中田考、「イスラームの練習問題:コーランとハディースの教えに従って生きること」、宝島社、『別冊宝島195号』、1994年。
「イスラームの練習問題:クルアーンとハディースの教えに従って生きること」
ハサン中田考(イスラーム研究家)
「イスラーム」とは「アッラーフ(アッラー)への絶対服従・帰依」を意味する。
「聖」と「俗」、「非日常」と「日常」、「ハレ」と「ケ」という二項対立を設定し、宗教を「聖」「非日常」「ハレ」の場に囲い込む宗教学の一般理論は、イスラームの場合には、まったくといってよいほど当てはまらない。
イスラームにおける絶対帰依の意味は、アッラーフの御言葉であるクルアーン(コーラン)と預言者ムハンマドの言行録であるハディースの教えに従って生きることにほかならない。そして、クルアーンとハディースの教えが、狭い意味での宗教儀礼、道徳、倫理を超えて、法律・政治・経済問題から衣食住のマナーにいたるまで、人間の生活すべてを包括している以上、ムスリムは理論的には、一挙一動にいたるまでつねにアッラーフに対する帰依を念頭に生きるべきであるということになる。
イスラームにおける慣習
理論的には、ムスリムの日常が常住座臥、一挙一動にいたるまでイスラーム化されなければならないとしても、現実には必ずしもその理念が完全に実現されているとはいえないのも事実である。現実と理念の乖離は当然存在している。
イスラーム世界で慣習化している生活様式を見わたしてみると、そこにはイスラーム的なものも見出せるが、同時に非イスラーム的なものも数多く存在する。他の文明圏にも、それぞれの独自の慣習があるように、イスラーム世界にも多くの慣習があるが、イスラーム世界のなかで「イスラーム的慣習」と呼べるものは、クルアーンかハディースに典拠を有するものである。そしてクルアーンかハディースに典拠を有する慣習は、その慣習の遵守がアッラーフヘの帰依の表明であるという点で、ムスリムにとって、たんに先祖代々伝わっているだけの伝統とはまったく異なる意味を有している。
たとえば、日本人が右手で箸を使うのはたんなる伝統的な行儀作法にすぎないが、ムスリムが右手で食事をするのは、「飲食には右手を使いなさい。左手で食事をするのは悪魔の流儀であるから」とのハディースに基づいているのである。
ちなみに、ムスリムが食事に右手を用いるのは左手が用便の始末に使う不浄な手であるから、との説明が一部になされているがこれは誤りである。典拠はあくまでも右のハディースである。一般に、イスラームでは左よりも右を優先させるが、左手を不浄であるとする考えはない。
イスラーム的慣習と非イスラーム的慣習
イスラーム圏での慣習のなかで、イスラーム的慣習と非イスラーム的慣習の例をあげるなら、たとえば女性のヒジャーブ(頭巾一の着用、男性の顎髭は、「女性にとっては顔と手以外は恥部である」、「口髭は刈り男性は顎髭を伸ばせ」との預言者ムハンマドの教えに基づいた「イスラーム的慣習」である。しかし、女性のヒジャーブの色や形態についてはとくに定めはなく、特定の色彩、形態が好まれるのは地域的習慣にすぎない。中東でよく見られる口髭を蓄え顎髭を剃った男たちは、イスラーム的というよりは非イスラーム的習慣に染まっているといったほうがいい。
また、食事のときに床に車座になって座り、右手を使って食物を口に運ぶのも、見知らぬ旅人に食事をふるまうのも、預言者の教えにならった「イスラーム的慣習」である。しかし、現在中東に広く普及しているお茶とコーヒーによる接客は、両者ともに預言者の時代には存在せず、カフェインの覚醒作用が酒の酩酊同様に禁じられたものにあたるかどうかが識論されたことからも、非イスラーム的といえよう。
また、姦婦、姦夫が密通の場を目撃した四人の証人の証言があった場合に、石打ちに処されるというのは預言者の定めたイスラーム的刑罰である。一方、中東では、箱入り娘が密かに恋人と関係を持ったのを父親が見つけて家の名誉のために自ら銃殺した、といった例が時折報告されるが、これは以下の理由により、イスラームに基づくどころかはっきりとイスラームに反する習慣である。
(1)イスラームが処刑を定めているのは姦婦と姦夫であり、未婚の男女の刑は鞭打ちのうえでの国外追放である。
(2)密通に男女の区別はなく、女性だけが罰せられるのはおかしい。
(3)四人の証人が揃わなければ処刑はできない。
(5)処刑の執行者はカリフかその代理であり、娘の父や兄弟にはその権利はない。
(6)処刑の方法は石打ちと定められており、それ以外の処刑はイスラーム法に反する。
以上に述べたように、イスラームが、ムスリムの日常生活のすべてを規定しているといっても、必ずしも、ムスリムが常時イスラームを意識して暮らしているとはいえず、また実際に慣習化している生活様式のなかにも、イスラーム的なものと非イスラーム的な地域習慣が混在しており、当事者たちが明確に両者を区別していない場合も多いのである。
日常におけるイスラーム
次に、日々の生活における卑近な例から、狭い意味での宗教としてイスラームが日常生活のなかに溶け込んでいるかを見てみたい。ここでは、外部の観察者にも簡単に確認できるものとして、礼拝、挨拶、命名、教育、書籍文化、ラマダーン月を取り上げた。
@礼拝
ムスリムには一日に五回の礼拝が課されており、礼拝ごとにムスリムはアッラーフの御言葉であるクルアーンの一部を読み、信仰告白を繰り返し、アッラーフを称え、使徒ムハンマドに祝福を祈るなど、信仰を新たにする。また、礼拝時刻に入ると、モスクからは「アッラーフは偉大なり(二回)。アッラーフのほかに神はないことを私は延言する(二回)。ムハンマドはアッラーフの使徒であることを私は証言する(二回)。礼拝に来たれ(二回)。幸福に来たれ(二
回)。アッラーフは偉大なり(二回)。アッラーフのほかに神はない」とのアザーン(礼拝への呼びかけ)が響きわたり、テレビ・ラジオなども、これを放送する。
A挨拶
イスラーム教徒どうしの挨拶は、出会い、別れ、朝夕を問わず、また民族、国籍、言語のいかんにかかわらずアラビア語の「アッサラームアライクム(あなたに平安あれ)」であるが、これはムスリムどうしが出会ったときに、「アッサラームアライクム」と挨拶を交わすようにとのクルアーンとハディースの教えに基づいている。
また、食事を始めるにあたっては「ビスミツラー(アッラーフの御名によって)」、終えたときには「アルバムトリッラー(アッラーフに称えあれ)」、感謝の意を表すときには「ジャザークムッラーフハイラー(アッラーフがあなたに報償を賜りますように)」、将来のことについて語るときには「インシャーアッラーフ(アッラーフが望み給えば)」と唱えるなど、ムスリムの会話には、いたるところにアッラーフの御名がちりばめられている。
B命名
ムスリムの名前は、民族、国籍を問わず、そのほとんどが紛れもなくイスラーム的な意味を有したものなので、どこにいてもすぐにムスリムのアイデンティティを確認することができる。具体的には、以下のようなものである。
(1)預言者の名前―ムハンマド、イブラーヒーム(アブラハム)、イーサー(イエス)、ムーサー(モーゼ)など。
Aアブド(しもべ)アッラーフおよびその別名―アブトッラー(アッラーフのしもべ)、アブドルアズィーズ(威力ある御方のしもべ)、アブドッラフマーン(慈悲深さ御方のしもべ)など。
(3)預言者ムハンマドの高弟の名―アブー・バクル、ウマル、ウスマーン、アリーハーリド、ウサーマなど。
C教育
イスラーム圏では、普通教育のなかでもイスラームの教義、礼拝、喜捨、断食、巡礼などの儀式の具体的規定、クルアーンの読み方、イスラームの歴史などが必修科目として教えられる。そのほかにも町内に最低ひとつはあるモスクでは、定められた金曜日の集合礼拝の説教のほかにも、イスラーム学の講義が随時行なわれているのが常である。
D書籍文化
イスラーム国(とくにアラビア語圏)で本屋に入ってみると、ほとんどの本屋ではクルアーンをはじめとするイスラーム関係の書籍が、その半数近くを占めていることに気づく。しかも数世紀以上も前に書かれた難解なイスラーム学の古典が、イスラーム関係書籍の半数以上を占めていることも珍しくない。
Eラマダーン月
一年に一度のラマダーン月の斎戒はムスリムの義務であり、ラマダーン月の一カ月間は病気や旅行中など斎戒を免除される者を除き、すべてのムスリムが、日の出前から日の入りまでいっさいの飲食、性行為を絶ち、斎戒を行なう。また、ラマダーン月は日中の斎戒のみならず、夜の礼拝、クルアーンの全巻読了、貧者への布施、親戚の訪問などのイスラームの徳目の実践がふだん以上に強く勧められる。
イスラームの規範体系の構造
イスラームの規範体系は、禁止と許可の二値義務諭理学ではなく、義務、推奨、許容、忌避勧告、禁止の五値義務論理学に基づいている。
礼拝を例にとると、一日五回の定時礼拝は義務であるが、夜の定時礼拝後の深夜の礼拝は推奨行為である。また、自発的に随時に礼拝を行なうことは許容されているが、日没前の夕映えの下での礼拝は忌避するほうが望ましいとされ、日の出直後、太陽の南中時の礼拝は禁止されている。
斎戒も同様で、ラマダーン月の斎戒は義務であるが、月曜、木曜の斎戒は推奨行為であり、逆に金曜日、土曜日のみの斎戒は忌避するほうが望ましいとされる。犠牲祭、ラマダーン月の斎戒の終了を祝う祭りの日々の斎戒は禁じられているが、それ以外の日に自発的に斎戒を行なうことは許容されている。
イスラームの教えは、義務の履行、禁止の遵守というムスリムの守るべき最低限の限界を定めると同時に、できれば行なったほうがよいとする推奨行為と避けたほうがよいとする忌避勧告行為によって、ムスリムの模範的生き方の指針をも示している。
その意味では、イスラームには西欧的な意味での「法と道徳」の区別も存在しないのである。
イスラーム・ファンダメンタリズムの日常における規範
イスラーム・ファンダメンタリズムは、一般に可能なかぎり、義務の履行と禁止の遵守のみならず、推奨行為の履行と忌避行為の忌避をも自らに課そうとする。その点において、一般のムスリムの大半と異なる日常を送ることになる。
以下にいくつかの例をあげよう。
(1)一日五回の礼拝の定刻開始と同時にモスクに集まり集団で礼拝を行なう。一般のムスリムは家や職場で定刻の終了寸前にひとりで礼拝をすませることも希ではない。
(2)ラマダーン月の斎戒に加えて、預言者ムハンマドに倣って毎月曜日、木曜日、月の中日、イスラーム暦正月の九日、十日などに斎戒を行なう。
(3)貯蓄、在庫にかかる義務としての二・五%の喜捨のみならず、それ以上の喜捨を自発的に行なう。
(4)禁止されている飲酒、賭博、婚外交渉などはもちろん、忌避勧告の対象となっている音楽、絵画、彫像、煙草など(禁止であるとの法学説もある)をも忌避する。
(5)偶像崇拝の危険がある護符の着用、聖者願参詣などを忌避する。
ただし、右は必ずし、ファンダメンタリズムのみの特徴ではなく、(5)を除けば、敬愛なムスリム一般にあてはまる行動様式ともいえる((5)に関しては、敬愛なスーフィーはむしろ功徳があるとして積極的に行なっている)。
イスラーム・ファンダメンタリズムと勧善懲悪
また、敬愛なムスリムの日常と、イスラーム・ファンダメンタリズムの日常を区別するのは、その積極的な社会関与、とくに「勧善懲悪」の実践である。
まず、ファンダメンタリストは社会的弱者の救済に熱心である。彼らは定めの喜捨、自発的な喜捨を自ら率先して納めるにとどまらない。寡婦、孤児、貧者、病人など、必要とする者に喜捨が行きわたるようにと、腐敗し信ずるに足りない政府に代わって自ら喜捨の公正な分配を行なっている。また、診察費の安い病院、無料診察所の設立、無料の法律相談なども彼らの社会活動としてあげることができる。
さらに、イスラームにおける「日常と非日常」「聖と俗」の非分離は、政治、経済、教育、文化、風俗、科学のすべての問題が、宗教的に問題となりうることを意味する。
飲酒者に対する答刑、姦婦・姦夫に対する石打ち刑などのイスラーム刑法を執行しない政府(政治)、禁じられた利子取引を行なう銀行、賭博の禁に抵触する宝くじの販売、同じく「死ぬかもしれない」ことに金をかける生命保険(経済)、偶像崇拝に繁がる絵画・彫像、神への奉仕から心をそらす煽情的な音楽を子どもに強制し、未婚の男女の接触を許す共学の学校(教育)、イスラームの価値観に反する西欧の文物を称揚するテレビ、映画、雑誌の氾濫(文化)、イスラームの教えに反した(髪・腕・足などを露出する)身形をして恥じない女あるいは顎髭を剃った男などの存在(風俗)、クルアーンの教えに反する進化論、唯物史観、精神分析などの疑似科学理論(科学)などが問題とされるのである。
勧善懲悪の義務
いつの時代にも堕落した人間もいれば、犯罪者も存在する。そのこと自体は人間社会の常態であり、案ずるには及ばない。しかし、現代のイスラーム社会の問題の特殊性は、イスラームを組織的に抹殺しようとする社会勢力が軍・警察などの暴力装置の掌握を背景に国政を操っていることにある。
イスラームは情の宗教ではなく、知の宗教であり、正しい教育を欠いて正しいイスラーム社会の建設はありえない。しかし、西欧による植民地支配がもたらした西欧の文物の強制とイスラームヘの弾圧によって、イスラーム教育は徹底的に破壊された。また、形式的に独立を達成した国家においても、西欧の反イスラーム政策を継承した軍事政権下では、正しいイスラーム教育は行なわれない。それゆえ一般民衆は、イスラームヘの情緒的忠誠はなお堅固ではあっても、イスラームに関する正しい知識を有する者は希である。
イスラームに敵対する政治権力と、民衆の無知、このふたつがイスラーム社会の混迷の根底にある。イスラーム世界の諸軍事政権は、イスラームの教えを充分に実行していないのみならず、むしろ逆にムスリム民衆の信仰を腐食し、ムスリム社会を破壊する政策をとっている。
そのような政府にはイスラーム社会の改革を期待することは望むべくもない。そのような状況下では、個々人が社会の改革のために勧善懲悪の義務を積極的に担わなければならないイスラーム・ファンダメンタリストはそう考えるのである。
イスラームに聖俗の区分は存在しないことを改めて確認したうえで、便宜的に狭い意味で宗教的な行為と社会的な行為に分類するなら、次のような活動がファンダメンタリストの行なう勧善懲悪に含まれている。
宗教的行為
(1)モスクでの集団礼拝への勧誘。
(2)クルアーン読語学などイスラーム諸学の勉強会の組織。
(3)ムスリム女性に対するヒジャーブの強制。
(4)結婚披露宴などでの公然たる歌舞音曲の演奏の実力阻止。
(5)ムスリムの相手に酒を売る酒屋、バー、ホテル、あるいはポルノビデオショップなどの打ち壊し。
社会的行為
(1)公的機関の賄賂や縁故による不正との戦い。
(2)警察に代わっての強制売春からの女性の救済。
(3)傷害や殺人事件におけるイスラーム法の定める同害報復刑の執行。
イスラームからの社会の逸脱の原因が敵対権力の存在と民衆の無知にある以上、イスラーム社会の改革は、宣教と教育による民衆の教化のみによっては達成されない。
なぜならイスラームに敵対しイスラームの抹殺を望む政治権力は教化活動の成功を決して許さず、あらゆる手段を用いてその妨害を試みるからであり、教化活動点権力サイドからの抑圧に対抗する実力行使、すなわち「勧善懲悪」を伴わざるをえないのである。
イスラーム・ファンダメンタリズムの発生要因
「実力行使は『イスラーム集団』のイデオロギーの五%、いかに多く見積もっても、一〇%を占めることはない。ところがメディアと治安当局は、われわれが暴力的戦闘的な過激派集団であるように人びとに信じさせるために、この一〇%のみを喧伝している」
これはエジプトのイスラーム主義反政府武装闘争派「イスラーム集団」のメンバーの言葉である。
政府の弾圧により武力闘争への突入を強いられた現段階の「イスラーム集団」ですら、実際に武装闘争に参加しているのはその「軍事部門」のメンバーのみである。そして軍事部門のメンバーも、その日常は敬度なムスリムの生活にほかならず、「テロ」と呼ばれるような行為は、当然のことながら例外的にしか生じない。イスラーム・ファンダメンタリズムをテロリズムと呼んでみても、彼らの行動原理も理解できなければ、その興隆の原因の解明も不可能であるまた、イスラーム・ファンダメンタリズムの発生を貧困に求めるのも、学問的根拠を欠く謬見である。そうした説明が学問的根拠を有しないことはイスラーム革命が起きた当時のイランがイスラーム世界でももっとも豊かな国のひとつであったこと、また現在イスラーム世界でファンダメンタリズムがもっとも力を有しているのが豊かな産油国であるサウディ・アラビアであることからも明らかである。
すなわち、イスラーム・ファンダメンタリズムの発生は、経済的要因よりも社会的要因、社会的要因よりも、文化・歴史的要因によって規定されるところが大きい。
イスラーム・ファンダメンタリズムが反体制化し、またそれが武装闘争路線を採用するにいたるか否かは、その国のイスラーム政治学および民衆の政治意識の成熟と、国家の反イスラーム度の関数である。つまり、民衆のイスラーム意識が高く、政治のイスラームからの乖離度が大きければ、イスラーム・ファンダメンタリズムが反体制化する。さらに、その国家が独裁国家であって武力闘争以外に民意を反映するチャンネルがなく、加えて民衆が武装しうる客観的条件が整えば、ファンダメンタリズムが武装闘争化する蓋然性が高まるのである。
イスラーム・ファンダメンタリズム理解への視点
以上の状況を考えあわせると、イスラーム・ファンダメンタリズムを理解するためには、以下の手続きが必要とされる。
第一に、イスラーム・ファンダメンタリズムを理解するためには、まずイスラーム自体の基本構造の理解が必要とされる。
第二に、イスラーム世界についてのわれわれの認識が、イスラーム世界の独裁政権の反「ファンダメンタリズム」広報と、欧米のメディアによる反イスラーム報道による二重の歪曲を被っていることを理解し、その予断を排して対象自体に直接のアクセスをはかることが求められる。
第三に、イスラームの理念がイスラーム世界の現実に反映されている(あるいは反映を妨げられている)メカニズムを解明する必要がある。
この三重の手続きを経て、初めてイスラーム・ファンダメンタリズムの発生の必然性、そしてその射程とともにその限界をも理解することが可能となるのである。