シェイクスピアの戯曲のなかで、巨漢の道化的人物、ジョン・フォルスタッフは、シェイクスピアの登場人物のなかでも、際立って有名で人気のある人物であることにまちがいない。このフォルスタッフは『ヘンリー四世』のなかでハル王子(のちのヘンリー五世)の友人として登場するが、それだけではない。『ヘンリー五世』のなかでその死が報告されるフォルスタッフは、『ヘンリー六世・第一部』において再登場する(ようにみえる)。後者は前者とは無関係の人物だが、前者の人物造型に関して無関係ではない。いっぽうわれらがフォルスタッフは、もともとは別の名であった。フォルスタッフのモデルは、プロテスタントの殉教者ひとりである。何が起こったのか。フォルスタッフはどのように誕生したのか。それを推測することによって、シェイクスピアあるいは当時の演劇文化と、宗教と政治の交錯がみえてくるかもしれない。
~講師 プロフィール~
大橋洋一(おおはし・よういち) 1953年愛知県名古屋市生まれ。東京教育大学卒業。東京大学大学院修士課程修了。現在、東京大学大学院人文社会系研究科教授。専攻は英文学・批評理論。著書に、『新文学入門――T・イーグルトン『文学とは何か』を読む』(岩波書店、1995)、編著に『現代批評理論のすべて』(新書館、2006)、訳書に、テリー・イーグルトン『文学とは何か――現代批評理論への招待』(岩波書店、1985, 1997)、エドワード・W・サイード『文化と帝国主義(1・2)』(みすず書房、1998, 2001)、フレドリック・ジェイムソン『政治的無意識――社会的象徴行為としての物語』(共訳、平凡社ライブラリー、2010)、ほか多数。