東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
「ムスリムの生活世界とその変容―フィールドの視点から」中東イスラーム研究教育プロジェクト 共同研究プロジェクト研究会
[報告の要旨]「イスラーム学の生活世界」
「生活世界」を方法論的に語るためには、「今ここで行われている『コミュニケーション』」を出発点とする超越論的遂行論(アーペル)の立場が有効である。それは(1)「現実(モノ=世界)」(2)意識(独我)(3)言葉(共同体)のアプリオリのトリレンマを、特殊学問的研究者共同体の専門用語によるコミュニケーションにおいて解消する道であり、「今・ここに・ある」言語によって媒介される自我と世界の相互包括関係の本質的非決定性が「力能=帰責主体」としての「世界-内―存在」たる人間の実存に他ならないからである。
そして言語が透明な媒体ではない以上、この発表が日本語で語られること自体について、日本語の持つ意味論的特性、統語論的特性のみならず、「論理=言葉」への根源的不信を蔵する語用論な特性が反省が付されなければならないが、それをどのように研究しうるのかは今後の課題である。
ルーマンの宗教社会学の教えるところでは、宗教創始者/教祖の「生活世界」における「直接的な」宗教経験・行為は、信徒にとっては「間接的に」伝聞された教義・儀礼として「象徴的に一般化されたコード=信仰」の対象になるが、伝統イスラーム学は、預言者に遡る、来世(±khirah)、幽玄界(Ô±lam ghaib)、天(sam±Õ)、帰り処(maÔ±d)の啓示の伝聞情報を、直接的な「体験」に変換する修法、身体技法を開発することによって、啓示の信憑性構造を維持してきた。
しかし近代の西洋による文化植民地状況、「近代科学」による伝統イスラーム学の侵食により、見える聖性の象徴であった霊的な「天」が地球と同じ組成を持つ物質に還元され、「地」化されることによる「聖なる天蓋」の崩落、創造主と被造物の中間領域の生活世界からの退潮が生じた。一方で、ヴァーチャル・リアリティーの出現により、地球規模でのウンマの実現への可能性が開けつつあるのも事実である。
またグローバリゼーションによるオリエンタリストをムスリムの相互参照の進展により、両者間の「地平融合」が生じつつある。しかし、イスラーム世界が、西欧による文化植民地状況下にある現時点では両者の直接の相互理解は不能で、媒介に「世俗主義」等が介入することによって生ずる問題の存在が指摘されねばならない。