「一神教としてのタウヒード」

 

セム系一神教の最新ヴァージョンにして、世界史上最後に現れた普遍宗教でもあるイスラームは、多神崇拝、偶像崇拝の否定を最も研ぎ澄まされた表現に凝縮する。

 イスラームの信仰告白は「アッラーフの他に神はなし。ムハンマドはアッラーフの使徒なり。」の二つの告白からなるが、究極的にはその第一段、「アッラーフの他に神なし」に還元される。

 「アッラーフの他に神なし」はアラビア語の原文では、「l± il±h ill± All±h」である。

 文法構造が日本語よりアラビア語に近い英語に置き換えると、l± は no、il±h はgod、ill± はbut、 All±hは宇宙の創造者たる唯一神の固有名を意味する。

  「アッラーフの他に神なし」は、更に「no god」と「but All±h」の二つの文に分解される。butには英語でも「しかし」の他に、否定詞の後に続く場合の「〜以外に」の意味があるが、アラビア語でも同じである。

  実は「l± il±ha ill± All±h」の後段の「ill± All±h」は、All±hが前段の判断には含まれない、との留保に過ぎず、All±h自体の存在判断は含まない。

 つまり「l± il±h ill± All±h」は、より正確には「神は存在しない。しかしアッラーフについては別である(判断留保)。」という意味である。

 イスラームの根本教義の更に核心には、「no god」、「神はなし」との神の否定がある。森羅万象の全てから神性を剥奪し、神は存在しない、との認識に先ず立つこと。イスラームはこの神の否定から出発する。

「『宇宙』という語で我々はアッラーフ以外の全ての存在者を意味する。そして我々は『アッラーフ以外の全ての存在者』という言葉で、物体の総体と偶有の総体を指す。」とガザーリー(1111年没) が定義しているように神と宇宙の存在の根本的乖離こそがイスラーム神学の基本前提となる。

 アッラーフは時空の創造者であって、時空によって拘束されることはない。宇宙であれ、異次元であれ、いかなる場にもアッラーフは存在しない。時空を超越したアッラーフの存在は、そもそも「何処に」と答えられるようなものではない。アッラーフは何処にも存在しない。

 人間が崇め仕えるべき対象が唯一であること、世界の創造主が唯一であること、そして人間が崇め仕えるべきこの唯一者が、唯一なる世界の創造主だけであり、その唯一者が、クルアーンの話者であるアッラーフに他ならないこと、そしてアッラーフは、本体において複合性なき単体、属性において比類なき独一者、行為において共同者なき単独者であること、これが一神教としてのイスラームの要諦である。

 

イスラームの根本教義  

 イスラームの根本教義とは偶像崇拝の禁止に他ならない。

 この世界の中に存在するいかなる被造物をも神としないことが、イスラームの大前提であり、その前提の上に全世界の創造主たるアッラーフへの絶対帰依、即ちイスラームの教えが帰結する。

1.信仰告白

  イスラームは「ラーイラーハイッラーッラー(アッラーフの他に神はなし)」「ムハンマドゥンラスールッラー(ムハンマドはアッラーフの使徒なり)」の2命題をもって信仰告白句とする。

 イスラームには特別な入信儀礼はなく、通説では、この2句を唱えた者は、それだけでムスリム(イスラーム教徒)とみなされる。

 他方、ハナフィー法学派の学説では、無神論者、多神教徒は「ラーイラーハイッラーッラー」と唱えることだけでムスリムとなる。

2.宗派

  現在、世界のイスラーム人口は約12億人とも言われる。イスラーム教徒は全体の約9割を占める多数派のスンナ派と約1割の少数派のシーア派の二大宗派に大別される。

 スンナ派は、(1)アッラーフ(神)、(2)天使、(3)啓典、(4)使徒、(5)来世、(6)予定、の6項を信仰の6柱とする。

 シーア派は(1)アッラーフの唯一性、(2)アッラーフの正義、(3)預言、(4)教主(イマーム)職、(5)来世、の5項を信仰の5柱とする。

 そこで以下に、スンナ派とシーア派の共通の信仰の柱、アッラーフフ、使徒(預言者)、来世について順に略述しよう。

3.アッラーフ

   この世界にある存在者は、時空の中に存在する限り有限であり、有限な存在は全て被造物であるに過ぎない。宇宙は時空を超えた存在によって無から創造された。この時空を超えた宇宙の創造者がイスラームで言う「神」、アッラーフである。アッラーフは時空の創造者であって、時空によって拘束されることはない。

 時空を超越し姿形を有さないにもかかわらず、アッラーフは人間とコミュニケーションを行う人格神である。空間の中に位置する身体ではなく、心が神と人間のコミュニケーションの場であり、言語がその媒体となる。「人格神である」とは、アッラーフが人間に語りかける神であることを意味する。そして人間に語りかける人格神アッラーフは、言葉をもって人間に善を命じ、悪を禁じ、法を定める立法者でもある。

 創造主にして、立法者。アッラーフは宇宙の存在の根源であると共に、人間の法/道徳規範の源泉でもある。

4.使徒

   アッラーフは人間に語りかける神であり、神と人間のコミュニケーションの可能性は常に開かれている。とはいえ、神と人間の直接的コミュニケーションは稀にしか生じず、個々人ではなく社会全般を対象としたメッセージが神から届くような場合は特にそうである。そのような社会的メッセージを人々に伝えるために、特に神によって選ばれた者が使徒と呼ばれる。使徒は神のメッセージを間違いなく人々に伝える使命を帯びているため、人格と知性に秀れ信望を集める選良でなければならない。

 アッラーフは全ての民族に使徒を遣わしたが、人類の文明が一定の水準に達した時点で、様々な民族を超えて人類全体に永遠に妥当する普遍的メッセージが伝えられることになった。その最終メッセージが『クルアーン』であり、その担い手として選ばれた使徒がアブラハムの裔、アラブ民族出身のムハンマドであった。

5.来世

   アッラーフは宇宙の創造者であるばかりでなく規範、価値の源泉であり、人間に使徒を遣わし、法を定め、善を命じ、悪を禁じ給うた。

 しかし現世の社会秩序においては人間に裁量の自由が与えられているため、正義は必ずしも貫徹されず、悪が栄え善が滅びることも稀ではない。

 神は、宇宙の歴史の終末の後に、全ての人間を甦らせ、生前の全ての行為の記録を読み上げ、審判を下す。いかなる善行も見落とされることはなく、故なく被った義人の苦しみは癒され、悲しみは慰められ、公正な裁きが下され、誰一人不当な扱いを受ける者はない。一方、どのような悪行も見逃されることはなく、懲罰を受けるが、神は僅かでも赦しの余地のある罪人には慈悲を垂れ、罪を減じ、罰を免じる。

 人間の生命は現世の生死を超えて永遠であり、神の正義と慈悲が顕現する場が来世における最後の審判なのである。