフの祝福と平安あれ)は言った、「あなたがた以前に生きたある男はタウヒードを除いて全く善行を行わなかった。それで彼は彼の家族に言った『私が死んだ時には、私を燃やせ。そして私を砕き、風邪の強い日に私の半分は丘に、もう半分は海に撒け』。そして彼らはそのようにした。アッラーフ(強く高い御方)は風に言い給うた、『お前が掴んだものを出せ』。そして彼(ある男)が彼(アッラーフ)の御前に立った時に、彼(アッラーフ)は彼(男)に言い給うた、『何がお前にそうさせたのか』。彼は言った、『あなたに恥じ入ることです』。それで彼(アッラーフ)は彼(男)を許し給うた」[146]

 

 このタウヒードの言葉を含んだハディースは、預言者ムハンマドによってシャリーアが伝えられる前の時代の話である。このハディースは、タウヒードが体の行為ではなく、心の行為であることを示している。このタウヒードは、イブン・タイミーヤやサラフィー主義者が主張するような崇拝行為によってアッラーフのみに仕えるというタウヒードとは異なる。クシャイリーはこのハディースを取り上げることによって、タウヒードが行為規範よりも、まず心の行為に関係していることを示している[147]。また、アッラーフに対して「恥じ入る」という心の行為が見られるが、このタウヒードは心の行為の実践において「崇拝者を唯一化」するという側面を示している[148]

 

③語源説明

 専門用語として用いられる前の、もともとの「タウヒード(tawƵd)」の意味は、「タウヒード、それはアッラーフが唯一であることの決定であり、ものが唯一であることの知識も同様にタウヒードである[149]」と述べられているように、「タウヒード」は「あるものが唯一であることの決定、知識」であり、また「私がそれを一と特徴付けたときに、『私がそれをタウヒード(一化)した』と言われる[150]。」と示されるように、それを「タウヒードする(一化する)」とは、「それを唯一性によって特徴付けること」である。「タウヒード(tawƵd)」は語源w-Æ-dの第二形動名詞「唯一にすること」という行為を示し、そこから、「主体による対象が唯一であることの決定、知識」または「主体が対象に唯一性(waÆd±nµyah)を特徴付けること」を意味する。それで「タウヒード(tawƵd)」とは行為であり、行為する主体と行為される対象を含んだ概念である。唯一性を特徴付けられる対象が、アッラーフである場合と、人間である場合とでは、「唯一性(waÆd±nµyah)」の内容が異なる[151]

 人間がアッラーフに唯一性を特徴付けること(つまりタウヒード)は、「本体において分割なく、彼の真実と属性に似た者なく、彼の諸行為製作において同伴者ない」ことを特徴付けることであり、それはクシャイリーが神学の中で説明したものである[152]

 語源の説明において注目すべき点は、「タウヒード(tawƵd)」が様々な意味を取る原因が、「唯一性」を特徴付ける主体と対象の内容にあるのであるということである。また、語源からして「タウヒード(tawƵd)」は2者の間に成立する関係を示す言葉である。

      

④スーフィーの言葉

 クシャイリーは彼自身でタウヒードを定義付けしている。

 

 タウヒードは3つある。

 真実なる御方の真実なる御方に対するタウヒード。それは、彼が唯一なる御方であるとの彼の知識であり、彼が唯一の御方であるとの彼に関する彼の情報である。

 第2は、真実なる御方の被造物に対するタウヒードであり、それは、しもべが唯一神信仰者であるという彼の決定であり、彼がタウヒードをしもべに創り給うたことである。

 第3は、被造物の真実なる御方(彼こそ超越者)へのタウヒードであり、それはアッラーフ(威力比類なき御方)が唯一なる御方であることに関するしもべの知識であり、彼(アッラーフ)が唯一なる御方であるとの彼(アッラーフ)についての彼(アッラーフ)の知らせを彼(しもべ)が判断を伝えること(Æukm)である。タウヒードの意味に関するこの文章は、短縮と限定の条件の上にある[153]

 

 タウヒードは語源が他動詞の動名詞「唯一とすること」であり、タウヒードの意味は唯一とされる主体と、唯一とされる対象を含んでいる。この定義で示される主体と対象の組み合わせは3種類あり、第1が唯一とする主体が真実なる御方であり唯一される対象も真実なる御方である。 第2は主体が真実なる御方で対象が被造物であり、第3のタウヒードは主体が被造物であり、対象が真実なる御方である。

 この3つのタウヒードは一つの流れであり、第1のタウヒードであるアッラーフが御自分へ彼の唯一性を伝え給うことがあり、次にアッラーフがその第1のタウヒードを人間に創り給う第2のタウヒードがあり、それを受けた人間が第1のタウヒードを認識する第3のタウヒードがある。第2のタウヒードは「心の状態」に位置づけられるアッラーフからの恩寵であり、心の状態(Ʊl)は一瞬で去ってしまうものである。それゆえアッラーフが人間の心を第1のタウヒードの状態に置き給うことも一瞬のことである[154]。それで、人間はこの心の状態を求めて一生懸命第1のタウヒードを認識しようと努力し、その結果、アッラーフが人間の心を第3のタウヒードの状態に置き給い、そして人間の心は第1のタウヒードの中に没入する。

 この3つのタウヒードをより簡潔に分類すると、第1と第2のタウヒードは神によって人間に与えられる「味わいのタウヒード」、第3のタウヒードは「タウヒードの知識」となる。第3の「タウヒードの知識」はもう既に、この論文の「第3章(2)タウヒードの知識」の中で述べたが、「創造者の唯一性の認識」であった。さて、クシャイリーにとってタウヒードの主題は、人間が主体となる第3の「タウヒードの知識」ではなく、人間の主体となるタウヒードの源であり、到達する目標であるアッラーフが主体となり人間に与えられた第1.2の「味わいのタウヒード」なのである。

 

⑤「味わいのタウヒード」

 「味わいのタウヒード」は、「神が全ての行為を行い、人間は神の言葉を味わうこと」である。このタウヒードは人間がタウヒードを認識するための源であり、そして人間がタウヒードの完成として目標とするものなのである。

 それゆえ、このタウヒードは人間の行為や努力によって得られない、一時的にアッラーフによって置かれたスーフィーの「心の状態」の中に位置づけられる。

 クシャイリーはジュナイドの言葉「理性を持った者の理性がタウヒードの中に至る時、それは混乱へと至る[155]」を引用して、人間の行為が主体であるタウヒードからアッラーフの行為が主体であるタウヒードの説明へ移行している。アッラーフがタウヒードを行う主体となる時、その時の人間の状態について、クシャイリーはユースフの言葉を引用して説明している。

 

 ジュナイドは選良たちのタウヒードについて尋ねられ、答えて言った、「それは、しもべがアッラーフの御前のまぼろしとなり、御力の諸規定の流れの中で、つまり、彼のタウヒードの海の淵の中で彼の采配の様々な変化が彼(しもべ)の上に往来することである。それは、彼(アッラーフ)の存在と彼の唯一性の諸真実によって(しもべが)己自身から、また、人の彼への呼びかけから、さらにはその応答から消滅することによってなされるものであり、それは、真理なる御方が彼に望み給うたことにおいて出現し給うがゆえに彼(しもべ)の感覚も動きも消滅することによって果たされる彼との接近の真実の中におけるものである。つまり、それは、しもべの最後がその最初に戻ることであり、彼がある以前にあったようになるのである」[156]

 

 ここでの重要な点は、「しもべの最後がその最初に戻ることであり、彼がある以前にあったようになる」である。それは最初のクルアーンで言われた「おまえたちの神は唯一なる御方である(﴿وإلهكم إله واحد)と重なる。この言葉がアッラーフから発せられた時、時間場所を超越したところでの、アッラーフの行為のみがある状態である。しかし、「おまえたちの神(إلهكم)」は既にしもべである人間はアッラーフの言葉の中にある。この人間の状態を示して、「彼がある以前にあったようになるفيكون كما كان قبل أن يكونと言うのである。

 アッラーフの言葉としての人間には行為がなく、アッラーフがタウヒードを実現する主体である、そのような状態を、アブー・バクルの言葉に対するクシャイリーの解説の中に、明瞭に見出すことが出来る。

 

 ジュナイドは言った、「タウヒードについての優れた言葉は、アブー・バクル・スィッディーク(彼にアッラーフの満足あれ)が言ったことである。彼こそ超越者、彼のしもべに真智への道を、彼の真智の不能によって以外に創り給わなかった御方」[157]

 

 アブー・カーシム師は言った、「アブー・バクル(彼にアッラーフの満足あれ)が意図したのは、彼が知らないということではない。なぜなら、実現者たちにおいては、不能とは、存在するものに対する不能であって、存在しないものに対する不能ではないからである。ちょうど、座る場所はそこに座ることに対して不能であるようなものである。なぜなら、それには獲得は無く、行為もないからである。そして、座る者はそこに存在している。同様に、真智を得たものはその真智に対して不能であり、それでいてそこには真智は存在しているのである[158]。なぜなら、それは必然だからである。この集団においては、至高なる御方の真智はその終局に於いては必然なのである」。

 

 ジュナイドがタウヒードについての優れた言葉としてアブー・バクルの言葉を取り上げているが、アブー・バクルの言葉自体の中には「タウヒード」という単語は出てこない。アブー・バクルは「タウヒード」を語ってはいないが、アブー・バクルの「アッラーフを知ること(maØrifah)」に関する説明の方法が、タウヒードがどのようなものであるかを暗示しているのである。クシャイリーはアブー・バクルの言葉の解説の中で、「真智」と「知ること」の違いを「椅子」と「座ること」を例としてあげている。「椅子」は自ら「座ること」をしないが、「椅子」の意味自体に「座ること」は必然的に含まれている。なぜなら「椅子」は「座ること」を与えられ(関係付けられ)て初めて「椅子」と呼ばれるからである。「椅子」の例と「真智(maØrifah)」を同様に考えると、「真智(maØrifah)」とは自ら「知ること」をしないが、「真智(maØrifah)」自体に「知ること」は必然的に含まれていると考えられるであろう。なぜなら「真智(maØrifah)」は「知ること」を与えられ(関係付けられ)て初めて「真智(maØrifah)」と呼ばれるからである。「真智(maØrifah)」を有する者は、「椅子」のように「知ること」が訪れる場となっているのである。そしてその場とは人間の心のことであり、その人間の心に「知ること」が与えられて心は「知った」という状態へと変わるのである。

タウヒードの状態にある人間は「椅子」のようにタウヒードの場所となる。そのタウヒードを行為しているのはアッラーフ御一人である。人間はこの状態にある時、行為がない。「アッラーフが唯一なる御方であることを認識すること」が訪れる場所、それが人間の状態である。「おまえたちの神は唯一なる御方である(﴿وإلهكم إله واحد)は、アッラーフが時空を超えて、彼が御一人で発せられた言葉である。人間はアッラーフによって「おまえたち」と呼ばれる言葉の一つとしてあり、タウヒード行う能動的主体ではない。

 「タウヒードは真実在(彼こそ超越者)のものである、被造物は寄食者である[159]」という言葉のように、タウヒードは人間が主役でなく、ただその場の一つである。タウヒードにある時、人間はタウヒードを行おうとする意思はない。その状態をクシャイリーはユースフ・ブン・フサインの言葉からタウヒードの海に落ちた者[160]と表現している。そしてルワイムの言葉によって、タウヒードの海を味わうことと言葉によって表現するタウヒードと異なるものであると説明している。

 

 ジュナイドは言った、「タウヒードの知識は、それを味わうことから異なり、またその味わいはその知識と異なる」[161]

 

 クシャイリーはこの言葉を『クシャイリーの書翰』の別の箇所で取り上げて知識とアッラーフがタウヒードを与える心の状態が異なり、一方が人間にあるとき、もう一方がないことを説明している[162]。第一のタウヒードにある人間はタウヒードの味わいの状態にあり、その状態にある人間は、そのタウヒードを認識し判断し伝えることもない、反対に人間がそのタウヒードを認識し判断し伝えている時には、アッラーフから与えられたタウヒードを味わっている状態にないのである。

 

 私はアブー・アリー・ダッカークが生涯の最期に、痛みが重くなった時に、次のように言うのを聞いた。「助けの印の1つは、定めの時におけるタウヒードの維持である」。それから、彼の言葉の解説者同様、彼の状態であったものを示しながら言った。それは「定めの実践の中で、彼(アッラーフ)が力のハサミによってバラバラにあなたを切ることである。その一方であなたは感謝し、賞賛する者である」[163]

 

 タウヒードを味わっている人間は苦難において神に対し「感謝し賞賛する者」と描写される。この描写は心の行為の実践による「崇拝対象の唯一化」を示し、更に心の行為は「真智は羞恥と、偉大と思うことを必然とし、同様に、タウヒードは満足と委託を必然とする[164]」とあるように、アッラーフに対する「満足」、「委託」、「感謝」、「賞賛」 を含む。

 『クシャイリーの書翰』は、身体の行為の実践による「崇拝対象の唯一化」よりも、心の行為の実践による「崇拝対象の唯一化」を示す文章によって満ちている。またアッラーフがタウヒードを与えている状態である人間はそのタウヒードについて語ることが出来ない。そして体験した後に語ったとしてもそれは、アッラーフが与えるタウヒードとは異なるのである。それゆえ、クシャイリーは、サッラージュが「純粋なタウヒード」について尋ねられた時に答えた言葉によって、語りえないタウヒードを示している。

 

 アバー・ハーティム・スィジスターミーが言うのを私は聞いた。アバー・ナスル・サッラージュが言うのを私は聞いた。シブリーが尋ねられて言った、「純粋なタウヒードについて、唯一の真実の言葉によって我々に知らせよ」

 それで彼は言った、「なんということか。タウヒードについて説明によって答えた者は無神論者である。それを指し示した者は二元論者である。それを仕種で示した者は偶像崇拝者であり、それについて語った者は失念者であり、それについて沈黙した者は無知な者である。また、自分が接近していると思う者には成果はなく、自分が近いと思う者は遠い。見出したふりをした者は失った者である。あなたがたの理性によって、あなたがたの修辞学の最も完全な形で区別し、把握したあらゆるものはあなたがたに戻されるものであり、あなたがた同様に作られた生成物である」[165]

 

 人間は純粋なタウヒードについてその状態にある時に「語る」ことも「指し示す」こともできないのであるが、その一方で純粋なタウヒードが過ぎ去った後に、人間に認識されたところのタウヒードの知識を「沈黙する」ことはできない。「沈黙する」者はそもそも純粋なタウヒードが彼に訪れていないのである。クシャイリーのクルアーンの注釈に見られる、「彼の描写を過度に行う者は、盲目と見なされる」との言葉は、究極のタウヒードの只中に没入している者は描写することも方向を指し示すこともできないが、それが過ぎ去って実際にはその状態にない者が、ただ究極のタウヒードがあることを指し示そうとすることを表している。

究極(純粋)のタウヒードに没入した人間には能動的行為はないけれども、けれどそれは人間がいなくなるわけではなく、神の行為の一部へと彼がなるとき、彼はその流れの一部としてあるのである。彼はアッラーフの行為の中に没入しただその流れに身を任せているのであって、神と人間との関係である神から人間への定めと啓示の中を生きている。

 

 ジャラージャラー・バスリーは言った、「タウヒードは信仰(im±n)を必然とする、信仰がない者は彼にタウヒードはない、信仰はシャリーアを必然とする、シャリーアがない者は彼に信仰もタウヒードもない、シャイリーアは礼儀(adab)を必然とする、礼儀がない者は彼にシャリーアも信仰もタウヒードもない」[166]

 イブン・スィーリーンが「アッラーフ(いと高きかな)に近づく諸礼儀(±d±b)とはなんですか。」と尋ねられたことが伝わっている。

それで彼は「彼の主性(rub¹bµyah)を知ること、彼への敬虔な行為、幸福においては彼に賞賛を捧げ、苦難の時には忍耐することである」と言った[167]

 

終章

 クシャイリーの一神教観は、神は唯一なる創造者であり、宗教形態として排他的崇拝をとるというThe Encyclopedia of Religionの定義する厳密な唯一神教の範疇にある。また、クシャイリーは創造者の唯一性を特にその行為における厳密な一性として突き詰め、神を世界の創造から、この一瞬一瞬の人間の一挙一動を創造する御方と説明する。そして彼の一神教の宗教形態によれば、人間は己の全ての人生を通して神から与えられた定めと啓示とを生きるものであることを意味している。

 また、クシャイリーのタウヒード概念をイスラーム思想史上に位置づけるならば、彼の言う「タウヒードの知識」とは、サラフィー主義者たちが不十分であると批判したアシュアリー派神学のタウヒードであり、一方彼の言う「味わいのタウヒード」は、人間が神の定めと啓示を味わうことにより、神に対して感謝と賞賛という心の行為の実践による「崇拝対象の唯一化」という神に服している状態を意味し、サラフィー主義者の身体の行為の実践による「神性のタウヒード」を深化させたものと考えられる。サラフィー主義者は属性否定の否定を含む「創造者の唯一性の認識」としての「主性のタウヒード」と外面の行為による「崇拝対象の唯一化」としての「神性のタウヒード」を主張したが、クシャイリーはこれらの2つの要素を含んだ「タウヒードの知識」と「味わいのタウヒード」をサラフィー主義に先立って構築しており、サラフィー主義思想の元であるイブン・タイミーヤのタウヒード概念はクシャイリーのタウヒード概念の延長線上に位置づけられるであろう。

 また、「味わいのタウヒード」は、アッラーフのみが行為している状態であるが、これは「タウヒードの知識」のアシュアリー派神学のタウヒードの側面、「創造者の唯一性の認識」の「認識する人間」における行為がなくなった、究極のタウヒードである。アシュアリー派神学者のタウヒードが「アッラーフが唯一の行為者であることを認識すること」であるならば、スーフィーのタウヒードは、人間がアッラーフがタウヒードの行為者である状態に身を置き、アッラーフの唯一性を味わうことである。クシャイリーのタウヒードはこのように、アシュアリー派神学とスーフィズムのタウヒードとの連結を見事に成し遂げたのである。第1の「味わいのタウヒード」では神と人間との関係性において分断はなく、人間は神による定めと啓示による生の中を人間は生きるのである。

 クルアーンの言葉「おまえたちの神」は、神による人間への語りかけであり、神が人間を見出したのである。人間は唯一なる神によってのみ見出され、規定される存在となる。その人間は他の人間や自我の欲望によって見出され価値を決定される存在ではない、神によってのみ自分を見出し決定付けられるのである。

 

 

 

 

 

 



脚注

[1] 小原克博「一神教と多神教をめぐるディスコースとリアルポリティーク」、『宗教研究』第345号、221頁。

[2] edited by Mircea Eliade, The Encyclopedia of Religion, NY, Macmillan Pablishing Company, 1987,pp.68-75.

[3] cf.,ibid.,p.68.

[4] cf.,ibid.,69.

[5]cf.,ibid..

 一般的に一神教という用語は、宗教の哲学的または比較文化的説明よりも神学的に用いられてきた(cf.,ibid..)。哲学者たちは有神論と一神教とを同義に用いていた。しかし、その分類はある種の宗教的伝統を記述するには不適切と判断され、「一神教」や「多神教」などの範疇が用いられるようになった(cf.,ibid..)。しかし、これまで「一神教」とは異なる神概念を持つものとして異なる範疇にあった古代ギリシャの宗教やヒンズー教や仏教などの「理神論(deism)」や「一元論(monism)」もまた、「一神教(monotheism)」の基本的用件である「神(theos)」と「一(monos)」を強調することによって、ある種一神教の範疇に含まれると考えられる(cf.,ibid..)。

[6]cf.,ibid..

[7]cf.,ibid..

[8] cf.,ibid.,pp.69-70.

[9] cf.,ibid.,p.70.

[10] cf.,ibid..

[11] cf.,ibid..

[12] cf.,ibid.,pp.70-71.

[13] cf.,ibid.,p.71.

[14] cf.,ibid..

[15] cf.,ibid..

[16] cf.,ibid.,p.72.

[17] cf.,ibid..

[18] cf.,ibid..

[19] cf.,ibid..

[20] cf.,ibid..

[21] cf.,ibid..

[22] cf.,ibid..

[23] cf.,ibid..

[24] 信仰、律法、習慣、社会形態は、一神教、多神教、一元論などの範疇を超えて類似性を見出すことが出来る。例えば、イスラームのモスクや仏教の瞑想場は閑散としており、またキリスト教会の黄金の装飾や肖像はヒンズーや道教寺院と並行している。キリスト教の司祭や修道士、修道女の組織構成は仏教と近いものとし、ユダヤ教のラビやイスラームのイマームやヒンズー教のアーシュラムは知識人教育者として同じである。キリスト教やイスラームに見られる聖者に対する畏敬の念はアフリカの伝統宗教における生霊に対する類似性を示す(cf.,ibid.,p.73.)。

[25] cf.,ibid.,pp.72-74.

[26] cf.,ibid.,p.73.

[27] cf.,ibid..

[28] cf.,ibid..

[29] cf.,ibid..

[30] cf.,ibid..

[31] cf.,ibid..

[32] cf.,ibid.,pp.73-74.

[33] cf.,ibid.,p.74.

 神秘主義運動の一つとして、「イブン=アル・アラビー(1165-120)のスーフィーの万有在神論(万物は神の中に在る)、或いは中世ドイツのユダヤ神秘主義のそれは、世界とは隔絶されたものとしての神の見識を主張する一方で、宇宙全体を神それ自身の流出、神聖なるものの反映と見做す傾向にあった(ibid.,p.74.)」と、イブン・アラビーの名前が取り上げられている。

[34] cf.,ibid..

[35] cf.,ibid..

[36] cf.,ibid..

[37] cf.,ibid..

[38] cf.,ibid..

[39] cf.,ibid..

[40] cf.,ibid.,p.74.

  例えば神学H・R・ニーバー(H. Richard Niebuhr)(1894-1962)は本来の一神教が全ての他者を超え、全ての存在が価値を受ける者である唯一者に関係しているにも拘らず、現代社会は拝一神教(henotheism)への傾向を持ち、ある特定の社会が価値の中心と忠誠の対象になりつつあると指摘している( cf.,ibid.. )。

[41] cf., ibid.,pp.74-75.

  一神教に見られる神観の人格神への批判に関して言えば、J・マッコーリー(John Macquarrie)(1919-)やP・ティリッヒ(Paul Tillich)(1886-1965) は、汎神論を避けながらも神的存在を「存在者(Being)」と言い、神をあらゆる存在(being)の源と見做した(cf.,ibid.,p.75.)。    

 A・N・ホワイトヘッド(Alfred North Whitehead)(1861—1947)やC・H・ホーン(Charles Hartshorne)(1897-2000)らは、極端な有神論と論理を維持できない汎神論との媒体となるような思想を展開し、神は無限の人格的存在であり、現実(actual)世界に依存していないが、具現的存在として現実世界を含んでいることを示した(cf.,ibid..)。また神は愛の源であり、自然法則の原因であり、世界に対する善構想を持っているのであり、人格神であるために神の中で変化と成長が生じる(cf.,ibid..)。

[42] ドイツのE・ペーターソン(Erik Peterson)(1890-1960)は彼の著書Der Monotheismus als Politisches Problemの中で、一神教を神的王政の概念と一党独裁とがリンクした政治的イデオロギーとして描写した(cf., ibid.,p.75.)。また、A・ブノア(Alain de Benoist)(1943-)やM・ディギュエ(Manuel de DiŽguez)(1922-)などのフランス新右翼(New Right)の思想家たちは、一神教的イデオロギーを人間の自由を抑圧し、人々を二者選択として無神論を押し付けるものとして非難し、一神教を全体主義と呼び、一神教(ユダヤ教・キリスト教・イスラーム)とは別の宗教の復活を求めている(cf.,ibid..)。D・ミラー(David Miller)(1936-)も同様に一神教から多神教への立ち戻りを求めている(cf.,ibid..)。また、フェミニストは、一神教は父権的権力を象徴するものであると非難している(cf.,ibid..)。

[43] B・H・レヴィ(Bernard-Henri LŽvy)(1948-)はユダヤ教伝統において一神教は全体主義、自然、イデオロギー、国家といった偶像から自由にし保護すると主張し、J・モルトマン(Jurgen Moltmann)(1929-)のようなキリスト教神学者たちは三位一体の概念を強調し、神が自由にするところの人間を強調している(cf.,ibid..)。

[44] また、日本の宗教学の基礎文献である『宗教学辞典』(監修 小口偉一・堀一郎、東京大学出版、1973、26-27頁参照)の「一神教」概念を纏めると以下のようになる。「一神教」における神は、唯一、万物の創造者、被造物である人間と本質において異なり、一切の存在を支配し支え計画の中に置き、時間を超え、永遠に生き、全ての権能を身に備え、全ての場所に臨み、人間の心を理解し、人間に働きかける人格的存在である(同書、26頁参照。)。この宗教体系に属するものは預言者を有する創唱宗教ばかりであり、イスラーム、キリスト教、ゾロアスター教、前6世紀の第2イザヤなどの影響を受けたヤハウェ信仰とそれに繋がるユダヤ教らがこれに含まれる(同書、26-27頁参照。)。「一神教」の起源に関しては、3つの学説があり、その学説の一つは進化説であり多神教が進化発展の結果として一神教が成立したと考えるものである。2つ目は退化説であり人類の宗教の原初的形態が一神教であり、多神教はそこから退化したと考えるものである。3つ目は創唱宗教説であり、一神教は発展の所産ではなく、ある一神の現実に触れた預言者的人格が多神教を否定したところに成立すると考えるものである(同書、26頁参照。)。

 『宗教学辞典』の「一神教」とThe Encyclopedia of Religionの ‘Monotheism’を比較すると、The Encyclopedia of Religionにおいて述べられる「一神教(monotheism)」の範疇は『宗教学辞典』で述べられる範囲よりも、より広範囲であり、多様な形態を取るものである。

[45] そもそも「イスラーム神学(Islamic theology)」と呼び習わされるものは、アラビア語の「U­¹l al-Dµn(宗教の基礎)」、「IØtiq±d, ØAqµdah(信条)」、「ØIlm al-TawƵd(タウヒードの学)」、「ØIlm al-Kal±m(思弁神論)」などの総称である。(これらのアラビア語の名称は互換的に同義に用いられる場合もあるが、概ね第1、第2(U­­¹l al-Dµn, IØtiq±d, Øaqµdah)はクルアーンとハディースのみを典拠とする論述スタイルをとることが多く、第3(ØIlm al-TawƵd)はクルアーンとハディースに加えて「理性的」推論を多く用い、第4(ØIlm al-Kal±m)は「理性的」推論が中心を占める傾向がある。ギリシャ哲学の影響を受けた思弁神学はサラフィー・ワッハーブ主義者からは異教的でありクルアーンとハディースに反するとの非難を受けているが、現在スンナ派世界の教育研究機関の主流の伝統教義学ではアシュアリー派とマートゥリーディー派の思弁神学を肯定している。

[46] MaÆm¹d ÙAb¹ al-Hud± K±mil Badr al-Åusaynµ, al-ØAqµdat al-Muyassarah, Bair¹t:Ma»baØat D±r al-Øilm.また、マフムード・アル=フサイニー著、奥田敦著/訳、『フサイニー師「イスラーム神学五〇の教理」:タウヒード学入門』(慶応義塾大学出版会、2000年。)を参照した。

[47]神の「必然(w±jib)」属性は、(1)「存在(wuj¹d)」、(2)「無始(qidam)」、(3)「不滅(baqaÙ)」、(4)「生成物との相違(mukh±lafah lil-Æaw±dith)」、(5)「自存(ghan±)」、(6)「唯一性(waÆd±nµyah)」、(7)「力(qudrah)」、(8)「意思(Ùir±dah)」、(9)「知(Øilm)」、(10)「生(Æay±t)」、(11)「聴(samØ)」、(12)「視(ba­ar)」、(13)「語り(kal±m)」、(14)「力ある者(q±dir)」、(15)「意思する者(murµd)」、(16)「知る者(رlim)」、(17)「生きる者(Æayyun)」、(18)「聴く者(samµØ)」、(19)「見る者(ba­µr)」、(20)「話す者(mutakalliman)」、である(cf., MaÆm¹d ÙAb¹ al-Hud± K±mil Badr al-Åusaynµ, op.cit.,p.15)。

[48]「不可能(mustahµl)」属性は、(1)「不在(Øadam)」、(2)「生起(Æud¹th)」、(3)「消滅(fan±Ù)」、(4)「生起物への類似(mum±thilah lil-Æaw±dith)」、(5)「欠乏(iftiq±r)」、(6)「多数性(taØaddud)」、(7)「無能(Øajz)」、(8)「無意思(kar±hah)」、(9)「無知(jahl)」、(10)「死(mawt)、(11)「聾(­amam)」、(12)「盲(Øam±)」、(13)「唖(bakam)」、⑭「無能であること(رjiz)」、(15)「無意思であること(mukrah)」、(16)「無知であること(j±hil)」、(17)「死んでいること(mayyit)」、(18)「聾であること(Ùa­amm)」、(19)「盲であること(ÙaØm±)」、(20)「唖であること(Ùabkam)」、である(cf.,ibid., pp.15-16.)。

[49] 「可能」属性は、「彼(威力比類なき御方)は彼の真実において可能なものを行うことも、それを放棄することもできるということ(yaj¹zu fµ Æaqqi-hi jalla wa-Øazza fiØlu kulli mumkinin ‘aw tarku-hu ka-al-khalqi wa-al-razqi wa-al-ÙiÆy±Ù wa-al-Ùim±tati) (ibid., p.16.)」 である。

[50]フサイニーはまず、最初に、神の属性を、理性で神に属することが「必然(w±jib)」であるもの、「不可能(mustaƵl)」であるもの、「可能(j±Ùiz)」であるものの3種類に分ける(cf.,ibid., pp.15-16.)。

[51]フサイニーは自体属性と言う言葉を使っていないが、存在は、自体属性(­if±t al-n±f­µyah)とも呼ばれ、存在は創造者であるアッラーフの本体(dh±t)それ自体を示すものである(中田考、『スンナ派イスラーム伝統教義学入門』、2003年、29頁参照。)。

[52]例えば、自体属性に含まれる「存在」 の証明として、「問34-諸信条の知識が、彼があること(kun-hu)と彼の存在(wuj¹d-hu)(いと高きかな)に関して調べたか?」「答35-探求、真にそれは彼の製作(­±niÙi-hi)の存在(wuj¹d)を示す被製作物を示すことにある(MaÆm¹d ÙAb¹ al-Hud± K±mil Badr al-Åusaynµ, op.cit.,p.17.)」。

[53] cf., ibid., pp.31-33.

[54] cf., ibid., p.31.

[55] cf., ibid., p.31.

[56] cf., ibid., p.32.

[57]東長靖、「スーフィズムの分析枠組」『アジア・アフリカ地域研究』、第2号、2002年、173-192頁。

[58] これまでスーフィズムという言葉を用いてきた研究者は、スーフィズが根底としている像を自明のものとして共有し、その根底の像から発展させられ第2次、3次のスーフィズムの像が作られてきた。しかし、ディシプリンが違う場合、同じ場合も、各人の研究結果としてのスーフィズム像は多様であり、180度違う場合もさえある。その違いは、スーフィズム像の自明視ゆえに、研究される対象の多様な側面のそれぞれだと見做されてきた。それゆえ研究者たちは、自分たちの持つスーフィズムの根底である像が一致しているという幻想を疑うことがなかったのである。ようやく今日、スーフィズムの研究が再考され、この幻想を打ち壊す論文が書かれ始めている。

[59] 同書、185頁。

[60] 同書、186頁。

[61] 同書、186頁。

[62]大塚和夫・小杉泰・小松久男・東長靖・羽田正・山内昌之編、『岩波イスラーム辞典』、岩波書店、2002年、1082頁。

[63]W・C・チティック、小川和久訳「2 非現象から現象世界へ:イブン・アラビーの『存在一性論』」、井筒、福永、上山、服部、梶尾、高崎編、『イスラーム思想2』、岩波講座東洋思想第4巻、岩波書店、1988年、86頁。

[64] 秋本耿郎、「イスラーム存在一性論の構造と知的生命力」、『宗教研究』341号、日本宗教学会、2004年、132頁。

 「イブン・アラビーの著作には現れないが、現在の研究者の間で存在一性論のタウヒードを、信仰告白の言葉を用いて「存在はない、ただしアッラーフは別である(la wuj¹d ill± All±h)」と表現することがしばしばある」W・C・チティック、小川和久訳、同稿、同書、89頁。

[65]東長靖、「イスラーム神秘主義におけるアッラーの至高性について―アブドゥルカリーム・ジーリーの存在論と完全人間論」 鎌田繁・森秀樹編 『超越と神秘―中国、インド、イスラームの思想世界―』 大明堂、1994年、277-278,280頁参照。

 存在一性論者、つまり、神秘主義哲学を追求した一部のスーフィーたちは、神と被造物の関係を考える際、第三の要素を持ち込むようになる。すなわち、自存している「無限定存在(wuj¹d mu»laq)」である神、それ自体では非存在であるがアッラーに依拠することではじめて存在しうる「非限定存在(wuj¹d muqayyad)」である被造物に加え、第三の要素「真実在の真実在(Æaqµqah al-Æaq±Ùiq)」を想定するのである(同書、276頁参照)。

[66] 同書、283頁参照。

[67] 同書、278頁参照。

 「イブン・アラビーの死後、その弟子たちは存在論の体系化をめざして、存在流出の階梯を策定した。その多くは、最上位に純粋な神の本質そのものである「否定的一性」(aÆadµyah,否定的一を表す神名al-AÆad[他の一切の限定を受けない唯一者]に由来)、第二に神の名と属性の領域として一なる神と多なる世界との結節点となる「肯定的一性」(w±Æidµyah,肯定的一を表す神名al-W±Æid[多へのつながりを秘めた一者]に由来)、第三から第五に世界を措定するというものであった。このとき、「アッラー」とは「肯定的一性」における神の名だということになり、最上位に位置しえなくなる。ここでは非人格神が人格神アッラーのうえに想定されていると考えることが可能である。

 この潮流を特徴付けている思想の第二は「完全人間論」と呼ばれるものである。このあらゆる対立を統合するという性質は本来アッラーのものであるがゆえに、「完全人間」はアッラーの写しであるといわれる。また人間は修行道において、「肯定的一性」を体験し、「否定的一性」の次元まで至ったのち、ふたたびたちかえって完全になると言われるが、ここで修行者は「完全人間」になると考えられる(同書、278頁。)」。

[68] 同書、278頁参照。

[69] 同書、284-285頁参照。

[70]cf., Muhammad Abdul Haq Ansari, Sufism and ShariØan: A Study of Shaykh AÆmad Sirhindµs Effort to Reform Sufism , London:The Islamic Fundation, 1986,p.115.

[71] cf.,ibid.,p.110.

[72] cf.,ibid..

[73] W・C・チティックは存在一性論について「イスラームの根本的な教えである『タウヒード』(tawƵd『神の一性を認めること』)を哲学のコトバで存在論的に表現したものである。」と述べている。(同書、86頁。)

[74]目撃一性論者は神の属性のみを目撃するタウヒードを究極の目標としたのではなく、僕として仕えること(Øub¹dµyah)を究極の目標としていた(cf.,ibid., p.46.)。

[75]ÙIbr±hµm Basy¹nµ, al-Im±m al-Qushairµ: Sµratu-hu °th±ru-hu Madhhabu-hu fµ al-Ta­awwuf, Q±hirah, Ma»b¹Ø±t MujamØ al-Buƹth al-ÙIsl±mµyah, 1986, pp.316-317.

 Hazõrlayan SŸleyman Uludaã, Ku©eyrõ Ris‰lesi, İstanbul, Dergâh Yayınları ,1999, pp.29-43,al-Qushayrµ,Thal±th Ras±Ùil lil-Qushayrµ: LumaØ fµ al-IØtiqād , Bulghat al-Maqāid ,al-Fu­¹l fī al-U­¹l,Mi­r, Ma»baØat al-Amānah, 1988, pp.8-13を参照。

[76] 「サラフィー主義のタウヒード論 -イブン・タイミーヤとサイイド・クトゥブの場合-」 『日本サウディアラビア協会報』 No.142,19891頁参照。

[77] cf., Ibn Taymµyah, Kit±b al-TawƵd,Q±Æirah:D±r al-Fikr al-Dµn,1973, pp.21-23.

[78] cf.,ibid.,p.42.

[79] cf.,ibid.,p.23.

[80] cf.,ibid.,p.47.

 イブン・タイミーヤは「彼への彼らの崇拝行為と彼への彼らの崇めることにおいて彼らが彼を必要とすることは、彼の彼らへの創造と彼の彼らを主として養うことにおいて彼らが彼を必要とすることと同じもであるか、それより優れたものである(ibid.,p.22)」と述べ、アッラーフを創造主と認めることのタウヒード「主性のタウヒード」よりも、アッラーフを崇拝されるべき御方と認めることのタウヒード「神性のタウヒード」の方が優れていると考えていた。

[81] cf.,ibid.,p.23.

[82] SharÆ al-ØAqµdah al-ºaƱwµyah, Q±hirah:D±r al-ØArabµ,n.d..

[83] cf., Åasan K¹ N±k±t±, Al-NaÃarµyah al-Siy±sah Øinda Ibn Taymµyah, Riy±d:Markaz al-Darr±s±t wa-al-ÙIØl±m, 1993,p.195.

[84] cf., SharÆ al-ØAqµdah al-ºaƱwµyah, p.16.

[85] cf.,ibid.,pp.16-21.

[86] MuÆammad ØAbd ah-Wahh±b, Majm¹Ø MuÙallaf±t, n.d., n.p., vol.5, p.145.

[87] ibid.,p.146.

[88]B. R. von Schlegell,The Principles of Sufism,Berkeley: Mizan Press , 1992, p.xiii-xiv.

[89] 先行研究は以下のものである。

クシャイリーの著作の翻訳

1.B. R. von Schlegell, The Principles of Sufism ,Berkeley: Mizan Press , 1992.

2.Hazõrlayan SŸleyman Uludaã, Ku©eyrõ Ris‰lesi, İstanbul, Dergâh Yayınları , 1999.

3.BadīØ al-Zamān Furūzānfar, Tarjama-i Ris±la-i Qushayrµya, Teher±n, Bong±h-e Tarjome va Nashr-e Ket±b, 1967.

 『クシャイリーの書翰』のペルシア語訳であり、クシャイリーの法学派のタクリード(taqlµd)の問題に関する貴重な情報が含まれている。

クシャイリーの研究書

4.ÙIbr±hµm Basy¹nµ, al-Im±m al-Qushairµ: Sµratu-hu °th±ru-hu Madhhabu-hu fµ al-Ta­awwuf, Q±hirah, Ma»b¹Ø±t MujamØ al-Buƹth al-ÙIsl±mµyah, 1986.

 アラビア語文献であり、クシャイリーについて最も総合的に研究しており、彼の生涯、社会背景、神学、法学、スーフィズムの思想について詳細に纏められている。クシャイリーの「タウヒード」概念に一項目割いて論じているのはこの研究書だけである。

5.Abdul Mahaya, Maq±m±t(Stations) and AÆw±l(States) according to al-Qushairµ and al-Hujwirµ: a Comparative Study, Ann Arbor, Mich : UMI Dissertation Services , 1993.

 クシャイリーの『クシャイリーの書翰』と彼の同時代のフジュウィリーのKashaf al-MaÆj¹bを用いて、彼らの「心の状態(Ʊl)」と「心の段階(maq±m)」について比較している。

6.Sells, M. A., “Qushayri”, Great Thinkers of the Eastern World: the Major Thinkers and the Philosophical and Religious Classics of China, India, Japan, Korea, and the World of Islam, Ed. I.P.McGreal, New York: Harper Collins, 1995, p. 453-456.

7.Iványi, T., “Towards a Grammar of the Heart: Al-Qušayrī's Naḥw al-Qulūb”, The Arabist: Budapest Studies in Arabic, 17, 1996, p. 41-54.

8.Snir, Reuven , “Bāb al-Maḥabba (The Chapter on Love) in al-Risāla al-Qušayriyya: Rhetorical and Thematic Structure”, Israel Oriental Studies, 19, 1999, p. 131-159.

 『クシャイリーの書翰』の「愛の章(b±b al-maÆabbah)」について研究し、「愛(maÆabbah)」概念が神と人間の双方に用いられることを示し、更にその内容について詳述している。「愛の章」が『クシャイリーの書翰』の全体の意図である「正法とスーフィズムの和解を目指すこと」を最もよく示唆していると結論付けている。

9.Mojaddedi, Jawid A., “Legitimizing Sufism in al-Qushayri's Risala”, Studia Islamica, 90, 2000, p. 37-50

10.Carl Brockelmann, Geshichte der Arabischen Litterature(GAL), Leoben; NY, 5 vol,1937-1949.

[90] B. R. von Schlegellはクシャイリーの他への影響は特に、『クシャイリーの書翰』によるものであると理解している。

[91] Tarjama-i Ris±la-i Qushayrµyaではクシャイリーは計18人からハディースを学んでいると述べられており、またクシャイリーの著作『クシャイリーの書翰(al-Ris±lah al-Qushayrµyah)』の記述方法や内容説明することによって彼がハディース学に長けていたとされる(cf., B. R. von Schlegell, op.cit., p.iii,xii, BadīØ al-Zamān Furūzānfar, op.cit., p.22,25-27, B. Kewis, Ch. Pellat and J. Shacht, ed., The Encyclopedia of Islam, London, 1965, p. 526.)。

[92] cf.,B. Kewis, Ch. Pellat and J. Shacht, ed., op.cit., p. 526.

 彼はムハンマド・ブン・バクル・トゥーシーからシャーフィー派法学(fiqh)を、アブー・イスハーク・イスファラーニーから法学の基礎(u­¹l al-fiqh)を、アブー・バクル・ブン・フーラクからアシュアリー派神学を学ぶ。又、アシュアリー・シャーフィー派とハンバリー派との勢力争いに於いて、前者のアシュアリー・シャーフィー派を擁護したことからも、クシャイリーが法学の知識も十分持ち合わせていたことが分かる。

[93] cf.,B. R. von Schlegell,op.cit., p.xi.

 クシャイリーがアシュアリー派神学に重きを置いていたことの印は、特定の法学派に属する必要はないとのクシャイリーの考えの中にも見られる。クシャイリーはシャーフィー法学派に属したが、特定の学派に属さないという考え方は、学派にこだわらず、クルアーンとハディースに立ち戻ろうとするサラフィー主義と似たところがある。そしてハンバリー派の開祖である、アフマド・ブン・ハンバルは元々彼自身学派にこだわらず、クルアーンとハディースに立ち戻ることを進めていた。ハンバリー派は、アシュアリー派神学の開祖アシュアリーが信奉していたこともあり、クシャイリーはそういう点においてもアシュアリー派の学者であった。それゆえ、ハナフィー法学派とアシュアリー・シャーフィー法学派の間で争いに於いて、クシャイリーが拘ったのは法学よりむしろ、神学としての態度であった。

 Furūzānfarは宗派への盲目的追従(taqlµd)に関して、以下のように語っている。

 法学の詳細に関して、特定の学派に属する必要がないと彼は考えていた。しかし弟子は、それ(法学の詳細)について、タサッウフの導師から学び、彼かに従たがわなければならない(Furūzānfar,op.cit., p.45)。

 また宗派への盲目的追従(taqlµd)を批判しているものが、『クシャイリーの書翰』の中に見られる。

ابو محمد الجريري، رحمه الله: (( من لم يقف على التوحد بشاهد من شواهده زلت به قدم الغرور في مهواة من التلف)) يريد بذالك: أن من ركن إلى التقليد، ولم يتأمل دلائل التوحيد؛ سقط عن سنن النجاة؛ ووقع فى أسر الهلاك.

 アブー・ムハンマド・ジャリーリーによる「彼の目撃する様々のもののそれぞれに立ち止まらないものは、滅びの欲望の中に永遠の過ちを犯す」との言葉は、盲目的追従(taqlµd)に傾くものは、タウヒードの印を熟考せず、救済の道から落ち、滅びへと落ちることを意味している。

[94] スーフィズムの教えの継承に関する研究がある。 スーフィズムのタリーカ(一般的にスーフィー教団と呼ばれるもの)は13世紀頃に成立したといわれる。タリーカは「師から弟子への継承」(シルシラsilsilah)によって形成される。固定化されたタリーカにおいては師から弟子への継承は、一本に繋がるもので同じ人物に対して異なる系図が存在しない。しかし固定化されたスーフィー教団が成立する以前に生きたクシャイリーより以前の人々に関しては何本もの系図に同一人物が存在することが可能であったようである。『クシャイリーの書翰』の中に見られるクシャイリーのシルシラについての研究書である、

al-Qushayrµ, al-Ras±Ùl al-Qushayrµyah, (Bair¹t, Mansh¹r±t al-Maktabat al-ØA­rµyah, 出版年不明, p5.)では以下のように述べられている。

 クシャイリーは彼の『クシャイリーの書翰』の中で、彼のシャイフの言葉によって彼のバイアを記述した。彼は言って我々に以下のことを伝えた、アブー・アリー・ダッカークはスーフィズムの道(»arµq at-ta­­awf)をナスル・アバーディーから、そしてナスル・アバーディーはシブリーから、シブリーはジュナイドから、ジュナイドはサリーから、サリーはマールーフ・カルヒー、マールーフはダーウド・ターイーから掴んだ、ダーウドは孫弟子に会った(al-Risl±h al-Qushayrµyah,vol.2, p.460.)。

 

これはクシャイリーのシルシラである。

 繋がりを図式化すると、クシャイリー→アブー・アリー・ダッカーク→ナスル・アバーディー→シブリー→ジュナイド→サリー→マールーフ・カルヒー→ダーウド・ターイー→孫弟子世代

の順でクシャイリーのスーフィズムの系列は繋がっている。

[95]

 ダッカークは彼の献身を認め、彼を最も優れた弟子とみなし、彼の娘、カドバーヌ・ファーティマを彼に与え結婚させた。しかし、同時に、彼はクシャイリーにニーシャープールの様々な卓越した学者と共に彼の学問に従事するよう指示した。これはそれ自体が、スーフィズムとその他の宗教学問が相互関係にあること、スーフィーによってその他の教義の専門家の維持された等しい結びつきを示している・・・(中略)

 ジュナイドの“醒めた”スーフィズムを継承し、彼は常に、スーフィズムとシャリーアとの一致の表明に気を使っていた、そして深く複雑に、広義の宗教学、取り分けハディースを養っていた(B. R. von Schlegell, op.cit., p.iv)。

 

 多くの初期のスーフィーと同様、クシャイリーは当時の明らかな堕落した状況への深い落胆に満たされている。浅はかで不正な男が現れた、彼は誤ってスーフィズムを用いており、シャリーアの遵守することから彼らを免除する精神的段階に至ったと主張した。クシャイリーの目的は初期の最も権威のある人物の生活、教え、実践の正しく理解できる記録を与えることによって彼らの影響に対抗することであり、彼自身の時代のスーフィーは彼らを模倣しなければならなかった。しかしながら、スーフィーはその本の視聴者のみを意図されたものではなく、クシャイリーは独特なスーフィーの実践(サマーゥのような)がシャリーアに相応しいものであることを示すこと、スーフィーの信条が(アシュアリー派に属する)スンナ派と一致していると示すことにも関心があった(B. R. von Schlegell,op.cit.,pp.x-xi)。

 

[96] クシャイリーは伝統的イスラーム学全体を網羅しているにも拘らず、彼の著作はほとんどが神秘的主題を扱っている。彼の偉大な神秘的タフシール、Lat±Ùif al-Ish±r±t410/1019年に編纂された、Tartµb al-Sul¹kはタサッウフの実践の導入である、有名な『クシャイリーの書翰』(438/1045年に編纂)は最も重要なスーフィズムの教義、用語の概論書である(R. Hartmannによる分析)。彼の作品全てにおいて(cf. Subkµ, v, 159; Brockelmann, I, 559 f.)、クシャイリーは多くの学者によって疑いのもとの神秘的実践をシャリーアの教えに調和させようと試みた(B. Kewis,op.cit., pp. 526-527.)。

[97] Basy¹nµ, op.cit., pp.310-317.

[98]イブラーヒームは「もし、彼のスーフィズムの研究のために費やし、彼の人生を懸け、彼の多くの執筆を費やしたところのその大きな努力の後ろに、クシャイリーが熱望した目標を我々が要約することが適当であるならば、我々は躊躇わず言おう。それはタウヒードである。(ibid.,p.310.)」と述べている。

[99]目撃一性論はアシュアリー派神学のようにアッラーフについて彼の本体、彼の属性、彼の行為によって論じることを基礎し、タウヒードを「アッラーフのみを目撃すること」と考えることである。また、アシュアリー派神学と共に、スーフィズムは認識論に属する。そして「アッラーフのみ」とは「アッラーフの属性」または「アッラーフの行為」を指示し、「アッラーフの本体」は目撃することができないと考えるのである。目撃一性論はイブン・アラビーの追随者が示す「全ての存在はアッラーフである」という存在一性論への批判として出てきた主張である。

[100]イブラーヒームは、宗教のタウヒードとスーフィズムのタウヒードとの違いを、タウヒードである「アッラーフの唯一性を認識」する手段の違いによって説明している。

 宗教のタウヒードは、舌がそれを語り、習慣のように行われ、理性がそれを信じるのである。一方スーフィーのタウヒード、それは目撃論的味得(dhawq shuh¹dµ)であり、僕が以外物全てから解放されたとき完全となり、一とするものは一とされるものの中に消滅し、それで単なる一者として一とされるもの以外はないのであり、ナフスが隠れて忍び寄ること、報奨の欲望、懲罰の恐れがあることに至るまでの他のものへの全ての跡は、クシャイリーの見解では目撃論的味得のタウヒードを根本的に損ねる多神崇拝と見做されている(ibid.,p.311.)。

[101] cf., ibid.,p.311.

cf.,ibid.,pp.315-316.

 イブラーヒームはハッラージュの「わたしは真実なる者」の解釈としてクシャイリーのタウヒード論を用いている(cf., Basay¹nµ, op.cit.,p.314.)。存在一性論の立場では「わたしは真実なる者」を自らの存在と神の存在との同定した言葉であると解釈され、目撃一性論の立場では、その言葉をアッラーフの属性のみを目撃している状態で陶酔に陥っていると解釈される(cf.,ibid, pp.313-314, 317)。イブラーヒームはクシャイリーの立場を目撃一性論に置き、 クシャイリーのタウヒードはアッラーフのみの属性を目撃することであると述べる(cf.,ibid.,pp.315-316.)。

 しかし、クシャイリーは彼の著書al-TaÆbµr fµ al-Tadhkµrの「真実なる御方(al-Æaqq)の意味に関する章」の中で、人間の中にはアッラーフの本体を目撃することが出来る者がいることを示している。「この(スーフィー)集団の舌に生じる彼(彼こそ超越者、いと高きかな)の御名の内最も多いのが、真実なる御方(al-Æaqq)である。なぜなら、彼らは諸行為の目撃から諸属性の目撃へ昇り、次に諸属性の目撃から本体の目撃へ昇ったからである(al-Qushayrµ,al-TaÆbµr fµ al-Tadhkµr, al-Q±hirah, Maktabat ذlam al-Fikr, 1993, p.108.)」。

[102] cf.,ibid.,p.313. ハッラージュは陶酔の状態にあり、その時に「わたしは真実なる者(Ùan± al-Æaqq)」と述べ処刑された。イブラーヒームは、ハッラージュの例を挙げてスーフィズムのタウヒードを語ることの危険性を示している。

[103] cf.,ibid.,p.316.

[104] cf.,ibid.,p.317.

[105] スーフィズム

1.al-Ris±lat al-Qushayrµyah

2.Tartµb al-Sul¹k fµ º±rµq All±h

8.al-Qa­µdat al-ª¹fµyahSharÆ ÙAsm±Ù All±h al-Åusn±

11.Bulghat al-Maq±­id

14.űy±t al-ÙArw±Æ wa-Dalµl Øal± ºarµq al-ªal±Æwa al-Fal±Æ

20.al-Maq±m±t al-Thal±thah

神学

3. al-TaÆbµr fµ ØIlm al-Tadhkµr (al-Tamyµz fµ ØIlm al-Tadhkµr)

4.Istif±½at al-Mur±d±t fµ Asm±Ù All±h Taرl± Øal± Waghh al-ű­­

5.ØIqd al-Ghaw±hir wa-N¹r al-Ba­±Ùir fµ Fa½µlat Dhikr al-Dh±kir

6.al-ØArbaعn al-Åadµth±n

10.al-LumaØ fµ al-IØtiq±d

13.al-Fu­¹l fµ al-U­¹l

16.al-MiØr±j

18.Shik±yat ÙAhl al-Sunnah bi-Åik±yat M± N±la-hum ÙAhl al-MiÆnah

法学

7.Lat±Ùif al-Ish±r±t bi-Tafsµr al-QurÙ±n

15.al-Taisµr fµ ØIlm al-Tafsµr

17.Fatw±

文法学

19.al-ØU­¹l fµ NaÆw Arb±b al-Qul¹b al-Mustanba» min NaÆw Arb±b al-Ghy¹b

タウヒードの学

9.TawƵd al-Nabawµ

不明

12.Kanz al-Yaw±qµt

 クシャイリーの著書は(付記1)クシャイリーの著作、研究書を参照。

[106] というのも、先行以研究において『クシャイリーの書翰』は、英語、ドイツ語、フランス語、トルコ語、ウルドゥー語、ペルシャ語の翻訳が挙げられているからである。更に、それ以外にもマレー語など、多くの言語に訳され、ムスリム自身がスーフィズムを学ぶための綱要書である。『クシャイリーの書翰』の注釈と翻訳については、付記1を参照。

[107]クシャイリーはスーフィズムがクルアーン、スンナから逸脱しないとの立場から『クシャイリーの書翰』を記述した。スーフィズムがスンナ、クルアーンから逸脱しないとは、スーフィズムがイスラーム法に適応しイスラームから逸脱しないことを意味する。この『クシャイリーの書翰』はスーフィズムの基礎概念によって構成されており、スーフィーを志す者にとってスーフィズムの教科書として用いられている。

  クシャイリーは『クシャイリーの書翰』の構成を筋道立てて説明しているが、実際の『クシャイリーの書翰』の内容を吟味すると実はクシャイリーが首尾一貫した論理によってスーフィズムの心の段階(maq±m)や心の状態(Ʊl)を説明していないことが分かる。

[108] cf.,al-Ris±lah al-Qushayrµyah, vol.1, p.19.

[109] al-Qushayrµ,Thal±th Ras±Ùil lil-Qushayrµ: LumaØ fµ al-IØtiqād , Bulghat al-maqāid ,al-Fu­¹l fī al-U­¹l, Mi­r, Ma»baØat al-Amānah, 1988.

[110] ibid.,p.21.

[111] ibid.,p.21.

[112] ibid.,p.22.

[113] 論理的不可能なことにはアッラーフの力が及ばない。

[114]ibid.,pp.22-23.

[115] 『クシャイリーの書翰』の「基礎の問いに関するこの集団の明らかな信条」章の中では、「存在(wuj¹d)」を挙げている(cf.,al-Ris±lah, vol.1,pl.32.)。

[116]フサイニーの記述していない属性について、『クシャイリーの書翰』の中では「隔絶する者(azµz)」以外に、「英明なる御方(Æakµm)」、「支配する御方(q±hir)」、「慈悲ある御方(raƵm)」、「寛大なる御方(majµd)」、「至高なる御方(rafµØ)」、「単独なる御方(w±Æid)」、「永続する御方(­amad)」が挙げられている(cf.,ibid..)。

[117]

قال الواسطى:((ليس كذاته ذات، ولا كفعله فعل، ولا كصفته صفة إلا من جهة موافقة اللفظ اللفظ)).وهذا القول يجمع جماع مسائل توحيد.

al-TaÆbµr fµ al-Tadhkµr,p.27.)

[118]

وقال الجنيد: التوحيد: علمك وإقرارك بان الله فرد فى أزليته لا ثانى معه ولا شىء يفعل فعله

(al-Risal±h al-Qushayrµyah, vol.1, p.23.)

[119]

وقال الجنيد: سئل بعض العلماء عن التوحيد، فقال: هو اليقين.

فقال السائل : بين لى ما هو؟

فقال: هو: معرفتك، أن حركات الخلق وسكونهم، فعل الله عز وجل، وحده، لا شريك له فإذا فعلت ذلك فقد وحدته.

(ibid., p.26.)

[120]神学派の一つであるムゥタズィラ派に対する批判として「属性否定」がある。「属性否定」とは、複数属性があることはアッラーフの唯一性を損なうものとし、アッラーフの存在以外の諸属性を否定することである。

[121]

سئل أبو على الروذباى عن التوحيد، فقال: التوحيد: استقام القلب بإثبات مفارقة التعطيل، وإنكار التشبيه، والتوحيد فى كلمة واحدة: كل ما صورة الأوهام والأفكار فالله سبحانه بخلافه، لقوله تعالى: ﴿ليس كمثله شىء وهو السميع البصير﴾.

(ibid., p.27.)

[122]「彼はずっと彼の名前と彼の属性と共にある。」(Thal±th Ras±Ùil lil-Qushayrµ,p.23.)クシャイリーはこの言葉を『クシャイリーの書翰』の中でも繰り返し述べており、神の属性は否定されるものでないことを示している。

[123]

﴿ولقد جاءكم موسى بالبيانت اتخذتم العجل من بعده وأنتم ظالون﴾

أى دعاكم إلى التوحيد، وإفراد المعبود عن كل معبود ومحدود، ولاكنكم لم تجنحوا إلا إلى عبادة ما يليق بكم من عجل اتخذتموه، وضم تمنيتموه. فرفع ذلك من بين أيديهم، ولاكن بقيت آثاره فى قلوب أعقابهم، ولذلك يقول أكثر اليهود بالتشبيه.

 おまえたちの許にはムーサーが明証を携えてやって来たが、その後、おまえたちは彼の後に子牛を奉った。おまえたちは不正な者だったのである(2 :92)

 つまり、彼(ムーサー)はあなたがたにタウヒード、仕えられる御方を全ての仕えられる者や限定された者から孤立させることに呼びかけた。しかしながらあなたがたはあなたがたに相応しくないあなたがたが奉った子牛に仕えることや、あなたがたが望んだ外に傾倒しなかった。それで彼は彼らからそれ(タウヒード)を取り上げた。しかしながらその痕跡は彼らの子孫の心に残り、ユダヤ教徒の多くの者はタウヒードを擬人神観によって語るのである。(La»±Ùif al-Ish±r±t, vol.1,p.118.)

[124]

وسئل الجنيد عن التوحيد، فقال: إفراد الموحد بتحقيق وحدانيته بكمال أحديته: أنه الواحد، الذى لم يلد، ولم يولد. بنفى الأضداد، ووالأنداد، والأشباه، بلا تشبيه. ولا تكييف، ولا تصرير ولا تمثيل﴿ليس كمثله شىء وهو السميع البصير﴾.

 (al-Ris±lah al-Qushayrµyah, vol.1, p.21.)

[125] cf.,ibid.,p.153.

[126] cf.,ibid.,p.154.

[127] スーフィー修行者は心に残った「心の状態」の痕跡を手掛かりに、「心の段階」を労苦し獲得する。スーフィーの修道者は獲得した「心の段階」を更なる努力の継続によって完成させ、次なる段階へと昇る。cf.,ibid.,153-154.

[128]クシャイリーは様々なスーフィーの専門用語を説明した後に、「アッラーフの恩恵によって彼が望み給えば、我々は今から旅人の道である諸段階の解説に関して章を述べ、そのあとアッラーフ(いと高きかな)が与え給うた高貴な諸状態を詳しく述べる(ibid.,p.206.)」とし、「心の段階」、「心の状態」に関する説明を始める。しかし、クシャイリーは「心の段階」の説明から「心の状態」への変わる章を明確に述べておらず、どこまでが「心の段階」に関する章で、どこからが「心の状態」に関する章なのか明らかでない。『クシャイリーの書翰』の英訳者B.R.Von Schlegellや、『クシャイリーの書翰』の研究者Reven Snirは、「後悔の章(b±b al-tawbah)」から「満足の章(ri½±Ù)」までが「心の段階」に関する章であると示唆している(B.V.Von Schlegell, op.cit., pp.xviii-xix.)。

Reven Snir,op.cit.,pp.135-136.

[128]「満足の章」の中では、「満足する者はその場所(manjilah)から上を望まない(ibid, p.344.)」とあり、「満足」は「心の段階」の最後として考えられる。場所(manzilah)は修行道の停留所であり、階梯の心の段階(maq±m)と同じ(al-Ris±lah al-Qushayrµyah, vol.2, p.344.)。 

[129]クシャイリーの「心の段階」には、(1)「後悔(tawbah)」、(2)「努力(mujāhadah)」、(3)「独居(khalwah)隠遁(Øuzlah)」、(4)「畏れ(taqw±)」、(5)「抑制(waraØ))、(6)「放棄(zuhd)」、(7)「沈黙(­amt)」、(8)「恐れ(khawf)」、(9)「期待(raj±Ù)」、(10)「悲哀(Æuzn)」、(11)「飢え(j¹Ø)欲望の放棄(tark al-shafwah)」、(12)「自我との相違(mukh±lafat al-nafs)その過ちの想起(dhikr Øaiy¹bu-h±)」「妬み(Ʊsad)」、「陰口(ghayb)」、(13)「充足(qan±Ø)」、(14)「依り頼むこと(tawakkul)」、(15)「感謝(shukr)」、(16)「確信(yaqµn)」、(17)「忍耐(­±br)」、(18)「観察(mur±qabah)」、(19)「満足(ri½±)」がある。

次に、実際に『クシャイリーの書翰』の章として挙げられる「心の状態」には(1)「しもべ性(Øub¹dµyah)」、(2)「意思(Ùil±dah)」、(3)「まっすぐ立つこと(istiq±mah)」、(4)「純真(Øikhl±­)」、(5)「誠実(­idq)」、(6)「恥(Æay±Ù)」、(7)「解放(hurrµyah)」、(8)「想起(dhikr)」、(9)「男気(fut¹wah)」、(10)「洞察(fir±sah)」、(11)「性格(khuluq)」、(12)「寛容(j¹d)寛大(sakh±Ù)」、(13)「嫉妬(ghµrah)」、(14)「側近(wil±yah)」、(15)「祈祷(duرÙ)」、(16)「貧困(faqr)」、(17)「清浄(ta­awwuf)」、(18)「礼節(Øadab)」、(19)「旅の彼らの決まり(ØaÆk±m fµ al-safar)」、(20)「友(suÆbah)」、(21)「タウヒード(tawƵd))、(22)「現世からの脱出における彼らの状態(ØaÆw±lu-hum Øinda al-khr¹j min al-duniy±)」、(23)「神の真智(maØrifah bi-ll±h)」、(24)「愛(maÆabbah)」、(25)「渇望(shawq)」がある。

畏れ(taqw±)と恐れ(khawf)の違いは、おそれの対象が違うことである。畏れ(taqw±)はアッラーフ自身を対象とし、恐れ(khawf)はアッラーフの刑罰(地獄)を対象とする(cf.,ibid.,vol.1.p.252.)。

[130] クシャイリーは、彼が心の段階(maq±m)に含めている(8)恐れ(khawf)、(9)期待(raj±Ù)、(10)悲哀(Æuzn)を、彼のスーフィーの専門用語の説明の中では、明らかに心の状態(Ʊl)に分類している(cf.,ibid., pp.154,156.)。

 クシャイリーにとって、心の段階(maq±m)に位置づけられた場合の、(4)畏れ(taqw±)、 (8)恐れ(khawf)、(9)期待(raj±Ù)、(10)悲哀(Æuzn)、(20)観察(mur±qabah)の意味するものと、心の状態(Ʊl)に位置づけられる場合におけるその意味は違っているのかもしれない。しかし、クシャイリー自身は『クシャイリーの書翰』の中でこの2つの心の状態(Ʊl)の相違を明確の論じておらず、また筆者もそこまで分析をすることが出来ていない。この点に関しては次への課題とする。
 クシャイリーとフジュウィリーの心の諸段階(maq
±m)と心の諸状態(ÙaÆw±l)を比較研究した、Abdul Muhayaはクシャイリーの心の状態(Ʊl)に関して(10)悲哀(Æuzn)、満足(ri½±)の最後、愛、(8)恐れ(khauf)、(9)期待(raj±Ù)、親しみ(uns)、畏れ(haybah)、広がり(bas»)、狭め(qabd)を挙げている。クシャイリーはAbdul Muhayaが上げるこれらの項目を、専門用語の中で心の状態(Ʊl)として説明しているが、一方、上で述べたように、(10)悲哀(Æuzn)、 (8)恐れ(khawf)、(9)期待(raj±Ù)は『クシャイリーの書翰』の構成上心の段階(maq±m)を説明する箇所で解説し、親しみ(uns)、畏れ(haybah)、広がり(bas»)、狭め(qabd)などは、心の状態(Ʊl)を説明する箇所で説明していない。

 クシャイリーの心の諸段階と心の諸状態の全体数を決定することが困難であることに関して、Abdul Muhayaも指摘し、「クシャイリーの見解において諸段階と諸状態の全体数を決定することは、3つの問題のために容易ではない。第1は、クシャイリーはサッラージュがしたように明白にこれらの事柄について述べていないことである。第2は、状態と段階の間の区別が不明瞭であること。第3はもし段階は取得されるものであって、一方状態は贈り物であるという定義を基本の言及としたならば、ほとんど全ての徳目は獲得されるものであり、ほとんどの全ての徳目は、諸段階に属するということである(Abdul Mahaya, op.cit., p.37.)」と述べている。

 Muhayaの第3の問題点に関しては、筆者は異論がある。筆者が分類した心の状態を詳細に分析するならば、そこにはアッラーフからの恩寵つまり、与えられる物という側面がよく見られるのである。

[131] 『クシャイリーの書翰』の英訳者B.V.Von Schlegellは、心の段階に関して、 妬み(Æasad)、陰口(ghayb)は(12) 自我との相違(mukh±lafat al-nafs)その過ちの想起(dhikr Øaiy¹bu-h±)におけるその(自我)過ち(Ùaiy¹bu-hu)に含まれサブタイトルとし、また、心の状態に関しては(19)旅の彼らの決まり(ØaÆk±m fµ al-safr)、(20)友(suÆbah)、(21)タウヒード(tawƵd)、(22)現世からの脱出における状態(ØaÆw±lu-hum Øinda al-khr¹j min al-duniy±)の4つの章は心の状態(Ʊl)と直接関係しないと述べ、『クシャイリーの書翰』の英訳においてもこれら4つの章を翻訳に含めていない(cf.,B.V.Von Schlegell, op.cit.,p.xix.)。

[132]Reven Snirは心の段階(maq±m)と心の状態(Ʊl)は古典スーフィズムの書物にしばしば現れるが、それらの意味と数はそれらの順番と同様に全ての典拠で一致しているのではない(Reven Snir, op.cit.,p.136.

)」と述べている。

 また、Abdul Muhayaも「神としもべの間の数々の段階(stages)の数に関して、スーフィーの間でほとんど一致は見られない(Abdul Mahaya, op.cit., pp.33-34.)」と述べている。

[133] タサッウフはスーフィーの総称であり、通常スーフィズムと訳される。しかし筆者は「心の状態(Ʊl)」の説明の中では「タサッウフ(ta­±wwuf)」を清浄と訳した。なぜなら、以下のクシャイリーのスーフィズムの説明の中で述べるように、クシャイリーはタッサウフを清浄と関係付けていたからである。

[134] al-Ris±lah, vol.2, p.440.

[135] ibid..

[136] クシャイリーは、ルワイムの言葉「タサッウフは3つの性質の上にある:貧困へ固執すること、アッラーフを必要とすること、献身と他律主義の実現、自己主張と自己選択の放棄(ibid.,p.441.)」を引用して、心の現世における死と来世における生について説明している。 現世から脱出するためには、貧困へ固執することが必要であり、現世の物に執着する心を捨てなければならない[136]

 来世へと向かうためには、アッラーフに心を向け、アッラーフにのみ助けを求め、アッラーフに自分の全てを委ねなければならず、それらの状態を示して心がアッラーフと共にいると言われるのである。

 また、クシャイリーは心が現世において死ぬことについて、サマヌーンの言葉「あなたが何ものも所有せず、何ものもあなたを所有しない(ibid..)」を引用し、また、心が来世においてつまりアッラーフと共にあることをルワイムの言葉「彼(アッラーフ)が望むことによって魂がアッラーフ(いと高きかな)と共に放ってあること(ibid..)」とジュナイドの言葉「それはあなたが接触なしに、アッラーフ(いと高きかな)と共にあること(ibid..)」を挙げている。

 

[137] スーフィズムが来世へと進むための困難な道であることを、クシャイリーはジュナイドの言葉「タサッウフ:それはアンワ(anwah)であり、そこにおいてサルフ(­alÆ)はない(ibid., p.442.)」によって示している。アンワ(anwah)とサルフ(­alÆ)は、両者ともジハード(聖戦)に関して用いられる法律用語である。アンワは相手がイスラームを受け入れるまで徹底的に戦うこと。サルフはイスラームを受け入れずとも、人頭税(ジズヤ)によって戦いを終えること。つまり、この文章はタサッウフが妥協のない徹底的な道であることを指しているのである。

[138] ibid.,p.441.

 スーフィーの心の状態は、クシャイリーが引用した「タサッウフ、それは空の手と、きれいな心である(ibid., p.442.)」、「タサッウフ、それは心配事なしにアッラーフと共に座っていることである(ibid., p.442.)」の言葉によって示される。

 また、このような清浄な心を、クシャイリーは「消滅した心」と表現している。彼の言葉「本当に、《消滅の心の状態》を示すものである」は現世への執着が消えた状態を意味しているのである。

[139] クシャイリーはスーフィーという名前が存在すること自体、不自然なことであると、スブリーによって示している。

 シブリーは尋ねられた。「なぜスーフィーの人々はこの名前によって呼ばれるのか」。

 それで彼は言った。「彼らに残ったところの、彼らの自我によるのである。もしそれがなければ、名前は無かったであろう(ibid., p.443)」。

 そして更に、スーフィーを褒め称えることは、良いことではないと、クシャイリーはルワイムの言葉で説明している。

 ルワイムは言った。「譴責し合っている限りは良い状態であるが、互いに褒めあっているといいことは無い(ibid..)」。 

[140]「心の段階」や「心の状態」に関連した言葉の説明で、4つの項目の内、学匠の言葉を除いた、 語源の説明、クルアーン、ハディース、の3つの項目のうちいずれかが取り上げられない場合がある。

[141] 『クシャイリーの書翰』における「愛の章(b±b al-mahabbah)」を研究したReuven Snirは、クシャイリーについて彼がイスラームの正典の法(the canonical law of Islam, sharµØa)と真理(the Turth, al-Æaqµqa)つまりスーフィズムとの和解を試みたということを中心に、論文を書いている。cf., Reuven Snir ,op.cit., p. 131-159.

[142] 該当する6箇所は、(雄牛章:163節)、(蜜蜂章:22節)、(洞窟章:110節)、(預言者章:108節)、(巡礼章:34節)、(フッスィラ章:6節)である。

[143]

﴿إلهكم إله واحد فالذين لا يؤمنون بالآخرة قلوبهم منكرة وهم مستكبرون.﴾

لا قسيم لذاته جوازاً أووجوباً، ولا شبيه له، ولاشريك..ومن لم يتحقق بهذه الجملة قطعاً، وبشهادة البرهان له تفصيلا فهو فى دركات الشرك واقع، وعن حقائق التوحيد بمعزل، قال تعالى فى صفة الكفار:((قلوبهم منكرة وهم مستكبرون)) أى فى أسر الشرك وغطاء الكفر، ثم ليس فيه اتصاف لطلب العرفان؛ لأن العلة_ لمن أراد المعرفة_ متاحة، وأدلة الخلق لائحة.

 おまえたちの神は唯一の神である。来世を信じない者たち、彼らの心は拒絶的で、彼らは高慢である。(16:22)

 可能的にも必然的にも彼の本体に部分はなく、彼に似たものはなく、並ぶものはない。この文章を確かに承認しなかった、そして詳細にそれを証明する目撃を承認しなかった者、彼は多神崇拝の下位の段階の中に落ちたものであり、タウヒードの諸真理から離された。アッラーフ(いと高きかな)は不信仰者の描写について言い給うた、「彼らの心は拒絶的で、彼らは高慢である」。つまり多神崇拝の囚われと不信仰の覆いの中にあるのである。そして彼には真智を求める性質がない。なぜなら真智を望む者に(信仰の)原因(Øillah)は与えられたものだからである。創造の証拠は輝いている(Lat±Ùif al-ÙIsh±r±t, vol.3,p.291.

 「あなたがたの神(il±h)は唯一なる御方である」ことは「神(il±h)」が「可能的にも必然的にも彼の本体に部分はなく、彼に似た者はなく、並ぶ者はない」者であることを示す。このタウヒードは「創造者の唯一性の認識」であり、このタウヒードの証拠の希求を持つ者が信仰者であり、タウヒードの証拠の希求から覆われた者が不信仰者である。

 

﴿قل إنما يوحى إلى أنما إلهكم إله واحد فهل أنتم مسلمون.﴾

واحد فى ذاته، واحد فى صفاته، واحد فى أفعاله. واحد بلاقسم، واحد بلا شبيه، واحد بلا شريك.

((فهل أنتم مسلمون؟)) مخلصون فى عقد التوحيد بالتبرى عن كل غير فى حسبان صلاحيته للألهية؟

 言え、「私に啓示されたのは、おまえたちの神は唯一であるということである。さて、おまえたちは帰依する者であるか」。(21:108)

 彼の本体において唯一であり、彼の属性において唯一であり、彼の諸行為において唯一であり、部分なく唯一であり、類似なく唯一であり、並ぶものなく唯一である。

 「さて、おまえたちは帰依するものであるか?」(その意味は)彼の十分な健全さにおいて神性に対して全てのそうでないものから身を引き離すことによって、タウヒードの信条に純心である者であるのか(Lat±Ùif al-ÙIsh±r±t, vol.4,p.198.

 ここでの「神(il±h)」とは「彼の本体において唯一であり、彼の属性において唯一であり、彼の諸行為において唯一であり、部分なく唯一であり、類似なく唯一であり、並ぶものなく唯一である者」を意味する。この2つのクルアーンの節のクシャイリーの注釈で共通なことは、「彼の本体において唯一であり、彼の属性において唯一であり、彼の諸行為において唯一であり、部分なく唯一であり、類似なく唯一であり、並ぶものなく唯一」である者が「神(il±h)」であるということである。

 クシャイリーが神学の中で語ったタウヒードと同様に、彼は「唯一である者」の証明として世界の創造を挙げる。世界が存在するためには「神(il±h)」は唯一でなければならないと。それで「彼の本体において唯一であり、彼の属性において唯一であり、彼の諸行為において唯一であり、部分なく唯一であり、類似なく唯一であり、並ぶものなく唯一」である者とは世界の「創造主」を意味するのである。

 「唯一である者」つまり「創造者」それが「神(il±h)」なのである。そしてそのような「神(il±h)」を承認することがタウヒードなのである。クルアーンの節のクシャイリーの注釈に見られるこのタウヒードはまさにアシュアリー派神学で論じられるタウヒードを示すのである。

[144] al-Ris±lah al-Qushayrµyah, vol.2, p.462.

 また、スーフィズムの綱要であるKashaf al-MuÆj¹bの中でも、このクルアーンの節を取り上げている。Translated by Reynold A.Nicolson, Kashaf al-MaÆj¹b: The Oldest Persian Treatise on Sufism, London:E.J.W. Gibb Memorial, 1976, p.278.

 なぜ、クシャイリーとフジュウィリーが二人して同じような複数の節の中から、「タウヒードの章」の最初に特に雄牛章163節を取り上げたのか、また、なぜ、クシャイリーが雄牛章163節に、興味深い注釈をしたのかは同節のコンテクストからは推察できない。

[145]

قوله جل ذكره: ﴿وإلهكم إله واحد لا إله إلا هو الرحمن الرحيم﴾.

شرفهم غاية التشريف بقوله وإلهكم. وإن شيوخ هذه الطائفة قالوا: علامة من يعده من خاص الخواص أن يقول له: عبدى، وذلك أتم من هذا بكثير لأن قوله: ((وإلهكم)): وإضافة نعته أتم من إضافته إياك إلى نفسه لأن إلهيته لك بلا علة، وكونك له عبد يعوض كل نقصك وآفتك. ومتى قال لكم ((وإلهكم))؟

حين كانت طاعتك وحركاتك وسنكاتك أوذاتك وصفاتك لا بل قبل ذلك أزل الأزل حين لا حين ولا أوان، ولا رسم لا حدثان.

و((الواحد)) من لا مثل له يدانيه، ولا شكل يلاقيه. لا قسيم يجانسه ولا نديم يؤانسه. لا شريك يعاضده ولا معين يساعده ولا منازع يعانده.

أحدى الحق صمدى العين ديمومى البقاء أبدى العز أزلى الذات.

واحد فى عز سنائه فرد فى جلال بهائه، وتر فى جبروت كبريائه، قديم فى سلطان عزه، مجيد فى جمال ملكوته. وكل من أطنب فى وصفه أصبح منسوباً إلى العمى (ف) لمولا أنه الرحمان الرحيم لتلاشى العبد إذا تعرض لعرفانه عند أول ساطع من باديات عزه.

Lat±Ùif al-Ish±r±t, vol.1, p.155.

[146]

 

قال رسول الله، صلى الله عليه وسلم: ((بينا رجل فيمن كان قبلكم لم يعمل خيراً قط إلا التوحيد، فقال لأهله: إذا مت فأحرقونى، ثم ذروا نصفى فى البرّ ونصفى فى البحر فى يوم ريح. ففعلوا ...فقال الله عز وجل للريح: أدّى ما أخذت، فإذا هو بين يديه، فقال له: ما حملك على ما صنعت؟ فقال: استحياءً منك، فغفر له.)).

al-Ris±lah al-Qushayrµyah, vol.2, p.462.)

[147] クシャイリーはシャリーアの根幹はタウヒードであり変わらないが、その枝葉は行為規範であり交換可能であることを、以下の注釈の中で明らかにしている。

قوله جل ذكره﴿وما أرسلنا من قبلك من رسول إلا نحوى إليه لا إله إلا أنا فاعبدون﴾

التوحيد فى كل شريعة واحد، والتعبد- على من أرسل إليه الرسول- واجب، ولكن الأفعال للنسخ والتبديل معرضة، وأما التوحيد وطريق الوصول إليه فلا يجوز فى ذلك النسخ والتبديل.

 彼(彼の言葉は高い)の言葉、「あなた以前にも、われが遣わした使徒には、等しく、『われの外に神はない、だからわれに仕えよ。』と啓示した(21 :25)」。

 タウヒードは全てのシャリーアにおいて一つである。そして彼が使徒を送った者には、仕えることは必然である。諸行為は取替えと変更に晒されている。一方タウヒードは彼に基礎であり、それにおいては取替えと変更が不可能であるLat±Ùif al-Ish±r±t, vol.4, p.170)。

 クシャイリーはこのクルアーン注釈の中でシャリーアとタウヒードの関係を述べており、シャイリーアには基礎(Ùu­¹l)と枝葉(fur¹Ø)があるが、シャリーアの基礎であるタウヒードはアッラーフが使わした使徒全てに携えられた指針であり、枝葉(fur¹Ø)である行為規範に関しては時代と共に変更可能であったことを示している。ただし、ムハンマドは最後の使徒であり、彼以降に行為規範の変更もない。

[148] 「悔悟の章(b±b al-tawbah)」の中で、クシャイリーはイブン・アターゥの言葉を引用して、「悔悟」の2つの段階として、「立ち戻りの悔悟(tawbat al-Ùin±bah)」と「応答の悔悟(tawbat al-istij±bah)」を示唆している。そして「立ち戻りの悔悟」とは彼の罰を恐れて立ち戻る(悔悟する)ことであり、「応答の悔悟」とはアッラーフの寛容さに恥じ入って立ち戻る(悔悟する)ことである。アッラーフの寛容さに恥じ入ることはより深い信仰を示す。(cf.,al-Ris±lah, vol.1,p.213.)

[149]

التوحيد: هو الحكم بأن الله واحد، والعلم بأن الشىء واحد أيضاً توحيد،

 ibid.,p.462.)

[150]

ويقال: وحدته: إذا وصفته بالوحدانية،

ibid..)

[151]

ومعنى كونه، سبحانه، واحداً على لسان العلم، قيل :هو الذى لا يصحّ فى وصفه الوضع والرفع، بخلاف قولك: إنسان واحد؛ لأنك تقول إنسان بلا يد ولا رجل، فيصح رفع شىء منه، والحق، سبحانه، أحدى الذات، بخلاف الاسم الجملة الحاملة.

 知識の舌において彼(彼こそ超越者)がお一人であることの意味は、彼の描写には追加、削除が相応しくないと言われることであり、「人間が一人である」とのあなたの言葉とは異なるのである。というのも、あなたは手も足もない人間と言って、そして彼から何かを取り上げても依然として正しいからである。真実なる御方(彼こそ超越者)は本体に於いて一つであり、部分の複合の名前とは異なるのである(ibid..)。

[152]

وقال بعض أهل التحقيق فى معنى أنه واحد: نفى التقسيم لذاته، ونفى التشبيه عن حقه وصفاته، ونفى الشريك معه فى أفعال ومصنوعاته.

 ある実践の人々の一人が、彼が唯一なる御方であるという意味について言った、「彼の本体における分割の否定、彼の真実と彼の属性から似た者の否定、彼の諸行為と彼の製作における彼との同伴者の否定」(ibid..)。

[153]

 

والتوحيد ثلاثة:

توحيد الحق للحق، وهو علمه بأنه واحد وخبره عنه بأنه واحد.

والثانى: التوحيد الحق، سبحانه، للخلق، وهو حكمه، سبحانه: بأن العبد موحد، وخلقه توحيد العبد.

والثالث: توحيد الخلق للخق، سبحانه، وهو علم العبد بأن الله، عز وجل، واحد، وحكمه إخباره عنه بأنه واحد.

فهذه جملة فى معنى التوحيد على شرط الإيجاز والتحديد.

(ibid.. )

 このクシャイリーの言葉に似たものがクシャイリーの著作al-TaÆbµ fµ al-TadhkµrSharÆ ÙAsm±Ù All±Æ al-Åusn±の中にも見られる。cf.,al-TaÆbµr fµ al-Tadhkµr, p.124, SharÆ ÙAsm±Ù All±Æ al-Åusn±, p.216.

 また、クシャイリーと同時代人である有名なスーフィーの一人フジュウィリー(d.1072)も彼の著書Kashf al-MaÆj¹bの中でクシャイリーのタウヒードに関するこの言葉を取り上げている(cf.,Hujwirµ, op.cit., p.278. )。

 Abdul Mahayaによると『クシャイリーの書翰』は1045年に書かれ、一方Kashf al-MaÆj¹bははっきりした編纂した時期が確定されていないが、一つの説ではフジュウィリーは1050年に書き終えたとされる(cf., Abdul Mahaya, op.cit.,p.3,4.)。また、フジュウィリーはKashf al-MaÆj¹bの中で『クシャイリーの書翰』に対して批判をしている、それゆえフジュウィリーはKashf al-MaÆj¹bを書く上でクシャイリーから何らかの影響を受けていたのかもしれない。

[154]クシャイリーはスーフィズムの専門用語「心の状態」の中で、「ある導師たちが言った:ハールは瞬きのようなものである。もしそれが残ったならばそれは心の言葉である。(al-Ris±lah,vol.1,p.154.)」と述べている。

[155] ibid..

[156]

وسئل الجنيد عن توحيد الخواصَّ فقال: أن يكون العبد شبحا بين يدى الله، سبحانه، تجرى عليه تصاريف تدبيره فى مجارى أحكام قدرة، فى لجج بحار توحيده، بالفناء عن نفسه وعن دعوة الخلق له وعن أستجابته بحقائق وجوده ووحدانيته، فى حقيقة قربه بذهاب حسسه وحركته، لقيام الحق، سبحانه له فيما أراد منه، وهو أن يرجع آخر العبد إلى أوله، فيكون كما كان قبل أن يكون.

ibid.,p.464.)

[157]

وقال الجنيد: أشرف كلمة فى التوحيد: ما قاله أبو بكر الصديق، رضى الله عنه: سبحانه من لم يجعل لخلقه سبيلا إلى معرفة إلا بالعجز عن معرفته.

ibid..)

[158] 知るということは、知るその現場になることであり、自ら知を獲得するわけではなく、向こうから自らにやってくるのである。

[159]

وقيل: التوحيد للحق سبحانه، والخلق طفيلى.

ibid.,p.466.)

[160]

 وقال يوسف بن الحسين: من وقع فى بحار التوحيد لا يزداد على ممر الأوقات إلا عطشاً:

ユースフ・ブン・フサインは言った、「タウヒードの海に落ちたものは、時間の経過の上に渇き以外増えない(ibid.,p.465)」。

[161]

وقال الجنيد: علم التوحيد مباين لوجوده ووجوده مفارق لعلمه.

 ibid., p.465.)

[162] この文章は、スーフィーの専門用語「味わいを求めること(taw±jid)、味わい(wajid)、浸った味わい(wuj¹d)」の項目の中で取り上げられている。

اما الوجود: فهو بعد الرتقاء عن الوجد.

ولا يكون وجود الحق، إلا بعد خمور البشرية، لأنه لا يكون للبشرية بقاء عند ظهور سلطان الحقيق.

وهذا معنى قول ابى الحسن النورى:

أنا منذ عشرين سنة بين الوجد والفقد: أى: إذا وجدت ربى فقدت قلبى، وإذا وجدت قلبى فقددت ربى.

وهذا معنى قول الجنيد:

 علم التوحيد: مباين للوجوده، ووجوده مباين لعلمه.

 浸った味わい(wuj¹d)に関して、それは味わい(wajd)から昇った後である。

 人間性が隠れた後以外に本当に浸った味わいはない。というのも真理の力が現れたときに人間性は存続しないからである。

 その意味はアビー・フサイン・ヌーリーの言葉「私は二十年間味わい(wajd)と喪失(faqd)の間にあった -つまり私が私の主を見つけたとき、私は私の心を失った。そして私が私の心を見つけたときに、私は私の主を失った-。」である。

 この意味は「タウヒードの知識、その(アッラーフの)浸った味わい(wuj¹d)とは異なる。その(アッラーフ)の浸った味わい(wuj¹d)はその知識とは異なる」とのジュナイドの言葉である(ibid.,vol.1,p. 163)。

 ここで挙げられた「味わい(wajd)」と「浸った味わい(wuj¹d)」はどちらも味わうことであるが、味わっている人間の心の状態が異なり、それゆえ味わいの内容も異なる。例えとして「味わい(wajd)」は海の表面で味わうものであり、「浸った味わい(wuj¹d)」は海の中に埋没し味わうものである。その2つの味わいそのものが一緒であろうか。(cf.,ibid..

[163] 

سمعت أبا على الدقاق يقول فى آخر عمره، وكان قد اشتدت به العلة، فقال: من أمارات التأييد حفظ التوحيد فى أوقات الحكم، ثم قال، كالمفسر لقوله مشيرا إلى ما كان من حاله، هو: أن يقرضك بماريض القدرة فى إمضاء الأحكام قطعة قطعة وأنت شاكر حامد.

(ibid., vol.2, p.466.)

[164]

وقيل: المعرفة توجب الحياء والتعظيم، كما أن التوحيد يوجب الرضا والتسليم.

(ibid.,p.479.)

[165]

سمعت أبا حاتم السجستانى يقول: سمعت أبا نصر السراج يقول: سئل الشبلى؛ فقيل له أخبرنا عن توحيد مجرد، ولبسان حق مفرد.

فقال: يحك!!  من أجاب عن التوحيد بالعبارة فهو ملحد، ومن أشار إليه فهو ثنوى، ومن أومأ إليه فهو عابد وثن، ومن نطق فيه فهو غافل، ومن سكت عنه فهو جاهل، ومن توهم أنه واصل فليس له حاصل، ىمن رأى أنه قريب فهو بعيد، ومن تواجد فهو فاقد، وكل ماميزتموه وأدركتموه بعقولكم فى أتم معانيكم فهو مصروف مردود إليكم، محدث مصنوع مثلكم.

(ibid.,p.466.)

[166]

الجلاجلى البصرى يقول: التوحيد موجب يوجب الايمان؛ فمن لا إيمان له فلا توحيد له، والإيمان موجب يوجب الشريعة، فمن لا شريعة له فلا إيمان له ولا توحيد، والشريعة موجب يوجب الأدب؛ فمن لا أدب له لا شريعة له ولا إيمان ولا توحيد.

(ibid, p.223.)

[167] ibid., p.446.