4: 演算子・期待値・固有値

量子力学では,物理量に対応する演算子が重要な役割をはたす。
波動関数に演算子をはたらかせることにより,様々な量を計算することができる。
ここでは,一次元の箱の中の粒子の問題を例にして,演算子の用例を具体的に述べる。さらに,不確定性原理について簡単に触れる。

4.1 確率の古典論

古典的な粒子(波動との二重性を持たない粒子)では,位置と運動量は独立した変数であり,常に確定した値を持っている。
実験手段の許す限り,いくらでも精密に測定できる。

ただし,測定をランダムに繰り返した場合には,粒子の状態の変化によって測定値にばらつきが生じる。

エネルギーが保存されている一次元の箱の中の粒子について,具体的に見てみる。粒子のエネルギーを E として

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運動の周期 Tは
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多数回の測定をランダムに行ったとき,粒子を x 〜 x + dx に見いだす確率 P(x)dx は,距離 dx を通過するのに要する時間で決まる(往復で二倍)
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P(x) のことを確率密度という。
(厳密に x = x の位置に粒子が存在する確率は無限小であることに注意せよ。
確率はあくまでも,粒子を x 〜 x + dx に見いだす確率 P(x)dx という風に,範囲 dx に確率密度 P(x) を乗じたものとして表される。)

この確率密度は規格化されている。粒子の存在確率を全空間で積分すれば1なる。つまり,粒子は全空間のどこかに必ず 1個だけ存在する。

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物理量 A の平均値<A>は,確率密度を使えば次のように書ける。

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箱の中の粒子で位置の平均(期待値)を具体的に計算すると

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位置の分散(測定値がどれくらいばらつくかの目安)

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運動量の平均(p は x に無関係であることに注意せよ。また, p > 0 の値を持つ確率密度は P(x)/2,-p < 0 の値を持つ確率密度も P(x)/2である。)

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運動量の分散(この場合<p> = 0 なので,分散は 2 乗の平均に等しい。)

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4.2 確率の量子論

量子的な粒子(波動との二重性を持つ粒子)では,位置と運動量は独立した変数ではなく,
例えば位置を精密に決めようとすると運動量が判らなくなってしまう。
測定するためには粒子に光子をあてることが必要だが,光子が当たれば運動量が変わってしまう。
これは,単に測定方法の問題ではなく,量子的な粒子が原理的に持つ性質である。

位置の不確定性 Dx と運動量の x 成分の不確定性 Dpx の間には次の関係があることが知られている。

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このような関係を不確定性原理という。 x と px のほか,エネルギー E と時刻 t ,円運動するときの角度変数 h と角運 動量 L にも同様の関係がある。
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ただし,位置 x と運動量の y 成分 py の間にはこのような関係はない。
不確定性原理が成り立つのは,解析力学的に共役な変数の関係である。
(もう少し厳密にいえば,二つの演算子の順序を交換した場合に演算結果が等しくならない場合,その演算子に対応する物理量の間に不確定性原理が成り立つ。)

このような原理があるので,量子力学では確率が本質的に重要な役割をはたす。
全ての物事は,確率の世界で論じられているといってもよい。波動関数 y(x) は,その確率と深い関係にある。

粒子を x 〜 x + dx に見いだす確率の確率密度関数は次の式で表される。

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f*(x) は f(x) の複素共役。ただし, y(x) が実関数だったら y*(x) = y(x) である。

規格化条件(意味するところは古典論と同じ)

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波動関数は,
   一価(一つの x には f(x) の値が一つ)
   連続(この場合 2 回微分できる)
   有界(規格化条件の積分が発散しない)
でなければならない。

4.3 演算子と期待値

量子力学では,物理量に対応する演算子がある。一次元空間中の質量 m の粒子については

物理量 記号 演算子
座標(位置) x ^x
運動量 p frac
運動エネルギー T frac
ポテンシャルエネルギー V(x) ^V

全エネルギーの演算子のことを特に Hamiltonian と呼び^H で表す。
多次元多粒子系でも同様である。これは,古典的な解析力学で用いられる Hamiltonian関数 H (保存力場では全エネルギーと等しい)に由来する。

演算子とは,ある関数 y にはたらかせるものである。例えば^p y は,p^y の掛け算ではなく,
y を x で偏微分して-ih を掛ける」という一連の操作を表している。
ただし,^x^V(x) の場合はたまたま,演算子をはたらかせることは x または V (x) を掛けることと同等である。

ある物理量の演算子は,位置と運動量の演算子から古典的類推で作られる。例えば運動エネルギー T は古典論で

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量子論では
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古典論での p2 が量子論では^p を 2回はたらかせることに変わったことに注意せよ。

演算子は単に掛け算ではなく,数学的な操作を表しているので,表記する順序が重要である。
演算子は,必ず自分の右に書かれている関数に作用する。そして,複数の演算子がある場合には,右にあるものほど早く作用する。例えば次の二つ は全く違う。

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量子的な粒子について,ある物理量を測定する。一般には,測定値にはばらつきが生じる。
古典的な場合には,このばらつきは測定手段の不完全さによるが,量子的な場合にはより本質的原理的な問題による。
物理量を測定した場合の期待値は,波動関数と演算子から計算できる。測定する物理量を Q,演算子を^Q,系の波動関数を y(x) とすれば, Q の期待値は

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Q2 の期待値は
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物理量の期待値は,必ず実数になる。

箱の中の粒子の問題で具体的に考える。

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<x>と<p>とは古典的な場合と等しい。
<p2>は,古典論では任意の値をとれるが,量子論では離散的な値しかとることができない。
<x2>は, n が小さい場合には古典論から大きくずれるが, n が大きくなるにしたがって古典論の結果に近づいていく。
このような,量子数が大きくなるにしたがって古典論の結果に近づいていく現象は,一般的に見られる。

4.4 固有値

演算子Â について

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の形の方程式をÂ の固有値方程式という。ここで,A は演算子ではなく,物理量に対応する定数であり,演算子Â の固有値という。
固有値 A は x の関数であってはいけない。また,この方程式を満たす関数 y(x) を固有関数という。
このような見方をすれば,時間に依存しない Schrdinger は Hamiltonian の固有値方程式である。

y がÂ の固有関数であるとき, y から計算した物理量Aの期待値<A>は固有値Aに等しい。
この場合, Aの測定を繰り返しても,原理的には同じ値になる。このような場合を「A が確定した値を持つ」という。

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 は演算子なので交換法則は一般には成り立たないが, A は数なので掛け算の順序を変えることができる。
最後の等号では規格化条件を使った。この式は,ブラケット記号を使えば次のように書ける。
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一次元の運動量演算子に関して固有値方程式を書く。

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このとき,
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が固有関数であり,固有値は
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である。物理量の固有値は必ず実数になる。

運動量が確定した値を持つということは,運動量の不確定性 Dp がゼロということである。
不確定性原理からすれば, この場合,位置の不確定性Dx が無限大でなければならない。
現に,この y(x) は空間全体に均一拡がった波動を表しており,粒子の存在確率は至る所で同じである。

運動量演算子の固有関数は,運動エネルギー演算子の固有関数でもある。

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ところで,次の関数も運動エネルギー演算子の固有関数である。

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しかし,この関数は運動量演算子の固有関数ではない。
従って,このような状態では,運動エネルギーは確定した値を持つが,運動量は確定しておらず,測定のたびにばらついた値を与える。

演習問題

  1. 次の関数がかっこで示した範囲内で定義されている。波動関数として不適当な性質を持っている関数はどれか。理由とともに述べよ。
    (1) eax ( a > 0, 0 < x < oo )
    (2) e-ax ( a > 0, 0 < x < oo )
    (3) eimf ( 0 < f < 2p, m は整数, f は角度変数 )
    (4) eiaf ( 0 < f < 2p, a は整数ではない, f は角度変数 )
    (5) e-ax ( a > 0, - oo < x < oo )
    (6) e-ax2 ( a > 0, - oo < x < oo )
  2. - oo < x < oo でポテンシャル 中を質量 m の粒子が運動する (kは定数 )。
    1. 波動関数が次の式で与えられるとした時に規格化定数 C を求めよ。
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    2. 運動量の期待値<p>を求めよ。
    3. 運動量の分散<(p -<p>)2>を求めよ。
    4. 位置の期待値<x>を求めよ。
    5. 位置の分散<(x -<x>)2>を求めよ。
    6. 運動エネルギーの期待値<T>を求めよ。
    7. ポテンシャルエネルギーの期待値<V >を求めよ。
    8. 全エネルギーの期待値<E>を求めよ。
    9. この関数はハミルトニアンの固有関数か。固有関数であるとしたら,固有値は何か。
    10. 粒子を 0 < x の範囲に見いだす確率を求めよ。
  3. 2 つの波動関数 y1(x) と y2(x) がある。どちらの関数も x =  oo 及び x = - oo でゼロになるとする。
    1. 運動量演算子^p について次の関係を証明せよ。
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      このような性質を持つ演算子を Hermite 演算子という。物理量を表す演算子は全て Hermite 演算子である。
    2. 運動エネルギー演算子が Hermite 演算子であることを示せ。
  4. 波動関数 y(x) で表される系を考える。
    演算子Â が Hermite 演算子であるとき, A の期待値は実数であることを証明せよ。実数とはそれ自身と複素共役とが等しい数である。
  5. 2 つの演算子Â とB^ とがあるとき,交換子 [Â,B^] が次のように定義される。
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    次の演算子の交換子を求めよ。
    1. ^p x^x
    2. ^p y^x
  6. 原子核が静止しているとして,水素原子の電子に対するハミルトニアンを書け。
  7. 次のようなポテンシャル中に於ける質量 m の粒子の一次元運動について考える。 4-40
    1. 粒子を 0 < x の範囲に見いだす確率を求めよ。
    2. 粒子を 0 < x < a/3 の範囲に見いだす確率を求めよ。
    3. 粒子を a/3 < x < 2a/3 の範囲に見いだす確率を求めよ。
    4. 量子数を大きくした時 (2) と (3) の結果が同じになることを示せ。
    5. 運動量の期待値<p>と分散<(p -<p>)2>を求めよ。
    6. 位置の期待値<x>と分散<(x -<x>)2>を求めよ。
    7. 位置および運動量の不確定性はそれぞれの標準偏差(分散の平方根)程度であると考えられる。 DxDp を計算し,不確定性原理について考察せよ。
    8. 運動エネルギーの期待値<T>を求めよ。
    9. ポテンシャルエネルギーの期待値<V >を求めよ。
    10. 全エネルギーの期待値がエネルギー固有値と一致することを示せ。
    11. 粒子が x から x + dx の間に存在する古典的確率は,その領域を粒子が通過するのに要する時間を周期で割れば得られる。古典的な位置の期待値と分散とを計算し, (3) の結果と比較せよ。量子数が大きくなったとき,量子論と古典論の結果はどのような関係にあるか。