『イスラーム私法・公法概説 − 公法編』(日本サウディアラビア協会,20084月発行)

序論

 

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イスラーム法学には神事編(イバーダート)と人事編(ムアーマラート)の区別はあるが、公法と私法の区別は無い。公法と私法の分類は、西洋の法学の慣行であり、本シリーズがイスラーム法の人事編を公法と私法に分けたのは、西欧の法学の考え方に馴染みの深い一般読者にとって理解が容易になるようにと考えてのことであり、あくまでも便宜上のものに過ぎない。

ハンス・ケルゼンの純粋法学が明らかにした通り、法とは、違反行為に制裁を課す強制規範であり、その名宛人、あるいは主体は法執行機関である。殺人罪を例に取れば、我が国の刑法は、刑法第199条に「 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する」と定めている。つまり、殺人罪は、市民に殺人を禁じている、との常識的な理解とは異なり、法的制裁の執行機関、即ち国家に殺人犯に死刑あるいは懲役を課すことを定めているのである。

ケルゼンは、この国家に対する制裁の執行の規範を第一次規範と呼び、この第一次規範を本来の法規範とみなし、この第一次規範の制裁の対象となる行為の禁止を法的には付随的な社会規範として第二次規範と呼んだ。ケルゼンの純粋法学のアプローチは、イスラーム法の構造の分析にも極めて有益である。イスラーム法もまた強制を伴う規範の体系であるが、その概念構成において、義務(ワージブ)とはその不履行に、禁止(ハラーム)とはその違反に来世での獄火の懲罰が科される行為とされる。そして獄火の懲罰を科すことの出来る者は万有の主たるアッラーを措いて他には存在しない。つまりイスラーム法においては、第二次規範の名宛人、主体が人間であるのに対して、第一次規範の名宛人、主体はアッラーのみなのである。

西洋の法において、国家の名の下に為政者が暴力を独占し法の執行者として人々に臨むのに対し、イスラーム法の概念構成においては、アッラーだけが獄火の懲罰による法の執行者であり、人間はただ服従の義務のみを有する。西欧法においては法の執行者として表象される為政者は、イスラーム法においては、アッラーの前においてなんら特別な地位を占めない。むしろ為政者には、一般の人々には科されない様々な第二次規範が科されるのである。

西欧の法では、為政者が執行すべき法を執行しない事態は想定されておらず、その違反の罰は規定されていないのが通例である。先の殺人罪を例にとれば、我が国では、刑事訴訟法の第475条が、死刑は判決確定後、法務大臣の命令により6ヶ月以内に執行することが定めているが、歴代法務大臣は6か月内に死刑執行命令を出していないにもかかわらず、法務大臣が罰されることはない。

イスラーム法では事態は全く逆である。一般の人々に課される二次規範の禁令の殆どには「現世」での刑罰の規定がない。たとえば有名な利息所得の禁止にしても、クルアーンの聖句「禁じられていたにもかかわらず利息を取り、不正に、人の財産を貪ったためである。われはかれらの中の不信心な者のために、痛苦の懲罰を準備している。」(4章161節)はアッラーによる来世の懲罰を告げているのみで、イスラーム法も「現世での刑罰」を定めてはいない。豚肉の禁止や女性の服装規定の違反なども同様である。

「現世での刑罰」とは、イスラーム法の概念構成においては、その対象となる行為を犯した者へのイスラーム法上の罰ではなく、その刑罰の執行が為政者の義務となる、つまりその執行を怠れば為政者に来世での火獄の懲罰が科される行為なのである。

殺人罪を例に取ると、クルアーンに「だが信者を故意に殺害した者があれば、その応報は火獄で、彼は永遠にその中に住むであろう。アッラーは彼を怒り呪い、厳しい懲罰を備え給う。」(4章93節)とある通り、その罰は永遠の業火の懲罰である。我々がイスラーム法における殺人罪に対する刑罰と考える同害報復刑は、イスラーム法の概念構成では為政者、あるいは国家の科する罰ではなく、遺族の権利であり、殺人は刑事事件というよりも民事事件である。従って為政者の役割は、その殺人が、故意によるものか、あるいは未必の故意、過失によるものかの裁定、同害報復刑が無用な苦痛を与えることなく正当に執行されるように監督すること、遺族本人に処刑ができない場合に、国庫から処刑人の雇用費を支給することなどに限られる。

西洋の刑法に相当する窃盗罪の断手刑のようなイスラームの法定刑は、窃盗に対する罰ではなく、その刑を執行しなければ「窃盗犯の男でも女でも彼らの手を切断せよ・・・」(5章38節)とのアッラーの命令への背反により為政者が獄火での懲罰に処されるとの、為政者を懲罰の対象とする第二次規範なのである。それゆえイスラーム刑法とは、それを怠れば火獄の懲罰を為政者が科される第二次規範の体系ということが出来る。

イスラームにおいて立法はアッラーのみの大権であり、他の人間に自らの意思を暴力によって法として強制することは誰にも許されない。イスラーム法において為政者は、アッラーの命令に従い、窃盗の断手刑、飲酒の鞭刑などの法定刑を科し、民事において公正な裁判を行いその判決を執行し、国内の治安を維持し、イスラームの秩序を拡大するためにジハードを行うためにのみ、強制権力を委ねられており、それ以外の目的で権力を行使すれば、アッラーに背いたかどで獄火の懲罰を蒙るべき存在として表彰される。

このイスラーム法の性格を理解することなくして、世界各地で展開しつつあるイスラーム法の施行の要求の真の意味は理解できない。

本書は、イスラーム公法の概略を示した第一部と、イスラーム法学の古典の翻訳に詳細な脚注を付した第二部の二部構成になるが、西洋の法とは全く違うイスラーム法の世界観と論理構成を日本の読者に伝えることを目的としている。本書が、読者諸賢をイスラームの更なる学びへと誘うことができれば、望外の喜びである。