→ハーグ陸戦規則
署名一九〇七年一〇月一八日(ハーグ)
効カ発生一九一〇年一月二六日
日本国一九一一年一一月六日批准、一二月一三日批准書寄託、一二年一月一三日公布〔条約四号〕二月一二日発効
独逸皇帝普魯西国皇帝陛下〔以下締約国元首名省略〕ハ、平和ヲ維持シ且諸国問ノ戦争ヲ防止スルノ方法ヲ講スルト同時ニ、其ノ所期ニ反シ避クルコト能ハサル事件ノ為兵力ニ訴フルコトアルヘキ場合ニ付攻究ヲ為スノ必要ナルコトヲ考慮シ、斯ノ如キ非常ノ場合ニ於テモ尚能ク人類ノ福利ト文明ノ駸駸トシテ止ムコトナキ要求トニ副ハムコトヲ希望シ、之カ為戦争ニ関スル一般ノ法規慣例ハ一層之ヲ精確ナラシムルヲ目的トシ、又ハ成ルヘク戦争ノ惨害ヲ減殺スヘキ制限ヲ設クルヲ目的トシテ、之ヲ修正スルノ必要ヲ認メ、千八百七十四年ノ比律悉会議ノ後ニ於テ、聰明仁慈ナル先見ヨリ出テタル前記ノ思想ヲ体シテ、陸戦ノ慣習ヲ制定スルヲ以テ目的トスル諸条規ヲ採用シタル第一回平和会議ノ事業ヲ或点二於テ補充シ、且精確ニスルヲ必要ト判定セリ。
締約国ノ所見ニ依レハ、右条規ハ、軍事上ノ必要ノ許ス限、努メテ戦争ノ惨害ヲ軽滅スルノ希望ヲ以テ定メラレタルモノニシテ、交戦者相互問ノ関係及人民トノ関係ニ於テ、交戦者ノ行動ノ一般ノ準縄タルヘキモノトス。
但シ、実際ニ起ル一切ノ場合ニ普ク適用スヘキ規定ハ、此ノ際之ヲ協定シ置クコト能ハサリシト雖、明文ナキノ故ヲ以テ、規定セラレサル総テノ場合ヲ軍隊指揮者ノ檀断ニ委スルハ、亦締約国ノ意思ニ非サリシナリ。
一層完備シタル戦争法規ニ関スル法典ノ制定セラルルニ至ル迄ハ、締約国ハ、其ノ採用シタル条規ニ含マレサル場合ニ於テモ、人民及交戦者カ依然文明国ノ間ニ存立スル慣習、人道ノ法則及公共良心ノ要求ヨリ生スル国際法ノ原則ノ保護及支配ノ下ニ立ツコトヲ確認スルヲ以テ適当ト認ム。
締約国ハ、採用セラレタル規則ノ第一条及第二条ハ、特ニ右ノ趣旨ヲ以テ之ヲ解スヘキモノナルコトヲ宣言ス。
締約国ハ、之カ為新ナル条約ヲ締結セムコトヲ欲シ、各左ノ全権委員ヲ任命セリ。
〔全権委員名省略〕
因テ各全権委員ハ、其ノ良好妥当ナリト認メラレタル委任状ヲ寄託シタル後、左ノ条項ヲ協定セリ。
第一条[陸軍に対する訓令] 締約国ハ、其ノ陸軍軍隊ニ対シ、本条約ニ附属スル陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則ニ適合スル訓令ヲ発スヘシ。
第二条[総加入条項] 第一条ニ掲ケタル規則及本条約ノ規定ハ、交戦国カ悉ク本条約ノ当事者ナルトキニ限、締約国間ニノミ之ヲ適用ス。
第三条[違反] 前記規則ノ条項ニ違反シタル交戦当事者ハ、損害アルトキハ、之カ賠償ノ責ヲ負フヘキモノトス。交戦当事者ハ、其ノ軍隊ヲ組成スル人員ノ一切ノ行為ニ付責任ヲ負フ。
第四条[一八九九年の条約] 〔省略〕
第五条[批准] 〔省略〕
第六条[非記名国] 〔省略〕
第七条[効力発生] 〔省略〕 第八条[廃棄] 〔省略〕 第九条[批准書寄託の帳簿] 〔省略〕
第一款交戦者
第一章交戦者ノ資格
第一条[民兵と義勇兵] 戦争ノ法規及権利義務ハ、単ニ之ヲ軍ニ適用スルノミナラス、左ノ条件ヲ具備スル民兵及義勇兵団ニモ亦之ヲ適用ス。
一 部下ノ為ニ責任ヲ負フ者其ノ頭ニ在ルコト
二 遠方ヨリ認識シ得ヘキ固著ノ特殊徽章ヲ有スルコト
三 公然兵器ヲ携帯スルコト
四 其ノ動作ニ付戦争ノ法規慣例ヲ遵守スルコト
民兵又ハ義勇兵団ヲ以テ軍ノ全部又ハ一部ヲ組織スル国ニ在リテハ、之ヲ軍ノ名称中ニ包含ス。
第二条[群民兵] 占領セラレサル地方ノ人民ニシテ、敵ノ接近スルニ当リ、第一条ニ依リテ編成ヲ為スノ遑ナク、侵入軍隊ニ抗敵スル為自ラ兵器ヲ操ル者カ公然兵器ヲ携帯シ、且戦争ノ法規慣例ヲ遵守スルトキハ、之ヲ交戦者ト認ム。
第三条[戦闘員と非戦闘員] 交戦当事者ノ兵力ハ、戦闘員及非戦闘員ヲ以テ之ヲ編成スルコトヲ得。敵ニ捕ハレタル場合ニ於テハ、二者均シク俘虜ノ取扱ヲ受クルノ権利ヲ有ス。
第二章俘虜
第四条[地位] 俘虜ハ、敵ノ政府ノ権内ニ属シ、之ヲ捕ヘタル個人又ハ部隊ノ権内ニ属スルコトナシ。
俘虜ハ人道ヲ以テ取扱ハルヘシ。
俘虜ノ一身ニ属スルモノハ、兵器、馬匹及軍用書類ヲ除クノ外、依然其ノ所有タルヘシ。
第五条[留置] 俘虜ハ、一定ノ地域外ニ出テサル義務ヲ負ハシメテ之ヲ都市、城寨、陣営其ノ他ノ場所ニ留置スルコトヲ得。但シ、已ムヲ得サル保安手段トシテ、且該手段ヲ必要トスル事情ノ継続中ニ限、之ヲ幽閉スルコトヲ得。
第六条[労務] 国家ハ、将校ヲ除クノ外、俘虜ヲ其ノ階級及技能ニ応シ労務者トシテ使役スルコトヲ得。
其ノ労務ハ、過度ナルヘカラス。又一切作戦動作ニ関係ヲ有スヘカラス。
俘虜ハ、公務所、私人又ハ自己ノ為ニ労務スルコトヲ許可セラルルコトアルヘシ。
国家ノ為ニスル労務ニ付テハ、同一労務ニ便役スル内国陸軍軍人ニ適用スル現行定率ニヨリ支払ヲ為スヘシ。右定率ナキトキハ、其ノ労務ニ対スル割合ヲ以テ支払フヘシ。
公務所又ハ私人ノ為ニスル労務ニ関シテハ、陸軍官憲ト協議ノ上条件ヲ定ムヘシ。
俘虜ノ労銀ハ、其ノ境遇ノ艱苦ヲ軽滅スルノ用ニ供シ、剰余ハ解放ノ時給養ノ費用ヲ控除シテ之ヲ俘虜ニ交付スヘシ。
第七条[給養] 政府ハ、其ノ権内ニ在ル俘虜ヲ給養スヘキ義務ヲ有ス。
交戦者間ニ特別ノ協定ナキ場合ニ於テハ、俘虜ハ、糧食、寝具及被服ニ関シ之ヲ捕ヘタル政府ノ軍隊ト対等ノ取扱ヲ受クヘシ。
第八条[処罰] 俘虜ハ、之ヲ其ノ権内ニ属セシメタル国ノ陸軍現行法律、規則及命令ニ服従スヘキモノトス。総テ不従順ノ行為アルトキハ、俘虜ニ対シ必要ナル厳重手段ヲ施スコトヲ得。
逃走シタル俘虜ニシテ其ノ軍ニ達スル前又ハ之ヲ捕へタル軍ノ占領シタル地域ヲ離ルルニ先テ再ヒ捕ヘラレタル者ハ、懲罰ニ付セラルヘシ。
俘虜逃走ヲ遂ケタル後再ヒ俘虜ト為リタル者ハ、前ノ逃走ニ対シテハ何等ノ罰ヲ受クルコトナシ。
第九条[氏名と階級] 俘虜其ノ氏名及階級ニ付訊問ヲ受ケタルトキハ、実ヲ以テ答フヘキモノトス。若此ノ規定ニ背クトキハ、同種ノ俘虜ニ与ヘラルヘキ利益ヲ減殺セラルルコトアルヘシ。
第一〇条[解放] 俘虜ハ、其ノ本国ノ法律カ之ヲ許ストキハ、宣誓ノ後解放セラルルコトアルヘシ。此ノ場合ニ於テハ、本国政府及之ヲ捕へタル政府ニ対シ、一身ノ名誉ヲ賭シテ、其ノ誓約ヲ厳密ニ履行スルノ義務ヲ有ス。
前項ノ場合ニ於テ、俘虜ノ本国政府ハ、之ニ対シ其ノ宣誓ニ違反スル勤務ヲ命シ、又ハ之ニ服セムトノ申出ヲ受諾スヘカラサルモノトス。
第一一条[宣誓解放] 俘虜ハ、宣誓、解放ノ受諾ヲ強制セラルルコトナク、又敵ノ政府ハ、宣誓解放ヲ求ムル俘虜ノ請願ニ応スルノ義務ナシ。
第一二条[宣誓解放後の再捕] 宣誓解放ヲ受ケタル俘虜ニシテ、其ノ名誉ヲ賭シテ誓約ヲ為シタル政府又ハ其ノ政府ノ同盟国ニ対シテ兵器ヲ操リ、再ヒ捕ヘラレタル者ハ、俘虜ノ取扱ヲ受クルノ権利ヲ失フヘク、且裁判ニ付セラルルコトアルヘシ。
第一三条[軍の一部でない従軍者] 新聞ノ通信員及探訪者並酒保用達人等ノ如キ、直接ニ軍ノ一部ヲ為ササル従軍者ニシテ、敵ノ権内ニ陥リ、敵ニ於テ之ヲ抑留スルヲ有益ナリト認メタル者ハ、其ノ所属陸軍官憲ノ証明書ヲ携帯スル場合ニ限リ、俘虜ノ取扱ヲ受クルノ権利ヲ有ス。
第一四条[捕虜情報局] 各交戦国ハ、戦争開始ノ時ヨリ、又中立国ハ、交戦者ヲ其ノ領土ニ収容シタル時ヨリ、俘虜情報局ヲ設置ス。情報局ハ、俘虜ニ関スル一切ノ問合ニ答フルノ任務ヲ有シ、俘虜ノ留置、移動、宣誓解放、交換、逃走、入院、死亡ニ関スル事項其ノ他各俘虜ニ関シ銘銘票ヲ作成補修スル為ニ、必要ナル通報ヲ各当該官憲ヨリ受クルモノトス。情報局ハ、該票ニ番号、氏名、年齢、本籍地、階級、所属部隊、負傷並捕獲、留置、負傷及死亡ノ日附及場所其ノ他一切ノ備考事項ヲ記載スヘシ。銘銘票ハ、平和克復ノ後之ヲ他方交戦国ノ政府ニ交付スヘシ。
情報局ハ、又宣誓解放セラレ交換セラレ逃走シ又ハ病院若ハ繃帯所ニ於テ死亡シタル俘虜ノ遺留シ並戦場ニ於テ発見セラレタル一切ノ自用晶、有価物、信書等ヲ収集シテ、之ヲ其ノ関係者ニ伝送スルノ任務ヲ有ス。
第一五条[救済団体] 慈善行為ノ媒介者タル目的ヲ以テ、自国ノ法律ニ従ヒ正式ニ組織セラレタル俘虜救恤協会ハ、其ノ人道的事業ヲ有効ニ遂行スル為、軍事上ノ必要及行政上ノ規則ニ依リテ定メラレタル範囲内ニ於テ、交戦者ヨリ自已及其ノ正当ノ委任アル代表考ノ為ニ一切ノ便宜ヲ受クヘシ。右協会ノ代表者ハ、各自陸軍官憲ヨリ免許状ノ交付ヲ受ケ、且該官憲ノ定メタル秩序及風紀ニ関スル一切ノ規律ニ服従スヘキ旨書面ヲ以テ約シタル上、俘虜収容所及送還俘虜ノ途中休泊所ニ於テ救恤品ヲ分与スルコトヲ許サルヘシ。
第一六条[郵便料金の免除等] 〔省略〕
第一七条[捕虜将校] 〔省略〕
第一八条〔宗教の自由] 〔省略〕
第一九条[遺言] 〔省略〕
第二〇条[送還] 平和克復ノ後ハ、成ルヘク速ニ俘虜ヲ其ノ本国ニ帰還セシムヘシ。
第三章病者及傷者
第二一条[取扱] 病者及傷者ノ取扱ニ関スル交戦者ノ義務ハ、「ジェネヴァ」条約ニ依ル。
第二款戦闘
第一章害敵手段、攻囲及砲撃
第二二条[害敵手段の制限] 交戦者ハ、害敵手段ノ選択ニ付、無制限ノ権利ヲ有スルモノニ非ス。
第二三条[禁止事項] 特別ノ条約ヲ以テ定メタル禁止ノ外、特ニ禁止スルモノ左ノ如シ。
イ 毒又ハ毒ヲ施シタル兵器ヲ使用スルコト
ロ 敵国又ハ敵軍ニ属スル者ヲ背信ノ行為ヲ以テ殺傷スルコト
ハ 兵器ヲ捨テ又ハ自衛ノ手段尽キテ降ヲ乞ヘル敵ヲ殺傷スルコト
ニ 助命セサルコトヲ宣言スルコト
ホ 不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器、投射物其ノ他ノ物質ヲ使用スルコト
ヘ 軍使旗、国旗其ノ他ノ軍用ノ標章、敵ノ制服又ハ「ジェネヴァ」条約ノ特殊徽章ヲ擅ニ使用スルコト
ト 戦争ノ必要上万已ムヲ得サル場合ヲ除クノ外敵ノ財産ヲ破壊シ又ハ押収スルコト
チ 対手当事国国民ノ権利及訴権ノ消滅、停止又ハ裁判上不受理ヲ宣言スルコト
交戦者ハ、又対手当事国ノ国民ヲ強制シテ其ノ本国ニ対スル作戦動作ニ加ラシムルコトヲ得ス。戦争開始前其ノ役務ニ服シタル場合ト雖亦同シ。
第二四条[奇計] 奇計並敵情及地形探知ノ為必要ナル手段ノ行使ハ、適法ト認ム。
第二五条[防守されない都市の攻撃] 防守セサル都市、村落、住宅又ハ建物ハ、如何ナル手段ニ依ルモ、之ヲ攻撃又ハ砲撃スルコトヲ得ス。
第二六条[砲撃の通告] 攻撃軍隊ノ指揮官ハ、強襲ノ場合ヲ除クノ外、砲撃ヲ始ムルニ先テ其ノ旨官憲ニ通告スル為、施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ尽スヘキモノトス。
第二七条[砲撃の制限] 攻囲及砲撃ヲ為スニ当リテハ、宗教、技芸、学術及慈善ノ用ニ供セラルル建物、歴史上ノ紀念建造物、病院並病者及傷者ノ収容所ハ、同時ニ軍事上ノ目的ニ使用セラレサル限、之ヲシテ成ルヘク損害ヲ免レシムル為、必要ナル一切ノ手段ヲ執ルヘキモノトス。
被囲者ハ、看易キ特別ノ徽章ヲ以テ、右建物又ハ収容所ヲ表示スルノ義務ヲ負フ。右徽章ハ予メ之ヲ攻囲者ニ通告スヘシ。
第二八条[略奪] 都市其ノ他ノ地域ハ、突撃ヲ以テ攻取シタル場合ト雖、之ヲ掠奪ニ委スルコトヲ得ス。
第二章間諜
第二九条[間謀の定義] 交戦者ノ作戦地帯内ニ於テ、対手交戦者ニ通報スルノ意思ヲ以テ、隠密ニ又ハ虚偽ノ口実ノ下ニ行動シテ、情報ヲ蒐集シ又ハ蒐集セムトスル者二非サレハ、之ヲ間諜ト認ムルコトヲ得ス。
故ニ変装セサル軍人ニシテ情報ヲ蒐集セムカ為敵軍ノ作戦地帯内ニ進入シタル者ハ、之ヲ間諜ト認メス。又、軍人タルト否トヲ問ハス、自国軍又ハ敵軍ニ宛テタル通信ヲ伝達スルノ任務ヲ公然執行スル者モ亦之ヲ間諜ト認メス。通信ヲ伝達スル為、及総テ軍又ハ地方ノ各部間ノ聯絡ヲ通スル為、軽気球ニテ派遣セラレタルモノ亦同シ。
第三〇条[問謀の裁判] 現行中捕ヘラレタル間諜ハ、裁判ヲ経ルニ非サレハ、之ヲ罰スルコトヲ得ス。
第三一条[前の間謀行為に対する責任] 一旦所属軍ニ復帰シタル後ニ至リ敵ノ為ニ捕ヘラレタル間諜ハ、俘虜トシテ取扱ハルヘク、前ノ間諜行為ニ対シテハ、何等ノ責ヲ負フコトナシ。
第三章軍使
第三二条[不可侵権] 交戦者ノ一方ノ命ヲ帯ヒ、他ノ一方ト交渉スル為、白旗ヲ掲ケテ来ル者ハ、之ヲ軍使トス。軍使並之二随従スル喇叭手、鼓手、旗手及通訳ハ不可侵権ヲ有ス。
第三三条[軍使を受ける義務] 軍使ヲ差向ケラレタル部隊長ハ、必スシモ之ヲ受クルノ義務ナキモノトス。
部隊長ハ、軍使カ軍状ヲ探知スル為其ノ使命ヲ利用スルヲ防クニ必要ナル一切ノ手段ヲ執ル事ヲ得。
濫用アリタル場合ニ於テハ、部隊長ハ、一時軍使ヲ抑留スルコトヲ得。
第三四条[背信行為] 軍使カ背信ノ行為ヲ教唆シ、又ハ自ラ之ヲ行フ為其ノ特権アル地位ヲ利用シタルノ証迩明確ナルトキハ、其ノ不可侵権ヲ失フ。
第四章降伏規約
第三五条[軍人の名誉に関する例規] 締約当事者間ニ協定セラルル降伏規約ニハ、軍人ノ名誉ニ関スル例規ヲ参酌スヘキモノトス。
降伏規約一旦確定シタル上ハ、当事者双方ニ於テ厳密ニ之ヲ遵守スヘキモノトス。
第五章休戦
第三六条[作戦動作の停止] 休戦ハ、交戦当事者ノ合意ヲ以テ作戦動作ヲ停止ス。若其ノ期問ノ定ナキトキハ、交戦当事者ハ、何時ニテモ再ヒ動作ヲ開始スルコトヲ得。但シ、休戦ノ条件ニ遵依シ、所定ノ時期ニ於テ其ノ旨敵ニ通告スヘキモノトス。
第三七条[全般的と部分的の休戦] 休戦ハ、全般的又ハ部分的タルコトヲ得。全般的休戦ハ、普ク交戦国ノ作戦動作ヲ停止シ、部分的休戦ハ、単ニ特定ノ地域ニ於テ交戦軍ノ或部分間ニ之ヲ停止スルモノトス。
第三八条[通告] 休戦ハ、正式ニ且適当ノ時期ニ於テ之ヲ当該官憲及軍隊ニ通告スヘシ。通告ノ後直ニ又ハ所定ノ時期ニ至リ、戦闘ヲ停止ス。
第三九条[人民との関係] 〔省略〕
第四〇条[違反] 当事者ノ一方ニ於テ休戦規約ノ重大ナル違反アリタルトキハ、他ノ一方ハ、規約廃棄ノ権利ヲ有スルノミナラス、緊急ノ場合ニ於テハ、直ニ戦闘ヲ開始スルコトヲ得。
第四一条[処罰] 個人カ自己ノ発意ヲ以テ休戦規約ノ条項ニ違反シタルトキハ、唯其ノ違反者ノ処罰ヲ要求シ、且損害アリタル場合ニ賠償ヲ要求スルノ権利ヲ生スルニ止ルヘシ。
第三款 敵国ノ領土ニ於ケル軍ノ権力
第四二条[占領地域] 一地方ニシテ事実上敵軍ノ権力内ニ帰シタルトキハ、占領セラレタルモノトス。
占領ハ右権力ヲ樹立シタル且之ヲ行使シ得ル地域ヲ以テ限トス。
第四三条[占領地の法律の尊重] 国ノ権力カ事実上占領者ノ手ニ移リタル上ハ、占領者ハ、絶対的ノ支障ナキ限、占領地ノ現行法律ヲ尊重シテ、成ルヘク公共ノ秩序及生活ヲ回復確保スル為施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ尽スヘシ。
第四四条[情報提供の強制] 交戦者ハ、占領地ノ人民ヲ強制シテ他方ノ交戦者ノ軍又ハ其ノ防禦手段ニ付情報ヲ供与セシムルコトヲ得ス。
第四五条[忠誠の強制] 占領地ノ人民ハ、之ヲ強制シテ其ノ敵国ニ対シ忠誠ノ誓ヲ為サシムルコトヲ得ス。
第四六条[私権の尊重] 家ノ名誉及権利、個人ノ生命、私有財産並宗教ノ信仰及其ノ遵行ハ、之ヲ尊重スヘシ。
私有財産ハ、之ヲ没収スルコトヲ得ス。
第四七条[略奪の禁止] 掠奪ハ、之ヲ厳禁ス。
第四八条[租税等の徴収] 占領者カ占領地ニ於テ国ノ為ニ定メラレタル租税、賦課金及通遇税ヲ徴収スルトキハ、成ルヘク現行ノ賦課規則ニ依リ之ヲ徴収スヘシ。此ノ場合ニ於テハ、占領者ハ、国ノ政府カ支弁シタル程度ニ於テ占領地ノ行政費ヲ支弁スルノ義務アルモノトス。
第四九条[取立金] 占領者カ占領地ニ於テ前条ニ掲ケタル税金以外ノ取立金ヲ命スルハ、軍又ハ占領地行政上ノ需要ニ応スル為ニスル場合ニ限ルモノトス。
第五〇条[連坐罰] 人民ニ対シテハ、連帯ノ責アリト認ムヘカラサル個人ノ行為ノ為、金銭上其ノ他ノ連坐罰ヲ科スルコトヲ得ス。
第五一条[取立金の徴収方法] 取立金ハ、総テ総司令官ノ命令書ニ依リ、且其ノ責任ヲ持テスルニ非サレハ、之ヲ徴収スルコトヲ得ス。
取立金ハ、成ルヘク現行ノ租税賦課規則ニ依リ之ヲ徴収スヘシ。
一切ノ取立金ニ対シテハ、納付者ニ領収証ヲ交付スヘシ。
第五二条[徴発と課役] 現品徴発及課役ハ、占領軍ノ需要ノ為ニスルニ非サレハ、市区町村又ハ住民ニ対シテ之ヲ要求スルコトヲ得ス。徴発及課役ハ、地方ノ資力ニ相応シ、且人民ヲシテ其ノ本国ニ対スル作戦動作ニ加ルノ義務ヲ負ハシメサル性質ノモノタルコトヲ要ス。
右徴発及課役ハ、占領地方ニ於ケル指揮官ノ許可ヲ得ルニ非サレハ、之ヲ要求スルコトヲ得ス。
現品ノ供給ニ対シテハ、成ルヘク即金ニテ支払ヒ、然ラサレハ領収証ヲ以テ之ヲ証明スヘク、且成ルヘク速ニ之ニ対スル金額ノ支払ヲ履行スヘキモノトス。
第五三条[国有動産] 一地方ヲ占領シタル軍ハ、国ノ所有ニ属スル現金、基金及有価証券、貯蔵兵器、輸送材料、在庫品及糧秣其ノ他総テ作戦動作ニ供スルコトヲ得ヘキ国有動産ノ外、之ヲ押収スルコトヲ得ス。
海上法ニ依リ支配セラルル場合ヲ除クノ外、陸上、海上及空中ニ於テ報道ノ伝送又ハ人若ハ物ノ輸送ノ用ニ供セラルル一切ノ機関、貯蔵兵器其ノ他各種ノ軍需品ハ、私人ニ属スルモノト雖、之ヲ押収スルコトヲ得。但シ、平和克復ニ至リ、之ヲ還付シ、且之カ賠償ヲ決定スヘキモノトス。
第五四条[海底電線] 占領地ト中立地トヲ連絡スル海底電線ハ、絶対的ノ必要アル場合ニ非サレハ、之ヲ押収シ又ハ破壊スルコトヲ得ス。右電線ハ、平和克復ニ至リ之ヲ還付シ、且之カ賠償ヲ決定スヘキモノトス。
第五五条[国有不動産] 占領国ハ、敵国ニ属シ占領地ニ在ル公共建物、不動産、森林及農場ニ付テハ、其ノ管理者及用益権者タルニ過キサルモノナリト考慮シ、右財産ノ基本ヲ保護シ、且用益権ノ法則ニ依リテ之ヲ管理スヘシ。
第五六条[公有財産の例外] 市区町村ノ財産並国ニ属スルモノト難、宗教、慈善、教育、技芸及学術ノ用ニ供セラルル建設物ハ、私有財産ト同様ニ之ヲ取扱フヘシ。
右ノ如キ建設物、歴史上ノ紀念建造物、技芸及学術上ノ製作品ヲ故意ニ押収、破壊又ハ毀損スルコトハ、総テ禁セラレ且訴追セラルヘキモノトス。