書評
Michael Cook, Commanding Right and Forbidding Wrong in Islamic Thought,
中田 考
Ⅰ
「善の命令と悪の阻止(al-amr bi-alma‛r¹f wa al-nahy wa al-munkar)」は、イスラーム神学、法学における極めて重要な概念であるが、これまでのオリエンタリズムの歴史の中では、ムウタズィリー派の5原則のひとつとして、あるいは市場監督官制度(Æisbah)との関係で論じられることはあっても、包括的な研究は存在しなかった。本書はクルアーン、ハディース、クルアーン注釈、歴史書、スンナ派の神学、ハンバリー派、ハナフィー派、シャーフィイー派、マーリキー派の4法学派、ムウタズィリー派神学、イバーディー派、12イマーミー派、ザイディー派の古典の刊本と写本、および現代イスラーム思想の出版物を広く渉猟し「善の命令と悪の阻止」の理念の全体像に迫ると共に、ヨーロッパ古典古代、キリスト教、古代オリエントの旧約、ゾロアスター教、古代インドのバラモン教、仏教、および儒教との比較の中でイスラーム思想の特徴を明らかにしようとする意欲的な試みである。
また筆者は、イスラーム諸語資料に関しては自分の読めるアラビア語、ペルシャ語、トルコ語に限った、と断っているが、ターリバーン政権の「善の命令と悪の阻止」局のような現代イスラームを考える上で欠かすことのできない事項については、出典を明らかにした上で二次資料を用いて取り扱っており(p.522,foot note)、研究についても日本語の
Ⅱ
本書の構成が壮大であることは、以下に掲げる目次からだけでも十分に知ることができよう。
第1部 序論
第1章 メルヴの鍛冶屋
第2章 クルアーンとクルアーン注釈
(1)注釈抜きのクルアーン本文
(2) クルアーン注釈
第3章 ハディース
(1)「3類型」のハディース/(2)肯定的な他のハディース/(3)否定的なハディース/(4)結論
第4章 初期ムスリムの伝記
(1)序/(2)国家との対立/(3)社会との対立/(4)プライヴァシーの擁護/(5)結語
第2部:ハンバリー派
第5章 イブン・ハンバル
(1)序/(2)様々な違反/(3)違反の文脈/(4)違反への反応/(5)国家/(6)結論
第6章 バグダードのハンバリー派
(1)序/(2)ハンバリー派の行動/(3)ハンバリー派の理論/(4)理論と実践
第7章 ダマスカスのハンバリー派
(1)序/(2)イブン・タイミーヤと悪の阻止/(3)イブン・タイミーヤの政治/(4)イブン・タイミ ーヤ以降のダマスカスのハンバリー派/(5)結論
第8章 ナジュドのハンバリー派
(1)序/(2)第一次サウディ王国/(3)第二次サウディ王国/(4)第三次サウディ王国/(5)結論
第3部:ムウタズィリー派とシーア派
第9章 ムウタズィリー派
(1)序/(2)初期ムウタズィリー派の教義/(3)古典ムウタズィリー派―マーンクディームの教義 ―/(4)古典ムウタズィリー派―対抗的諸教義―(5)結論
第10章 ザイディー派
(1)初期ザイディー派の教義/(2)ザイディー派の行動主義/(3)ザイディー派の法学的伝統/(4 )ザイディー派-ムウタズィリー派の共生/(5)ザイディー派のスンニー派化
第11章 12イマーミー派
(1)序/(2)12イマーミー派の伝承/(3)12イマーミー派の古典記の学者たち/(4)後代の12 イマーミー派の学者たち/(5)付録:イスマーイーリー派
第4部:他の分派と学派
第12章 ハナフィー派
(1)序/(2)オスマン朝以前のハナフィー派/(3)オスマン期の注釈者たち/(4)ビルギリとその後 継者たち/(5)オスマン後期のハナフィー派/(6)結論/(7)付録―ジャッサース―
第13章 シャーフィイー派
(1)序/(2)ガザーリー以前のシャーフィイー派/(3)ガザーリー以降のシャーフィイー派
第14章 マーリキー派
(1)序/(2)初期マーリキー派の教義/(3)後期マーリキー派の教義/(4)マーリキー派の実践 /(5)結論
第15章 イバーディー派
(1)序/(2)西部イバーディー派/(3)東部イバーディー派/(4)結論
第16章 ガザーリー
(1)序/(2)ガザーリーの教義―要約―/(3)ガザーリーの業績/(4)ガザーリーの遺産(5)付録―スーフィーたち―
第17章 遡及的に見た古典イスラーム
(1)序/(2)悪の阻止の政治学/(3)プライバシーと悪の阻止/(4)悪の阻止の社会的文脈 /(5)学者たちとより広い社会
第5部:古典イスラームを超えて
第18章 近代イスラームの展開
(1)序/(2)スンニー派における展開/(3)12イマーミー派における展開/(4)スンニー派とシーア派の比較
第19章 起源と比較
(1)序/(2)ジャーヒリーヤ時代/(3)一神教における平行現象/(4)非一神教における平行現 象/(6)イスラームの場合の特徴
第20章 結論
(1)序/(2)救援と悪の阻止/(3)善と悪
与えられた紙数では本書の概要を紹介することは不可能であるため、いくつかの重要と考えられる点のみに絞って、私見を述べたい。
748年メルヴの地で、アッバース朝革命の首魁アブー・ムスリムに対して、「アッラーフのためにお前に対してジハードを挑むより優れた行為を私は知らない。しかし腕によってそれを行う力がないので、私は舌によってそれを行う。アッラーフは私にお目をかけよう。彼ゆえに私はお前を憎む。」と言い放ち、アブー・ムスリムによって処刑された鍛冶屋の逸話によって、本書は始まる。この鍛冶屋イブラーヒーム・ブン・マイムーンはアブー・ハニーファから「最善のジハードは不正なスルターンの前で真実の言葉を語り、そのために殺されることである」とのハディースを伝えたハディース伝承者でもあった。
「善の命令と悪の阻止」が直接的に語られているわけでないが、著者はこの逸話を「善の命令と悪の阻止」の一形態と考える。
「善の命令と悪の阻止」の語はクルアーンにも繰り返し現れるが、「善の命令と悪の阻止」理論の発展の典拠として最も広く受け入れられることになるのは、むしろ「お前たちの中で悪を見た者は腕によってそれを正せ(fal-yughayyir)、もしそれが出来なければ舌によって。それも出来なければ心によって。それは最弱の信仰である」とのハディースである。但し、このハディースには「善の命令」の語はなく、「悪」についても「阻止(禁止)」(nahy)ではなく、「正せ(変えよ)」(fal-yughayyir)の語が用いられている。ちなみに著者は、このハディースを、心中に念ずるだけの祈念、言葉による諫言、腕づくの実力行使、という「善の命令と悪の阻止」の3段階を示すものとして「3類型のハディース」と名づけている。
このように著者は、「善の命令と悪の阻止」の語にとらわれず、私人の間の勧善懲悪から、不正な権力者に対する反乱まで、広い意味で「善の命令と悪の阻止」と呼びうる多くの現象を扱っている。著者は学派別にこの主題を扱っているが、それによって、学派の内部にも、時代と場所によって、あるいは個々の学者によって見解の相違が存在し、また時代の経過とともに学派を超えた影響関係も見られることがかえって明らかにされる。
ハンバリー派を例に取ると、名祖のイブン・ハンバルはムウタズィリー派による「異端審問」による投獄、鞭打ちなどの迫害にもかかわらず、自説を固守しつつも政治的には無抵抗主義を貫くと共に、いかなる官職も固辞し、「カエサルのものはカエサルに返せ」との態度をとった(p.113)。
イブン・ハンバルの非政治的態度とは裏腹に、政局に影響を及ぼしうる社会勢力であったバグダードのハンバリー派には、大衆を扇動し勧善懲悪を強行しカリフにさえ恐れられたバルバハーリー(941年没)のような学者が出た一方で、イブン・アル=ジャウズィー(1201年没)のように国家に従順な学者をも生んだ。バグダードと並ぶハンバリー派の中心地ダマスカスでは、ハンバリー派常に少数派であり、影響力を持つ政治勢力にはならなかったが、それによって彼らが政治から遠ざかることにはならず、イブン・タイミーヤ(1328年没)などは「善の命令と悪の阻止」における権力者の役割を強調すると同時に、積極的に政治にかかわった。
多くの学派が競合する都市バグダードやダマスカスと違って、部族社会で競合者のなかったアラビア半島中央部のナジドにおいて、ハンバリー派はイブン・アブド・アル=ワッハーブ(1792年没)の下に初めて社会全体を手中に収め、イブン・タイミーヤの理論に基づいて、ハンバリー派の国家を樹立することに成功した。
理論に目を転じて、各派における「善の命令と悪の阻止」の理論化の過程で最も議論になった問題のひとつである、「善の命令と悪の阻止」が義務になる条件を取り上げて、各派の異同を明らかにしよう。
ムウタズィリー派のマーンクディーム(1034年没)によると、その条件は(1)イスラーム法の知識、(2)事実についての知識、(3)より悪い悪影響を引き起こさないこと、(4)実効性、(5)自分に危害が及ぶ恐れがないこと、の5条件となり、ハンバリー派のアブー・ヤァラー(1066年没)も、多少表現に違いがあるものの、ほぼ同一の5条件を挙げている。
シャーフィイー派のタフタザーニー(1390年没)は条件を(1)イスラーム法の知識、(2)実効性、(3)望ましからざる悪影響がないこと、の3つに整理する。一方、マーリキー派のバージー(1081年没)は、(1)善と悪とを区別できること、(2)同等の悪、あるいはそれ以上に悪い結果をもたらさない保証があること、(3)相手が聞き入れる蓋然性が高いこと、の3条件をあげている。
最後に12イマーミー派ではムウタズィリー派のムルタダー(1044年没)の、(1)イスラーム法の知識、(2)悪が継続すると知っていること、(3)実効性、(4)致命的な危険に自らを晒さないこと、(5)自分の財産に損害が及ばないこと、の5条件が後の議論の基礎となった。
著者が唯一人個人として1章を割いて論じている学者は、ガザーリー(1111年没)である。著者によると、「Æisbah」(風紀取締り)の語を「善の命令と悪の阻止」を指す専門用語として使ったのはガザーリーが初めてであり、ガザーリーは大著『宗教諸学の再生』の中で、「善の命令と悪の阻止」を(1)muÆtasib(風紀取締り者)、(2)muÆtasab ‘alai-hi(風紀取締りの対象となる者)、(3)muÆtasab fµ-hi(風紀取締りの対象となる事項)、(4)風紀取締り行為自体、という先例のない体系的な構成で緻密に論じ、学派を超えて後代に大きな影響を及ぼした。またガザーリーの独創のひとつは、「善の命令と悪の阻止」の実行のために必要とあれば武装集団の組織化を認めたことであり、この思想は批判を浴びつつも、現代に至るまで参照され続けている。
また筆者は、ガザーリーの章の補遺においてスーフィズムを取り上げ、舌(言葉)や腕(行為)に訴えることなく精神力によって悪を糾すとの思想を、スーフィズムによる「善の命令と悪の阻止」の理論への独自の貢献とみなしている。
現代においては、スンニー派内部の学派間の相違は重要性を失い、ザイディー派、イバーディー派もほぼスンニー派に同化吸収されつつある。未だに独自性を保っている12イマーミー派も、スンニー派が12イマーミー派をほぼ無視しているのに対して、12イマーミー派の方では古今のスンニー派文献をしばしば参照している。現代においてはスンニー派と12イマーミー派の相違は相対的に小さいのに対して、共通の特徴として、「善の命令と悪の阻止」の実力行使段階における個人の役割が軽視されるようになったのと同時に執行機関の組織化の重要性が強調されるようになったことがあげられる。これは現代において、国家や政党など政治組織の巨大化、複雑化に対応している。
他宗教との比較にはおいては、まず3つの一神教、ユダヤ教、イスラーム、キリスト教の間の類似例が取り上げられ、ユダヤ教からイスラーム、イスラームからキリスト教への影響の可能性が検討されるが、著者はどちらにも慎重に判断を留保している。また著者は「善の命令と悪の阻止」の教義と一神教の間にはある程度の相関を認めるが、仏教、儒教など非一神教については関連は薄いとみなす。
Ⅲ
本書は古今の膨大な文献を駆使した資料の宝庫であり、またその資料の扱いも極めて慎重かつ厳密であり、結論も概して正確である。また著者のような一級の古典学者が本格的に現代の研究に手を染めることは近年ではまれであり、本書は間違いなくイスラーム地域研究においてイスラーム学が果たしうる貢献の最良の範例と言うことができよう。しかし、個々の事例においては、必ずしも著者の見解の全てに問題がないと言うことはできない。最後に評者が気がついた若干の事例をあげて本稿の纏めに代えたい。
まず著者はイブン・タイミーヤの問題の扱いが「説教と講義の中間のどこかに位置し、枝葉末節にこだわり脱線する傾向が顕著であり、・・・アブー・ヤァラーの体系性を全く欠く」(p.152)と述べているが、イブン・タイミーヤは「善の命令と悪の阻止」を「全ての権威(wil±y±t)の目的」と明確に位置づけて、彼の政治理論体系をその上に構築しており、著者の批判は不当であるように思われる。 またサウディアラビアについては、著者は同時代の歴史家イブン・ガンナーム(1810年没)が、ムハンマド・ブン・アブド・アル=ワッハーブについて、「ウヤイナにおけるその義務の実践について言及し、またひとつの詩の中でそれに無造作に触れているが、それだけである」(p.169)と述べていることから、「善の命令と悪の阻止」が重要になったのは第2次王国からであり、第1次王国においては重視されなかったとしている。しかしこのウヤイナの記述は、ムハンマド・ブン・アブド・アル=ワッハーブが父の死後、彼独自の活動を開始したことを述べる極めて重要な箇所で、それが「彼はその宣教を公にし、多神崇拝と異端(bida‛)の諸現象の攻撃(ink±r)を強め、善の命令と悪の阻止に励んだ・・・」と纏められているのである[Ghann±m,77]。またムハンマド・ブン・アブド・アル=ワッハーブの伝記のハイライトとも言えるイブン・サウード(1765年没)との盟約の締結の場面においても、「ムハンマド(イブン・サウード)候は手を差し伸べ、アッラーフとその使徒の宗教と彼の道でのジハード、イスラームの諸規範の施行、善の命令と悪の阻止について、師(ムハンマド・ブン・アブド・アル=ワッハーブ)に忠誠の誓いを立てた」[Ghann±m,81]と、「善の命令と悪の阻止」はジハードと並んで言及されている。ここからも「善の命令と悪の阻止」が第1次王国においても重要であったことは否定できないと思われる。
文献リスト
〈日本語文献〉
中田考 1997.「シーア派法学における『善の命令と悪の阻止』理論の発展とホメイニーによるその革新」『日本中東学界年報』12月(3月).
〈外国語文献〉
Ghann±m, Hussain bn. T±rikh